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第二十話 『我、無条件降伏セリ』

2015-05-14

 いよいよ、長かった脱衣カードゲームも終盤戦である。
 仕切り直しの新・一回戦を終え、虹輝はクラブの8と9を、姫乃はダイヤの9とJをそれぞれ消費し、黒星の数は三対三の同数となっていた。虹輝のジョーカーはクラブの7。しかし姫乃のジョーカーの正体は、虹輝の視点からでは不明だ。姫乃がダイヤの10を飛ばして、9とJを切ったところを見ると、ダイヤの10がいかにも怪しいのだが……。
 ルールがマイナーチェンジされた事により、このゲームの特性も以前とは微妙に異なっていた。相手のジョーカーの正体を素早く推理し、手の内を正確に読み切った方が勝ちとなる。ひとまずここは、姫乃のジョーカーがダイヤの10であるとの仮定で戦略を組み立てていくべきだろう。
 姫乃の手札に残された上位カードは、ダイヤの10と、Q、K、Aの合計四枚。ルールの追加・変更の際、カードは必ず二枚ずつ切っていくと決め直されたため、三敗の虹輝を打ち負かすのに必要なカードの数は最低でも四枚であった。次に姫乃が出すカードは、ダイヤの10とQか? しかしダイヤの10がジョーカーであるなら、数字としては0に該当するそのカードを出す事はできない。ダイヤの8を組み合わせるしかないはずだ。まさか新・二回戦において……虹輝がまだ三敗というこの状況で、ダイヤのQとKなんて大胆な切り方をするはずがなかった。
「――セット」
 偶数回なので虹輝の先攻である。彼はクラブの10とJの二枚を、裏向けて切り株の上に並べていった。合計は21。姫乃のカードがダイヤの8とQなら合計は20で、数字『1』分の差で勝てる計算だ。もしダイヤの10がジョーカーでなかったのなら、姫乃はダイヤの10とQを組み合わせてくるかもしれない。その場合合計が22で虹輝の負けだが……それでもまだ四敗。ギリギリのところで踏ん張れるはずだ。
 それに姫乃がダイヤの10とQを出すという事は、手札の上位カードがダイヤのKとAのみになるという事であり、クラブのQ、K、Aの三枚を温存している虹輝に対して格段に不利になる事を意味していた。これなら負けを取り戻す事は造作もなかろう。
「セット」
 姫乃はそれほど長考する事も無く、あっさりと二枚のカードを選んで並べていく。むしろ、おちんちんが見えそうで見えない虹輝が気になって、目の遣り場に困っている印象だった。もしこれで判断ミスでもしてくれれば御の字である。
 オープン、の声と共に、二人は一斉に二枚のカードをひっくり返していった。虹輝のカードはクラブの10とJ。姫乃のカードはダイヤのQと……。
 ダイヤの、Qと……?
 瞬間。
 ギャラリーたちの間にどよめきが走った。
 姫乃の出したカードは、片方は女性の上半身が描かれたカード。ダイヤのQだ。これは予想通り。もう一枚のカードには、髭を蓄えた初老の男性が描かれていた。つまりこっちは……。
「ダイヤの、Kだって?」
 なんと姫乃はこの新・二回戦において、ダイヤのQとKを切ってきたのだ。ずいぶん大胆な采配である。もしダイヤの10がジョーカーなら、もはや姫乃の手札に残っている上位カードはダイヤのAのみ。いくら虹輝を四敗にまで追い込めるといっても、あまりにも無謀な切り方であった。
「いいの、白鷺さん? あと一回勝たないと、最後には負けちゃうんだよ?」
「犬飼くんにはまだ数字の大きなカードが残ってるし……」
「必ず二枚ずつカードを使うって言いだしたのは、姫乃の方なのに?」
 観客の女子たちが感じているのは、虹輝を四敗に追いやった高揚感よりむしろ、手札を後先考えずに消費しているように見える、姫乃の戦い方への焦燥感である。彼女の聡明さには全幅の信頼を置いているが、それでもなお不安に駆られてしまうのだろう。無理もない。虹輝でさえ、どうして姫乃がこんな猪突猛進な戦い方をしているのか、推し量りかねていた。
 まだ虹輝は完全に負けたわけではない。あと一敗で敗北が確定するが、逆に言えばまだ一敗の猶予があるのだ。それまでに姫乃を二敗させれば虹輝の逆転勝利である。
 虹輝の現在の手札は、クラブの7こそジョーカーで使えないが、クラブのQ、K、Aという上位カードが揃っている。対して姫乃の手札は、せいぜいダイヤの7、8、10、A程度。彼女のジョーカーがダイヤの6以下のどれかだったとしても、虹輝には十分勝ち目があった。
 次の新・三回戦では、まずクラブの6とQを切ろうか。合計は18。姫乃がダイヤのAを使わない限り、虹輝が負ける事は無い。仮に負けたとしてもこっちにはクラブのKとAが温存してあるのだから次は確実に……。
 ん?
 何だ……この違和感は?
 虹輝の表情が曇る。
 僕はひょっとして……何かとんでもない思い違いをしているんじゃ……。
 姫乃がダイヤのAを使わない限り、虹輝が負ける事は無い? 仮に負けたとしてもこっちにはクラブのKとAが温存してあるのだから、次は確実に勝てる? それってもしかして……。
 数秒、時間が止まる。
 そして虹輝は気付いた。
 気付いてしまった。
 自分が――致命的な判断ミスを、犯しているという事実に。
「……しまった!」
 思わず声が漏れる。それはクラスメイトたちには聞こえないような、ごく小さな声であったが……相対している姫乃にはしっかりと悟られたようだった。彼女がはっきりと、小さな笑みを浮かべるのが分かった。
「虹輝くん。負けたんだから早く脱いで」
 そう催促してくる姫乃の言葉には、勝者の貫録さえ感じられる。この新・二回戦の勝者というだけでなく、脱衣カードゲームの勝者――ひいては、男子女子戦争の勝者としての威厳に満ち満ちていた。
 どうしてもっと早く気付かなかったのか。
 考えてみれば当たり前の話だ。
 四敗になった虹輝は……もう一敗もする事ができない。その『一敗もできない』という事実が、ゲームの戦略にどれほど大きな影響を与えるのか、もっとよく考えるべきだった。
 次の新・三回戦で姫乃がどのカードを出すのか、虹輝にはもう簡単に予想が付く。
 ダイヤの2と3だ。
 なぜなら、もう虹輝は一敗もできないのだから。常に姫乃が上位カードを切ってくる可能性を考慮しなくてはならない。新・三回戦で負けたとしても、手札を整える事で次に繋げる……という通常の戦略を取る事ができないのだ。姫乃がダイヤの10とAを切ってくる可能性がゼロでない以上、虹輝はこれに確実に勝てるカードを切る必要があった。合計は24だから、クラブのQとKを出して、合計25で対抗するしかない。それ以外の選択肢は一切無かった。
 もしダイヤの10が姫乃のジョーカーなら、或いはダイヤのAがジョーカーなら、もっと下位のカードを組み合わせてもいいだろう。だが一敗もできないという状況では、一か八かの賭けに出る事はできない。一パーセントでもダイヤの10とAを切ってくる可能性がある限り、虹輝は何が何でもクラブのQとKを出すしかないのだ。
 そして虹輝が必ずクラブのQとKを出すと分かっている以上、まだ二敗できる姫乃はここで無理をする必要は全く無かった。最も価値の低いダイヤの2と3を切り、少しでも手札を温存して次に備えればいい。まさか下位カードにこんな使い道があったとは。捨てカードと見なして無視していいなどと思い込んだ自分の馬鹿さ加減に嫌気が差してくる。
 姫乃がダイヤの2と3を出すと推理できたのなら、裏をかいてこっちもクラブの3と4を出すなんて奇策を打って出られるだろうか? いや、不可能だ。確かにダイヤの2と3を出してくる可能性は高いが、百パーセント確実に、必ず2と3を出すという保証はどこにも無かった。姫乃が裏の裏をかいて、ダイヤの10とAを切ってくれば、それで全てはお終いなのだ。クラブのQとKを出しさえすれば新・四回戦に繋げられたのに、奇をてらって失敗して新・三回戦で五敗してしまいましたなんて……悔やんでも悔やみきれない。
 そう、新・三回戦でお互いが出すカードはもう完全に確定していた。のみならず、次の新・四回戦でのカードの内容もほぼ決まっているのだ。新・四回戦はお互いが四敗同士で臨む。両者とも、戦略的にカードを温存する必要は全く無く、持っているカードの中から機械的に上位カードを二枚、出すだけなのだから。手札の内容からして引き分けになる事もないだろう。脱衣カードゲームは、この新・四回戦で全ての決着が着くはずだった。
「もう……詰み、なんだね」
 虹輝が自嘲気味に笑う。
 いつの間にか、決着までの道筋が完全に出来上がってしまっていた。
 新・四回戦でのお互いの手札は、虹輝がクラブの2から6とジョーカー、それにクラブのAの七枚。姫乃は、ダイヤの4から8と、10、Aの同じく七枚……となるはずだ。
 つまり虹輝はクラブのAと6を出す以外に、何の選択肢もないのである。合計は20。姫乃が21以上の組み合わせのカードを切ってくれば、脱衣カードゲームは……いや男子女子戦争は、虹輝の負け。男子軍の負けとなる。
 もし姫乃がダイヤのAと10を出したなら、合計は24で虹輝の負けだ。ダイヤのAと8でも22で結果は変わらない。ダイヤの10と8の組み合わせだった時初めて、虹輝の勝ちとなるのだ。姫乃が持っているジョーカーの正体は不明だが、その数が一枚なのは間違いなかった。ダイヤの10がジョーカーならダイヤのAと8を出せばいいし、ダイヤの8がジョーカーならダイヤのAと10を出せばいい。つまり虹輝が姫乃に勝つためには、姫乃のジョーカーの正体がダイヤのAでなければならない事になる。
 最初に虹輝がジョーカーの位置を指定した際、ダイヤのAを選ぶ確率は、13分の1。手札から切ったカードの中にはジョーカーは含まれていないのだから、新・四回戦に臨む時点での確率は7分の1と言っていいだろう。もちろん、新・三回戦で姫乃がわざわざダイヤの2と4を切ってきたりすれば、ダイヤの3がジョーカーという可能性も一気に高まるが……。
 ともあれ、虹輝が姫乃に勝てる可能性は、確率的には7分の1。そう断言して良かった。
「……虹輝くん」
 姫乃が再度催促の声を上げる。新・二回戦で負けたのだから、早く身に着けている物を脱げと言っているのだ。不思議な話である。現実にはまだ新・二回戦が終わったばかりだというのに、実はもう新・四回戦で決着が着く事が確定しており、虹輝が勝てる確率までしっかり弾き出されているとは。
 虹輝はおちんちんが見えてしまわないように注意しながら、慎重に左右の脚からソックスを抜き取っていった。勝てる可能性が一パーセントでも上がるならと、決意を持って仕掛けた脱衣戦法だったが……何の事は無い。それ以前の、新・一回戦の結果で、既に勝敗は決していたようなものだった。
 そうだ。あの時のカードの采配――。そこにこそ、虹輝が犯してしまった最大の判断ミスがあったと言える。
 虹輝は星の差で一つリードしている事を利用し、姫乃の出したカードを見て、そこから彼女のジョーカーの位置を推測しようと考えた。勝負をかけるのは次の新・二回戦からでも遅くは無いと判断したのだ。今にして思えば実に愚かな判断だった。
 そもそも、虹輝と姫乃の間には圧倒的な実力差があるのだ。それはまさに蟻と象の戦い。たかが星一つのリードなど、何の優位にも繋がらなかった。虹輝は星一つのリードに驕る事なく、常に全力で、死にもの狂いで姫乃に戦いを挑まなければならなかった。それを忘れてしまった時点で、虹輝の負けだったのだ。
 虹輝はそれこそ、新・一回戦でいきなりクラブのJとQを切るくらいの、大胆な采配をすべきだった。姫乃はダイヤの9と11を切ってきたのだから、それなら虹輝は勝てた。そして姫乃を四敗に追い込む事が出来た。そうすれば追い詰められた姫乃は上位カードを切らざるを得ず、虹輝はクラブの2や3を使って手札の温存が可能だったのだ。しかも新・一回戦の時、虹輝はまだ二敗だった。一回負けてもまだ三敗。四敗にまでは追い詰められない。対して一度四敗に追い詰められた姫乃は、常に『一敗もできない』というプレッシャーと戦いながらカードを切らなくてはならない。この状況なら、虹輝は姫乃に圧勝する事さえ可能だったはずなのだ。
 姫乃が最も恐れていたのは、そういう事態に陥る事だったはず。
 だから彼女はジョーカーを使う事と、カードを『必ず二枚切る』事を提案した。それによって虹輝の思考を、後ろ向きな安全策を取るように誘導したのである。恐るべき少女と言えるだろう。
「脱いだよ。次は姫乃さんの番だ」
 裸足で地面を踏みしめ、虹輝は再び手札を手に取った。姫乃は何の迷いもなく二枚のカードをセットする。虹輝も同じく二枚セット。オープンすると、それぞれダイヤの2と3、クラブのQとKが露わになった。とんだ茶番だ。お互いもう、どのカードを出すのか分かっているのだから。ギャラリーの中には、どうしてこんなカード采配になるのか理解できない者もいるらしい。文句を言ったり、疑問を口にしたり、教えられて納得したりと、様々な反応を見せていた。虹輝にとってはもはやどうでもいい事だ。
 彼はただ、ひたすら目の前の少女に畏怖の念を抱いていた。これが白鷺姫乃の実力……。圧倒的な知力と精神力、行動力を持った、まさに無敵の少女である。
 脱衣カードゲームのルール変更において、姫乃が重要視したのは、むしろカードを『必ず二枚切る』という提案の方だったのだろう。『二枚までしか切れない』のではなく、『必ず二枚切る』事で、勝つために必要な手札の数を逆算する事ができる。虹輝ならばそれくらいの計算はお手の物だと、姫乃は考えたのだ。
 その上でジョーカーという不確定要素を入れる。これによって虹輝は、星一つのリードを利用し、カードの逆算をしながらジョーカーの位置を推理しようとカードを采配し始めた。ジョーカーの位置こそが勝利の鍵だと思い込んで。
 考えてみれば、実際にはジョーカーの位置などさほど重要な要素ではなかった。確かに推理できるに越した事はないが、それよりもむしろ重要なのは、先に相手を四敗に追い込む事の方だった。様子見など考えず、果敢に攻め続ける事だった。姫乃はジョーカーを使う事と、カードを『必ず二枚切る』事の提案によって、その事実から虹輝の目を逸らし、守りの態勢を取らせる事に成功したのである。
 あまりにも見事な思考誘導。
 虹輝の完敗だ。
 気が付けば、彼は勝利の可能性わずか7分の1という、極めて分の悪い賭けに臨まなくてはならなくなっていた。
 対する姫乃の敗北の可能性は、たった7分の1だ。姫乃の視点からでは虹輝のジョーカーの位置は不明だが、姫乃のジョーカーがダイヤのAでなければ、その時点で姫乃の勝ちは確定なのだから。もしジョーカーがダイヤのAであったとしても、クラブのAが虹輝のジョーカーだったなら、その場合でも姫乃の勝利である。実際には虹輝のジョーカーはクラブの7だから、そういう事態にはならないが……確率上でも姫乃の方が圧倒的優勢。それが現実だった。
 新・三回戦で負けた分の一枚として、姫乃が首元のスカーフを脱いでいく。これで星の差は四対四。観客たちのボルテージは最高潮に達していた。男子も女子も、お互いの自軍の勝利を信じて大騒ぎしている。冷静なのは鮫島や忠一、礼門に士郎に桃香、そして祢々子やみどりや耶美、清司といった主要メンバーだけだ。彼らには虹輝のジョーカーの正体も、姫乃のジョーカーの正体も分からないはずだが、既にゲームが『詰み』の段階に入っている事は理解しているのだろう。
「……これでお互い四敗ね。引き分けにならなければ、次が正真正銘、最後の勝負。さぁ虹輝くん。カードを出してちょうだい」
 落ち着き払った姫乃の声。もし彼女のジョーカーがダイヤのAだった場合、虹輝のジョーカーもクラブのAでない限り、彼女の敗北になってしまう。この落ち着きぶりから考えると、姫乃のジョーカーがダイヤのAである可能性は低そうだった。相変わらずのポーカーフェイスからは何も読み取れないのだが……。
 虹輝は二枚のカードを選び、切り株の上に並べていった。
 もちろんその内容は、クラブの6とAだ。虹輝が現在持っている手札の中での、最強の組み合わせ。
 後は姫乃がどのカードを切ってくるか。彼女にとってもカード選択を迷う余地などあるはずもなかった。ダイヤの8、10、Aの三枚の内、ジョーカーに該当しない二枚を出せばいい。ジョーカーがこの三枚以外というのなら、迷わずダイヤの10とAを切るべきだろう。虹輝のジョーカーがクラブの7だと知らない彼女は、虹輝がクラブの7とAを組み合わせてくる可能性も警戒しているはずだが、その場合でも引き分けにはならない。つまりこの新・四回戦で確実に決着がつく以上、カードの温存など何の意味もないという事だ。
 切り株の上に四枚のカードが並ぶ。
 いよいよだ。
 いよいよ、全ての決着が着く。この新・四回戦の決着。脱衣カードゲームの決着。そして、男子女子戦争の決着――。その全てが、今ここに決するのだ。
 虹輝が勝てる可能性はたった7分の1だが、それでもこれはよく頑張った方だろう。最初に対峙した時は、それこそ万に一つの勝ち目もなかった。それを、7分の1にまで確率を上げる事に成功したのだ。万々歳である。虹輝の胸にあるのは、やるだけの事はやったんだという充足感だけだった。
 もちろん、これで虹輝が負ければ、男子は全員自分を恨むに違いない。お前のせいで戦争に負けたんだと、虐められるかもしれない。さすがに士郎や清司がそれに加担するとは思えないが……今後の学校生活は厳しい事になるはずだ。
 それでも、虹輝は後悔していなかった。
 男子軍リーダーに祭り上げられた事も、男子女子戦争で最後まで生き残った事も、脱衣カードゲームの対戦相手に指名された事も、全て自分で望んだ事ではなかったが、課せられた責任は十分果たせたと思う。むしろ最終決戦に挑んだのが自分で良かった。自分の力不足で姫乃に負ける事がほぼ確定したとはいえ、それによって結果的に、彼女を守る事もできたのだから。
 もし自分が勝ってしまえば、姫乃はこれからストリップショーを行い、スポーツレクの時間だけ、礼門に絶対服従しなくてはならなくなる。女子全員から敗北の責任を追及され、自然教室が終わった後も、男子の奴隷としての生活を余儀なくされるのだ。そんな事、虹輝は決して望んでいなかった。
 別にいい子ちゃんぶっているわけではない。姫乃のストリップが見たくないのかと訊かれれば、やはりそこは「見たい」のだ。あの白鷺姫乃が一敗地に塗れ、取り返しが付かないほど汚される姿を見てみたい――。そんな欲望も、虹輝の心の中には確実に存在していた。姫乃が泣き叫んで男子に屈服する醜態を、高みの見物と洒落込みたい。
 だがそれは想像の世界の話だ。
 頭の中の妄想に過ぎないからこそ、女の子を酷い目に遭わせてみたいと、自分勝手に空想できる。現実にそれを実行しようなどと思う程、虹輝は非道な人間ではなかった。
 そもそも、現実に姫乃を打ち負かす事など、不可能なのだ。
 激しい脱衣カードゲームの戦いを通して、虹輝は改めてそう思った。
 白鷺姫乃は、自分たちのような凡夫の男子程度が太刀打ちできる人間ではない。強く、賢く、気高く、逞しく……それでいて、優しくて愛らしくて、誰からも好かれる美しい少女。ずば抜けた行動力と、それを支える強靭な精神力を兼ね備え、一度決めた事を最後までやり通す。自分の意思で、自分の意見を貫き通す強さを持った少女だった。同学年の男子程度では、束になってかかったところで、白鷺姫乃の足元にも及ばない。
 今までにも、姫乃は何度もピンチに陥り、そしてそれを乗り越えてきた。プール開きの日に鮫島に襲われた時も。解剖授業の際に麻酔薬を嗅がされた時も。自然教室では夜這いも受けたし、虹輝の放ったスタンガンの電撃で身動きが取れなくなった事もあった。極め付きは和平会談における桃香との最終決戦だ。スタンガンで抵抗を封じられ、下着姿にされ、あわやショーツを脱がされる寸前にまで追い込まれながら、それでもギリギリのところで辛うじて危機を脱した。
 白鷺姫乃を倒す――。それは、決して誰にも成し遂げられない妄想の話。現実には起こりえない絵空事に過ぎないのだ。
 どんな劣勢に追い込まれても、必ずこれを打ち破り、勝利し続ける。白鷺姫乃とはそういう存在なのだろう。今までもそうだったし、これからもそうに違いない。白鷺姫乃が負ける事など、あってはならなかった。彼女は高嶺の花であり続けるべきだ。手に届かない存在だからこそ、白鷺姫乃は輝き続ける。
 いつまでも……いつまでも。
「……じゃあ、カードをオープンしようか。これで決着が着くね」
「ええ。長かった男子女子戦争も、終戦の時が来たんだわ」
 虹輝も姫乃も、お互いの手札を束にして、裏向けて切り株の上に乗せた。もう手札を使う事は無いと分かっているからだ。この勝負で全ての決着が着く。残っている手札になど何の意味もなかった。
 次いで虹輝が、先に自分のカードに手をかける。
「オープン」
 一枚目は、クラブの6。
 二枚目は、クラブのA。
 観客たちがざわめき出す。これで、虹輝のジョーカーがクラブのAであるという可能性は消えた。つまり姫乃のジョーカーの正体を知っている人間……即ち白鷺姫乃にだけは、勝負の結末が判明した事になる。
 虹輝はじっと姫乃の表情を観察した。もし姫乃のジョーカーがダイヤのAならば、彼女は自分の敗北を悟ったはずだ。しかしその表情に変化は見られない。例によってポーカーフェイスを浮かべるのみである。
 やはり姫乃のジョーカーはダイヤのAでは無かった、という事だろうか? それもそうか。考えてみればこの最終局面において、いくら確率的には他のカードと変わらないとはいえ、都合よくジョーカーがダイヤのAとなるはずが無い。そんな虫のいい偶然によって白鷺姫乃が敗北するなど、有り得ないのだ。
 表情を変えないまま、姫乃がカードをオープンしていく。
 一枚目は、ダイヤの8。
 なるほど、ダイヤの10を出してこなかったのなら、これがジョーカーの正体だったという事か。新・一回戦での不自然なダイヤの10のスキップは、ブラフでも引っ掛けでもなく、単にそれがジョーカーだったからに過ぎない。そう考えて良さそうだった。
 虹輝は負けた。
 けれども、全力を出し尽くして戦い、結果として姫乃を凌辱から守る事が出来たのだから、後悔はしていなかった。これで良い。これで良かったのだ。今から虹輝は最後に残ったシャツを脱ぎ、丸出しの素っ裸になって、女子たちの笑いものになる。その姿を姫乃にも見られてしまう。恥ずかしくて、悔しくて、悲しい事だけれど……それで姫乃が清らかな存在のままでいてくれるのなら、虹輝は甘んじてその凌辱を受け入れるつもりだった。
 姫乃が二枚目のカードをオープンした。
 もちろんそこに描かれているのは、ダイヤのAだ。
 赤いダイヤのマークが、三列に分けて整然と描かれていて、カードの隅には10という数字が記載されている。
 これで虹輝の敗北は確定……。
「え?」
 思わず、彼は間の抜けた声を漏らしてしまった。
 見間違いかと二度見する。
 姫乃の二枚目のカードには、ダイヤのマークが三列に分けて描かれていた。左右に四個と、中央に二個。合計十個だ。
 どうして――。
 どうして、ダイヤのAのカードに、ダイヤのマークが十個も描かれているのだろう。どうしてカードの隅に、10なんて数字が記載されているのだろう。
 これではまるでダイヤのAではなく、ダイヤの……。
「ダイヤの……10?」
 そう。
 ダイヤの10のカードではないか。
 虹輝が事態を呑み込むのに、確実に数秒は必要だった。いや虹輝だけではない。その場にいる全員が、恐らく姫乃を除いた全員が、数秒間は硬直していたと思う。
 そしてその刹那。
 割れんばかりの怒号と、悲鳴と、歓喜の声が、林の中に響き渡った。木々や地面が揺れ動くのではないかというほどの勢いだ。
「姫乃さんが出したカードは……。ダイヤの8と、ダイヤの……10?」
 口に出して確認してみても、虹輝は未だ信じられなかった。
 しかし目の前の切り株には、確かにダイヤの8とダイヤの10のカードが載っている。ダイヤのマークが一つしか描かれていない、ダイヤのAのカードは、どこにも見当たらなかった。
 虹輝のカードはクラブの6とクラブのA。
 合計は20。
 姫乃のカードはダイヤの8とダイヤの10。
 合計は18。
 それが意味するものは。
 考えるまでもない。
 虹輝のカードの方が合計の数字が大きいのだから、虹輝の勝ち。姫乃の負け。そして虹輝は四敗のままだが、姫乃は五敗となり、脱衣カードゲームは姫乃の負けとなる。
 それはつまり……。
 長かった男子女子戦争が、男子軍の勝利で終わり、女子軍の敗北が確定した事を、意味していた。
 負けたのだ、白鷺姫乃は。
 虹輝が、姫乃を打ち負かしたのだ。
 同時に、これから五年二組が解散するまで、女子が男子の奴隷となる事が確定した瞬間でもあった。
 少なくとも、スポーツレクの時間が終わるまで、姫乃は礼門の言う事に服従しなければならない。
 いやそれよりもまず。
 今から白鷺姫乃は、クラスメイト全員と担任の鮫島の見ている前で、カメラで撮影されながら、ストリップショーを行わなければならなかった。脱衣カードゲームで五回負けたら素っ裸になる。
 それは他ならぬ、姫乃自身が決めたルールなのだから。言い逃れはできないし……それにどうやら、するつもりも無いようである。
 虹輝は姫乃の表情を再び観察してみた。彼女はこの期に及んでなおポーカーフェイスを崩していない。動揺の色はほとんど見られなかった。せいぜい、掃除当番のゴミ捨てを決めるジャンケンで、惜しくも負けてしまったかのような……その程度の焦燥しか見受けられなかった。口元には相も変わらず小さな笑みが浮かんでいる。
 今の状況が分かっているのか?
 分かって……いるのだろう。
 白鷺姫乃がこの状況で現実逃避に陥るような、そんなか弱い女の子でない事は、虹輝が一番よく知っていた。彼女は現実に直面していてなお、こんな泰然とした態度を取っているのだ。その理由までは知る由もなかったが……。
「――ああ、負けちゃった」
 阿鼻叫喚の騒音に混じって、姫乃が事も無げに小さく漏らす。そんな彼女の姿を、虹輝はただ呆然と、見つめ続けるしかなかった。




 勝敗が決した後、最初に行動を起こしたのは、雑魚女子たちだった。よもや姫乃が負けるなどとは露ほども思っていなかった彼女たちは、ショック状態から覚めるや否や、口々に呪詛の言葉を連ね始める。
「嘘でしょ……」
「白鷺さんが負けるなんて……」
「冗談じゃないわよ! こんな勝負、無効よ!」
「そうよインチキだわ! 姫乃が負けるわけない!」
 論理も信念も何も無い、ただの言いがかりである。虹輝と姫乃がルールに従って、フェアに正々堂々と、全力を尽くして脱衣カードゲームを戦い抜いた事は、クラスメイト全員が知っていた。目の前でその一部始終を見届けていながら、なお因縁をつける事は、二人の健闘に対する最大の侮辱でもある。
 だがそんな事、雑魚女子たちにとってはどうでもいい事だった。彼女らの目的は、ただ男子女子戦争に勝つ事。それ以外には何の興味もない。今までルールに従って戦ってきたのは、ルールを盾にして男子たちをやり込められると考えたからだ。自分たちが優勢ならばルールには従うが、劣勢になればたちまち反故にして開き直る。見苦しいやり口だった。
 しかし男子女子戦争はスポーツの公式戦ではない。言いがかりだろうとゴリ押しだろうと、とにかく最後に勝てばそれでいいのだ。戦争は必ず『正義』が勝つとは限らないが、戦争に勝った方は必ず『正義』になる。それは紛れもない真実だった。
「ふざけんな、どこにインチキって証拠があるんだよ!」
「負けたんだから素直に認めろよ!」
「今さら勝負を無しにしようたってそうはいかねぇぞ!」
 雑魚男子たちがすかさず反論する。これも当然の反応であり、しかも理は彼らの方にあった。仮に虹輝がインチキをしたとしても、その証拠が無ければ糾弾のしようが無い。そんな事、まさに子供でも分かる話だろう。雑魚女子たちは口を噤まざるを得なかった。
 とはいえ、それは彼女たちが大人しく引き下がる事を意味していない。口で勝てないと分かった以上、今度は力ずくで事態を打開する……それだけの話だ。ぐうの音も出ない雑魚女子たちは、次の行動……実力行使に移った。
「何よ……要は、犬飼の奴を剥いちゃえばいいんでしょ!」
「そうよね。脱衣カードゲームなんて関係ないわ! 裸の写真さえ撮っちゃえばこっちのものよ!」
「シャツ一枚剥ぎ取るだけだもんね!」
「いくわよみんな!」
 雑魚女子たちが数人、一斉に虹輝に狙いを定める。脱衣カードゲームに勝ったとはいえ、今の虹輝はTシャツ一枚の他には何も着ていない。押さえつけられてシャツを脱がされれば、たちまち素っ裸の丸出し状態であった。そんな姿の写真を撮られたら、彼は戦死。逆にリストバンドやスカーフしか脱いでいない姫乃は、脱衣カードゲームに負けていながら、男子女子戦争では生き残る事になるだろう。
 脱衣カードゲームのルールでは、『このゲームの終了以降、一切の戦闘行為はこれを禁ずる。またその無効な戦闘行為によって生じた結果もまた、無効である』と明記されていたが、裸の写真という既成事実さえあれば、どうにでも屁理屈はつけられた。脱衣カードゲームの結果を無視しようとしている雑魚女子たちが、そのルールを守るはずもない。これでは何のために虹輝と姫乃が、全身全霊をかけて脱衣カードゲームを戦ったのか、まるで分からなくなってしまう。あまりにも身勝手な雑魚女子たちの言動であった。
「ふざけんな、そんな事させてたまるかよ!」
「暴力が駄目って言うから手加減してやってたのに……調子に乗りやがって!」
「男の力を思い知らせてやる!」
 言うまでもなく、雑魚男子たちもすぐさま反撃の態勢を取った。彼らにとっても虹輝は唯一の生命線なのだ。彼がまだ脱がされていないからこそ、男子軍は女子軍に対して優位に立てる。姫乃の負けが確定したというのに、彼女が脱がされてもいないうちに、虹輝のおちんちんを公開させるわけにはいかなかった。いや虹輝のおちんちんだけは女子に対して絶対秘密にしなければならない。そのアドバンテージこそが、男子軍が女子軍に勝ったという証左なのだから。
 雑魚女子たちと雑魚男子たちが、虹輝めがけて一斉に飛び掛かろうとする。このままでは事態は大乱闘だ。必死になった雑魚女子たちは、どんな手を使ってでも虹輝を脱がそうと襲い掛かってくるだろう。対する雑魚男子たちも、手段を選ばず虹輝を守ろうとするに違いない。肉体的な暴力は避けるという男子女子戦争のルールも反故にされ、殴り合いの喧嘩があちこちで発生するはずだった。この年頃なら女子の体格も男子に負けていない。むしろ女子の方が腕っぷしは強いかもしれないのだ。
 ケガ人も続出し、取っ組み合いで衣服を破られる人も出てくる。そうなれば事態を隠蔽しきれず、教頭や施設の職員などに男子女子戦争の秘密が漏れる可能性もあった。頭に血が上った雑魚女子や雑魚男子たちに、そこまでの配慮は期待できまい。彼らはただ虹輝を脱がす……或いは守るという目的のみに囚われ、視野狭窄に陥っていた。もはや状況は誰にも収拾不可能。パニック寸前にまで追い込まれている。
 そして女子と男子が、切り株の前に立つ虹輝に向かってそれぞれ飛び出した……まさにその瞬間。
「ちょーっと待った」
 大きな野太い声が林の中に響く。
 雑魚女子や雑魚男子たちより僅かに早く、一人の男が虹輝の前に踊り出していた。鮫島だ。シャベルを肩に担いだ鮫島が、虹輝を守るようにその前に立ち、周囲の教え子たちに睨みを利かせて牽制していく。
「おいおい、ガッカリさせてくれるなよ。今まできちんとルールを守って戦争をしてきたっていうのに、最後の最後で力ずくの暴力か? 先生の教え子なら、ちゃんと最後までルールに則って決着を付けてもらいたいものだな?」
 五年生の児童にとって、担任の教師とは特別な存在だ。内心馬鹿にしていたとしても、やはり偉大な大人として敬意を持っている面は少なからずあった。中学生や高校生が教師に対して抱く感情とは似て非なるものがある。ましてその大の大人である教師が、凶器にも成り得るシャベルを担ぎ、自分たちを一瞥する姿は……彼らを萎縮させるには十分な効果があった。このご時世、教師である鮫島が生徒たちにシャベルを振り回すような真似をするはずは無いけれども……。威嚇としてはこれ以上ない迫力である。雑魚女子たちも、雑魚男子たちも、たちまち顔を見合わせて威勢を無くしていった。
「先生が男子女子戦争を見逃してきたのはな、これがただの喧嘩ではなく、ルールに基づいた戦争だったからだ。ルールをなし崩しにして争うのであれば、そんなものは戦争でも何でもない。先生としても見過ごすわけにはいかんなぁ」
 鮫島にとっては、姫乃を辱める事ができればそれでいいのだ。もっともらしい理屈は後付けに過ぎない。それでも彼の言葉が理に適っているのもまた事実であった。追認するかのように、彼を擁護する言葉が飛び出す。
「――鮫島先生の言う通りよ」
 そう声を上げたのは、意外にも白鷺姫乃その人であった。
「男子女子戦争は今まで、一応みんなルールに従ってフェアに戦ってきたわ。そしてさっきまで見届けた通り、最終決戦の脱衣カードゲームも、公正なルールの下で戦った。虹輝くんが勝って私が負けたという事実は、しっかりと受け入れるべきよ」
 それによってもたらされる結果がどれほど凄惨なものなのか……まるで気付いていないかの様子で、姫乃は淡々と語っている。きちんと筋の通ったロジックは姫乃らしいと言えばらしいだろう。しかし敗北という現実を直視していないかのような落ち着きぶりは、聡明な姫乃らしからぬ様子とも言えた。
 それとも或いは――。
 この敗北自体が、姫乃の作戦の一部なのではないか? 負けたと見せかけて、思いもよらないような逆転の秘策で虹輝を戦死に追い込み、最終的には女子軍の勝利で戦争を終わらせる算段なのでは?
 都合のいい解釈が、雑魚女子たちの間に広がっていった。
「虹輝くん、降伏文書を出して。先に調印を済ませましょう? 脱衣カードゲームのルールにも、『勝敗が決した時点で、敗者は降伏文書に署名し、自軍の無条件降伏を宣言する』ってあるから。為すべき事を後回しにしても、ルール違反にはならないはずよ」
 為すべき事……か。
 それはつまり、姫乃のストリップショーを意味しているのだろう。それとも礼門への絶対服従か。いずれにせよ、このまま姫乃が無傷で危機を脱するのは、どう逆立ちしても有り得ない。それだけは間違いなかった。
 姫乃は切り株の上のトランプを見遣りながら、未だ茫然自失の虹輝に声をかける。
「その前に……えっと、その……」
 言いにくそうに口をまごつかせた。
「何? 姫乃さん?」
「だから……あの、服を……。着て、欲しいんだけど」
 視線を横に向けて頬を赤らめる姫乃。そうだった。虹輝は未だTシャツ一枚なのだ。強めの風でも吹けば、たちまち裾がめくれておちんちんが露わになってしまう。無用の危険を避けるため、虹輝は大急ぎで……しかし慎重に、脱ぎ捨てた服を身に着けていった。これで雑魚女子たちが襲い掛かってきても大丈夫。すぐに丸裸にされたりはしないはずだ。
 彼が衣服を身にまとう間に、姫乃はてきぱきと切り株の上のトランプを片付けていった。中央の山札に四枚のカード……新・四回戦で二人が切ったトランプを重ねていく。次いで自分の手札の束を上に乗せ、最後に虹輝の手札を被せて紙製のケースに戻すのだ。
「降伏文書は、男子軍が負けるバージョンと女子軍が負けるバージョンを、それぞれ二枚ずつ用意したから。間違えないようにね」
「分かってる……」
 半ズボンのポケットに入れておいた降伏文書を取り出し、虹輝は切り株の上に広げていった。もちろん使用するのは女子軍が負けたバージョン。『我々女子軍は、男子軍との戦争に敗北し、無条件降伏する事をここに宣言する』と記載された方である。虹輝が所持する用と、姫乃が所持する用が、各々一枚ずつだ。
「署名するためのボールペンは持ってる?」
「大丈夫、だよ」
虹輝はペンを手に取りながら、降伏文書の片方を、切り株の向こうに差し出していく。一方の姫乃は、文書を受け取る代わりに、箱に片づけたトランプをまるで物々交換の如く彼に手渡した。
「これは虹輝くんにあげるわ。今日の記念に、ね。大切に持っていて」
「別に……要らないよ」
「いいえ。あなたはこのトランプを受け取る義務がある。私からのプレゼントよ」
「義務って……」
 有無を言わさぬ口調で突きつけられれば、虹輝も受け取らざるを得ない。訳も分からず、虹輝は手にしたトランプの箱を無造作にズボンのポケットに仕舞い込んだ。
 一体姫乃は何を考えているのだろう?
 一世一代の大勝負に負けたというのに、そんな事などまるで意に介さず、呑気にトランプを片付けたりして……事の重大さが分かっているとは、やはりどうしても思えなかった。それとも姫乃にとって、クラスメイトの前でのストリップなど些細な事なのか? 大して恥ずかしいとも思わず、平然と素っ裸になれるとでも?
 姫乃がウェストポーチからボールペンを取り出した。署名欄に、『白鷺姫乃』と自分の名前を書き込むためだ。『鷺』などという五年生にしてはやや難しい漢字も、彼女はスラスラと美しい筆跡で表記する事が出来た。キャップを取ってペン先を出し、降伏文書の紙面に先端を下ろしていく。
 しかし、そこで虹輝は気付いた。
 手にした姫乃のペン先が、僅かに震えている事を。
 そして一文字目の『白』を書こうとした瞬間――。
 姫乃のボールペンは、その先端を大きく逸らし、降伏文書に斜めの歪んだ線を書き込んでいった。紙面を飛び出して切り株の上にまで飛び出す勢いだ。
 緊張のあまり……手が震えている?
 あの白鷺姫乃が、『白』などという単純な漢字すら書けないほどに、狼狽している。
 信じがたいが、それは間違いない事実だった。
 恥辱のストリップを前にして、さしもの白鷺姫乃も心の動揺を抑えきれないのだ。どれほど平静を装っていても、仕草の変化は心の動きを如実に反映していた。
「……あはは。はみ出しちゃった」
 小さく笑う、姫乃の表情。
 桃香ほどの観察眼や洞察力が無くてもすぐに分かる。
 姫乃は、衆人環視の下でのストリップに恐怖を抱いていた。逃げ出したいと思っていた。礼門の命令に服従する事に嫌悪を感じていた。そんな当たり前の感情を……五年生の女の子なら当然持つであろう感情を、彼女は想像を絶する精神力で抑え込んでいるのだ。取り乱せば鮫島や男子たちを喜ばせるだけ。女子たちを失望させるだけ。それが分かっているから、姫乃は全ての感情を呑み込んで、淡々と事を進めているだけだった。
 ――このままじゃ、駄目だ。
 虹輝はそう思った。
 このまま、姫乃が凌辱の限りを尽くされるのを、黙って見ているなんて駄目だ。自分が何とかしなくては。自分が姫乃を助けるしかない。いやむしろ今姫乃を助けられるのは自分だけであろう。
 虹輝が脱衣カードゲームに勝った以上、男子は女子に対して優位な立場にあった。特に虹輝は、五年二組の男子の中で唯一、まだ女子におちんちんを見られていないのだ。姫乃以外の女子は既に一度は裸にされ、恥ずかしい写真を男子に撮影されている。虹輝と女子たちの立場の差は歴然であった。
 そして男子もまた、虹輝には頭が上がらないはずである。虹輝が脱がされていないからこそ、男子たちは女子に大きな態度を取れる。自分たちの屈辱のおちんちん写真を女子たちに握られていても、虹輝という絶対のアドバンテージがあるために優位に立てるのだ。逆に言えば、虹輝が自分のおちんちんを女子に見せると脅しをかければ……。ある程度、男子たちの不満を抑え込む事が可能だった。
 つまり虹輝は今、事実上五年二組の生徒の中で、もっとも立場の強い人間であると言う事ができた。これを利用しない手は無い。姫乃をストリップさせて凌辱するなんて可哀そうだと、みんなに提案するのだ。
 当然、男子たちはブーイングの嵐だろう。女子の中にも、姫乃だけ脱がされないのはずるい……と思う連中はいるはずだ。そして最も厄介なのは鮫島だった。担任教師という圧倒的な地位にあり、姫乃一人に殊更執着し、何より権力を持った大人である彼にどう対抗したらいいのか。解剖授業のビデオは彼の犯罪の記録映像とも言える。戦う手段が無いわけではなかったが、具体的なプランはまだ頭に浮かんでこなかった。
 それでもやるしかない。
 たとえクラスメイト全員を敵に回しても、大人の教師という権力者に立ち向かう事になっても、虹輝は姫乃を助けたいと思った。姫乃を救うためならば、他の何を犠牲にしても構わないと思った。現にさっきまで、自分が脱衣カードゲームに負けてもそれでいいとさえ思っていたのだから。
 もちろん虹輝だって姫乃の裸は見てみたい。可能であればセックスをしてみたい。この機会を逃せば、二度と姫乃を脱がすチャンスは無いかもしれない。
 そう思ってしまうのも紛れもない事実だった。虹輝だって性欲を持ったいやらしい男子なのだ。可愛い女の子、それも自分の好きな女の子の、恥ずかしい姿を見てみたいと思うのは当然である。けれども、やはりこんな理不尽な方法で姫乃を裸にし、ましてや礼門のような下劣な人間のおもちゃにされる仕打ちを、唯々諾々と見過ごすわけにはいかなかった。
 ――僕が、姫乃さんを助けるんだ。
 そう決心を固めた虹輝が、周囲のクラスメイトたちに話を切り出そうとした……まさにその瞬間。
「みんな聞いて。ちょっと提案したい事があ……」
「虹輝くん」
 彼の言葉を遮るように、凛とした姫乃の声が響いた。
 その表情。
 虹輝が元通り服を着たため、もう彼女は視線を逸らしたり頬を赤らめたりはしていなかった。眼光には鋭い光さえ宿っている。真っ直ぐに彼を見据え、精悍な顔つきで言葉を継いだ。
「どうして私が、最終決戦に脱衣カードゲームを選んだと思う?」
「え?」
「さっきも見たでしょう? カードゲームで勝負がついたのに、ルールを反故にしてでも力ずくでなし崩しに勝とうとした……女子たちの行動を」
 スポーツの公式戦でもない限り、ルールに従って敗北するのは愚者の選択である。現実の戦争では、ルールなどあって無いようなものだった。自分たちに都合のいい時だけルールを守り、都合が悪くなればたちまちルールを破って既成事実を積み重ねる。最後に勝ちさえすれば、勝者は『正義』たりえる。それが戦争の現実であり、世の中のルールなのだ。大人しくルールに従って負けを認めるのは愚の骨頂というものだろう。
「だから私は脱衣カードゲームを選んだ。明文化されたルールの下で、クラス全員の立会いの中、正々堂々とフェアに戦う。そして負けた方は必ず裸にならなくてはならない。こうする事で、ルールをなし崩しにする事なく、完全な形で戦争を終わらせる事ができるのよ。ここまでお膳立てしてもまだ、最後に力ずくで勝負が決まってしまいそうになったわ。鮫島先生のおかげで未然に防ぐ事が出来たけど」
 力ずくの暴力や、アンフェアな屁理屈で戦争に決着を付けたくはない。だから姫乃は文句のつけようのない、完全に公平なやり方で、最後の勝負をセッティングしたのだ。脱衣カードゲームによる決闘という形で。
「私の気持ちを尊重してくれるというのなら、虹輝くんはきちんと最後まで、勝者としての振る舞いを貫いてほしいわ」
「勝者……としての?」
「私は敗者としての責務を果たす。それを黙って見過ごすのが、虹輝くんのやらなければならない事よ」
「姫乃さん……」
 彼女はお見通しだったのだ。虹輝が姫乃を哀れに思い、恥をかかずに済むよう行動するつもりだという事を。見抜いた上で、牽制すべく先手を打ってきた。
 考えてみれば、脱衣カードゲームを提唱したのは姫乃の方だ。決闘を申し込んできたのも、ルールを決めたのも、礼門のおもちゃになると宣言したのも、全て彼女である。当然、負けたらどうなるかも分かっていたはずだ。
 それだけの覚悟を持って勝負に臨み、死闘の末に敗北した今でも、強靭な精神力でその結果を受け入れている。姫乃を助けようと行動する事は、そんな彼女への最大の侮辱であり、冒涜であると言って良かった。ルールをなし崩しにする行為だ。これでは力ずくで勝ちを収めようとした雑魚女子たちとやっている事は変わらなくなってしまう。
「ほら、早く調印を済ませましょう」
 虹輝に話しかけて自らも落ち着きを取り戻したのか、姫乃は手の震えも納まり、降伏文書にスラスラと自分の名前を書き込んでいった。多少筆跡の乱れはあるが、きちんと『白鷺姫乃』と判読できる署名である。姫乃が……そして女子軍が降伏したという、言い逃れの出来ない決定的証拠となるだろう。
 一大決心を固めて姫乃を助けようとした虹輝は、しかし彼女自身にその出鼻を挫かれ、結果として自分のすべき事を見失っていた。いや、すべき事は最初から分かっている。降伏文書に署名し、姫乃の敗者としての末路を見届ける事だ。彼女が公開ストリップを行い、礼門の餌食となり、生き恥の全てを晒す姿をただ傍観するだけ。それが虹輝のすべき事だった。
「カムパネルラは……」
 小さく姫乃が呟く。
「カムパネルラは、ジョバンニの下を去ってしまったけれど。私のカムパネルラは、きっと私の下に……戻ってきてくれるから」
 その言葉の意味を、虹輝は理解できなかった。いや理解しようともしなかった。彼はただ、操り人形のように降伏文書に自分の名前を書き込むだけだ。その行為がもたらす結果が何であるのか――。もう考える事を放棄していた。現実から目を背けていた。
 お互い署名すると、文書を交換し、もう一度署名を行う。これで女子軍が負けたという降伏文書が二通作成され、虹輝と姫乃とで互いに所有する事ができる。
 雑魚女子たちの中には、この期に及んでなお、調印を邪魔してどうにか女子軍の勝利をゴリ押ししようと企んでいる連中もいるようだった。しかしシャベルを担いだ鮫島が睨みを利かせているために、全く手を出せないでいる。どのみち、今さら状況を逆転する事など不可能なのだ。姫乃は正々堂々と戦い、そして負けた。姫乃に最終決戦の全ての権限を委ねておきながら、負けたからと言ってその結果を受け入れない事は、卑怯としか言いようが無い。
『犬飼虹輝』。
『白鷺姫乃』。
 二つの名前が、二通の降伏文書にそれぞれ署名された。これで調印は終了だ。姫乃は自分用の降伏文書を手に取ると、虹輝に対し……そしてクラスメイト全員に対し、潔く宣言した。
「――虹輝くん。私たち女子軍は、男子軍に対して、無条件降伏する事を宣言します。男子女子戦争は私たち女子軍の……負けよ」
 一瞬、静寂が林の中に訪れた。
 セミの鳴く声だけが染み入るように響き渡る。
 恐らく、男子も女子も、誰もがその状況を受け入れかねていたのだろう。長きに渡った男子女子戦争が、ついに終わったという事実。男子軍が勝って女子軍が負けたという事実。そして……あの白鷺姫乃が、これから生き恥を晒すのだという事実。それらを現実のものとして認識できずにいた。
 静寂を破ったのは鮫島だ。
 シャベルと足元に突き刺すと、パチパチと手を叩き、称賛の意を表明する。それは自分の望みが叶ったという喜びだろうか。それとも強い心で困難を受け入れる姫乃への敬意か。真意はどうあれ、その拍手につられて、男子たちも手を叩き始めた。やがて拍手は純然たる歓喜の意志表示へと変貌していく。
「やったぜ、俺たちは女子軍に勝ったんだ!」
「よくやったぞ虹輝!」
「ヘヘヘ……とうとう白鷺の奴も素っ裸だ!」
 対する女子たちは、当然ながら誰一人として拍手などする者はいなかった。憮然とした表情でこの屈辱的状況に耐えているだけだ。気の弱い雑魚女子の中には、もう泣き出す者さえいる始末だった。まだまだこれから……もっともっと屈辱的な仕打ちを味わう事になるとも知らずに。
「冗談じゃないわよ……」
「白鷺さんのせいだわ。自分で勝手に決闘なんかするから!」
「何であたしたちがこんな目に……」
 そして雑魚男子や雑魚女子ほど分かりやい反応を示していないのが、中枢メンバーたちだ。まず忠一は桃香にしか興味が無いから、姫乃が負けようと女子軍が負けようと何の関心もない。ただカメラマンとしての責務を果たし、ベストアングルを求めてファインダーを覗いているだけだった。
 士郎と清司も、淡々と状況を受け入れているに過ぎない。拍手をして喜びを見せたりはしないし、姫乃に憐憫の情を示す事も無かった。
 鮫島はと言うと、拍手を扇動した後は再びシャベルを手にして、悠然と事態を見守っていた。彼にとってこの上もなく理想的な状況に推移しているはずなのだが、意外と落ち着き払っていて、興奮している様子はそれほど感じられない。
 女子の中枢メンバーの反応は、さらにバラバラであった。分かり易いのは祢々子。雑魚女子たちと同じように膨れっ面をして姫乃を睨んでいる。
 みどりは、そんな敵意を姫乃に向けようとはしなかった。かといってこの現実を受け入れるだけの覚悟はまだ整っていない。ただ困惑した様子で、この先いったい何が起こるのかと、戦々恐々としているように見えた。
 逆に平然と構えているのは、桃香と耶美の二人である。桃香は腕を組み、じっと姫乃の様子を観察していた。鋭い観察眼と洞察力を持つ彼女には、他の連中には見えない何かが見えているのだろうか。小さく溜息をつくと、まるで全てを受け入れたかのように、目を閉じてピクリとも動かなくなってしまった。
 気になるのは耶美の反応だろう。姫乃の事を心の底から慕っている彼女が、なぜ姫乃敗北という一大事に際し、泰然とした態度を崩していないのか。本来なら真っ先に取り乱して泣き叫んでいてもおかしくないはずなのに。彼女はいつも通りのクールな無表情で、何の感情も見せず、じっと姫乃を見つめていた。あえて感情を読み解くとするなら、姫乃を責めているのでも案じているのでもなく、ただじっと、彼女の行動を遠くから見守っている……。そんな態度だった。
 最後は礼門だ。
 鮫島と同じく、姫乃敗北は彼の思い通りの結末のはず。にも拘らず、その表情に単純な喜びの色は見受けられなかった。苦虫を噛み潰したような顔で姫乃に厳しい視線をぶつけている。一体何を考えているのだろうか?
 その真意は、すぐに判明する事になった。




 こんなに上手くいくはずが無い……というのが、礼門がいま抱いている正直な感想である。彼は今までにも散々姫乃に煮え湯を飲まされてきた。
 解剖授業の麻酔薬作戦では、自らの身体に傷を負ってでも正気を保つ意志の力の前に敗れたし、夜這い作戦では見事に返り討ちに遭って赤っ恥をかかされた。後者は負ける事が前提だったとはいえ、あそこまで屈辱的な仕打ちを受けるとは予想外であった。スタンガンと耶美の処女を交換する作戦も、いい所まで追い詰めておきながら結局取り逃がしている。
 姫乃攻略の頼みの綱だった桃香とて同じだ。彼女も最後には返り討ちに遭い、惨めな敗北の姿を晒していた。聞くところによればその時、姫乃はブラとショーツだけの下着姿にまで剥かれ、あわやショーツを脱がされる寸前まで攻め立てられたのだという。是非見ておきたかった光景だ。礼門は鮫島や雑魚男子たちと同じく、未だ姫乃のパンチラすら見る事ができないでいた。彼にとって白鷺姫乃は、鉄壁のガードを誇る無敵のスーパーヒロインなのである。
 だからこそ、そんな姫乃がこんなにあっさりと負けるはずが無い。彼女が負けを認めるなど、罠としか考えられないのだ。礼門はさっきから警戒の念を解いてはいなかった。
「おい、白鷺!」
 敗北宣言を行った姫乃に対し、憮然と声をかける。
「てめぇ……何を企んでやがる」
「何の事?」
「とぼけんな! お前の考えてる事くらいお見通しだ。どうせ負けたと見せかけて、とんでもない秘策で逆転勝ちする算段なんだろ! 俺は騙されないからな!」
 もし本当に逆転の秘策があるのだとしたら、問い詰められて白状するはずもない。むしろ騙された振りをして、姫乃の秘策を見抜くべく冷静に観察を続けるべきだった。そんな事も分からず、感情的に尋問してしまう所が、礼門の浅はかさと言えるだろう。これでは知略で姫乃に勝てるはずもなかった。
「たまたまダイヤのAがジョーカーだったから負けました? 違うな。お前ほどの人間がこの程度で敗北するわけがねぇ」
「買い被り過ぎよ。私もしょせんは五年生の女の子。テレビのヒロインじゃないんだから、男子と戦って負ける事だって当然あるわ」
「お前のしおらしい敗北宣言なんて誰が信じるかよ」
 頑として譲らない礼門に対し、姫乃は「仕方ないわね」と小さく呟いて、自らのウェストポーチに手をかけた。中から黒くて四角い物体を引っ張り出す。
 スタンガンだ。桃香との和平会談決戦において入手した、三個目のスタンガン。この自然教室の施設内においては最強の武器であり、姫乃のような非力な少女が筋肉馬鹿の礼門に、物理的に対抗しうる唯一の強力なアイテムであった。スイッチを入れると、先端がスパークしてバチバチと火花を散らす。電池も入っているようだ。
 持ち替えて先端を掴むと、姫乃は礼門の下に歩み寄り、そのグリップエンドを彼に向けて差し出した。
「……このスタンガンを郷里くんにあげるわ。元々は桃香のものだけど」
「何だと? お前、自分が何を言っているのか……」
「もちろん分かっているわ。私がこのスポーツレクの間、逃げようとしたり逆らったりしたら、このスタンガンで抵抗を封じればいい。私が、一昨日の夜にあなたにしたように」
 最強の武器であるスタンガンを礼門が握れば、まさに鬼に金棒。もはや手が付けられなくなる。逆に姫乃にとっては、逆転の望みを完全に潰すも同然だった。名実ともに、男子に敗北を認め、服従を誓約すると言っていい。姫乃の完全敗北だ。
「マジかよ……」
 礼門は半信半疑のまま、差しだされたスタンガンを手に取った。スイッチを入れると確かに先端がスパークする。妙な細工が施されているわけでもなさそうだ。
 もしかして本当の本当に、姫乃は敗北したのだろうか?
 このままろくに抵抗もせず、素っ裸になって礼門の慰み者になるのか?
 あり得ない。
 あり得ないのだが……しかし現実に事態は、そういう状況に収束すべく、着実に進行していた。姫乃の屈服はもう目の前なのだ。
「――だったらよ、白鷺」
 礼門が警戒を解かず、彼女に提案する。
「今から何をするのか、自分の口で言ってみろよ」
「敗北のペナルティを実行するんでしょう?」
「持って回った言い方をするな。もっと分かり易く……直接的な表現で言ってもらいたいもんだな?」
 彼の意図を察し、姫乃が小さく唇を噛む。これから実行する恥辱と屈辱に塗れた行動を、彼女自身の口でハッキリと言わせようという、礼門らしい陰湿な要求だった。しかし無駄な抵抗をして事態を悪化させるほど、姫乃は知恵の足りない少女ではない。どうせこれからもっと恥ずかしい思いをするのだ。口で宣言するくらい、何でもないだろう。
「私は……脱衣カードゲームで虹輝くんに負けたので、ルールに従って、今から身に着けている物を全て脱ぎます」
 さらに一呼吸おいて言葉を継ぐ。
「全て脱いで素っ裸になったら……スポーツレクの間だけ、郷里くんの言う事を何でも聞きます」
 現在の時刻は午前十時三十分過ぎ。スポーツレクは十二時に終了する予定だから、まだざっと九十分は残っていた。十二時からは昼食の時間だし、一時からは自然教室を総括する反省会がある。予定の時刻になれば打ち切らざるを得ないが、しかし九十分もあれば、姫乃を徹底的に辱めて屈服させるには十分過ぎると思われた。
「へへ……。よし、なら宣言通り、早速ストリップを始めてもらおうか。そこの切り株の上がお立ち台にちょうどいい。上に乗ってすっぽんぽんになれ」
 上から目線で礼門が言い放つ。
「……はい」
 姫乃はその言葉に逆らわなかった。逆らう事は許されないのだ。脱衣カードゲームのルールを決めたのも、負けたら礼門に服従すると宣言したのも、全て自分の撒いた種なのだから。
 男子女子戦争は女子軍の敗北に終わった。
 今から女子軍の――そして白鷺姫乃自身の苦難が始まるのだ。
 その苦難は、今までのどの女子が味わったよりもずっとずっと激しい……恥辱と屈辱に満ちた、想像を絶する凌辱になるはずだった。
 もはや逃げる事はできない。抵抗する事もできない。ただひたすら、じっと耐え忍ぶ事しかできないのだ。それが戦争に負けるという事だ。
 白鷺姫乃の破滅は、もうすぐそこまで迫っていた。
 
 
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