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第十八話 『脱衣カードゲーム』

2015-03-10

 姫乃は切り株の上に、新品のトランプを表向きに並べ始めた。ちょうど七並べの要領で、スート別にAからKまで十三枚、プラス二枚のジョーカーを整然と配置していく。この内、使用するのは十三枚のカードを二セット。他のカードはゲームには使用しなかった。
「どのスートを使ってもいいんだけれど……虹輝くんはスペード、私はハートでいいかしら」
「それでいいよ」
 姫乃はスペードのAからKまでを束にして、虹輝に差し出した。次いで自分がハートの十三枚を手に取り、残りの二十八枚のカードは山札の形にして切り株の端の方に除けておく。彼女の手の動きに不審な点は見当たらなかった。手札の内容はお互い分かっているのだ。カードさばきでイカサマを入れる余地は無いだろう。そもそも、当然のように姫乃にカードの扱いを任せている時点で、虹輝の態度が甘すぎるとも言えるのだが。
「次に先攻と後攻を決めなくちゃね。じゃんけんでいい?」
「うん」
 またしても姫乃の提案を呑む形でゲームを進めていく。既にゲームは始まっているのだ。本来であれば率先して主導権を握って、自分のペースに巻き込もうとするべきなのに……虹輝が未だ、姫乃との戦いに迷いを見せている事は誰の目にも明らかだった。気付いていないのは本人だけだ。
 ともあれ、じゃんけんによって先攻と後攻が決定する。姫乃がグーで虹輝がチョキ。これまた当然のように姫乃が勝ってしまった。
「じゃあ私が先攻を取るわ」
 両者が手札を扇状に広げ、いよいよ実質的なゲーム開始の準備を整える。ついに男子女子戦争、正真正銘最後の戦いが始まるわけだ。
「……この勝負、どっちが勝つと思う?」
 そんな二人のやり取りを見遣りながら、士郎は傍らの桃香に声をかけた。クラスメイトたちは皆、固唾を飲んでゲームの進行を注視している。この勝負で自分たちの命運が決まるのだ。イカサマが無いように見張るという意味もあったし、何より純粋に結果が気になって仕方なかった。
「そりゃもちろん姫乃でしょ」
 腕を組んで答える桃香。彼女だけでなく、女子は一人残らずそう思っているに違いない。勝って欲しいという願望のみならず、絶対の自信に基づいた回答であった。この脱衣カードゲームは姫乃がルールを考案したもの。元々、姫乃と虹輝とでは実力に大きな差があるのだ。その上、土俵を用意したのが他ならぬ姫乃とあっては、彼女の勝利を疑う方がどうかしていた。
「だろうな。俺もそう思うぜ。お互い普通に戦えば、まぁ勝つのは白鷺の方だろ」
「ずいぶん素直ね。分かってるの? 姫乃が勝つって事は、女子軍が勝つって事なのよ」
「もちろん分かってる。けど勝負ってもんは、最後までやってみないとどう転がるが、判断できないもんだからな。下馬評じゃ白鷺が圧倒的に有利だろうが、まだあいつの勝ちで決まったわけじゃない」
 士郎の言葉に、しかし桃香は鼻で哂って答えた。
「あたしはもう決まったと思うけどね」
 ただでさえ実力差が圧倒的な上、虹輝には『姫乃が好き』という致命的弱点がある。耶美の例を見るまでもなく、恋心に狂わされた人間は脆く、弱いものだ。もちろん姫乃にも『虹輝が好き』という全く同じウィークポイントは存在していた。しかし彼女には一度決めた信念を貫く強い精神力がある。たかが恋心程度で自分のすべき事を見失う程、姫乃は甘い人間ではなかった。
 揺るぎない自信を持って姫乃の勝利を確信する桃香であったが、そんな彼女の背後から、一人の男子がゆっくりと近づいてきていた。野太い声で会話に割って入ってくる。
「――全くもって同感だ」
 その男子とは、郷里礼門。昨晩さんざん桃香の処女を好き勝手に喰い散らかした男だ。憎むべき仇敵を視界に入れ、桃香が鋭い視線を向ける。
「もう勝負は決まったも同然だろ。俺が注目してるのは、白鷺が勝つまでの間に、あいつがどれだけ脱ぐかって事だけだな。せめてパンツくらいは見たいもんだぜ」
「あんたの意見なんて聞いてないわよ」
 桃香が怨嗟の籠った口調で噛みついた。だが礼門は飄々とそれをかわしてしまう。
「ご挨拶だな。昨日はあんなに素直で可愛かったのによ。俺たちもう他人の関係じゃないだろ?」
 一度身体を征服した事実は、礼門に圧倒的な余裕を与えていた。いくら憎悪を向けられようとも、泣きながら挿入を許し、無様に屈服した少女など怖くも何ともない。立場は自分の方が上だという自信があった。そんなもの、単なる思い込みに過ぎないのだが。
 とはいえ桃香に敗北の記憶がしっかりと刻み込まれているのも事実である。まだあれから半日も経っていない。たかが一度屈服した程度で、こんな卑劣な男に隷従する桃香ではないものの、それでも精神的に引け目を感じてしまうのは避けられなかった。彼女の強気の言葉の裏側には、レイプされた恐怖に必死に立ち向かおうという、ひたむきな意志が見え隠れしていた。
「あたしは……」
 唇を噛み締めた桃香が、口を開いた時。
 突然、姫乃が声を上げた。
「ゲームを始める前に、一つ宣言しておくわ」
 全員の視線が彼女に集中する。
「この勝負――もし私が負けたら、その時は郷里くんの言う事を何でも聞く。このスポーツレクの時間だけ、どんな命令にも素直に従うわ。抵抗はしないし逃げたりもしない」
 凛とした声で、ハッキリと――。姫乃は取り返しのつかない宣言を自ら率先して行った。『脱衣カードゲームに負けたら、スポーツレクの時間だけ、礼門の言いなりになる』と。
 当然、ギャラリーたちは騒然となる。
「マジかよ?」
「どんな命令にもって……意味分かってるのか?」
「だいたい、負けた時点で素っ裸なんだろ?」
 そして狼狽しているのは虹輝も同じだ。
「ひ、姫乃さん……。なんで……?」
 低学年じゃあるまいし、素っ裸の女子を相手にどんな命令でもできるとあれば……しかも命令するのがあの郷里礼門とあれば、彼女がどんな悲惨な目に遭うか、想像するまでもなかった。なぜわざわざ自分で自分を追い込むような真似をしているのか?
「あら、何を驚いているの虹輝くん? これは男子女子戦争の最終決戦なのよ。私が負けるという事は、女子軍が負けるという事。女子軍が負けたら、郷里くんが私に何をするか、見当はつくでしょう? 早いか遅いかの違いでしかないのだから、私が言っている事は何もおかしな事じゃないわ」
「それは……そうだけど」
「それとも、虹輝くんはその程度の覚悟も無しにこの場所に立っているの? あなたが負けたら男子軍が負ける事になるのよ? 恥ずかしい思いをするのは虹輝くんだけじゃない。男子のみんな、全員が道連れになるの。それが理解できないのなら、戦う前から勝負は決まっているわね。時間の無駄だから、早く降伏する事をお勧めするわ」
 姫乃の言葉は理に適っていた。普段の戦いなら、たとえ自分が負けても、自軍の誰かが敵を討ってくれる可能性はある。最終的に自軍が勝てば、クラス内での地位は保たれるのだ。しかし最終決戦だけは全く事情が異なっていた。
 姫乃が負けてしまったら、もう誰も彼女の敵を討ってくれる女子はいない。女子全員が、男子に屈服するしかないのだ。逆に虹輝が負ければ、当然男子全員が女子の奴隷にされてしまう。負ければ素っ裸になるだけでなく、礼門の自由にされてもいい……という姫乃の宣言は、別に突拍子もない思い付きでも自暴自棄になった放言でもなかった。単に、起こりうる事実をそのまま追認した発言に過ぎないのだ。
「へへへ……随分大胆な事を言うじゃねぇか白鷺」
 指名された礼門が鼻で嗤う。
「その言葉、忘れんじゃねぇぞ。後になって言ってませんなんて理屈は通らねぇからな」
「クラスのみんなが証人になってくれるわ。鮫島先生もビデオを回しているし。逃げも隠れもしないから安心してちょうだい。もちろん、私が負ければ……の話だけどね」
 鮫島はデジタルビデオカメラで脱衣カードゲームの様子を既に撮影し始めていた。さっきの姫乃の宣言もしっかりと記録されているだろう。言い逃れはできない。
 いやそもそも姫乃は言い逃れなどするつもりはないのだ。彼女にとってこの宣言はゲームに勝つための戦略の一つ。勝ちさえすれば宣言の内容など、何の意味もないだろう。
「――ったく、相変わらず喰えねぇ女だよな」
 姫乃の真意に気付いている士郎が、苦笑交じりにそう呟いた。
「ただでさえ姫乃優勢だったのに、これで決定的になったわね」
 桃香も同意の言葉を漏らす。
「何だ? どういう事だよ?」
 当の礼門だけがそれに気付いていなかった。
「分からないのか? 虹輝は白鷺の奴が好きなんだぞ? もし自分が勝てば、クラス全員の前であいつを素っ裸にしてしまう。そんなの嫌だ、助けてあげたい……。そうやって迷いを持ってる所に、さっきの宣言ってわけさ。白鷺を打ち負かせば、自分の好きな女子が他の男子の食い物にされちまう。それが分かっていて、果たして本気で戦えるか? って話」
「じゃあ、あいつ犬飼の奴の戦意を挫くために、わざと……」
「お前も乗せられたな。見ろ、虹輝の奴、真っ青になってるぜ?」
 可哀そうに、姫乃の戦略に翻弄され、虹輝は完全に己を見失っていた。顔面蒼白、手に持ったカードは明らかに震えている。これではまともに姫乃と戦う事さえままならないはずだ。元々虹輝の勝機は薄かったが、これで勝敗は決定的になってしまった。
「チッ、どのみち犬飼が勝てるとは思っちゃいなかったけどよ……クソ、どこまで頭が回るんだよ、あの女」
 礼門は舌打ちしながら姫乃を睨んだ。だがもう後の祭りだ。最初から期待していなかったとはいえ、ゲームが始まる前からここまで優劣が決まってしまうとは。応援する気にもなれなかった。ひょっとしたらとんでもないワンサイドゲームになるのかもしれない。
 切り株を挟んで対峙する虹輝と姫乃。それはあたかも蛇に睨まれた蛙を想起させる。どちらが蛇で、どちらが蛙なのか……。
 そんな事、今さら考えるまでもなかった。




 実際、虹輝の心の中は嵐の中の小舟のように揺れ動いていた。
 元々このゲーム、自分が姫乃に勝てば、彼女を素っ裸にひん剥く事になってしまう。姫乃に死にも勝る屈辱を与えるルールなのだ。それは虹輝の心に、勝利への追求を鈍らせる絶好のブレーキとなって作用していた。
 姫乃を打ち負かしたくない……。でも勝たなければ男子軍が負けてしまう……。そうやってただでさえ動揺していたところに、さらに「負ければ礼門の自由になる」という姫乃の衝撃の宣言だ。これでは、どうぞクラスのみんなの前でレイプして下さいと頭を下げているようなものだった。
 確かにこの脱衣カードゲームが男子女子戦争の最終決戦なのだから、姫乃の宣言は理に適っている。必勝へのこれくらいの意気込みは当然必要だろう。そして宣言自体が、虹輝の心理的動揺を誘うブラフである事も理解していた。
 だがそれでも……。
 虹輝はどうしても違和感を拭いきれなかった。
 姫乃は聡明な少女だ。どんな勝負においても、自分が負ける可能性を直視し、その恐怖と向き合ったうえで尚、勝つために最善を尽くす事ができる。そうやって彼女は今まで、鮫島の魔の手から逃れ、礼門の罠を打ち破り、桃香との激闘を勝ち抜いてきた。それが、敗北する自分から目を背けていた桃香と決定的に異なる所だった。
 そんな姫乃が、こんな挑発的な宣言をするなんて。いやそもそも、脱衣カードゲームを提唱した事自体、普段の彼女からは考えられない行動だった。最終決戦だからの一言で片づけるには、あまりに無理があり過ぎる。
 ――何か、別の意図があるのではないか?
 ずっと白鷺姫乃という人間を見てきた虹輝は、やはり彼女の行動の裏に、本当の目的があるような気がしてならなかった。単に虹輝に勝つため、男子軍に勝つためにこんな事をしているとは、どうしても思えないのだ。
「まずは私が先攻だったわね」
 虹輝の迷いなどお構いなしに、姫乃は手札の中からカードを一枚、引き抜いた。すぐに切り株の上には置かず、一旦手を止める。
「……ねぇ虹輝くん。気付いてる?」
 おもむろに話しかけてきた。
「何……を?」
「この脱衣カードゲームのルールよ。このゲーム、必ず勝つ方法は無いけれど、絶対に負けない方法ならあるわ」
「負けない方法?」
「有名な漫画で似たような展開があったじゃない? 虹輝くんなら気付いてると思ってたんだけど」
 そこまで言うと、姫乃は切り株の上にカードを裏向けてセットした。彼女の背後にもギャラリーは多数陣取っていて、中には男子もちらほら交じっている。もし姫乃の手札の内容が読み取れれば、虹輝に合図を送る事でイカサマもできそうだったが……当然ながら、姫乃は誰にも手札を盗み見られないように、慎重に胸の前で構えていた。それは虹輝も同じだ。
 いやそもそも。
 姫乃にとっては手札など、見られても一向に構わないのかもしれない。彼女の次の発言を耳にして、虹輝はそう思った。
 カードをセットするなり、姫乃は大声で言い放ったのだ。
「虹輝くん。私は最初の勝負、ハートの2を出すわ」
 それは、礼門への宣言に匹敵するほどの衝撃発言でもあった。相手より大きな数字のカードを出す勝負だというのに、オープンする前から自分の手の内を晒してしまうなんて。いったい姫乃は何を考えているんだ?
「ちょっと姫乃、大丈夫なの?」
「なんでわざわざカードの内容を……」
「いくら犬飼くんが相手だからって、舐めてちゃ危ないよ?」
 雑魚女子たちが不安げに声を上げる。姫乃の実力は認めているが、万が一にも敗北なんて事態になれば、彼女たちにとっても他人事ではなくなってしまう。黙っていられないのは当然だろう。
 もちろん姫乃は、虹輝を侮ってこんな発言をしたわけではなかった。何か意図があっての事だ。そして虹輝はすぐにその意図に気付く事が出来た。ヒントは、『必ず勝つ方法は無いけれど、絶対に負けない方法ならある』というさっきの言葉。
 絶対に負けない方法とは、必ず勝つ方法の事ではないのか? そこがまず引っかかったのだが、考えてみれば『絶対に負けない』と『必ず勝つ』は、決してイコールだとは断言できなかった。負けないけれど勝ってもいない――。そんな状況も、有り得ない話ではない。
 それはつまり、『引き分け』だ。
 このゲームはお互いの手札の内容が全く同じになっている。スートは違えども、AからKまでの十三枚のカードという点では同一だ。そして勝負の方法は、数字の大きさ比べ。ならば、二人が同じ数字のカードを出し続ければ……勝負はいつまで経っても『引き分け』が続く事になるだろう。
 姫乃がわざわざ2を出すと発言したのは、虹輝にも同じく2を出してほしいというメッセ―ジに他ならない。彼はそう思った。
「そうか、それで姫乃さんは……」
 小声で呟きながら、虹輝は自分の違和感が次々と氷解していくのを感じていた。
 ルールによれば、『どちらかの参加者が、勝負の続行が不可能になった時点でゲームは終了とする』と明記されている。この文言も最初から少し気になっていたのだ。どうして『どちらかの参加者が、素っ裸になった時点でゲームは終了とする』と書かれていないのか? 素っ裸になった時、『以降の勝負の続行は不可能とする』とあるので、同じ意味には違いないのだが……。
 厳密に言えば、ゲームの終了の条件は『勝負の続行が不可能になった時点』なのである。その『勝負の続行が不可能になった時点』の中に、どちらかの参加者が素っ裸になった時点が含まれているに過ぎない。では素っ裸になる以外に、『勝負の続行が不可能になった時点』が起こりうる状況とは何だろう?
 それもまた『引き分け』なのだ。
 このゲームは『未開封新品のトランプを一セット使用する』ゲームで、引き分けの場合、カードは山札に移して手札には戻さない。つまり引き分けが続く限り、手札はどんどん消費されるが、参加者はどちらも脱衣しない展開が続いてしまう。もしそれで手札を使い切ってしまったらどうなるのか? もはや脱衣カードゲームは続行不可能であり、『勝負の続行が不可能になった時点』が発生する事になる。脱衣カードゲームの結果は『引き分け』だ。
 しかもこのゲームは『男子女子戦争の最終決戦』であり、『このゲームの終了以降、一切の戦闘行為はこれを禁ずる。またその無効な戦闘行為によって生じた結果もまた、無効である』と明記されていた。
 それは取りも直さず、男子女子戦争自体が、『引き分け』で終わる事を意味している。
 ――これだ。
 これなのだ。
 姫乃の狙いは、最初から『引き分け』にあったのだ。虹輝は確信した。
 みんなを説得して引き分けで終わらせましょうなんて言っても、誰も納得はしないだろう。けれども、明文化されたルールの適用で『引き分け』になったのなら、文句を言う事はできない。姫乃はちゃんと、ルールの文言を変更するチャンスをクラス全員に与えていたのだから。後になって不満を並べてもそれは手遅れというものだ。最初にルールを変えなかった方が悪い。
 脱衣カードゲームというセンセーショナルなゲームを提唱したのも、負ければ礼門の自由になると宣言したのも、この真意を悟られないためのカムフラージュと考えれば納得がいった。誰だって脱衣カードゲームなんて言われれば、姫乃がどこまで脱ぐのか? という点に気を取られてしまう。ルールの落とし穴に気付く余裕はないはずだ。
 姫乃はこの勝負を引き分けで終わらせようとしている。もしそうなら、虹輝がとるべき行動は一つしかなかった。姫乃に協力し、この脱衣カードゲームが全て引き分けで終わるように誘導する事。そうすれば、これ以上誰も傷つかない。誰も傷つけない。穏便な形で、男子女子戦争を終結させる事ができるはずだ。
 ……まずはスペードの2を出そう。
 虹輝は目的のカードを指で挟み、背後のギャラリーに見られないよう、手札からゆっくり引き抜いていった。そこで何かに気付いたのか、士郎が大きく叫んだ。
「虹輝!」
 しかしすかさず姫乃が牽制してくる。
「明石くん。助言は禁止よ。ルールは守ってちょうだい」
 狙いすましたような姫乃の言葉。ルールを盾にされれば士郎も反論できなかった。黙って引き下がるしかない。自分が考えただけあって、姫乃は自由自在にルールを駆使し、ゲームの進行を完全に支配していた。
 士郎は一体何を言おうとしていたのか……少し気になった虹輝だったが、しかしセットするカードの内容を変えるつもりはなかった。恐らく士郎も、引き分けにすれば戦果としては十分だと気付いたのかもしれない。とにかく姫乃と協力して全ての勝負を引き分けで終わらせる。それで男子女子戦争は終わりだ。脱衣カードゲームに参加できるのは虹輝と姫乃の二人だけだとルールでも決まっているのだから、誰にも邪魔はできないだろう。
「セット」
 虹輝はスペードの2を切り株の上に裏向けた。これで両者とも手札のカードを一枚、場に出した事になる。
「じゃあ一斉にカードを開けましょうか。……オープン」
 姫乃の合図と共に二人は自分のカードを裏返し、その数字を露わにした。虹輝のカードはもちろんスペードの2。姫乃のカードはハートの……。
「え?」
 瞬間、虹輝は我が目を疑った。
 そんな……馬鹿な?
 どうして?
 姫乃のたおやかな指でひっくり返されたカードに記されていた数字。それは――。
「――ハートの、3?」
 ハートの2ではなく、ハートの3だった。ハートマークが三つ、縦に並んでいる。間違いない。姫乃はハートの3を出したのだ。
 クラスメイトたちから一斉に反響が沸き起こる。女子は、歓喜の声。男子はもちろん、怒りの雄叫びだ。
「やったぁ、まずは一勝よ!」
「卑怯だろ! 嘘なんかつきやがって!」
「馬鹿ね、騙される方が悪いんじゃない」
「ふざけんな、こんなの無効だ!」
 喧々囂々といった有様だったが、姫乃は全く意に介していなかった。彼女は知っているのだ。ルールで禁止されていない以上、宣言とは異なるカードを出したところで何の実害も無い事を。そしてルールで決まっている以上、どんな事情があれ、勝負の結果が絶対だという事を。士郎や桃香、礼門……それに鮫島も、それが分かっている側の人間だった。いたずらに騒ぎ立てる事も無く、ただじっと事態を静観している。
「あら、ごめんなさい。うっかりカードを間違えてしまったわ」
 悪びれもせずに姫乃が言い放つ。虹輝は呆然と目の前の少女を見つめた。
 ……うっかり、だって?
 そんな馬鹿な。
 一世一代の大勝負、男子女子戦争の最終決戦において、白鷺姫乃ともあろう者が『うっかり』間違えるなんて絶対にありえない。わざとだ。姫乃はわざと、宣言と異なるカードをセットしたのだ。何のために?
 虹輝を罠に嵌め、陥れるために決まっている。
「仕方ないわね、次の勝負は虹輝くんがスペードの3を出してくれる? 私はハートの2を出すから……これでおあいこ。三回目の勝負からは手札の内容をイーブンにできるわ」
 そんな言葉を、一度騙された虹輝が素直に信じるとでも思っているのだろうか。いや、相手が他ならぬ姫乃ならば、やはり信じてしまうかもしれない。虹輝の恋心に付け込んだ、実に卑劣なやり口だった。
「でも……ルールはルールだから。悪いけどこの勝負は私の勝ち」
 さらに姫乃は冷徹に畳みかける。
「虹輝くん、一枚脱いでちょうだい」
 次の勝負で私が負けたら、私もちゃんと脱ぐから……と姫乃は言葉を継ぐが、何のフォローにもなっていない。虹輝の胸には、拭いきれない姫乃への不信が募る一方だった。彼女はオープンした両者のカードを一つにまとめ、切り株の中心部に裏向けて置き、山札とした。使用していないクラブやダイヤのカードの束とはまた別の山札だ。勝負に使った手札のカードは、ここにまとめて積み上げていく事になる。作業を進めながらも、早く脱げとばかりに視線は虹輝の方を向いていた。
 ともかく負けは負けだ。虹輝は観念し、黙って両方の靴を脱いだ。ルール上、靴も服の内に入るものの、左右で一つとカウントされる。脱いだ靴を揃えて脇に置くと、ソックスで地面を踏み締め、虹輝はキッと姫乃を睨み返した。
 ――彼女は『引き分け』を放棄した。
 理由は不明だが、それは間違いないようだ。
 せっかく男子女子戦争を引き分けで終わらせるチャンスがあったのに、姫乃はみすみす自分からその機会を潰してしまったのだ。
 だが考えてみればそれは当然かもしれない。既に五年二組のクラスメイトのうち、虹輝と姫乃以外の三十三人は全員裸にされていた。中には清司やみどりや耶美のように、レイプまでされてしまった者もいる。それなのに虹輝と姫乃のどちらもが裸にもならず、引き分けで終わりましょうなんて、いくらルールで明文化されていても通じるはずが無かった。そもそも姫乃自身が、それを良しとはしないだろう。親友の耶美ですらあそこまでの恥辱を晒したのだ。自分が脱がないのであれば、女子軍の完全勝利をもたらす事でしか皆を……そして自分自身を納得させる事はできない。姫乃ならそう考えても不思議はなかった。
「次は虹輝くんの番よ」
 扇状に手札を構えて、悠然とゲームの進行を促す姫乃。引き分けの取引を続けるのなら、彼女の言う通り次はスペードの3を出すべきなのだが……。本当に姫乃はハートの2を出してくるだろうか? もしハートの4でも出してきたら、また虹輝の敗北になってしまう。五回負ければ素っ裸になって女子軍に無条件降伏しなければならないのだ。二連敗だけはどうしても避けたかった。
 一方で、さっき姫乃がハートの3を出した行為が、本当にただの『うっかり』である可能性も……ゼロではなかった。いや限りなくゼロに近いとは思うが、白鷺姫乃だって人間だ。最終決戦ゆえのプレッシャーからミスを犯す事だってあるだろう。だとすればスペードの3以外のカードを出してしまったら、虹輝の方からせっかくの引き分けの取引を台無しにしてしまう事になりかねない。
 どうしよう。
 どうすればいい?
 虹輝はどのカードを出すべきなのか、全く分からなくなってしまっていた。姫乃を信じるべきか否か。理性ではもう騙されまいと考えているのに、心の底ではもう一度信じたいと思っている自分がいる。姫乃に対する強い信頼感と、確かな好意がそこにはあった。
 助言が禁じられているギャラリーたちは、無言でじっと虹輝の指先に注目している。震える手が一枚のカードをつまみ、手札から引き抜いていく……その一部始終を目に焼き付けていた。
「……セ、セット」
 長い時間をかけて、ようやくカードが場に提示される。姫乃は対照的に、何の迷いもなく目的のカードを選び、同様に場にセットしていった。迷わないという事は、最初から出すカードを決めていたという事だ。今度こそ宣言通りハートの2を出すのだろうか? 虹輝の迷いは杞憂に過ぎなかったのか? もしこれで姫乃の出したカードがハートの2以外のものであれば、彼女が引き分けを放棄した事が決定的となる。
 そして運命のオープンの瞬間がやって来た。
「オープン」
 二人の声がハーモニーを奏で、それぞれのカードがひっくり返される。
 果たして、姫乃の出したカードの内容は……。
「ハートの2。約束通りね」
 今度は宣言通り、きちんとハートの2であった。もしかすると本当に引き分けをするつもりなのかもしれない。姫乃は大げさに肩をすくめながら言葉を継いだ。
「あーあ、せっかく約束通りのカードを出したのに。虹輝くんったら、私の事を信じてくれなかったのね。残念だわ」
「そ、そんな……。僕は……ただ……」
「スペードの3を出してって言ったのに、そんなカードを出すなんて」
 そう。虹輝が出したカードは、スペードの3ではなくスペードの4だった。姫乃がもしハートの4を出してきても、引き分けに持ち込めるように念のため保険をかけたのだ。これ以上敗北したくない彼にとっては当然の選択であった。
 しかし姫乃が約束通りハートの2を出した状況では、逆に虹輝が彼女を信用しなかった事を示す何よりの証拠になってしまっている。自分は姫乃の信頼を裏切ってしまったのだろうか……。せっかく彼女が引き分けに持ち込もうとしてくれていたのに。虹輝の胸に悔恨と不安が広がっていった。
「やったぜ、今度は虹輝の勝ちだ!」
「あーん残念! これで一勝一敗かぁ」
「まだまだ、勝負はこれからよ!」
 男子たちは虹輝の勝利に喜び、女子たちは姫乃の敗北を悔しがった。この程度の事で一喜一憂するなんておめでたい連中である。姫乃の予告カード提示も、虹輝を混乱させるための作戦でしかないと思っているらしい。プレイヤーの二人が引き分けを狙っているのではないかと、疑う者はほとんどいなかった。
 確かにそれは一面では正しい。
 やはり姫乃はこの脱衣カードゲーム、引き分けで終わらせる気は毛頭ないのだろう。虹輝はそう思い直していた。彼女がハートの2を出したのは、決して引き分けに持ち込むためではない。勝つためだ。勝敗の星の差が縮まった事だけに歓喜する男子たちの姿を見て、虹輝は姫乃の真意を悟る事が出来た。
 星の差は間違いなく一勝一敗。数の上では並んでいる。
 だが手札の内容はどうだ?
 ゲーム開始時には全く同じ内容だったはずの手札の中身は、二度の勝負を経て僅かに違いが生じていた。姫乃が使用したカードは、ハートの3と2。対して虹輝が使ったのはスペードの4と2だ。姫乃は最も数の小さい2と、次に小さい3のカードを既に使い切っている。ところが虹輝は2と4を使用し、スペードの3はまだ手札の中に残してしまっていた。
 そう。手札の内容を比べると、虹輝は姫乃に対してほんの僅かであるが劣勢に立たされているのである。その差は数字『1』分だけ。誤差の範囲内と言えばそれまでかもれしない。しかしこの『1』分の差が、後々大きな意味を持つ可能性は十分あった。戦う相手が白鷺姫乃であれば尚更だ。
 たかが『1』。
 されど『1』。
 たった数字『1』分の差でも、虹輝の方が数字が小さければ、その勝負は負けになってしまう。もしそれが、五回目の敗北を賭けた最後の勝負であったなら……。
 たった『1』分の差が、取り返しのつかない結果を導く事になるのだ。
「おい白鷺」
 観戦している礼門が、ふてぶてしく彼女に声をかけた。
「何ぼーっとしてやがるんだ。この勝負はお前の負けなんだぜ。さっさと一枚、脱げよ。まぁ最初は靴くらいだろうけどよ」
 その言葉に、男子たちの興奮は一気に高まった。一回目の敗北ではせいぜい靴を脱ぐだけ。二回目の敗北でもソックスだけで済ませるつもりだろう。だが姫乃がさんざん言った通り、脱衣カードゲームは明確なルールに基づいて行われている。そしてそのルールには、五回負けた時点で素っ裸にならなければいけないと明記されているのだ。いくら着ている服が多くても、五回で全て脱ぐ義務がある。三回負ければブラウスかキュロットスカートは脱がざるを得ない。そして四回負ければ間違いなく下着姿だ。
 野球拳ならそこからまだブラジャーとショーツを賭けて二回勝負できるのに、脱衣カードゲームでは一回しか勝負できない。なぜ自分に不利になるようなルールを考えたのかは謎だが、ギャラリーの男子たちはみんな、服の下に隠された姫乃のヌードを想像し、彼女の脱衣を今か今かと待ち望んでいた。
 今回は靴しか脱がなくても、追い詰められればブラかショーツくらいは見られる。下劣な男子たちの目当てはそこだけだ。そして正直なところ、虹輝もその下劣な男子の一人であった。健全な男の子である以上、好きな女子の裸に興奮するのは当たり前の反応だ。雑魚男子たちと違って虹輝は既に姫乃の下着姿を見ている。彼らほどガツガツしてはいないつもりだが、だからといって見慣れる事など有り得なかった。
 その一方で、虹輝にはある種の確信もあった。
 姫乃が大人しく、不利なルールに従って脱ぐはずが無い……という確信が。そもそも不利なルールかどうかも怪しいのものだ。姫乃が考えたルールである以上、どこかに抜け道があるに違いない。既に何度もルールに翻弄されていた虹輝には、そう考える方がむしろ自然とさえ思えるのだった。
「そう急かさないで。きちんと脱いであげるから」
 言いながら、姫乃はうなじに手を廻し、長く艶やかな髪を縛っていたリボンに手をかけた。スルリと振りほどくと、黒髪が広がってシャンプーの芳しい香りを林の中に振りまいていく。彼女の手から離れ、地面に落ちていくリボン。
 そして彼女は飄々と言ってのけた。
「――はい。一枚脱いだわ」
 一瞬、彼女が何を言っているのか、観客の誰も理解できなかった。鮫島だけがビデオを回しながら、愉快そうにクックと忍び笑いを漏らしただけだ。やがて誰もがその意味を悟り、そして……女子は手を叩いて喝采し、男子は声を上げてブーイングを浴びせ始めた。
 姫乃は髪を縛っていたリボンを解いただけで、「一枚脱いだ」と言い張っているのだ。たったそれだけで服を一枚脱いだ、と。
「ふざけんな、何だよそれ!」
「往生際が悪いぞ! リボンなんか服の内に入るか!」
「ちゃんと五回に分けて脱げよ!」
「五回負けたら素っ裸になるんだろ!」
 頭の悪い男子たちの罵声は、しかし姫乃の理路整然とした反論によって瞬く間に封じられていく。
「文句を言うならきちんとルールを読んでから言ってもらいたいわ。ルールには、『身に着けているものを脱ぐ』とは書いてあるけど、『服を脱ぐ』なんてどこにも書いてないじゃない。それに『五回負けた時点で次に脱ぐものが無い状態』にならなければいけないけど、五回に分けて均等に脱がなくてはいけないとも書いてないわ。つまり、四回負けるまでは、必ずしも服を脱ぐ必要は無い。身に着けているものを脱ぎさえすればね」
 姫乃は首にスカーフを巻き、左右の手首にリストバンドを装着していた。二回目、三回目、四回目の敗北でそれらを一つずつ脱げば、結局五回目の敗北に至らない限り、下着姿どころかパンチラすら見せる事は無い……というわけだ。逆に虹輝はそういったアクセサリーを身に着けていないため、二回目でソックス、三回目でシャツ、四回目ではズボンを脱がざるを得なかった。
 もし星の数が四敗ずつ並んで最終決戦を迎えても、姫乃はほとんど服を脱いでいないのに対し、虹輝はパンツ一丁で彼女に対峙しなければならないのだ。いくら男子であれ、クラス全員に注目されている中でパンツ一枚になるのは羞恥を感じざるを得ない。果たしてそんな状況で、次に負けたら全て終わりという最終決戦に、平常心で臨めるだろうか? またしても虹輝は、姫乃が仕掛けたルールの落とし穴に、まんまと嵌ってしまったのだ。
「悔しかったら、虹輝くんがあと四回、私に勝てるように応援する事ね。五回負けた時は私も潔く、皆の見ている前でストリップしてあげる。……まだ文句のある人はいるかしら?」
 姫乃の高度なディベート能力の前には、同年代の男子など手も足も出なかった。いくら生意気だと思っても、反論できない以上押し黙るしかない。そしてそんな姫乃のカッコいい活躍に、女子たちは皆心酔し、男子女子戦争の勝利を確信するのだった。
「さぁ、今度は私の番」
 姫乃は何の迷いもなくゲームを進行していく。ここまでは、完全に彼女の思惑通り。全て予定通りの展開なのだろう。虹輝を含めた男子たちは、彼女の手のひらの上で踊らされているに過ぎない。お釈迦様の手のひらの上から逃げられない無力な孫悟空……いや猿回しの猿以下であった。
 圧倒的な力の差にただうろたえるしかない虹輝に対し、さらに姫乃は情け容赦なく矢継ぎ早に戦術を駆使する。何と彼女は、三枚のカードを同時に手札から引き抜くと、何食わぬ顔でそれらを裏向けて場にセットしていった。虹輝を始めとするギャラリーたちが目を丸くする。
「姫乃さんっ? そんな……カードを三枚も同時に出すなんて……」
「ふぅん、やっぱり気付いていなかったのね。ルールにはカードを一枚しか出さないとは書いてなかったでしょう? 英語だと単数形か複数形かで悟られる危険もあるけれど……日本語は便利ね。『カード』と書くだけで、単数形の意味にも複数形の意味にもなるんだから」
 確かにルールには、『手札の中から任意のカードを裏向けて場にセットする』としか書かれていない。そして『後攻の参加者も、同様にカードを裏向けてセットする』という記述もあった。
「同様に、とあるんだから、虹輝くんも三枚出してもらうわ。どのカードを選ぶかはもちろん虹輝くん次第だけどね」
 もはや虹輝は一方的に姫乃の戦略に翻弄されているだけだ。自らルールを作成し、その抜け道や落とし穴まで熟知している彼女と、未だ戦う覚悟さえ整っていない虹輝とでは、実力以前に戦いに臨む姿勢の差があり過ぎた。これでは勝てるかどうかよりも、そもそも勝負として成立していないだろう。
 とにかく今は三枚のカードを選ばなくてはならない。
 虹輝は自分の手札をじっと見つめた。残っているのはスペードの3と、5から上の数字のカード。14として取り扱うエースのカードももちろん残っている。
 勝負はまだ序盤戦。いきなり切り札を消費するわけにもいかなかった。小さな数字のカードを使っていくのがセオリーである。恐らく姫乃の出したカードの内容は、ハートの4・5・6の可能性が高い。
 虹輝としても小さな数字のカードを早く出したいところだ。しかし一番小さな数字のカード三枚となると、スペードの3・5・6になってしまう。姫乃のカードの合計が15なのに対し、虹輝のカードは14。数字『1』分だけ負けてしまっていた。早速、一回目と二回目の勝負の判断ミスが響いてきた格好だ。
 カードの組み合わせを3・5・6から3・5・7に変更すれば、同じ合計15になるから、引き分けに持ち込める。もちろん姫乃が4・5・6以外の三枚を出していたなら虹輝の負けになるが……。その場合は、姫乃が数字の大きなカードを消費した事になるから問題なかった。
 例えば姫乃が4・5・7なら合計が16になって虹輝の負け。しかし彼女の手札はハートの6と、8以上が残る事になる。対して虹輝の手札もスペードの6と、8以上が残り、手札の内容をイーブンに持ち込む事が出来た。星の差が一つついても、まだ二敗だ。どうとでもひっくり返せるだろう。
 よし、決めた。
 出すカードは3・5・7にする。
 これで、使いどころがなく残っていたスペードの3を消費できるし、引き分けなら実害もない。負けても手札の内容が互角に戻るなら上出来である。
 虹輝は3・5・7の三枚を手札から抜き取り、場にセットした。
「準備はいいわね。……オープン」
 姫乃の合図で、二人はそれぞれ三枚のカードを順にひっくり返していく。虹輝のカードは言うまでもなく3・5・7。姫乃のカードは……。
 4・5・6。
 順当に、小さい数字のカードを三枚揃えていた。合計はどちらも15。この勝負は引き分けだ。
 面倒なスペードの3を無事消費し、勝敗も引き分けに終わって虹輝は安堵の息を漏らした。これでいい。姫乃相手でもどうにかこうにか、自分なりに戦略を立てられる。ほんの少しだけ、彼は脱衣カードゲームを戦い抜く自信を得る事が出来た。
 しかし。
 場に出された合計六枚のカードをひとまとめにして、姫乃はそれを中心部の山札に重ねていく。その作業を続けながら、彼女は小さく溜息をついた。
「――がっかりだわ、虹輝くん」
「え?」
「あなた、まだ本気で戦う覚悟が固まっていないみたいね」
 何の事だろう。姫乃は何を言っているんだ?
「虹輝くんはどういう意図で、3・5・7のカードを選んだの? 使いどころがなく残っていたスペードの3を消費したかったから? 引き分けなら実害もないから? 負けても手札の内容が互角に戻るなら上出来だから?」
 まるで虹輝の心の中を読み取っているかのように、ズバズバと姫乃は彼の意図を言い当てていった。つまり、虹輝の考えている戦略なんてしょせんその程度。姫乃に簡単に見抜かれるレベルでしかないという事だ。
「その結果、この勝負で虹輝くんが得たものは何かしらね。今の手札の内容をよく見てみなさいよ」
「今の手札の内容って……。あっ!」
 ようやく虹輝は、姫乃が何を言わんとしているのか理解する事が出来た。このゲームは最初の手札の内容が同じ条件で、勝負の度にどのカードを出したかもすぐに分かる。ゲーム中、お互いの手札の内容は筒抜けになっているのだ。
 姫乃は数字の小さいカードからほぼ順当に消費しており、現在の手札はハートの7から上の数字のカードのみ。対して虹輝は、いびつな使い方をしたため、スペードの6と、スペードの8から上のカードが残るという構成になっていた。手札の内容では、数字の『1』分だけ姫乃に劣るという状況だ。要するに三回目の勝負の前と後とで、何も状況が変わっていない事になる。手札のカードがお互い三枚減っただけ。手札の差は同じ数字の『1』分だし、星の数も引き分けだから変化はない。
「このゲーム、手札のカードは減る事はあっても増える事は無いわ。カードが減るという事は、それだけ戦術の幅が減るという事。虹輝くんはこの三回目の勝負で何をしたかったのかしら? 手札の内容を良くしたかったの? 勝ち星が欲しかったの? そういう戦略の意図が何も見えてこないのよね。ただリスクを抑えて、現状維持を図っているだけ。それで勝利が掴めるの? これは男子女子戦争の最終決戦だというのに。私ならそんな後ろ向きな事はしない。死に物狂いで勝ちを狙いに行くわ」
 そうだ。手札の内容を良くしたかったのなら、敗北を覚悟してでも3・5・6を出して手札を整え、次の勝負に勝機を繋ぐ努力をすべきだった。勝ち星が欲しかったのなら、思い切って3・5・8の三枚を選んで一勝を積み重ねるべきだった。それなのに虹輝は、安全策で引き分けを狙い、中途半端に手札を改善した結果、勝負の前後で何も状況が変わらないという愚策をとってしまったのだ。限られた手札で戦わなければいけないというのに、ただ無益に手札を消費してしまった。その判断ミスが、後々どれほどの悪影響を与えてしまうのか……想像さえしようとしなかった。
「何か勘違いしているみたいだから、この際はっきり言っておくわ」
 手札を構えながら、姫乃は鋭い視線で虹輝を射抜く。
「私は仲良く引き分けにしようなんて一切思っていない。女子軍勝利のために、全力で虹輝くんと男子軍を潰しに行くわ。男子女子戦争で最後に勝つのは、私たち女子軍よ」
 確固たる勝利への信念を耳にして、虹輝は慄然とした。
 考えてみれば、彼が転校してきた初日、巧妙に仕組まれた手紙で虹輝を罠に嵌めたのは、他でもない姫乃自身である。その後、祢々子に報復作戦を仕掛けた時は、姫乃たちは蚊帳の外だった。そしてプール開きの頃を境に、戦況は単なる男子軍と女子軍の争いから、士郎派・礼門派・姫乃派・桃香派が入り乱れる乱戦の様相を呈していったのだ。
 士郎派と姫乃派が同盟を結んだため、男子女子戦争を途中から参加した虹輝にしてみれば、姫乃は敵軍の少女と言うより、どちらかと言えば同盟相手の仲間の印象が強かった。いずれは雌雄を決しなければならないと分かっていても、どうしても心のどこかで姫乃と分かり合いたいという気持ちを捨てきれていなかった。敵に回した姫乃の恐ろしさを忘れていたと言ってもいい。その結果が今の状況だ。
 ――駄目だ、勝てない。
 虹輝は心の底からそう確信した。
 自分程度の人間では、どう逆立ちしたところで、白鷺姫乃には勝てないのだ。虹輝よりずっと腕力の強い礼門も、何度も煮え湯を飲まされている。士郎や清司といった男子軍の中枢メンバーであっても、開戦初期から姫乃を戦死させようとしていたはずだが、仕留める事はできなかった。そして桃香だ。あれほど観察眼と洞察力に優れ、権謀術数を駆使し、姫乃の親友の耶美を完全に打ち負かした実力を持つ少女であっても、白鷺姫乃の前には結局敗れ去るしかなかった。
 どうして、虹輝程度の人間が姫乃に勝てると思えるのか。
 勝てるわけがない。
 このまま虹輝は、成す術もなく姫乃の戦術に翻弄され、敗北するしかないのだ。心をへし折られた虹輝は、もはや完全に戦意を喪失していた。
「……虹輝!」
 そこに突然響く、男子の声。
 士郎だ。明石士郎が、ギャラリーの中から声を上げていた。
「しっかりしろ! お前は、俺が男子軍リーダーに相応しいと見込んだ男だぞ! 自分を信じろ! お前なら、必ず白鷺を倒せる!」
 姫乃を……倒せるだって? そんな馬鹿な。有り得ない。できるわけがない。お世辞を言って虹輝を鼓舞するつもりだろうが、あまりにも荒唐無稽すぎて騙される気にもなれなかった。虹輝が姫乃を倒すなんて、万に一つの可能性も無い話だ。
「明石くん」
「これは助言じゃねーよ。ただの応援だ。応援しちゃいけないなんて、ルールには書いてなかっただろ?」
「まぁ……いいけれど」
 士郎が口を閉じたため、姫乃もそれ以上咎めようとはしなかった。その隙をついて、今度は清司が口を挟む。
「犬飼。お前が勝とうと負けようと、俺たち男子はその結果を受け入れる。士郎がお前を男子軍リーダーに推薦したのは事実だからな。戦争である以上、勝つ事もあれば負ける事もあるだろう。お前一人に責任を被せるつもりはないさ」
「リーダーに推薦って……それは明石くんが勝手に……」
「だが、それはお前が全力で戦った時の話だ」
 虹輝の反論をあえて無視して、清司は畳みかけていった。
「中途半端な気持ちで戦って負けましたじゃ、俺たちも納得できない。何よりそれは、お前を見込んだ士郎の信頼を裏切る事だ。仲間の気持ちを踏みにじるような奴を俺は絶対に許さないぞ。白鷺を倒す覚悟を決めきれないのなら、もういい。今すぐ降伏しろ。どうせ勝てないんだから時間の無駄だ」
 熱い士郎の応援とは真逆の、冷徹なまでの清司の言葉。しかしその裏側に見え隠れしているのは、士郎に引けを取らないほどの、たぎる情熱と強い信頼だった。虹輝を信じているというよりは、虹輝を信じた士郎への想いであろう。その気持ちは虹輝にも痛いほど伝わってきていた。
 士郎や、清司や、他の男子たちは、虹輝を信じてくれている。
 もちろんそこには、女子軍に負けたくないという矜持や、姫乃の裸を見たいという下心もあるだろう。最後に生き残ったのがたまたま虹輝であり、姫乃が彼に決闘を申し込んだ以上、応援せざるを得ないという事情もあった。だがそれでも、大なり小なり虹輝に信頼を寄せているのも事実だ。
 その気持ちを踏みにじる事はできない。
 虹輝は今頃になってようやく、ハッキリとそれを自覚する事が出来た。特に士郎は転校初日、女子軍の罠で捕虜になった虹輝を、戦死する事も厭わず助けに来てくれたのだ。お蔭で虹輝は戦死を免れている。その恩義を忘れた事は一度も無かった。
 そうだ。
 勝てるかどうかなんてやってみなければわからない。勝負は時の運。勝つか負けるかは神のみぞ知る、だ。しかし少なくとも、全力で戦わなければ勝利が覚束ないのは間違いなかった。相手はあの白鷺姫乃なのだから。
 自分は、何をやっていたんだろう。
 とっくに最終決戦は始まっているというのに、貴重な時間を無駄遣いしてしまっていた。悩んだり迷ったり、そんな事をしている余裕なんて、本当なら一秒だって無いはずなのに。あの姫乃ですら全力で戦っている勝負に、覚悟を決めないまま臨むなんて、随分な余裕ではないか?
 遅きに失したとはいえ、しかし気付かないよりは気付いた分だけ、まだマシだった。今なら間に合う。姫乃との勝負に本気で臨む事ができる。
「……ハハッ」
 虹輝は小さく微笑んだ。
 場違いなその笑みに、姫乃が怪訝な視線を向けた。
 何の事は無い。言ってみれば、姫乃と虹輝の実力差は、蛇と蛙どころかまさに象と蟻のようなものだった。まず勝ち目はないだろう。それでも戦わなければならない事情があるならば、蟻は果敢にも象に挑むものだ。
 そんな時、蟻は「象を倒してしまったら、象が可哀そうだ。助けてあげたい」などと思うだろうか? そんなゆとりなどあるはずもない。万に一つの可能性に賭けて、全身全霊で象にぶつかっていくだけだった。
 虹輝だってそうだ。
 姫乃を打ち負かしてしまったら、彼女を裸にしてしまう? クラスメイトの目の前で礼門にレイプされてしまう? 女子軍を無条件降伏に追い込み、女子全員を奴隷にしてしまう? そんな心配は、まさしく皮算用以外の何物でもない。それは姫乃を打ち倒すほどの実力者が心配すべき事だ。虹輝にそんな余裕は一切無かった。
 白鷺姫乃ほどの人間ならば、何かの間違いで負けてしまった時に備えて、万全の安全策は用意してあるだろう。みすみす裸にされて礼門の慰み者になるとは思えなかった。今は余計な事は考えずに、全力で姫乃に戦いを挑むしかない。それで勝負はようやく五分五分……。いや三分七分か二分八分か。まだまだ圧倒的に虹輝の方が不利だった。かろうじて勝負になるという程度だ。それでも、戦いの覚悟が決まっていなかった時に比べたら、勝つ可能性は格段に上昇している。
 少なくとも、男子のみんながどうにか納得できる形で敗北する事はできるはずだ。
「――決めたよ、姫乃さん」
 虹輝が口を開く。
「決めた? 何を?」
「僕は……全力で姫乃さんと戦う。そして姫乃さんを打ち負かしてみせる」
「へぇ。もしそうなったら、私はクラスのみんなの目の前でストリップして、郷里くんのおもちゃにされちゃうわね。虹輝くんはそれで平気なの?」
 意地悪く姫乃は心理的動揺を誘おうとするが、もはや虹輝の決意は揺るがなかった。彼女の瞳を正面から見据え、冷静に、しかし強い意志で言い放つ。
「僕が勝てる可能性はほんの少しだ。姫乃さんの心配をするより、まずは男子のみんなの信頼にしっかりと応えたい。それでようやくまともに戦える。万に一つの勝機を見出せる。それに……」
 虹輝本人は気付いていなかったが、彼が発する眼光は、今まで一度も見せた事のない……鋭い本気の輝きを放っていた。
「負けたらどうなるのか、姫乃さんだって分かってたはずでしょ? その程度の覚悟も無しにこの場所に立っているの?」
 観客のクラスメイトたちが息を呑む。これがあの虹輝の言葉なのか? あの、優柔不断で気の弱い、周囲の顔色を窺ってばかりだった、風見鶏の男子のセリフだと? ……そんな困惑が手に取るように分かった。
 視線を向けられた姫乃は、もちろんギャラリーたちほど戸惑ってはいない。軽く笑みをこぼし、むしろ感慨深げに言葉を漏らした。
「虹輝くんの口からそんな言葉が聞けるなんてね。少しは、楽しませてくれるのかしら?」
「退屈させない程度には頑張るよ」
 虹輝の瞳と姫乃の瞳が、真正面からぶつかり合う。絡み合う視線から飛び散る火花。それは紛う事なき正真正銘の、真剣勝負の開幕を告げる号砲でもあった。今ここに改めて、男子女子戦争の最終決戦……脱衣カードゲームの火蓋が、切って落とされたのだ。
 どちらかが勝ち、どちらかが負ける。
 負けた方は耐え難い恥辱に晒され、屈辱の涙を流すのだろう。本当なら相思相愛の恋仲になってもおかしくないはずの、犬飼虹輝と白鷺姫乃の両者が――。相手を辱めるために死力を尽くす。皮肉な運命の渦の中で、最後の戦いが始まろうとしていた。




「……やれやれ。虹輝の奴、やっと本気を出す気になったみたいだな」
 とうとう戦いに臨む決意を固めた虹輝を見遣り、士郎が不敵な笑みを浮かべた。
「これでようやくまともな勝負になる。今までは白鷺のワンサイドゲームだったが……これからはそうはいかないぜ。もしかしてもしかすると、虹輝が勝つって可能性も、十分あるだろう」
 その言葉は、傍らの桃香に向けられたものだ。もちろん彼女は真に受けようとはしない。鼻で嗤って言い返した。
「犬飼が姫乃に勝つ? あんたまさか本気で言ってるんじゃないでしょうね? 精神論だけで姫乃に勝てるんなら苦労しないわよ」
 自分自身が姫乃に打ち負かされただけあって、説得力は段違いである。確かに士郎や清司の応援くらいで白鷺姫乃に勝てるのなら、礼門も桃香もとっくに彼女を仕留めているだろう。気の持ち方程度では、あの聡明でタフな精神力を誇る少女を敗北に追い込むことなど、できるはずもないのだ。
 しかし士郎の口調に迷いは無かった。
「俺は本気だぜ?」
「え……」
「本気で、虹輝が白鷺に勝てると思ってる」
 桃香は耳を疑った。虹輝が姫乃に勝つ? そんな馬鹿な。士郎に無理矢理男子軍リーダーに祭り上げられて、ただ周囲に流されるままに行動していた、あんな男子が姫乃に太刀打ちできるはずが無い。彼だってさっき言っていたではないか。「お互い普通に戦えば、まぁ勝つのは白鷺の方だろ」と。
「お前は虹輝の本当の力を知らないのさ。普通に戦えば白鷺が勝つけど、虹輝が本気を出したなら……白鷺だって敵わないかもしれない。それだけの力を持ってるんだ。虹輝はな」
「まさか……」
 困惑する桃香に対し、礼門も横から口を挟んできた。
「確かに暮井を罠に嵌めたあいつの作戦は中々だったな。正直なところ、俺も感心はしたさ。けど白鷺に通じるほどじゃねぇだろ。ちょっと知恵が回る程度じゃ、白鷺はモノにできねぇ」
 礼門は礼門で、何度も姫乃に敗北して屈辱を味わってきた。彼女がどれほど手強い少女なのかは痛いほどよく分かっている。
「それは虹輝自身も、自分の本当の力を知らないからだ。気の弱い性格だから――、良く言えば優しい性格だから、周囲を傷つけまいと周りの行動に自分を合わせて、自分自身の意志を無意識の内に抑え込んでる。そうやって本人すら忘れてしまう程に、本当の実力を封印してしまっていたのさ」
「その封印を解いたスーパーモードになりゃ、白鷺を倒せるってか? 漫画かよ」
「まぁ、そこまでご都合主義な展開は期待しちゃいないけどな。いい勝負に持ち込めるのだけは間違いない。後は白鷺の出方次第ってとこか……」
「姫乃の……出方?」
 士郎がうっかり最後に漏らした言葉を、桃香はあざとく聞き逃さなかった。おかしな言い方をするものだ。姫乃が虹輝の本当の力を見誤って、油断すれば負けるかもしれない……という意味か? それにしては言い回しが少し不自然と感じられるのだが。
「――ねぇ士郎」
 かといって正面から問い質してものらりくらりとかわされるだけだろう。彼の性格を熟知している桃香は、切り口を変えて確かめてみる事にした。
「あんた、姫乃と同盟を結んだんだったわよね?」
「何だよ急に」
「一体どういう内容の同盟だったわけ?」
 プール開きの日に、耶美を介して姫乃と士郎は同盟を結んだらしい。その情報は当然、桃香の耳にも入っていた。具体的な内容も、忠一を通してかなり筒抜けになっているのだ。
「確か条件付きの同盟で、条件は三つあるんだったわよね。あたしとそこの馬鹿ゴリラが手を結んでいる間、対抗するっていうのが一つ目。あたしを倒すまでの間、姫乃が男子軍と協力するのが二つ目。そして三つ目の条件は……戦争が終わった後の話。戦後の統治について、あんたが姫乃に出来る限り協力する。間違いないわね?」
「ずいぶん詳しいな」
「この程度の情報、漏れる所からは漏れるものよ」
 実際には、自然教室の入浴の際に忠一が聞き耳を立てていたお蔭で、偶然得られた情報なのだが。桃香が戦死した今となっては、一つ目と二つ目の条件は意味を成さない。問題は三つ目だ。戦後の統治について、姫乃は一体何を士郎と約束したのだろうか。
「もういいでしょ? あたしも戦死した身なんだし、教えてちょうだいよ。姫乃が何を企んでいるのか」
 桃香だって姫乃に負けて欲しくはないし、彼女の実力も信頼している。だが何の疑いもなくその言動全てを受け入れるつもりもなかった。姫乃がただ女子軍の勝利のためだけに戦っているとは、どうしても思えないのだ。脱衣カードゲームなどという破廉恥な決闘方法を自ら提案し、姫乃が一枚ずつ脱いでいく姿を期待していた男子たちを挑発し、情け容赦なく虹輝を追い詰めていく。それがただ男子女子戦争に勝つためだけの行動だと? そんなはずはなかろう。あれだけの英知溢れる少女ならば、もっと大きな目的のために動いていてもおかしくない。それは姫乃に打ち負かされた桃香だからこそ感じられる、一種の勘であった。
 白を切り通す事はできないと感じたのか、士郎は早々に白旗を上げた。大人しく同盟の条件を認める。
「仰る通り、三つ目の条件は戦後の統治についてだ」
「内容は?」
「それは言えない。まだ戦後になってないんだから、内容をバラしたら同盟の意味が無いだろ」
 確かにそうだ。この同盟は、桃香派や礼門派に対抗するためのもの。いくら戦死したとはいえ、桃香に同盟の内容を教えるという事は、同盟を反故にするも同然だった。
 もちろんそれで引き下がる桃香でもない。教えられないと言われてああそうですかと引き下がるなら、最初から質問などしていないだろう。彼女は無言で士郎の手を握った。軽く身を寄せ、上目づかいに囁く。
「……あたしのお願いでも?」
 士郎の恋愛感情に付け込んだ、なかなかに卑怯な尋ね方である。しかもこういう時の桃香の表情は意外と可愛らしい。普段の強気な雰囲気とのギャップには、士郎でなくても心動かされてしまうだろう。さすがの彼も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そう言われると俺も辛いんだよなぁ。けど、駄目なものは駄目だ。悪いな、これはお前のためでもあるんだ」
「あたしの?」
「もうすぐ戦争は終わる。この脱衣カードゲームが終われば、時代は戦後だ。その時にちゃんと教えてやるから安心しろよ。なぁに、悪いようには……」
「『悪いようにはしない』でしょ? あんまり信用できないけどね、その言葉は」
 とはいえ、桃香もそれ以上は追及しようとしなかった。彼女は鋭い観察眼と洞察力を持つ少女だ。まして腐れ縁の幼馴染みが相手とあれば、しつこく食い下がっても無駄かどうかはすぐ判断できた。士郎が『言えない』と言っている以上、それは決して『言えない』のだ。そして脱衣カードゲームが終わった時に教えると言うのなら、その時にきちんと教えてくれる。士郎はそういう男だった。
「……ま、とりあえず今は風見鶏の実力がどの程度のものか、高みの見物と洒落込みましょうかね」
 士郎の手を離すと、桃香は腕を組んで、じっと虹輝を見遣った。白鷺姫乃を倒す可能性を秘めていると、士郎が太鼓判を押す少年。男子軍最後の生き残り。そして姫乃が好意を寄せる……五年二組唯一の、転校生の姿を。
 
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