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『五十嵐友子』について

2014-12-15

 駄文その9です。
 今回、桃香は割とあっさり本番シーンまで辿り着きました。これでも通常の凌辱ものでは挿入までかなり長い方ですが。これはメインヒロイン三人の責め方をそれぞれ変えようという意図でして、本番シーンを極力後回しにした、羞恥ものっぽい責め方の耶美とは明らかに異なっています。桃香はスタンダードな凌辱ものっぽい責め方ですね。どんどん過激化している状況で、一番男子の恨みを買っている桃香が負ければこうなる事は自明の理であるわけでして。ただし羞恥ものっぽい、精神的な責めは疎かにしないつもりであります。
 あと、以前駄文で書いた「前座の本番シーンの後にメインの羞恥シーンを描く」みたいな構成に、今回挑戦するつもりです。上手くいくかどうかは別として、一度やってみたかったのですよ。次回はとうとう雑魚男子たちにも仕返しされて、その後羞恥シーンに入る予定です。

 さて今回は、前回の続きとして、熊谷禄朗先生の『美少女・魔淫の部屋』の紹介をしようと思います。
 最初に断わっておきますと、この作品、強いヒロイン凌辱ものとしては傑作だと思いますが、通常のエロ作品としてはかなりクセのある仕上がりになっています。何せ単行本一巻の分量で、登場するヒロインはわずか一人。しかもそのヒロインが冒頭であっさり凌辱されて処女喪失してしまいます。後ろの処女はラストシーン直前にようやく奪われるので、それまでの間、輪姦や浣腸や電気ショック拷問などがエロシーンの中心になるわけですが……エロに関して実用的かというとそれ程でも。しかし強いヒロイン凌辱ものとしては間違いなく傑作なのであります。

 そもそも、冒頭のシーンからして圧倒的。
 東山という男がホテルで人を待っていると、そこにメインヒロインの少女が姿を見せます。『東山未沙子』と名乗る少女ですが、この名前は東山の娘の名前であって本名ではありません。実は東山は、白蓮教団という悪徳新興宗教団体と繋がりがあり、その教主に娘を妾として差し出せと脅迫されているのです。正確には、長女を差し出せと言われたのですが、東山はこれを拒否し、長女を嫁に出してしまったのです。激怒した教主は、教団が糸を引いている数百の営利企業を総動員して東山の経営する広告代理店を潰しにかかりました。そして借金を肩代わりして融資する代わりに、今度は次女を差し出せと脅迫してきたのです。教主は次女の顔を知らず、あの美人の妹だからさぞ美少女なのだろうと考えての行動でした。
 そこに謎の少女から接触があり、自分が東山の次女・東山未沙子として身代わりになると申し出てきたわけですね。それが何を意味するのか分かっているのかと問う東山に、『未沙子』は平然と答えます。「私の体がオモチャにされる。もっとはっきり言えば、教主のセックスの奴隷にされるんです」……。

 何といいますか、マンネリズムの美学を追求したようなフランス書院において、こんなミステリアスなプロローグで始まる作品が他にあったでしょうか? まぁ私もそんなにフランス書院を読んでいるわけではありませんが、1989年初版発行というのがミソですね。バブル景気の残照が未だ色濃く残っていた当時だからこそ、出版社にもこんなアヴァンギャルドな作品を刊行する余力があったのだと思います。
 強いヒロイン凌辱ものが好きな人間としては、このプロローグだけでもう『東山未沙子』にハートをガッチリゲットですよ。眉ひとつ動かさずに「セックスの奴隷にされるんです」と言い放つ心の強さにクラクラです。

 しかも本作が秀逸なのは、決して『東山未沙子』が強さ一辺倒だけの少女でない点にあります。いざ白蓮教団の本部に連れていかれ、教主によって凌辱されるシーンでは、『東山未沙子』の少女らしい心の弱さもしっかりと描かれます。弱さを描く事で強さもより強調されるわけですね。この強さと弱さのバランスが非常に絶妙なのです。
 凌辱後に牢屋のような部屋に閉じ込められれば絶望に涙を流し、しかし協力者の男性が接触してくると、生き生きと活力を蘇らせる。十六歳の強いヒロインかくあるべしという手本のような感じです。
 協力者の男性は、ヒロインと兄妹のように育った人物で、数年前から白蓮教団の下っ端として働いているスパイです。彼のリークした情報のお蔭で『東山未沙子』は本物の東山未沙子の身代わりとなって、白蓮教団に潜入する事が出来たというわけ。二人の目的は、教団に奪われたある秘宝を奪還する事。その為に、『東山未沙子』は自分の純潔を犠牲にしてでも行動を起こしたのです。

 その後も、心配して様子を見に来た協力者の男性に「ずいぶん純情なのね、お兄さん。私たちのやっていることは遊びじゃないって言ってたのは、お兄さんじゃなかったかしら?」と鼻で笑ったり、本物の東山未沙子と面識のあった下っ端たちに脅迫されて輪姦されそうになった時も、「たとえ贋物でも、教主の女に違いはないのよ」「つまり、私を強姦すれば、どんなに私を贋物だと言ってみたところで、教主の女に手をつけたことに変わりはないってこと」と開き直ったり、とても凌辱もののヒロインとは思えない芯の強さを見せつけてくれます。
 一方で、後者の脅迫シーンでは、最初こそ主導権を握って下っ端たちを手玉に取りますが、途中からは逆転されてさんざん犯されたりもします。この辺の強さと弱さのギャップがまたたまりません。

 その後、ヒロインの宿敵とも言うべき赤木という男が登場します。彼は税金対策として海外で城や絵画を買い込んでいたのですが、実質的な白蓮教団の支配者と言っても過言ではありません。当然、『東山未沙子』が何らかの意図で潜入した贋物である事も一目で見抜き、いずれ拷問を加えて「可愛い顔で大股ひろげて、思うそんぶん泣きわめいてもらう」と独白しています。ただ同時に、『一目でその魅惑的な少女に心を動かされた』ともあり、ここでも『未沙子』の強さと弱さが見事なバランスで描写されていました。

 以前『未沙子』を脅迫した下っ端たちからの情報もあり、赤木は協力者の男性をスパイとして拘束。電気ショック拷問にかけます。この描写はエグすぎて、正直なところ読むのが結構きついです。ともあれ、男性は拷問の末にとうとう自白し、『未沙子』が仲間であるとバラしてしまいます。地下の拷問部屋に連行される『未沙子』。素っ裸にされ、頭に手を置いたまま、両足首にショーツを絡めた姿で歩かされる姿が実に被虐的で良いですな。
 まず本名を言えと尋問されますが、『未沙子』は口を割りません。浣腸拷問の末に排泄姿まで晒し、さらに本物の東山未沙子とも対面しながら、なおも『どんな仕打ちを受けようとも、あくまでも未沙子は強情で、折れない』のです。
 ちなみにこの本物の東山未沙子は、『未沙子』が贋物と分かった時点で教団が東山を脅し、融資は引き上げないし本物の未沙子にも手を出さないという約束で連れてきたもの。しかも彼女は、『未沙子』が自分の名前をかたって破廉恥な行為を楽しんだアバズレ女と吹き込まれているのです。この本物と贋物の『未沙子』の対決はなかなかドロドロしていて興奮しました。

 かくて強情な『未沙子』も、さすがに電気ショック拷問の前には成す術もなく、ついに自分の本名……『五十嵐友子』を自白させられます。彼女は湖水教という新興宗教団体の教祖である、五十嵐湖水の実の娘でした。
 湖水は本名を豊子と言い、元は平凡な少女だったのですが、神の啓示を受けて予言をするようになったのです。古びた寺に女官として住み込み、埃を被っていた慈母観音像を本尊として守護し始めました。湖水教は彼女を慕う人たちの間で自然に成立した団体だったわけです。
 しかし白蓮教団がこの慈母観音像を是非とも手に入れたいと打診し、湖水がこれを突っぱねた事から、教団は実力行使に出ます。夜中に寺に乗り込み、湖水に凌辱の限りを尽くし、観音像を力ずくで奪い去ったわけです(半年後に湖水は投身自殺する)。
 この時の様子は、当時撮影された写真を見せながら、赤木が友子に言って聞かせるという描写になっていました。回想シーンなどは出てきません。よってフランス書院公式サイトでも湖水はヒロインにカウントされていないんですね。ヒロインはあくまで友子一人です。
 ただし個人的には、一番『実用的』なのはこの下りだと思います。巫女装束の聖女が、男たちにいいように乱暴されて、浣腸の末に無様な排泄姿まで晒すという……。というか凌辱されるヒロインは友子一人ですので、白蓮教団は本物の東山未沙子を、律儀に約束を守って無傷で開放してあげたみたいです。こんな良心的な悪の組織が凌辱エロ小説に登場していいのでしょうか。

 さて赤木は友子の身元を暴くと、湖水の娘という立場を使って、彼女を利用しようと企みます。即ち、友子が白蓮教団に改宗したと喧伝し、湖水教の勢力を削ごうというわけです。もちろん友子は拒絶しますが、赤木は再び浣腸拷問で友子を屈服させようと画策しました。
 この辺からさらにストーリーは急展開。友子の幽体離脱シーンなんてのも登場します。そして湖水が死ぬ前に、予言の手紙を白蓮教団に送っていた事が判明。それによって、友子は湖水がレイプされた時に身ごもった子供であり、その父親は白蓮教団の教主その人であると結論付けられました。友子は母親の死体から超未熟児として奇跡的に生まれてきたのです。つまり冒頭の処女喪失シーンは、実の父娘による近親相姦シーンでもあったというわけ。

 幽体離脱して赤木と教主の会話を聞き、真実を知った友子は、その内容を赤木に語って聞かせます。知るはずの無い事実を次々と言い当てる友子に、赤木は思わず呟くのです。「……お前は悪魔か」と。
 これこそまさに、強いヒロイン凌辱ものが目指すべき真の境地ではないでしょうか。母を辱めた憎っくき教団に自らも処女を奪われ、浣腸拷問や電気ショック拷問で屈服させられ、成す術もなく敗北したはずのヒロインを、凌辱者が悪魔呼ばわりして畏怖を感じる。友子の目的はあくまで慈母観音像の奪還であり、その目的を果たすためならば、処女喪失も拷問の屈服も、決して敗北ではないのです。
 そう、これが以前駄文で書いた負けパターン『負けるけど負けてない』であります。通常のヒロインであればどう見ても負けている状態でも、ヒロインはそれを最初から覚悟して行動しているのですから、負けでも何でもないのです。ヒロインの強さを保ったまま、ヒロインを負けさせてエロシーンを描写する最良の負けパターンではないでしょうか。

 そしてついに友子は、慈母観音像の奪還に着手します。教主が立ち塞がりますが、友子が実の娘であると知った彼はもはや邪魔をするつもりはなく、それどころか外に出るための洋服まで手配してくれました。元々、赤木に比べて友子に甘いというキャラクターでしたから。友子がバスルームで着替える間、じっと座っている姿が『まるで婚礼衣装を着て出てくるのを、控え室で待っている父親』のようだと描写されているのが印象的です。
 一方赤木はそんな甘いはずもなく、友子のアナルバージンを奪い、慈母観音像も取り返してしまいます。ただし友子自身は教団にとって疫病神だと罵り、「どこへでも行ってしまえ」と、結果的に無罪放免で解放してしまいました。
 実は友子が取り返したかったのは観音像そのものというより、むしろそこに収められていた御神体の方だったのです。友子は御神体をあらかじめ膣内に隠していたため、まんまと教団を欺いて脱出する事に成功したわけです。もはや友子にとってレイプされる事など怖くも何ともなく、ただ膣内の御神体に気付かれるのだけが懸念だったわけで、アナルを犯したことが赤木の最大の失敗でありました。
 その後、白蓮教団は教主派と赤木派に分裂して衰退の一途をたどり、御神体を奪還した湖水教は急激に勢力を伸ばしていきます。しかし実の父親との近親相姦という罪を(知らなかったとはいえ)犯してしまった友子は、湖水教には戻らず、一人生きていく決意を固めるのでした――。

 というわけで、以上が『美少女・魔淫の部屋』のあらすじであります。最後の方はもうエロ小説とは思えないような超展開もあり、純粋に凌辱エロ作品としてはあまり高い評価を点けづらい作品と言えましょう。エロ作品において、「エロ作品を超えた」という形容詞は必ずしも褒め言葉ではないのです。
しかし目的のために能動的に行動し、身体を穢される事も厭わず、しかし少女としての弱さもきちんと描写されている五十嵐友子は、強いヒロインとして歴史に名を残すべき存在ではないかと思います。
 個人的には、お気に入りの強いヒロイン・ナンバー2ですね。ではナンバー1は誰かというと、それは吉田秋生先生の『吉祥天女』に登場する、叶小夜子であります。ドラマ化や映画化もされた一般作品なので、ご存知の方も多いかもしれませんが、次回はこの『吉祥天女』を紹介したいと思います。強いヒロイン凌辱ものの神髄ここにありという作品なのですよ。


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