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第六話 『解剖授業(中編)』

2013-09-25

 いよいよ、耶美の解剖授業が始まろうとしていた。
 既に彼女はジュニアブラとショーツだけの姿となり、クラスメイトの輪の中で一人だけ立たされている。下着姿の身体が全員によく見えるよう、鮫島はその場でゆっくり一回転しろと、耶美に命令した。変態ロリコン教師と馬鹿にしていた男の言葉に、今は逆らう事が許されない。大人しくその幼い裸身を級友たちに晒していった。
「見ての通り、これが発育途中の女子の身体だ。男子と違って胸が膨らみ、腰に丸みが帯びてくる。甲守はどっちかというとまだ幼児体型だろう。ウエストもそんなにくびれていないし、オッパイの大きさも可愛らしいもんだ」
 思春期の成長具合は個人差が大きく、特に女子は周りと比べて必要以上に悩んだり心配したりするものだ。それを分かった上で、鮫島はわざわざ耶美が傷つくような言い方をしていた。
「年齢の割に子供っぽい体つきだからと言って、からかったりしちゃ駄目だぞ。成長が遅い事は何も恥ずかしい事じゃない。甲守が幼児体型であっても、オッパイが小さくても、馬鹿にされるいわれは無いんだからな。……おい根墨。ちゃんと撮れてるか?」
「へい先生。問題ありません、デジタルハイビジョンでばっちり記録してますよ」
 そう言ってデジタルビデオカメラを構えているのは、根墨忠一だ。耶美の正面に立ち、顔からブラ、お腹、ショーツ、太もものアップをくまなく撮影し、さらに後ろに回り込んでお尻のアップまでファインダーに収めていた。「後で資料として使えるから」などという訳の分からない理由で、鮫島が撮影係に指名したのだ。
 もちろん最初から打ち合わせしてあったのだろう。あの最新式のカメラは礼門が用意した物と思われた。今まで男子女子戦争で戦死したクラスメイトたちは、みんな携帯のカメラなどで痴態を撮影されている。だがこのデジタルビデオカメラは、それより遥かに高い画質を誇っていた。それだけより鮮明に、大画面で、耶美の身体を隅々まで記録できるというわけだ。
 そして彼女にこの撮影を止めさせる権利は無かった。姫乃と連絡が取れない以上、彼女が人質にとられたと仮定し、とにかく敵への抵抗を封じざるを得ないのだ。忠一がもう一度彼女の顔面アップを撮り始めると、耶美はたまらず悔しそうに顔を背ける。
 徐々に無表情が崩れ、感情が綻び始めている事を、彼女自身はまだ気付いていなかった。
「それと成長に伴って体毛も濃くなり始める。女子はそろそろ、ムダ毛の処理を始めるお年頃かな。甲守はまだそれほど目立たないから、手足の処理はしていないようだ」
 体毛の濃さにまで言及するとは。鮫島の変質的な着眼点には呆れるほかない。実際、耶美の体毛はまだまだ薄く、大人の女性のようにカットする必要は無かった。
「この産毛のような体毛こそ、少女の最も神秘的な部位であると先生は考える。処理されていない少女の淡いスネ毛に興奮できる者が、正真正銘、真のロリコンなのだ! この美しさは、綺麗に処理された大人の女性の脚では決して得られる事がない! お前たちも大人になればこの美しさが理解できるようになるはずだ!」
 恍惚と語り始める鮫島。あまりにもマニアックな論調すぎて、生徒たちは完全に引いてしまっていた。当然だろう、女子にとっては、気になり始めたムダ毛が美しいなどと言われてもピンとこないし、男子に至っては『女子にもムダ毛が生える』という時点で既にピンと来ていないのだから。
 コホン、と桃香が咳払いする。
「鮫島先生。授業が脱線していますよ」
「ん? ああ……悪い、ちょっと熱中しすぎた。ともかく、どんな可愛い女の子だって、身体にムダ毛が生えてくるものなんだ。ほら甲守、両腕を上げてみろ」
 鮫島が指示棒を振るい、耶美の肩をペシペシと叩いた。抵抗もせず、彼女は両腕を真上に持ち上げ、汗ばんだ脇の下をクラス全員に公開していく。そこは女の子にとってはれっきとしたプライベートゾーンであった。つまり乳房や性器と同じく、本来あまり人に見せるべき場所ではないのだ。鮫島がこれ見よがしに覗き込み、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ふむふむ。さすが女の子だ。甲守はちゃんと腋毛の処理をしている様だな。根墨、ここをアップで撮ってみろ」
 指示された通り、忠一がカメラのレンズを触れんばかりに脇の下に近づけた。クラスメイトたちの視線が、一斉に教室のテレビ画面に注がれる。このビデオカメラはコードで教室のテレビと接続され、撮影している画像がリアルタイムで常にディスプレイに表示されていた。
 さっきのスネ毛はよく見ないと判別できなかったが、脇の下は違う。剃り跡らしき毛根の影が、遠目にもよく分かるほど画面に映っていた。
「うわっ、女子にも腋毛って生えるんだ……」
「処理ってどうやるの?」
「剃刀とか使うんだよ。姉ちゃんがやってた」
 男子たちのヒソヒソ声が耶美の耳にも飛び込んでくる。『女の子』は自分たちとは違う生き物だと思っている彼らにとって、綺麗な女の子にも腋毛が生えるという事実は少しカルチャーショックだったようだ。
 一方の女子たちは、晒し者になっている耶美を憐憫の視線で見つめていた。中にはまだムダ毛の処理をした経験の無い女子もいるのだが、多くの女子は、スネ毛はまだでも腋毛の処理くらいはしているのだ。そしてどんなに綺麗に処理しても、剃り跡が残ってしまう事も分かっている。よほど体毛が薄いか、レーザーで永久脱毛でもしない限り、これは避けられない宿命とも言えた。
 そんな女の子の、恥ずかしい秘密の一端を冷徹に暴き出され、同じクラスの男子たちに知られるというのは計り知れない屈辱であろう。無感情だったはずの耶美の顔には、明らかに恥辱と動揺の色が浮かんでいた。
「あれぇー、耶美ちゃん恥ずかしそう!」
「そりゃそうよ。お澄まし顔で腋毛の処理してたなんて男子に知られちゃったんだから。誰だって恥ずかしいわよねぇ」
「腋毛が生えてたって事は、もっと別の部分の毛も、もう生え揃ってるって事かな?」
 その動揺を見逃さず、桃香たちが茶々を入れる。耶美は唇を噛んだ。彼女らの思い通りになってたまるかと、再び無表情の仮面を被り直す。
 しかしこんなものはまだまだ序の口なのだ。
 耶美はこれからもっともっと、恥ずかしい女の子の秘密を晒し、見世物にしなければいけない。鮫島が事も無げに言い放った。
「じゃあ甲守。ブラを脱げ。みんなにオッパイを見せるんだ」
「……はい」
 言いなりなるしかない自分が情けない。耶美はいつもそうしているように、胸の前で腕を交差して、ジュニアブラを下側から掴んだ。
 だがそこで重大な事実に気がつく。彼女の腕の動きがピタリと止まった。
「どうした? 早く脱ぐんだ」
 鮫島が急かすが、しかし腕が動かない。もちろん耶美だって、ブラを脱げば乳首を見られる事は分かっている。その事でためらっている訳ではないのだ。問題は見られ方だった。スマートにブラジャーを脱ぎ、乳房を見られるのならまだいい。しかしジュニアブラは……。
「どうしたの耶美ちゃん? 授業時間は決まってるんだから、早く脱いでもらわないと。それとも……ホックレスブラだから、みっともない格好で脱ぐのが嫌なのかな?」
 全てを見透かしている桃香が、勝ち誇ったように言い放った。そうだ。耶美がいま着ているブラジャーは、胸にも背中にもホックが無い、頭から被るタイプのブラだった。まだホックでの着脱に慣れていない少女や、乳房が膨らみ始めたばかりの少女がよく着用している。大人でも、妊娠してお腹が大きくなっている場合などはホックレスタイプを使う事は珍しくなかった。
 ブラ自体の形状は別にいい。胸の発育に合わせて着用するのだから、ホックレスタイプでも恥ずかしがる必要は全く無かった。しかし衆人環視の元でストリップするとなると話は別だ。
 ホックのあるブラなら、これを外してゆっくり落ち着いて脱ぐ事ができる。乳首を隠しながら脱ぎ去る事も可能だった。しかしホックレスタイプは……頭から被って着用するため、脱ぐときは当然、両腕をバンザイして胸を見せ付けるように脱がなくてはならないのだ。バンザイとまではいかなくても、胸を隠しながら脱ぐ事はできない。乳房を隠したままTシャツが脱げないのと同じだ。
「何をためらっている。早く脱ぎなさい」
 当然その事に気付いているはずなのに、鮫島はそ知らぬ顔で耶美をせっついた。彼女の顔に困惑と羞恥の色がありありと浮かび始める。まだブラを脱ぐだけだというのに、クールビューティの仮面はあからさまに剥げ落ちつつあった。しょせん、耶美もまた恥じらいを持つ愛らしい女の子に過ぎなかったのだ。
「脱げないなら仕方ないわ。解剖授業は中止しましょう? 耶美ちゃんだって花も恥らうオンナノコだもんねぇ」
 完全に見下した言い方で、桃香が肩をすくめる。あからさまな挑発。それは百も承知だったが、しかし耶美としてもここは引き下がるわけにはいかなかった。
 これは姫乃派である自分と、卑劣なる桃香派との戦いなのだ。負ける事は許されない。ここで言う『負け』とは、恥ずかしい写真を撮られて戦死することではなく、桃香に身も心も屈服する事を意味している。戦死は決定事項としても、姫乃派としてのプライドだけは守り抜かなければならなかった。まだ姫乃派が負けたわけじゃない。クラスメイトに向かってそうアピールするのだ。
 それが耶美に残された、最後の心の拠り所なのである。
「脱がないなんて言ってないわ」
 クールに言い放ち、耶美は思い切ってブラジャーをたくし上げた。ついに丸出しとなる彼女の両乳首。途端に男子の歓声が教室を包む。
 その勢いに一瞬気圧されそうになるが、そのまま耶美は肘を上げてブラジャーを頭から抜き取り始めた。ためらったりまごついたりするのが、一番桃香たちを増長させる。何でもない様子でパッパッと脱いでいくのが理想だった。
 けれども、現実はなかなかそう上手く行ってくれない。
 早く脱ごうと焦るあまり、緊張で手が震えている事もあって、なかなかジュニアブラは耶美の頭を抜けてくれなかった。オッパイも、脇の下も、何もかも曝け出しながら、耶美はクラスメイトの目の前でブラジャーと格闘しなければならないのだ。クールビューティを気取っていた彼女にとって、それはあまりにも惨めで滑稽な公開羞恥ショーだった。
「あっはは、何あれ? ブラが脱げなくて苦戦してるわけ?」
「恥ずかしーい! 裸踊りしてるみたいだよ?」
「せっかく取り繕ってきたクールなイメージも、これで台無しね」
 ふらつきながら焦ってブラを脱ごうとする様は、まさに裸踊りかストリップダンスかといった様相だった。その醜態は忠一のカメラで克明に記録されている。最初は耶美の乳首に見とれていた男子たちも、すぐに耶美の裸踊りに嘲笑を始めた。そして桃香たち以外の女子や鮫島までも、つられて笑い出す。
 無表情・無感動のクールな美少女の仮面が、徐々にではあるが確実に剥がされていく様に、クラス全員が興奮を覚えていた。一体どこまで耶美は恥を晒すのか。堕ちるところまで堕ちればいい。最後まで見届けて、しっかり嘲笑ってやろう。教室全体がそんなサディスティックな空気に支配されつつあった。笑っていないのは、虹輝と士郎と清司の三人だけだ。
 苦闘の末、ようやく耶美がブラジャーを脱ぎ去った。当然のように鮫島がそのブラを彼女の手から奪い取っていく。乱れた髪を直し、耶美は自由になった両手で、胸の乳首を覆い隠した。
「プ、今頃隠してるよ」
「さっきまで丸出しだったのにね」
「それにしてもちっちぇ胸。全然揺れなかったじゃん」
「別にもうクールな顔しなくてもいいって」
「あんな裸踊り見せた後にお澄まし顔とかされてもさぁ……」
 もはや桃香たち三人だけでなく、クラスメイトたちの誰もが、遠慮なく野次を飛ばし始めていた。男子はもちろん、女子もためらう事なく耶美を見下し、蔑んでいる。クラスでも五本の指に入る美少女が、取り澄ましたイメージを台無しにされて屈辱に耐えているのだ。明らかにルックスで劣る女子たちにとって、それはこの上ない無上の喜びの光景でもあった。
 そんな惨めな耶美の惨状を、忠一は容赦なく録画していく。「手をどけなさい。気をつけの姿勢だ」と鮫島に命令され、彼女は逆らう事なく両腕をだらんと垂らした。前から後ろから、再びたっぷりと接写する忠一。さらにその後は、一回転してゆっくりと身体をクラスメイトたちに見せびらかさなければならない。
 身体の前後左右を余すところなく観察されるのは苦痛だったが、それ以上に耶美にとって辛いのは、一回転することで自分を取り囲む全てのクラスメイトの顔を見てしまう事だった。
 ニヤニヤと好色の笑みを浮かべる男子。
 憐れみの視線で見下してくる女子。
 士郎や清司は興味なさ気で、虹輝は申し訳なさそうに見ているが、それはそれで辛いものだった。
 何より苦痛なのは、桃香たち三人の方を向いた時だ。
 姫乃派の誇りにかけて『負け』られないと決心している耶美だったが、彼女らと目が合うと、既に自分が『負け』ているような気がしてならなかった。三人は他のクラスメイトと同じく、ちゃんと服を着て、足を揃えて座っている。パンチラすら見せていない。
 それに対し自分はもう、靴下と上履きを除けば、パンツ一枚という惨めな格好だった。桃香たちにとっては見られて恥ずかしいパンツも、今の耶美には唯一身体を隠してくれる最後の牙城なのだ。立場の差は歴然としていた。しかも悠々と床に座ってこっちを見上げる桃香たちに比べ、耶美は直立不動の気をつけ姿勢で、乳首もショーツも丸出しにして対峙しなければならない。
 目を背ければ『負け』てしまう……。そう思っていても、とても耶美は桃香たちと目を合わせる事ができなかった。視界の端で彼女らが勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが分かっても、どうする事もできない。ただ屈辱に唇をかみ締め、クールな表情が崩壊した有様をビデオカメラに撮影されるだけだった。
「さぁ注目しろ。授業を続けるぞ。これが発育途中の乳房だ。いわゆるオッパイだな」
 鮫島が指示棒で耶美の乳首をつついた。
「あっ」
 不意打ちに思わず声が漏れる。その小さな喘ぎ声を聞き逃さず、クラスメイトたちが口々に笑い合った。いくらクールビューティを気取っていても、乳首を弄られればすぐに声を上げてしまう。その落差が面白くて仕方ないのだ。
「こら静かに。……乳房は幾つかの段階を経て成長する。甲守はたぶんまだ第二段階……乳輪期といったところか。年齢の割に成長が遅そうだが、これも個人差が大きいから、気にしなくていい。甲守のオッパイが小さいからって、男子はからかったりしちゃ駄目だぞ」
 言っている内容自体は真っ当なものだが、鮫島の顔にはいやらしい笑みが張り付いていた。耶美の半裸を見て興奮しているのか? いや恐らく違う。彼が興味あるのは白鷺姫乃ただ一人だ。きっと耶美の膨らみかけの胸を見て、姫乃の胸の発育具合を想像しているのだろう。鮫島にとって姫乃以外の少女は全て、姫乃のデッドコピーに過ぎないのだから。
 さらに鮫島は、執拗に耶美の乳首を指示棒で突き続ける。
「乳房は出産した後、赤ちゃんを育てる母乳を出す器官でもある。さらに神経も集中しているから、性的興奮を得やすいんだ。このように刺激を受け続けると、乳首が硬くなって隆起する。これを俗に『乳首が立った』などと言う」
「へぇ、じゃあ耶美ちゃんは今、鮫島先生に乳首を弄られて、気持ちいいって思ってるのね? いやーらしいんだぁ」
 桃香が忍び笑いをこらえながら合いの手を打った。明らかに事前の打ち合わせが窺えるやり取りだ。全くの茶番である。だが、耶美を羞恥のどん底に突き落とすのに、やらせかそうでないかは全く問題ではなかった。
「そうだな。かなり敏感みたいだぞ? これは普段からよく弄ってるんだろうなぁ。どうだ甲守。お前いつもオナニーしてるんだろ?」
 実に馬鹿馬鹿しい質問だった。答える気にもなれないが、姫乃の事を思うと無視もできない。耶美は吐き捨てるように返答した。
「そんな事……していません」
「おや? オナニーの意味は知っているわけか」
「あ……」
 教室が爆笑に包まれる。普段なら決して引っかかるはずもない言葉のイタズラに、こうもあっさり揚げ足を取られるとは。悔しさと情けなさで耶美の顔が紅潮した。
「せんせーい、オナニーって何ですかぁ?」
 無邪気を装って祢々子が質問する。いくら彼女が幼そうに見えるからと言って、五年生にもなってオナニーも知らないはずがなかった。耶美をいたぶるためだけの質問なのは明白だ。
 祢々子は耶美が麻婆豆腐の皿を入れ替えたことで、下剤を飲まされ、男子たちの目の前で大便を漏らす醜態を晒した。女子軍の裏切り者の耶美に対して強い憎悪を抱いているのは間違いないだろう。
「ほら甲守。暮井がああ言ってるぞ。教えてやれ、オナニーとは何だ?」
「それは……。自分で自分の、乳首とか性器を弄ることです」
「何のために?」
「気持ち……良くなるためです」
「なるほど。じゃあもう一度最初から一言で説明してやってくれ。オナニーとは?」
「オ……オナニーとは、気持ちよくなるために、自分で自分の乳首や性器を弄ることです」
 何が何でも耶美に恥ずかしい言葉を言わせなければ気が済まないらしい。下らないとは思ったが、耶美はあくまで冷静に、期待通りのセリフを言ってやった。
「フフフ……。真っ赤になっちゃって。かーわいい」
 みどりが小馬鹿にした口調で嘲笑った。
 真っ赤?
 誰……が?
 耶美の視界に、教室のテレビが入る。その画面にはちょうど自分の顔のアップが映っていた。頬を紅潮させ、屈辱に表情を歪める哀れな少女の顔。誰がどう見ても、そこにはもうクールビューティのお澄まし顔はかけらも残っていなかった。自分では平静を装っているつもりでも、もはや耶美は感情の綻びを一切隠せなくなっているのだ。
「耶美ちゃんも女の子らしい表情、やれば出来るんじゃない」
 みどりは先日のプールで耶美に見捨てられ、礼門にレイプされている。そのため耶美に対する憎しみもひとしおだった。もちろん、一番悪いのはレイプした礼門であり、それを扇動した桃香だろう。だが戦死したみどりが生存メンバーに逆らう事はできない。あれほどの目に遭いながらも、やはり桃香の腰巾着を続けるしかないのだ。その矛盾から目を背けるためにも、みどりは盲目的に耶美を憎み続けていた。
「さて。甲守のパンツ一枚の姿もしっかり録画できたようだし、次はそのパンツを脱いでもらおう」
 鮫島の冷酷な命令が淡々と続く。耶美は大きく息を吐いて、両サイドのショーツのゴムに親指をかけた。
 今度は大丈夫。ブラと違ってスマートに脱ぐ事ができるはずだ。桃香たちに嘲笑されないためにも、ひと思いに下着を脱ぎ去ってしまえばいい。耶美は前かがみになって一気にショーツを引き下ろそう……とした。
 だが、ショーツの上端から陰毛が顔を見せた瞬間。
「うわ、生えてる!」
 男子の一人が歓声を上げ、思わず耶美は手の動きを止めてしまった。すかさず鮫島が指示棒を陰毛に押し当てる。
「そうそう、このように第二次性徴を迎えると、男子も女子も股間に毛が生えてくるんだ。甲守はもう立派に生え揃っているみたいだな。ちょっと姿勢を起こしてみろ」
 せっかく一気に脱ぎさろうと決心していたのに、ほんの一瞬の躊躇に付け込まれ、耶美は手の動きを完全に止めざるを得なくなった。諦めて背をまっすぐに伸ばす。みっともなく半端に下げられたショーツから、黒々とした陰毛が何十本も飛び出していた。カメラに繋がったテレビ画面を見なくても、遠目で十分確認できるほどだ。そのまま一回転して、クラスメイト全員に滑稽なハミ毛を披露していく。
「甲守の下着はこの年頃特有のデザインだな。親に買い与えられた子供っぽいパンツではなく、自分で好みのデザインを選んで買ってきたショーツだ。もっとも、本人はお洒落な下着のつもりなんだろうが、大人から見れば所詮まだまだ子供っぽいパンツに過ぎん」
 精一杯背伸びして、一人前の女の子のように、見えないところのお洒落にも気を遣おう……。女の子としては当然の、そんな思春期らしい乙女心を踏みにじられ、耶美は悔しさに唇を噛んだ。
「子供っぽい下着からはみ出している、大人っぽい黒い繊毛。これこそ発育途中のアンバランスな心と身体を見事に表現しているとは思わんか? あどけなさと淫猥さが見事に両立した、この光景こそ、真のロリコンが目指す究極の境地なのだ!」
 鮫島が再び暴走し始めている。まぁ普通に考えればロリコンは陰毛を嫌うと思うのだが、彼にとってはそういう人間はロリコンではなく、ペドフィリアと呼ぶべき存在なのかもしれない。呆れた桃香がコホンと咳払いすると、彼は我に返り、慌てて授業を再開した。
「で、では続きだ。パンツを脱いでこっちに渡しなさい」
「はい……」
 教師が五年生の教え子に命令する内容としてはあまりに不適切なセリフだった。しかし耶美は粛々とこれに従っている。彼女自身がどう思おうと、それは傍から見れば完全に、耶美が鮫島に屈服している姿そのものだった。ショーツを脚から抜き取り、小さく畳んで手渡す。
 こうして、ついに甲守耶美は、クラスメイト全員の目の前でオールヌードを晒してしまった。かろうじて靴下と上履きは身に着けているが、それは逆にいやらしさを強調するためのアイテムに過ぎない。完全に生まれたままの姿となれば、そこには芸術的な美しさが介入する余地もあっただろう。しかし靴下と上履きを残した格好は、中途半端に日常を引きずったヌードであり、むしろ『着ていた服を脱いだ』という恥辱の事実を強調するだけだった。
 忠一が全身をくまなく撮影していく。耶美もまた、もはや命令が無くてもその場で一回転して、クラスメイト全員にオールヌードを晒していった。胸はやっと膨らみかけたばかり。腰のくびれも少ない。そんな幼児体型の割に、陰毛だけがかなり濃く生え揃っている姿は、ギャップの差が激しく実に猥褻だった。
「甲守は陰毛が濃いんだな。毛が生える時期は体内ホルモンのバランスによるから、身体の発育具合とはあまり関係ない。胸が大人顔負けに発達していてもパイパンって子もいれば、甲守のように膨らみかけで毛がボウボウって子もいるんだ。しかしなかなかのジャングルだなこれは」
 鮫島が小馬鹿にしたように解説を付け加える。美だの芸術だのという高尚なヌードはそこには無い。ただ性的欲望を向けられるだけの、卑猥で蔑むべきハダカがあるだけだった。
「これでようやく前座は終わりだ。次は性器の解説に入る」
 その言葉に、耶美が微かに身体を震わせた。
 直立不動の今の姿勢なら、彼女のヌードにも、まだほんの一かけらくらいは美しさの輝きも残っていた。少女特有の未発達のボディラインは、たとえ靴下を履いたままだろうと、たとえ陰毛が生え揃っていようと、やはり見る者を魅了する美を内包しているのだ。
 しかしここから脚を大きく広げたら……。性器を見せ付けるようなポーズを取ったら……。その僅かに残った美しさも完全に粉砕される。後に存在しているのは、性欲を掻き立てるだけの穢れた肉体だけだった。それは耶美の、女の子としてのプライドも完全に粉砕される事を意味している。とっくにクールビューティの仮面を剥ぎ取られた耶美だったが、一人の女の子としての矜持を保てるかどうかは、やはり重要だった。そして自分にはその選択権は無いのだ。ただ鮫島の言葉に従い、屈辱的なポーズで性器を晒し、クラスメイトの目の前で最下層の存在に成り下がるしかない。
 だがそこで意外にも助け舟が入った。
「……とその前に、こっちも録画しておこうか」
 もっともそれは実は助け舟でも何でもなく、耶美が恥辱に塗れる時間を悪戯に引き延ばし、しかもそれ以上の恥辱を彼女に与えるだけの、残酷な宣言でしかなかったのだが。
「ほら、男子は特によく見ておけ。これが女子の――使用済みパンツの裏側だ」
「え……」
 何と鮫島は、手渡された耶美のショーツを大きく広げ、裏返して股座の部分を見せ付けたのだ。すぐさま忠一がカメラのレンズを向ける。ケーブルで繋がったテレビの画面に、耶美のショーツのクロッチの裏側が、大アップで映し出された。
 耶美のショーツ自体はグレーの生地だったが、クロッチの股布は白い生地が使われていた。本来ならここは他人には見せない。だからむしろ汚れが目立つようにして、体調管理や汚れの落ち具合がよく分かるようになっているのだろう。しかしそれは他人の目に晒された瞬間、格好の見世物となる事も意味していた。
「うわ、汚ね!」
「何あれ、おしっこ汚れ?」
「臭そう……」
「よくあんなパンツ穿けるよなぁ」
 大画面に映し出された耶美のパンツの裏側。そこには黄色いおしっこの染みがしっかりと残り、おりもの汚れはもちろん、後ろの方には茶色い筋までくっきりと確認できた。姉や妹がいない男子たちにとって、恐らく初めて見るであろう女子のパンツの汚れ具合。それは想像を絶する汚さだった。
 別に耶美が特別汚いわけではない。この年頃の少女なら、成長期だから新陳代謝も活発で、どうしてもおりもの汚れが目立つものだ。排便の後にきちんと拭いても、ショーツがお尻に食い込んだら所謂ウンスジが付着してしまう。おしっこ汚れにしても、トイレットペーパーで拭っていないほどの汚れ方ではなかった。
 それでもあどけない男子たちの幻想を打ち砕くには、その汚さは十分過ぎた。同性には余り人気のない耶美だったが、そのクールな佇まいに惹かれていた男子も多かったのだ。綺麗でカッコイイ甲守耶美のパンツが、まさかここまで汚かったなんて……。
 今まで自分を取り囲む男子たちから、好色な視線に晒されていた耶美だったが、それはまだマシな視線だったと気付かされた。汚れた下着を暴かれた事で、男子たちの視線にもまた、女子のような蔑みと憐憫の情が混じり始めたのだ。
 もはや男子たちにとっても、耶美はヌードを晒す憧れの美少女ではなくなっている。オシッコを垂れ流し、ウンチをひり出して、その痕跡を下着にくっきりと残すみっともない女。臭そうなパンツを穿いていた、見下すべき存在へと成り果てたのだ。
「やめて……見ないで」
 気がつくと、耶美は思わず叫んでいた。
「見ないでよぉ!」
 その絶叫が教室に響き渡る。もちろん、見るなと言って目を背けてくれるクラスメイトなどどこにもいない。それどころか、無表情・無感情の耶美らしからぬ叫び方に笑いながら茶々を入れる始末だ。
「見ないでぇ、だってさ」
「甲守さんでもあんな女の子みたいな悲鳴出すんだ」
「そりゃクールに決めてても臭そうなパンツ穿いてんだぜ。カッコつけてても所詮そんなもんさ」
「俺ちょっと甲守いいかなって思ってたんだけどな。なんかもう色々とガッカリ。すっかり騙されちまってたよ」
 必死の嘆願も、桃香たちの誘導でサディストと化した級友には全く効果が無かった。狼狽する耶美を鼻で笑い、テレビに映る汚いパンツを指差して笑う。耶美は性器を公開する前からもう既に、一人の女の子としてのプライドすら、完全に打ち砕かれてしまっていたのだ。
「おい静かにしろ。授業中だぞ? ……では今から甲守のパンツを順番に回す。これも女性の身体を知る上での重要な資料だからな。各自しっかりと、汚れ具合を確認したり臭いをかいだりするように」
 鮫島は耶美のショーツを、近くにいた男子に手渡した。理科の標本でも巡回させるようなものか。明らかに異常な行動をとっているのに、彼の言動はあくまで授業を行う教師としての範疇を超えていなかった。ある意味では実に滑稽だ。
 ショーツを手渡された男子は、おずおずとグレーの布地を広げ、そっと鼻を近づける。
「うわっ、臭っ!」
 一体どんな匂いを期待していたというのだろうか。彼は思わず眉をひそめ、臭いのきつさに顔を背けた。その様子に教室は大爆笑の渦だ。
「マジかよ……女子のパンツってこんなに臭いんだ……」
「ば、馬鹿ね! 甲守さんが特別汚いの! 普通はもっと綺麗にしてるわよ!」
 隣に座っていた女子が慌ててフォローする。きっと彼女も、他の女子も、汚れ具合は似たようなものだろう。それでも男子に面と向かって「そうよ。私のパンツも臭うわよ」なんて言えるはずがない。耶美一人をスケープゴートにして、自分たちの体面を保つので精一杯だった。パンツの汚れ具合まで晒し者にしたのは、こういう流れを計算し、耶美をクラスで孤立させる狙いがあったのかもしれない。
「何をぼーっとしてるんだ甲守。みんなが順番にお前のパンツを観察しているうちに、さっさと足を広げて性器を見せなさい」
 冷静に命令する鮫島。もはや耶美には抵抗する気力も無かった。元々抵抗は封じられていたものの、それでも最低限のプライドは守ろうとか、醜態だけは晒さないでおこうとか、心理的に抵抗する気概は残っていたはずだ。
 けれども今の耶美に、もうそんな余裕は一切存在していない。素っ裸にされ、下着の汚れ具合まで晒し者にされて、言いようのない敗北感に打ちひしがれていた。
 見たければ見ればいい――。
「はい……」
 今日何度目かの返事。ただ鮫島の命令に従うだけの、屈服の証たる返事である。絶望的な気持ちで、耶美はその場に腰を下ろした。
 ふと見ると、目の前には桃香が座っていた。よりによって彼女の真ん前で足を開く事になるとは……もっとよく確認してから腰を下ろせばよかった。いや同じことか。どうせ桃香の事だ。どの方向で性器を開陳しようとも、結局一人一人にじっくり見られるように事を進めるつもりなんだろう。見られるのが早いか遅いかの違いでしかない。
 勝ち誇ったような笑みを浮かべる桃香の眼前で、そしてその隣で陣取る忠一のカメラの前で――耶美はゆっくりと両足を広げていった。思わず顔を横に背ける。敗北感を刻み込まれた今の彼女には、もう憎い仇敵を正面から睨むような気力は、微塵も湧いてこないのだった。
 耶美は『負け』る事だけは避けようと懸命に戦ってきたつもりだ。しかしもう、耶美は誰がどう見ても、桃香に完全に『負け』ていた。後は、自分でそれに気付くかどうか。それだけの問題なのである。




 同じ頃、北校舎の階段では、踊り場で姫乃が倒れ伏していた。礼門に揮発性麻酔薬を吸引させられ、気を失っている。
 いや正確には……気を失う寸前、といったところか。
 その指先が僅かに動く。
 本来ならとっくに意識を失っていてもおかしくない状態にもかかわらず、姫乃は驚異的な精神力で、誰の力も借りずに再び意識を覚醒しようとしていた。とても子供とは思えない強靭な意志の力だ。
 だが肺から入った麻酔薬は血液を通して脳にまで達している。礼門の言う通り、気合や根性でどうにかなる状態ではなかった。とにかく、理科実験準備室で足止めしている礼門に追いつかれる前に、一時的にでも意識を回復し、安全な場所に避難しなければならない。
 ふと、指先に冷たい感触が当たった。
 画鋲だ。
 立ち上がろうとした姫乃が誤って指をかけ、偶然にも掲示板から引き抜いてしまった物だった。迷わず姫乃はこれを手のひらに包む。たった一個でも十分だ。これで少しの間、意識を取り戻す事ができる――。
 姫乃は手のひらの中の画鋲を、目一杯握り締めた。
「ク……ッ!」
 鋭いピンが皮膚に突き刺さり、痛みが脳天を貫く。手のひらから血が噴き出して、指の間から流れ出していった。
 ほとんど力が入らない手足に鞭打ち、這いつくばるようにして階段を降り、北校舎の一階に辿り着く。どんなに惨めな格好でもいい。逃げ切らなくては。きっと今頃耶美は裸にされ、恥辱の写真を撮られているのだろう。彼女のためにも、姫乃までもが陵辱の餌食となるわけにはいかなかった。
 とはいえもう自力で動く事はほぼ不可能だ。
 どうする? 防犯ブザーを鳴らして人を呼ぶか? しかしそれでは礼門に自分の居場所を教えるようなものだし、都合よく教師が助けに来てくれるとは限らなかった。男子女子戦争の秘密がバレるのもあまり好ましくない。
 そういえばここは北校舎の一階。保健室に近い場所だ。斑鳩先生に助けを呼ぶという手もある。
 男子女子戦争の秘密を知られる可能性は高かったが、あの先生なら信頼できそうだ。桃香派と礼門派が教師の鮫島を仲間に引き入れた以上、姫乃派・士郎派としてもこれに対抗できる人材とコンタクトを取る必要があった。もちろん無関係の人間を巻き込むのは心苦しい。だが今の状況は、短期的に見ても長期的に見ても、斑鳩美月の協力なくして好転するとは思えないのだ。
 姫乃は歯を食いしばり、必死に廊下を進んだ。白いワンピースは埃塗れとなり、ほふく前進する様は潰れたカエルのようで、とても人には見せられない醜態だった。
 ――それでも、行かなくてはならない。
 どんなに無様でも、どんなに見苦しくても、勝つ可能性があるなら全力でこれに賭ける。姫乃にはその覚悟があったし、それを貫き通す強い意思も持ち合わせていた。こんな所で負けるわけにはいかないのだ。
 幸い、まだ礼門は追いついてこない。
 だがもはやいつ彼が現れてもおかしくないだろう。
 一刻の猶予もならなかった。
「ここまで……来れば……」
 姫乃はかろうじて気絶する事なく、どうにか保健室のドアの前まで到達する事ができた。腕を伸ばしノブにつかまる。ドアに寄りかかりながら、懸命に身体を起こしていった。後はドアを開けるだけだ。ノックしている余裕は無い。まだ身体測定の時期じゃないし、いきなりドアを開けても問題はないはずだ。
 しかしその瞬間……。
 ガシッ、と姫乃の肩が押さえつけられた。
「……!」
 本来なら悲鳴が飛び出していたはずなのだが、麻酔薬で朦朧となった彼女にはもはやその気力さえ残っていない。驚愕の表情で振り返るのがやっとだった。
 まさか……礼門か?
 あと一歩のところで、追いつかれてしまったのか?
 ここまでどうにか逃げおおせたと思ったのに!
 背後に視線を向けた彼女の目に映ったのは、やはりあの憎き陵辱魔・郷里礼門――。
「ど、どうしたの? そんなに驚いた?」
 ――ではなく、養護教諭の斑鳩美月だった。
「ちょっとトイレに行って帰ってきたら、あなたがドアの前にいたもんだから。軽く肩を叩いただけのつもりだったけど、そんな驚いた顔されるなんてね」
 もう美月の声は姫乃には届いていなかった。彼女の顔を見た途端、安堵のあまり全身から力が抜けていったのだ。くずおれそうになる身体を慌てて美月が支えに入った。
「ちょ、ちょっとあなた……? 何があったっていうの? 確か、五年二組の学級委員の子よね……?」
「せ……んせい……」
 姫乃は最後の力を振り絞って唇を動かしていく。
「私を……教室に……。連れ……て……」
「教室? 何を言ってるのよ、すぐに横になった方がいいわ。保健室には誰もいないからベッドは空いてるし」
「教室……です! お願い……しま……」
 そこでようやく、美月はただならぬ様子を悟ったようだ。ドアノブに血がこびりついている事にも気がついたらしい。姫乃の手のひらには画鋲が突き刺さり、腕の内側には大きな切り傷も残っていた。そして保健室ではなく教室に連れて行ってくれと頼んでいる。ただ単に気分が悪くなってここまで来た訳ではない事は、服の汚れを見るまでもなく明白だった。
 これだけの要素に加え、五年二組の担任が鮫島郡丈である事。そして目の前の少女が三日前に鮫島と保健室を訪れていた事も思い出せば、美月が姫乃の頼みを断る理由はどこにもなかった。
「熱は無いようね」
 姫乃の額に手を当て、美月が呟く。かなり苦しそうにしているが、どうやら病気や怪我ではなさそうだ。そう判断したらしい。
「……分かったわ。五年二組の教室に連れて行けばいいのね」
「ありが……とう……ございま……」
 最後の方はほとんど言葉にならなかった。美月は姫乃の腕を肩に回し、南校舎に向けて歩き出す。これで最悪、途中で意識を失っても、耶美を助ける事はできるはずだ。
 ちょうどそこへ、礼門が階段を駆け下りてきた。危ないところだった。美月が現れるのがもう一分遅ければアウトだったかもしれない。
 姫乃の姿を発見するも、美月と目が合い、言葉を呑み込む。
「君は……? 何の用かな? 今は授業中のはずだけど?」
「いや、あの、その……。白鷺のクラスメイトなんですよ、俺。保健委員だから、心配になって様子を身に来たんです」
「あら変ね。五年二組の男子保健委員は、確か明石くんって子じゃなかったかしら」
 保健委員や学級委員は、身体測定の時などに記録係を務める事も多い。養護教諭とて学校の生徒全員の顔と名前を暗記しているわけではないが、各クラスの保健委員と学級委員くらいは把握していた。咄嗟の嘘とはいえ、礼門の弁解はいかにも稚拙だった。
「まぁいいわ。これから彼女を五年二組の教室まで送っていくところなの。君もついてくる?」
「ええ……何なら俺が連れて行きましょうか? 保健室を空けたらまずいんじゃ?」
「結構よ。これも養護教諭の仕事だから」
 礼門の企みを敏感に悟り、美月はにべもなく彼の申し出を断った。彼が何を企んでいるのかまでは予想できていないようだが、姫乃と二人っきりにしてはいけない……それだけは動物的な勘で見抜いてくれたようだ。礼門がクラスメイトをレイプするつもりだと知ったらどんな顔をするだろう?
 二人の背中を見送りながら、礼門は聞こえないように小さく舌打ちした。携帯を取り出し、羽生桃香に素早くメールを送る。
『白鳥は籠から逃げた。イルカを連れて巣に戻る』
 もう後一歩というところで、姫乃陵辱は失敗に終わってしまったようだ。姫乃は安堵の息を漏らした。しかし安心はできない。今も教室では、耶美が壮絶な辱めを受けているかもしれないのだ。間に合ってくれればいいのだが……。
 祈るような気持ちで、姫乃は美月と共に南校舎へと移動していった。




 男子と比べて、女子は損だと思う。
 耶美はぼんやりとそんな事を考えていた。なぜなら、男子は乳首を見られても平気だけど、女子はそこが弱点となっているからだ。乳首の色、乳輪の大きさ、乳房の育ち具合を確認されるのは羞恥の極みである。
 男子だって、おちんちんの大きさを知られ、皮の被り具合や毛の生え具合を見られるのは苦痛だろう。でも股間を見られて恥ずかしいのは女子も同じなのだから、やっぱりフェアじゃない。
 おちんちんの皮を剥かれ、中身を見られるのは男子特有の恥ずかしさか? いや、女子だってクリトリスを剥かれたら恥ずかしい。その点はおあいこだ。ならば胸を見られる恥ずかしさの分だけ、結局は女子が損をしているのだ。
 それに女子のアソコは――。
「やった! 甲守のアソコ、丸出しだぜ!」
 耶美が完全に脚を開ききると、男子の一人が歓声を上げた。その声に耶美の思考が中断される。
「くそ、ぜんぜん見えねぇぞ!」
「俺たちにも見せろよ!」
 丸出しと言っても、彼女の背中側に座っていたクラスメイトには何も見えない。彼らは目の色を変えて立ち上がり、我先にと耶美の正面へと回り込もうとした。
「こらこら、慌てるんじゃない。まずはテレビ画面を見ながら性器の形をよく学習するんだ。その後で出席番号順に一人ずつ直接観察させるから。まだ甲守にはやってもらう事があるんだ、一人三十秒くらいで交代するんだぞ」
 五年二組の生徒数は、男子が十九人。女子が十六人。今は姫乃と礼門がいないから、耶美自身の数も引けば、全部で三十二人の人間が、これから順番に耶美の性器を観察するわけだ。一人三十秒なら、だいたい十五分くらいで切り上げる想定なのだろう。授業の残り時間はまだ三十分はある。性器観察ショーが終わった後、残った約十五分の間、鮫島はさらに何をさせるつもりなのか……。
 耶美は冷静に計算しながら、自分の目の前にしゃがみ込む根墨忠一をぼんやりと見つめていた。まさか桃香に奴隷扱いされていた情けない男子に、こんな痴態を正面から撮影される事になろうとは。意識を別の所に飛ばさなければ、もう羞恥に耐えられそうになかった。
「うわ、すごいですねぇ……。丸見えですよ……」
 いま耶美は、腰を下ろしたまま脚を開く、M字開脚の状態となっていた。割れ目は太腿の筋肉に引っ張られて僅かに開き、ピンク色の綻びを見せ始めている。陰毛はデルタ地帯にこそ生え揃っているが、性器の周辺にはほとんど発毛が見られなかった。少女らしい可憐な生え方だ。
「あらあら。こんなので丸見えとか言っちゃうんだ。男子って本当に何にも知らないのねぇ」
 忠一の隣には、桃香が特等席を陣取っていた。口元に手を当てて笑いを堪えている。
「ねぇ耶美ちゃん。男子に教えてあげなよ、本当の『丸見え』がどんな格好なのかをさ?」
 彼女の言わんとしている事はすぐに分かった。耶美は聡明な少女だ。聡明だからこそ、いちいち命令されなくても、相手の望む事を敏感に察する事ができる。逆に言えば、その聡明さが仇になってこんな醜態を晒しているとも言えるのだが。
 そして今また、この上ない屈辱の姿を、自分で見せ付けなければならなかった。
「そうやって座ってちゃよく見えないわ。ねぇ先生、耶美ちゃんに寝っ転がってもらってもいいでしょう?」
「ああ、そうだな。女子の性器は見えにくいし、形も複雑だ。甲守、みんながよく観察できるように協力しなさい」
「そ、それは……」
 さしもの耶美も、狼狽を隠せない。
 それはまさにさっき耶美がぼんやりと考えていた事だった。そう、男子と比べて女子は損なのだ。女子のアソコは、男子のおちんちんと違って、割れ目の中でしっかりと守られている。だからこそ、見られる時は割れ目を押し広げられ、身体の内側までも見られる事になってしまう。ピンク色の粘膜。直接内臓に繋がっている部分。そこを暴かれ、晒し者にされる屈辱は、男子には到底理解できないだろう。
 外側に飛び出しているおちんちんを見られる恥ずかしさと、身体の内側を覗き込まれる恥ずかしさとでは、天と地の差があるはずなのだ。
 まして桃香は、寝っ転がって性器を晒せと言っている。それはつまり、今かろうじて床との隙間に隠れている、あの不浄の部分――。お尻の穴まで見せろと、言っているようなものだ。聡明な耶美にはそれがすぐに分かった。
「それだけは……」
「それだけは、何?」
 思わず口から漏れた言葉を、桃香があざとく聞きつける。
「それだけは許して欲しいって言いたいのかしら? フフ、いいわよ。か弱いオンナノコにそんな格好、とても無理だもんね。その代わり土下座でもしてみんなに許してもらわなきゃ駄目よ。中途半端に解剖授業を放棄しようっていうんだから」
 桃香が先回りして逃げ道を塞ぐ。素っ裸で土下座などすれば、後ろから見ればお尻の穴が丸見えだ。どのみち肛門を晒し者にする事に変わりはなかった。結局、桃香たちは何が何でも耶美を辱めて生き恥を晒させるつもりなのだ。最初から逃げ道などあるはずも無い。
 ここに至って、ようやく耶美は気付き始めていた。自分がもうとっくに桃香たちに『負け』ている事を。
 クールビューティの仮面は守ろうとか、姫乃派のプライドは保とうとか、そんな事はしょせん悪あがきに過ぎなかった。姫乃への恋愛感情を見抜かれた時点で……そして桃香の脅迫に屈した時点で。耶美は既に『負け』ていたのだ。
 そして『負け』た人間にできる事は、ただ敗者の坂道を転がり落ちていくだけだった。一度『負け』た人間が、仕切り直しもせずにそのまま勝つ事は有り得ない。敗者はただ勝者に屈服し、隷従するしかないのだ。
 耶美に選択肢は無かった。
 静かに両腕を後ろに回し、身体を支えながらゆっくりと寝転がっていく。まんぐり返しの格好までしなくても、背中を床につけた状態でM字開脚すれば、何もかもが丸見えとなった。そう……何もかも、だ。
 おっぱいの大きさ。
 乳首と乳輪の色。
 陰毛の生え具合。
 性器の形。
 そして――性器より見られて恥ずかしい、ウンチをひりだすための穴。
 その全てが、白日の下に曝け出されてしまった。
 忠一がカメラ越しに呆然とそれを見つめている。
 いや。まだだ。
 まだ、何もかも丸見えではない。
 耶美は自由になった腕を下半身へと向けた。M字に開いた足の下を通すように、たおやかな指を股間へと導いていく。指先が割れ目の左右に添えられた。
 これで、全てだ。
 甲守耶美という女の子の全てが……その何もかもが、丸見えとなる。
 そして耶美が持っていた最後の矜持。女の子としてのプライド。人間としての尊厳が、完全に踏みにじられ、跡形も無く粉砕されるのだ。
「これが……私の性器です。しっかりと……観察……して下さい」
 クチュリ、という粘膜の音が、静まり返った教室に響いた。
 刹那。
 誰もが息を呑んだ。
 あのクールビューティーが。無表情・無感動で男子軍と戦っていた女子が。お澄まし顔で近寄りがたかった孤高の少女が。
 クラスメイトの目の前ですっぽんぽんになった挙句、自ら股を開いて性器の全てをさらしたのだ。耶美の指は大陰唇を大きく広げ、大切に守られていた彼女の生殖器を、衆人環視の元で大公開させている。正真正銘、何もかもが『丸見え』だった。全てを、暴かれたのだ。
 最初に静寂を破ったのは、桃香の忍び笑いだった。それはすぐさま大きな笑い声となって、教室に響き渡っていく。
「フフ……ククク……。あっははは! 凄いわぁ耶美ちゃん。ホントに丸見え! よくそんな格好できるわね。毎日同じ教室で机並べてるクラスメイトの前で、素っ裸の丸出しなんて自殺モンでしょ? 自分から指で開いちゃうなんて、信じられなーい! だいたーん!」
 最後には腹を抱えて笑い出す始末だ。全て自分から仕向けたくせに、まるで耶美が痴女か何かのように蔑んでいる。続けてみどりや祢々子も嘲笑を始めた。
「バッカじゃないの、よっぽど自分のプロポーションに自信があるのねぇ。同じ女として恥ずかしいわ、まったく」
「あはは、見て見て。耶美ちゃん泣いちゃってるよ? みんなに見られてよっぽど嬉しかったのかな?」
 祢々子が言った通り、耶美の目尻には涙が浮かび始めていた。いくら無表情・無感動でも、ここまでの痴態を晒させられたら、涙だってこぼれるというものだろう。それでも彼女は必死に涙を堪えていた。泣き顔を見せるなんてあまりにシャクだった。そうやってプライドにこだわるからこそ、余計に恥をかくことになるのだが……それでも、桃香たちの目の前でポロポロ涙をこぼすなんて御免だ。そう耶美は思っていた。
「ほら静かに。みんな注目しろ、これが最後の解説だぞ。今テレビ画面に映っているのが女性器……俗に言う、オマンコだ。ここが陰核。クリトリスだな。その下の方にある穴が尿道口、さらにその下にある穴が膣口となる」
 鮫島が指示棒で一つ一つ指し示しながら、淡々と解説していく。敏感な場所を無造作に突かれ、耶美は声が漏れるのを耐えるのに必死だった。
 一方、画面を食い入るように見ている男子たちの反応はと言うと、今ひとつピンと来ていないようだった。鮫島がさっき言った通り、女子の性器は形が複雑で分かりにくいのだ。穴と言われてもよく見えない。性交経験の豊富な女性なら、ちょっと指で広げれば膣口などは大きく開くだろうが、処女の耶美では意図的に指先で開かない限り、粘膜が重なり合って奥の方までは観察できなかった。
「ねぇ誰か。耶美ちゃんのパンツ、今どこにあるか知らない?」
 桃香が声を上げる。女子の一人が手を上げた。
「ここにあるわ。もうみんな、見終わったみたい」
「OK、貸してちょうだい」
 立ち上がった桃香がグレーのショーツを受け取り、裏返しながらゆっくりと耶美に歩み寄っていく。クラスメイト全員の手に渡り、しっかりと臭いや汚れ具合を観察された布切れが、クロッチの裏側を露わにして再び持ち主のすぐそばまで帰ってきた。ただし、持ち主の股間を覆うのではなく、その隣で布地を広げられるという意味不明な状態で……だが。
「鮫島先生、うちのクラスの男子はほとんど童貞なんだから、そんな説明だけじゃ理解できないですよ。ほら、こうやってパンツの裏側と見比べれば、穴の位置も分かるんじゃありません?」
 その言葉に、ようやくクラスメイトたちは桃香の行動を理解した。グレーのショーツはほんの数十分前まで、耶美の股間に密着していた布きれだ。その染み汚れは、性器の穴の位置とリンクしているに違いない。得心がいった様子で、鮫島がもう一度説明を繰り返した。
「なるほどな。よしみんな注目。パンツに付いたこの黄色いおしっこの染みの中心が、尿道口のある場所だ」
 桃香が持つショーツの染みを指示棒で指し、次いでその隣にある性器の同じ場所を突っついた。
「この小さな穴が、甲守が毎日おしっこを出している場所というわけだな」
 テレビ画面を見ていた男子たちは、今度は穴の位置が分かったらしく、口々に感想を漏らしていく。
「あ、見えた見えた。あれがおしっこの穴かぁ」
「女子ってあそこからするんだ……」
「じゃあマンコ開いておしっこしないと、割れ目の中も汚れちゃうんじゃね?」
 包茎の男子なら自分の尿道口をしっかり見た事も無いだろうから、まさに興味津々といった様子で、画面越しに耶美の性器を視姦していた。次いで鮫島はショーツの後ろ側に付いた、茶色い汚れを指し示す。
「これがウンチの拭き残しだな。大便をひり出した後にきちんとトイレットペーパーで拭いておかないと、こうやってパンツを汚すことになる。甲守、女の子としてこれは恥ずかしいぞぉ?」
 鮫島の言葉に、教室にいる誰もが失笑した。当然、ショーツのウンスジの隣……耶美の股間の同じ場所には、すみれ色の肛門が息づいていた。耶美のような美少女でも、ピンク色の肛門というわけにはいかず、そこは男子と同じようなグロテスクな色と形を見せている。もっとも、小学生にして自分の肛門をしっかりと観察した者など、男子にも女子にもほとんどいるはずもなかったが。
「肛門ってああなってるんだな」
「見ろよあれ。カスみたいなのが付いてるぜ?」
「ちょっとやだ……何か汚れてるじゃない。サイテー」
 仰向けに寝っ転がった事で、性器のみならず耶美の肛門もまた、天井からの蛍光灯の光に照らされる破目になった。忠一が接写すると、皺の一つ一つはもちろん、その隙間にこびりついたトイレットペーパーのカスや、拭き残しのウンチの僅かな残滓までもがハッキリと撮影されてしまう。
 激しい男子女子戦争の最中でも、ここまでの醜態を晒した女子は今までいなかった。せいぜい、パンツの中にウンチを洩らした祢々子や、プールで公開陵辱されたみどりくらいだろうか。彼女らとて、撮影された画像や動画にはそれほどハッキリと性器が映っていたわけではない。暗いトイレの中や水中では、どうしてもブレやピントの甘さが出てしまうだろう。だが今回は違う。
 窓から日光が差し込み、明るい電灯で照らされた教室の中。高性能のハイビジョンカメラで、落ち着いた撮影環境の中、クラスメイトの衆人環視で全てを撮られてしまったのだ。性器の中どころか、肛門に付いた汚れまで、永久保存されてしまった。何もかもがお終いだった。耶美は、二度と取り返せない人生の汚点を、担任教師や級友たちの前で刻み付けられてしまったのだ。
「このおしっこの染みとウンチの汚れの中間にあるのが、おりもの汚れだ。女の子の穴は、全て身体の中の袋に繋がっている。尿道口は、膀胱に。肛門は、大腸に。そして膣口は、膣と子宮という具合にな。おりものは、膣や子宮の粘液や古い細胞が体外に排出されたものだ」
 鮫島の説明を、耶美はどこか遠くで聞いていた。もう、いいだろう。全て終わったのだ。何もかも見られてしまった。もうこれ以上恥を掻く事は無い。後はひたすら、時が過ぎるのを待てば、いずれ服を着る事ができる。今が一番恥ずかしい瞬間なのであり、これ以上は恥ずかしい思いをしなくてもいいのだ。
「初潮を迎えた女子は、排卵と言って、定期的に赤ちゃんの素を子宮の中に宿す。この赤ちゃんの素に、男子の精液をかければ、受精して赤ちゃんが生まれるというわけだ。もっとも、子宮は身体の奥で守られているから、精液をかけるのは容易じゃない。そこで、男子のおちんちんを、この膣口に差し込み、身体の奥で精液を放出するんだ。これが性交……つまりセックスだな。こうやって赤ちゃんは作られる。分かったか?」
 まさか桃香も、セックスの実演まではやらせようとはしないだろう。恥辱を与えるのに、セックスは必ずしも不可欠ではない。辱めの有効なツールというだけで、場合によっては羞恥の邪魔になる事さえある。
 それに今、教室に礼門の姿は無い。彼以外のクラスの男子で、みんなが見ている中で自分のおちんちんを露出し、耶美をレイプする度胸のある人間がいるとは思えなかった。自分が安全地帯にいるからこそ、耶美の恥ずかしい姿を嘲笑できるのであって、いざ自分も性器を露わにする事になれば、たちまち臆して恥ずかしがるのは目に見えるというものだ。童貞少年にそんな気概があるはずも無い。忠一なら、桃香の命令一つで平然と強姦もするだろうが……。
「よし、じゃあお待ちかねの観察タイムだ。出席番号順に一人ずつ、甲守の性器を直接見せてもらえ。触るのはNGだが、写真は撮っても構わないぞ。遠慮するな」
 鮫島の号令で、出席番号一番の男子がニヤニヤと耶美の真正面に回り込んできた。鼻先が触れんばかりに性器を観察し、クンクンと鼻を鳴らす。テレビ画面では決して分からない嗅覚の刺激に、満足そうな笑みを浮かべた。
「ふーん、チーズの腐ったみたいな匂いって、マジだったんだな。それに肛門もウンコ臭ぇ」
 得意気になって自分の携帯で撮影を始める。忠一が録画しているビデオも、何らかの形でクラス全員にデータが配布されるだろうが、それとは別に自分だけのオリジナル画像を手に入れるのも重要らしかった。
「オイどけよ、もう三十秒経っただろ!」
 目の色を変えた次の男子が割り込むように入れ替わる。
「へへへ……甲守。お前もとうとうすっぽんぽんになっちまったな。ざまぁみろ!」
 何やら勝ち誇ったような顔でシャッターを押し始めた。彼女には全く身に覚えが無かったが、どうやら耶美に強い恨みを抱いているようだ。恐らく、姫乃が立てた作戦で戦死させられた男子か。未だに姫乃は、恥ずかしがって男子のおちんちんを直視できないので、耶美が代わりに男子のパンツを脱がしておちんちんを撮影する事が多かった。
 もちろん耶美は男子の裸になど何の興味も無い。桃香たちは笑いながら楽しそうに男子のおちんちんを撮影するが、あんなブヨブヨした肉の塊を見て何が面白いのか。耶美はただ、相手を戦死させるための手続きとして、淡々とパンツを脱がして撮影するだけだった。男子にとってはそれが逆にシャクに障ったのかもしれない。嘲笑されながら脱がされるより、何の興味も無いといった無表情で脱がされる方が、より屈辱を感じる者もいるのだろう。出席番号二番のこの男子が、まさにそのタイプのようだった。
「無様な格好だなオイ。やっとお前に仕返しできたぜ」
 男子は耶美の性器だけでなく、その表情を執拗に撮影していく。普段無表情でクールな耶美が見せる、恥じらいや屈辱の顔がたまらなく征服欲を刺激するらしかった。顔を背けても腕を伸ばして、嫌がる耶美の顔を何枚も携帯に収めていく。
 自分がこの男子に何をしたのか覚えていないのは、屈辱を和らげるという意味ではありがたかった。しかし同時に、記憶するに値しない男子にいたぶられるのもまた、別の意味で屈辱であった。
 そうやって次々と、入れ代わり立ち代わり、クラスの男子全員が耶美の性器を間近で観察していった。いや全員ではないか。礼門は教室にいないし、明石と清司、それに虹輝の姿も見なかった。
 同盟を結んだ関係だから遠慮したのだろうか。いや、単に耶美の裸に興味が無かっただけかもしれない。どっちでも同じだった。男子のほとんど全員に見られた事には違いないし、何度でも繰り返し視聴できるビデオで撮影された事実は揺るがないのだから。
「ごめんね、耶美ちゃん。これ、授業だから……」
 男子が終わると、次は女子が一人一人、耶美の股間の前にしゃがみ込み、その性器を観察していった。口では申し訳なさそうに言っても、しげしげと恥ずかしい部分をくまなく観察している。五年生ともなれば自分の性器くらいは手鏡で見た事があるだろう。だからこそ、他人と比べる絶好のチャンスを逃すはずが無い。耶美の性器をしっかりと脳裏に刻み込み、自分の性器と比べて安心したり、逆に不安になったりしているようだ。思春期の身体の発育具合は個人差が大きいから、色や形、毛の生え具合など、とにかく他人との違いが気になるものだ。
 さすがに女子は、男子のようにあからさまな侮蔑のセリフを吐く者はいない。しかし中には勝ち誇ったような笑みで見下してくる者や、汚物でも見るように蔑みの視線を隠さない者も少なくなかった。
 耶美は姫乃以外の人間には興味が無い。だから無表情・無感動のように見え、クールビューティなどとあだ名されることにもなったのだ。それを快く思っていなかった女子が意外と多かったらしい。クラスでも五本の指に入る美少女にして、冷淡な気取り屋。確かに同性から嫌われるには十分だろう。
 だが、耶美にとってはどうでもいい事だった。
 繰り返すようだが、彼女は姫乃以外の人間には興味が無いのだ。もちろん、素っ裸にされ、下着の汚れを暴かれ、性器の奥まで晒し者にされて平気でいられるわけではない。けれどもクラスメイトと仲良くやっていこうなどとはこれっぽっちも思っていなかった。馬鹿にされ、軽蔑の視線を向けられるのは悔しいが、耐えられないほどの屈辱でもなかった。姫乃にさえ嫌われなければそれで良かった。白鷺姫乃という心の支えがある限り、耶美はどんな恥辱にも耐える自信があるのだから。
 もう少しでこの屈辱も終わる。女子全員の観察が終われば、授業時間は残り十五分ほど。休み時間になれば他のクラスの生徒も廊下を通るから、解剖授業を続行するのは不可能だ。どうって事は無い。残り十五分で桃香たちが何を企んでいるのかは知らないが、姫乃が無事でいさえすれば、耶美の心が折れることは決して無かった。戦死して、無様に負けた今でも、姫乃の存在が耶美の心を支えてくれている。この支えがある限り、耶美がこれ以上の生き恥を晒す事はないのだ。
 ――そう、耶美は思っていた。
 それは揺るぎない事実だと確信していた。
 しかし彼女はすぐに知る事になる。たとえ姫乃が無事であっても、自分の心がへし折られる事があるのだと。今以上の生き恥を晒す事が有り得るのだと。そして、あろう事か姫乃の宿敵というべき桃香に対し、身も心も完全に屈服し、見るも無残に平伏する事になるのだと。
 今が一番恥ずかしい瞬間などとはとんでもない。耶美はこれから、もっともっと恥ずかしい思いをして、完全なる敗北を味わう事になるのだ。
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