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第十三話 『たった一つの誤算』

2014-10-08

 山の天気は変わりやすいと言うが、確かにここは街中よりは変化が目覚ましかった。お昼頃にあれだけ降っていた雨は、ほんの数時間で止んでしまい、午後のテント撤収作業にはほとんど影響が無かったのだ。レクリエーション係によるキャンプファイヤーの準備も滞りなく進み、自然教室の目玉行事は予定通り行われる事になった。
 目玉と言っても、それはキャンプならではの行事だからそう言われるのであって、実際にはさほど面白い行事でもないだろう。参加者全員で大きな火を囲み、歌を歌ったりダンスをしたり、出し物を見せ合ったりするという……。冷静に考えれば「だから何?」と思わない事もない。自然教室という非日常での高揚感との相乗効果で、さも楽しいイベントに感じられるだけの話だった。
 とはいえ参加している本人たちにとっては、かけがえのない思い出となる事もまた事実である。特に火を囲んでのフォークダンスは、堂々と異性と手を繋ぐ貴重なチャンス。五年生と言えば、男女を意識し始める思春期の始まりだ。照れる事も冷やかされる事もなく好きな子の身体に触れられる機会はそう多く無かった。男子の方の数が多いと、男同士で手を繋がないといけなくなる……というのもまた御愛嬌だろう。
 だからダンスを踊っていた虹輝が、次に手を繋ぐのが姫乃だと分かった時、胸が高鳴るのは当然の反応と言えた。昼間の一件以来、まともに姫乃と話をする機会が無かったのだ。きちんと言葉を交わす絶好のチャンスだった。
「あの……姫乃さん」
 彼女の手を取って、虹輝は事前に何度も練習させられた振付を踊っていく。
「昼間の事……ごめん。あれが一番いい方法だって、僕は思ったんだけど」
「いいのよ、気にしないで」
 暗闇の中、炎に照らされる姫乃の表情は、いつも通りだった。彼女はいつでも優しい。誰にでも気を遣ってくれる。それでいて屈託なく、心を開ける相手なのだ。
「虹輝くんの作戦が上手くいったなら、私はそれでも良かったわ。虹輝くんに裸を見られちゃうのは、恥ずかしいけど」
「でも、姫乃さんや羽生さんの方が何枚も上手だったよ」
「そうね。きっと桃香は何か手を打ってくると思ってた。まさかスタンガンが二つあったとは、ちょっと予想外だったけど」
「あのスタンガンは、いま姫乃さんが?」
「ええ、みどりが渡してくれたの。きっとこれが、桃香を倒す鍵になると思うわ」
 みどりはもう、本心から姫乃と行動を共にするつもりらしかった。解剖授業の時にあれだけ恨みをぶつけていた耶美に対しても、気遣う発言をしている。
「宇崎さんが心配していたよ。その……甲守さんがあんな事になって」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、耶美はもうとっくに、今日みたいな目に遭う覚悟は固めていたわ。自分がみどりを見捨てたために、みどりが辱めを受けた時からね」
 プールでの一件だ。
 あの時、まだ男子女子戦争では攻撃の手段としてレイプが用いられた事は無かった。耶美は戦略のためにみどりを見捨てたが、その為に彼女が強姦され、処女喪失してしまったのは計算外だったのだろう。まさかあんな事になるなんて。耶美は内心ずっと悔やんでいた。だから自分が同じ目に遭っても、それを当然の罰として受け入れるだけの覚悟はあったらしい。さすがに挿入の瞬間は取り乱していたが……。
 あれ? と虹輝は違和感を覚えた。
 プールの時、耶美がみどりを見捨てたのは、姫乃の指示によるものだ。それは耶美本人が解剖授業の時に自白したから間違いない。
 という事は、みどりがレイプされた遠因は、実は姫乃にあると言ってもいいだろう。耶美がみどりの強姦に負い目を感じているのと同じように、姫乃もまた負い目を感じていてもおかしくはなかった。いやむしろ優しい姫乃は耶美以上に、みどりに対して申し訳なく思っているに違いない。
 だとしたら……。
 姫乃もまた、耶美と同じ覚悟をしているはずだ。好きでもない相手に強姦され、処女喪失する事を受け入れている。自分のせいでみどりが辱めを受けた。だから自分が同じ目に遭っても仕方ない、と……。
 昼間の虹輝の作戦が上手くいけば、桃香も姫乃も虹輝に負ける事になっただろう。虹輝の前に全裸を晒し、戦争は男子軍の勝利で終わってしまう。それでも構わないと言ったのは……。つまり、そんな覚悟をとっくに決めていたからなのかもしれない……?
「姫乃さん、あの……」
 言いかけるが、フォークダンスの振り付けはリズムに合わせて淡々と進んでいく。時間が来れば、次のパートナーと交代し、姫乃と話をする事はできなくなってしまうのだ。彼女と入れ替わりに、今度はみどりが虹輝の手を取った。
「……姫乃と何を話していたの?」
 振付を踊りながら声をかけてくる。
「甲守さんは、昼間の事、そんなに気にしてないって」
「そう」
 気にしていない……と言いつつも、本当に気にしていないわけではない事は、みどり自身が一番よく分かっている。衆人環視の元で裸にされ、レイプされ、処女を奪われて中出しされる。それが女性にとってどれほどの屈辱か、虹輝を始めとする男には決して分からない。分かるはずもない。分かった気になっているだけだ。男はせいぜい、分かろうと努力する事しかできなかった。
「確かにそうかもね」
「え?」
「私も耶美も、あの馬鹿ゴリラに同じ目に遭わされたけど……大切な人のために行動できたって意味では、まだ耶美の方が救いがあるかもしれないって事。だから本当にもう、気にしてないのかもしれないわ」
 みどりの処女喪失は、単なる男子女子戦争の一環に過ぎなかった。女子軍のメンバーが一人戦死した。それだけの事だ。
 しかし耶美がレイプを受け入れたのは、虹輝を守るため。ひいては、姫乃の意志を守るためだった。それが何を意味するのかは虹輝には分からないのだが……。少なくとも、姫乃のために耶美は自分から処女を差し出した。それだけは間違いなかった。
「自然教室が始まる前にね、耶美が家に来たのよ。切り崩し工作のために」
 虹輝には初耳だった。祢々子やみどりを寝返らせるために、士郎や姫乃が色々と手を打っていたのは聞いていたが……みどりと交渉したのは耶美だったのか。
「私は元々、桃香にはムカついていたからね。言われなくても裏切ってやるつもりだったけど……解剖授業で散々私に仕返しされた耶美が、まさか説得に来るとは思わなかったわ」
 面と向かって一対一で話をしたみどりは、耶美が心の底から姫乃に惚れ込んでいる事を知った。それは恋愛対象としてはもちろん、一人の人間として、深く尊敬しているようだったのだ。そこまで耶美を心酔させる白鷺姫乃とは、いったいどれほどの人物なのだろうか……。みどりが桃香を裏切ったのは、それが知りたかったという一面も確かにあった。
「そのすぐ後に、耶美が桃香の奴隷になったのは驚いたけど。まぁそれが演技だったのは、改めて考えてみれば当然よね。桃香みたいな腹黒女より、姫乃の方がよっぽど、命を懸けてでも尽くすだけの価値がある人間だもの」
 今ではみどりも立派に、姫乃に心酔する人間の一人となっていた。桃香の単なる腰巾着だった頃とは、忠誠の度合いが全く違う。
「犬飼くん。必ず桃香に勝ってちょうだい。あいつが諸悪の根源よ。同じ女子軍でも、桃香にだけは勝たせるわけにいかない」
 その後でなら、さっさと姫乃に負けてほしいけど……と悪戯っぽく付け加えて、みどりは次のパートナーへと移っていった。
 最後に虹輝と手を繋いだのは、その腹黒女。桃香であった。
「なぁに? 何の悪巧みを相談していたの?」
 フォークダンスのリズムに乗せて、桃香が邪悪な笑みを浮かべる。昼間、レイプを間近で観察してかなりショックを受けていたようだが、今ではすっかり元の桃香に戻っていた。
「ねぇ犬飼くん。あたしね、昼間の一件で心を入れ替えたわ」
 しおらしい口調で桃香が言う。
「ふーん」
「あら、ちっとも信用してくれないのね」
「当然でしょ。どの口がそんな事を言うのさ」
「話だけでも聞いてちょうだいよ。……正直なところ、セックスがあんなショッキングなものだなんて、想像してなかったわ」
 何を今さら。桃香はもう既に、みどりと耶美の二人を、レイプの餌食になるよう先導してきたではないか。今さらショッキングだったなんて、無責任すぎる。
「あたし怖くなってきちゃったの。もし自分が負けたら、あたしもあんな目に遭わされる。それだけは嫌だって」
「勝手な事を!」
「自分勝手だってのはもちろん分かってるわ。でもね犬飼くん。負けたらレイプされるのは、私だけじゃなくて、姫乃もそうなのよ?」
 その言葉に思わず虹輝は息を呑む。それは……確かにその通りだ。姫乃が桃香に負けたら。いやもし桃香に勝っても、その後で虹輝と戦って負けてしまったら。その時は、姫乃が昼間の耶美のような醜態を晒さなくてはいけなくなる。クラスメイト全員の前で素っ裸にされ、強姦され、処女を奪われて中出しされる。そんな光景を見る事に、虹輝は耐えられるだろうか?
 いや、もっと言えば、レイプされるのが姫乃ではなく桃香であったとしても、それを見過ごす自信が、虹輝には無かった。桃香は確かに悪行の限りを尽くしてきたが、だからといってレイプされて当然という理屈にはならない。そんな事をしても喜ぶのは礼門だけではないか。みどりや耶美が復讐を主張するなら、虹輝にこれを止める権利は無いのかもしれないが……。憎しみは憎しみしか生まない。綺麗事でも、虹輝はそう思いたかった。
「ここら辺で手打ちにしましょうよ?」
「手打ち?」
「和平会談の席を設けるわ。あたしと犬飼くんと姫乃と三人で、戦争を終わらせる話し合いをするの。……と言っても信用しないでしょうから、各自一人ずつボディーガードを連れてきてもいいわ。会談の場所は、宿泊棟の宿直室。鮫島先生に言って空けてもらいましょう?」
 宿泊棟には、教師が泊まるための部屋も設けられている。夜間の見回りのため、そして万一の事態のために、常に教師が待機しているのだ。そこを和平会談の会場にしようという提案だった。
「どうせ……その会場で僕や姫乃さんを騙し討ちにするつもりなんでしょ?」
「そう思いたければ来なくてもいいわ。でもこのまま戦争を続けたら、一番不利なのは犬飼くんなのよ? 姫乃の手元にはスタンガンが一つ。あたしの手元にもスタンガンが一つと、さらに金属繊維のシャツもある。犬飼くんの武器は何? あたしたちより優れた策略を立てる自信があるの?」
「それは……」
「出席するだけでも価値はあると思うけどねぇ。交渉が決裂すればまた戦争状態に戻るだけだし。ま、どうするのが一番賢い判断か、士郎あたりと相談して決めてちょうだい」
 言い終わったところで、ちょうどフォークダンスの音楽が終了した。フィナーレの振り付けを踊りながら、桃香が付け加える。
「……これが、姫乃を守れる最後のチャンスかもしれないわよ? 姫乃の事が好きなんでしょ? せいぜい、後悔しないようにね」




 午後十時。
 二日目の夜も、就寝の時間となった。キャンプファイヤー終了後、入浴を済ませた生徒たちは、それぞれ宿泊棟の自分たちの部屋へと戻っていく。ここで一日を振り返って反省会をした後、就寝する予定だ。
 しかしこの時間になっても、部屋の外を出歩いている生徒の姿があった。五年二組の生徒たち……虹輝と、桃香と、姫乃である。それぞれ、ボディーガードとして士郎と忠一と耶美を連れていた。
 この六人が集っているのは、宿直室。言うまでもなく、和平会談に臨むためであった。
「鮫島先生。本当に教頭先生の許可は取ったんですか?」
 美月が怪訝そうに尋ねる。宿直室には鮫島と彼女の、二人の教師の姿もあった。元々ここは鮫島と一組の担任の男性教師が泊まる予定の部屋だ。美月には別の宿直室が宛がわれている。いま部屋の中にいるのは、六人の生徒と鮫島、そして美月の八人だけ。一組の担任の姿は見えなかった。
「ええもちろん。問題行動のある生徒たちを集めて、特別に話をしたいと言ったら、快く部屋を手配してくれましたよ。間違っても男子女子戦争の秘密は悟られてませんから、ご心配なく」
「よくそんな許可が下りましたね……」
「普段の私の人徳というものでしょう。ハッハッハ」
 鮫島は愉快そうに笑うが、部屋にいる他の七人は、誰一人クスリともしなかった。溜息交じりに桃香が言い放つ。
「先生、馬鹿な事言ってないで、さっさと見回りに行ってよね。特に馬鹿ゴリラとかが部屋を抜け出してないか、しっかり確認する事。いいわね?」
「ハイハイ、分かりましたよ桃香様」
 おどけて肩をすくめる鮫島。
 桃香はボディーガードとして、礼門ではなく忠一を選んでいた。まぁ当然だろう。彼女はこの和平会談の席を、姫乃との決着を付ける最終決戦の舞台と考えているのだから。まずは確実に姫乃を倒して、それから礼門を呼び寄せてレイプさせる。馬鹿ゴリラが姫乃の身体に夢中になっている間に、虹輝を倒して、男子女子戦争を終わらせるのだ。
 もしボディーガードに礼門を連れていたら、姫乃を倒した瞬間、彼が姫乃ではなく桃香に牙を剥く可能性もあった。礼門の立場に立てば、『二人の少女の抵抗を完全に封じてから、順番に凌辱していけばいい』……そう考えるのが当然。だからこそ時間差をつけて余裕を持たせた。ひとまず姫乃を倒す事のみに集中する。それを成し遂げた後でなら、礼門にだって後れを取る事は無いはずだ。
 虹輝のボディーガードは士郎。姫乃のボディーガードは耶美。当たり障りのない人選と言えよう。この面子なら、白鷺姫乃暗殺計画は確実に遂行できる。誤算は無い。桃香には絶対の自信があった。
「白鷺。こんな夜遅くまで大変だな」
 ニヤニヤと鮫島が話しかける。そう言えば、この自然教室の間、鮫島はあまり姫乃と接触しようとはしなかった。もちろん担任の教師として話をする事はあったが、男子女子戦争に関しては、あくまで傍観者として一歩引いている状況だ。フォローと後始末さえしてくれればいいと言ったのは他ならぬ桃香本人だが、それにしても不気味な沈黙である。
「和平会談が上手くいくといいな? 大事な教え子同士が争っているなんて、担任教師として胸が痛むというものだ」
「心にもない事を言わないで下さい」
「それは酷いなぁ。先生はお前たちの事を大切に思っているんだぞ? 特に白鷺、お前の事はな……」
 ギラギラした視線を隠そうともせず、鮫島が姫乃に迫る。それを妨げるように、美月が間に割って入った。
「では鮫島先生は見回りをどうぞ。私はまだ予定時間まで間がありますので……ここで生徒たちを見ていますわ」
 しかし邪魔をされても鮫島は落ち着いたものだった。まるで勝者の余裕さえ感じられる。
「いやいや、斑鳩先生にもご同行お願いしたい。生徒たちの事は生徒たちに任せましょう。大人の出る幕ではありませんよ」
「仰っている意味が分かりませんね。私の見回り担当時間までにはまだ余裕があると言いましたでしょう? なぜ鮫島先生に同行しなければいけないのです?」
 それは桃香が鮫島に頼んでおいたからだ。美月が邪魔をしないように、彼女を牽制してほしいと。そして鮫島は自然教室が始まる前に、どうにか彼女の弱みを握ったらしい。勝者の余裕は裏付けがあっての事だった。
「なぜ? ははぁ、でしたら私も切り札を出しましょうか。五年二組は私の担任のクラス。同僚とはいえ、斑鳩先生に私の教育方針について口出ししてもらいたくありませんからな」
 鮫島は着ていたトレーナーの下から、大きな角封筒を取り出した。服の裏に固定して、肌身離さず持ち運べるようにしていたらしい。封筒ごと美月に突きつける。
「これは?」
「ご覧になれば分かりますよ。いやいや、興信所を何件も当たって、徹底的に調べさせた甲斐がありました。まさか斑鳩先生が、一組の……村咲でしたかな? 村咲まのみ。彼女と、そんな関係にあったとは知りませんでしたよ」
 美月の顔色が変わる。封筒の中を覗き、書類のような物を一瞥すると、さらにその顔つきが硬くなるのが傍目にも分かった。
「何の……事でしょうか」
「おや、白をお切りになる? 構いませんよ、その封筒の書類は全てコピーしたもの。原本も、別のコピーも、念のため用意してあります。いつでも公開は可能ですから、生徒たちにも見てもらいましょうか」
 鮫島の言葉に、美月の表情は見る見る諦観の色を帯び始めた。大したものだ。あの美月をあっという間に黙らせてしまうとは。いったい彼女にどんな弱みがあったというのか。
 村咲まのみと言えば、初日の入浴の時に姫乃にちょっかいを出していた、あの奇妙な雰囲気の少女だろう。彼女と美月が、例えば禁断のレズビアン関係だというなら話は単純だが……。まのみの雰囲気にそんなエロティックな物は感じなかった。そもそも美月ほどの高潔な人物が、教え子にも迷惑をかけるような軽率な行動を取るとも思えない。
「そう怖い顔をなさらずとも結構ですよ、斑鳩先生。何も取って食おうというわけではありません。私の狙いは白鷺姫乃ただ一人。あなたや村咲のような、白鷺のデッドコピーに手を出すほど落ちぶれていませんからな」
 姫乃本人を前にしてよくも堂々とそんな事が言えるものだ。桃香は呆れたが、ともかく美月を黙らせた彼の手腕、姫乃凌辱にかける執念だけは高く評価したい。美月はもう、完全に弱みを握られた格好だった。
「斑鳩先生」
 姫乃が声をかける。
「今まで私たちに力を貸してくれてありがとうございました。もう十分です。これ以上、無理はしないで下さい」
「白鷺さん、あなた……」
「ここからは私たちだけで戦います。大丈夫、私は決して負けません」
 姫乃の言葉は半分は本当だし、半分は嘘だろう。その様子から、いずれ自分たちだけで戦わなければならない時が来る事は予想していたらしい。一方で、必ず勝つ自信があるわけではないはずだ。姫乃が勝つには、桃香を打ち負かすだけでは足りない。虹輝も倒し、礼門を黙らせ、さらに鮫島の魔の手からも逃れなければいけなかった。いくら姫乃が聡明な少女だからと言って、これほどの障害を乗り越え、ゴールへと辿り着くのは至難の業に違いない。
 ゴール、か……。
 果たして姫乃が目指すゴールとは、一体どこにあるのだろう? 女子軍の勝利か? 桃香への復讐か? 自分が最後の生き残りになって、五年二組の支配者になる事か?
「ほら、白鷺もああ言っている事ですし。これ以上深入りするのは止しましょうや。そもそも……白鷺の目的を達するには、斑鳩先生もここらで手を引いた方が、都合が良いのではありませんかな?」
 鮫島の言葉に、美月と姫乃の両方が困惑の視線を向けた。
「おや? 随分戸惑っておられますな。ハハハ、そう驚く事でもありますまい。私はこの四年と数ヶ月、白鷺姫乃だけを見て生きてきたのですよ? 彼女が考えそうな事くらい、推測するのはお手の物。なぁに、男子女子戦争がどう終わろうと私には関係ありません。邪魔をするつもりはないから安心して下さい」
 姫乃が何をゴールとして目指しているのか、鮫島には見当が付いているという事か。それに姫乃はその秘密を美月には話しているらしい。
 まぁ、どうでもいい事だ。
 どのみち姫乃は今この場で戦死するのだから。その後は虹輝を始末しよう。二人を倒せば、礼門にも対抗する策はある。男子女子戦争は、女子軍の……桃香の勝利で幕を閉じるのだ。誰にも邪魔をさせるつもりはなかった。




 和平会談は、畳の上の卓袱台を挟んで行われた。丸いテーブルを囲むように、桃香と姫乃と虹輝が腰を下ろす。ボディーガードはそれぞれの主人の背後で待機していた。既に鮫島と美月は退室し、部屋の中には六人しか残っていない。
「さて。早速始めましょうか」
 桃香が口火を切る。
「まずあたしの和平案を……」
「ちょっと待って」
 始まったばかりだというのに、早速姫乃が話の腰を折った。
「悪いけど、和平会談の内容は録音させてもらうわ。言った言わないの水掛け論なんて御免だから」
「信用無いのねぇ。まぁいいけど」
 姫乃はウェストポーチからICレコーダーを取り出し、録音スイッチを入れて卓袱台の上に置いた。改めて、桃香が口を開く。
「じゃあもう一度、あたしの和平案ね。とりあえず、今ここで姫乃と犬飼くんとでセックスしてもらって、それをあたしがビデオで撮影するわ。ビデオはクラスのみんなに公開するけど、それ以上の事はしない。男子女子戦争は引き分けで終了。……これでどうかしら?」
 悪びれもせずに飄々と語る桃香の様子に、虹輝は怒るのを通り越して呆れてしまった。どうかしらも何も、それでは桃香だけが脱がずに済む事になる。引き分けと言いながら、結局のところ桃香の勝利で戦争を終わらせる案ではないか。姫乃も溜息交じりに言い放った。
「……桃香。そういうのは和平案じゃなくて、降伏勧告って言うのよ」
 とりあえず最初は自分にとってかなり有利な条件を出し、徐々に妥協していく……というのは交渉の基本だ。それにしたってこの和平案はあまりにも荒唐無稽すぎた。
「あら、そこまで無茶を言っているつもりはないんだけど? だってそうでしょ? この三人でいま一番有利なのはあたし。スタンガンを持っていない犬飼くんは論外として、姫乃とあたしが直接戦えば、金属繊維のシャツを着込んでいるあたしの方が断然有利だわ」
 入浴後という事もあって、生徒たちは全員、かなりラフな格好をしていた。ショートパンツにTシャツ。桃香は、昼間着ていたシャツを乾かして、Tシャツの下に着込んでいる。予備を持っていないのは、敵に奪われないための用心だろう。巧妙なやり口だ。
「でも、僕と姫乃さんが協力すれば、二対一だ。不利なのは羽生さんじゃないの?」
 虹輝が指摘する。当然、桃香もそれは理解しているようだ。虹輝と姫乃が手を組む可能性はあるが、桃香が姫乃や虹輝のいずれかと組む可能性は全く無い。だからこそ、和平会談の席を設けた……のかもしれない。
「そうね、犬飼くんの言う通り。二人が結託すればあたしが負けるかもしれない。あたしだって何もこの案をゴリ押しするつもりはないわ。けれど、一か八かで勝利を目指すよりは、安全かつ確実に引き分けで妥協した方が、お互いによって有益なんじゃない? 姫乃はみどりや耶美みたいに、馬鹿ゴリラなんかと初体験したいわけ?」
 確実に勝てる見込みがあるなら、誰だって戦いを選択するに決まっている。しかし万が一にも負ける可能性があるなら……妥協する事も大事だと、桃香は言いたいらしかった。もし姫乃が負ければ、間違いなく礼門にレイプされてしまう。それが如何に悲惨な状況となるかは、虹輝と桃香は昼間まざまざと見せつけられた。姫乃とて、それを想像できないほど愚鈍ではあるまい。
「相思相愛のカップル同士、初体験をさせてあげようっていう、あたしの粋な心遣いが分からないのかしらねぇ。あんな馬鹿ゴリラが処女喪失の相手だなんて、あたしなら死んでも嫌だわ」
 姫乃の背後に耶美が立っているのを分かった上で、桃香は平然とそう言ってのけた。明らかに当てつけだ。しかし耶美の表情に変化はない。ボディーガードの三人はお互い、和平会談には口を出さないという暗黙の了解で同席しているようだった。
 沈黙が訪れる。
 何か思索を巡らせる姫乃。その様子をニヤニヤと見つめる桃香。虹輝は二人の姿を慎重に観察していた。
 実はこの和平会談に出席すべきかどうか、虹輝はあらかじめ士郎に相談していたのだ。彼はともかく桃香の誘いに乗ってみるべきだと提案し、自らボディーガード役を買って出てくれた。恐らくこれが姫乃と桃香の最終対決になるだろうと。だから虹輝がすべき事は、油断なく状況を観察し、姫乃のサポートに徹する事だと教えてくれた。
 果たして、姫乃はどう切り返すのか。ピリピリした神経戦の空気が、宿直室の中を支配していた。
「――そうね、分かったわ」
 何と姫乃は、桃香の案に対してあっさりと了解の意志を示した。虹輝が息を呑む。
「あら、ずいぶん素直ね。そんな簡単に負けを認めるなんて、意外だわ」
「早とちりしないで。丸呑みするなんて誰も言っていない。こっちらかも条件を出させてもらうわ」
「話を聞きましょう?」
「まず、撮影の時に桃香も全裸になる事。私や虹輝くんの携帯でヌードは撮らせてもらうわ」
 互いに弱みを握らなければ話にならない。これは当然か。
「次に、撮影の前にお互いのスタンガンを分解して破壊する。戦争が終わるのなら、もうこんな物騒な武器は要らないでしょう?」
 そう言って姫乃がポケットから取り出したのは、ドライバーとラジオペンチだった。美月に頼んで、施設の職員から借りてきたのだろう。これを使えば、電池を抜いたスタンガンを分解し、二度と武器として使えないように破壊する事は簡単だった。
「それは困るわね。馬鹿ゴリラに対抗するためにもスタンガンは必要だから」
「この条件を呑まないのなら、私も桃香の和平案は受け入れられない。交渉は決裂よ。条件を呑むのか、和平案自体を蹴るのか、自由に選んでもらって結構」
 今度は交渉のボールが桃香に戻ってきた格好だ。虹輝の存在が完全に無視されているが、実際のところこれは姫乃と桃香の戦いと言えた。仕方のない話だ。
 しかし……姫乃は本当に桃香の和平案を受け入れるつもりなのだろうか。桃香が正直に約束を守るとでも? 虹輝とセックスしている映像を彼女に握られたら、たとえ桃香のヌード写真を撮ったとしても、喉元に剣を突き立てられる事に変わりはないはずだ。
 姫乃がそこまで桃香を信用しているとはとても思えない。だとすればこの交渉に何の意味があるのか? 姫乃の狙いは何なのだろう?
「OK、やっぱり姫乃には敵わないわね。その条件、二つとも呑むわ」
 桃香がわざとらしく肩をすくめる。
「ただし、こっちも一つだけ条件を追加させて。ボディーガードは三人とも、撮影の間退室してもらう。だって士郎や馬鹿ネズミにあたしのオールヌード見られるなんてシャクだもの」
「いいわ。その様に取り計らいましょう」
 桃香は桃香で、何らかの思惑が裏にあるのは間違いなかった。彼女が目指しているのは、自身の完全勝利のはず。姫乃や虹輝に自分のヌードを撮らせるつもりなど全く無いだろうし、姫乃を虹輝とのセックス映像の撮影だけで見逃すつもりも毛頭無い。こんな生温い和平案では、礼門はもちろん、クラスの誰も納得しないはずだ。
 虹輝の思惑をよそに、士郎と耶美と忠一は宿直室を出ていった。姫乃がドアの鍵を内側からかける。これで宿直室の中にいるのは、虹輝と姫乃と桃香の三人だけとなった。一応言っておくと、和平会談が始まる際に、押し入れの中などもチェックしているので、ここに誰かが隠れている……なんてコントみたいな展開にはならない。押し入れの中にあったのはビニールシートやトイレットペーパー、新聞紙の束だけ。窓も施錠してカーテンを閉めてあった。正真正銘、三人だけの密室状態である。
「まずはスタンガンの破壊よ。電池を抜いてテーブルの上に出して」
「はいはい」
 姫乃と桃香は、それぞれ自分が持っているスタンガンの電池を取り出し、テーブルの中央に置いた。姫乃がドライバーでネジを外して、一つずつ分解していく。二度と使い物にならないよう、ラジオペンチで配線を切断し、基盤を割って完全に破壊していった。
「あーあ、そのスタンガン、高かったのになぁ」
 虹輝は油断なく桃香の様子を監視し続けた。何か妙な動きをすれば、たちまち取り押さえるつもりだ。桃香にとってスタンガンは貴重な武器のはず。みすみす壊されるのを傍観するとは思えないのだが……。彼女は随分と、余裕の態度だった。
 もしスタンガンを失えば、桃香はどうやって礼門に対抗するつもりなのか? 礼門が狙っている標的は、姫乃の処女だけでなく、桃香の処女も含まれているのは周知の事実だった。スタンガンがあれば彼を牽制する事もできるだろうが、その貴重な武器を失えば、たとえ姫乃に勝ったとしても、彼女の身は安全とは言い切れないだろう。
 せっかく複数のスタンガンを持ち込んできたというのに、二つとも破壊されてしまうなんて……。
 ん?
 虹輝は違和感に気付いた。
 複数のスタンガン……?
 複数?
 確かに桃香は言っていた。「あたしは最初から複数持ち込んでいたわ」と。「スタンガンを一個しか持ってきてないなんて、誰が言ったの?」とも嘯いていた。
 これは裏を返せば――。
 スタンガンを『二個しか』持ってきてない、とも言っていない。そう言い換える事もできた。複数とは二個の事のみを指すのではなく、二個以上の事を指す単語だ。桃香が三個目のスタンガンを持っていないと、誰が言いきれるのだろうか?
 もうあと一個、桃香はスタンガンを持っている。そう仮定すると、二つのスタンガンを壊されても平然としている彼女の様子にも合点がいった。姫乃がスタンガン破壊の条件を提示したのは、桃香が乗ってくるかどうかで、三つ目のスタンガンの有無を確認するためだったのかもしれない。
「これでよし。もうこの二つのスタンガンは使い物にならないわ」
 姫乃はガラクタと化したスタンガンの残骸を、ビニール袋に詰めて部屋の隅に押しやった。次はいよいよ……三人が服を脱ぐのか。三つめのスタンガンが存在するという虹輝の推理が正しいと仮定するなら、姫乃が出したもう一つの条件……「桃香も全裸になる」の意図が、自ら見えてくるというものだ。
 桃香は決して他人を信用しない。だから三つ目のスタンガンは必ず自分で所持しているはずだった。という事は服を脱いでしまえば……素っ裸になってしまえば、スタンガンを隠し持てる場所は無くなってしまうだろう。タンポンや座薬じゃあるまいし、セクシーなスパイ映画のように、あんな大きなスタンガンを股間の穴の中に隠しておけるはずもない。
「……で、どうやって服を脱ぐの?」
 桃香が淡々と言い放つ。
「一人ずつ素っ裸になるってのは、ちょっとフェアじゃない感じよね。お互い一枚ずつ脱いでいくのが理想かしら?」
「私は別に、どういう順番でも構わないわ。どうせ三人とも丸裸になるんでしょう?」
「じゃあまず私が姫乃の服を一枚、脱がしてあげる。次に姫乃が犬飼くんを脱がす。そして犬飼くんがあたしを脱がす……この繰り返しでいいわね?」
「構わないって言ってるでしょう?」
 あれ?
 本当に……姫乃も桃香も服を脱ぐつもりなのか?
 虹輝は間抜けにも今頃になって状況を理解し始めた。
 姫乃や桃香の意図がどうあれ、このままでは普通に、三人それぞれのストリップが始まってしまう。三つ目のスタンガンを奪われないように、桃香が攻撃を仕掛けてきたらストリップも中止だろうが……。そもそも桃香がこの条件を受け入れたという事は、三つ目のスタンガンはどこか別の場所に隠してあるのかもしれない。或いは三つ目のスタンガン自体が、虹輝の勘違いという可能性もあった。
 という事は、そのままオールヌードになった後は、虹輝と姫乃が実際にセックスをするのか? 桃香に撮影されながら?
 まさかとは思うが、姫乃も桃香も何の裏もなく、普通にこの和平案を受け入れているという可能性も――。無くは、ないのだ。
「フフフ……。それじゃ遠慮なく、姫乃のシャツを脱がさせてもらうわ」
 桃香は膝立ちになって姫乃に近づき、彼女のTシャツの裾を掴んだ。躊躇いもなく生地を引っ張り、頭と腕を引き抜いていく。長く美しい黒髪が宙を舞い、シャンプーの香りが虹輝の鼻孔をくすぐった。
 う、嘘でしょ……?
 目の前に広がる光景に、虹輝は我が目を疑った。姫乃が……あの白鷺姫乃が、上半身下着姿になったのだ。ブラジャー姿を晒しているのだ。今まで一切隙を見せなかった姫乃が、クラスメイトにパンチラすら見せなかった姫乃が、難攻不落の高嶺の花だった姫乃が……。こうもあっさりと下着姿を見せるなんて。
「あっはは、ちょっと犬飼くん、ガン見し過ぎ! 気持ちは分かるけどさ」
「え? うわっ、ご、ごめん!」
 慌てて目を背けた。真っ白な肌に、パステルピンクのブラジャー。思ったより胸のサイズは無かったけど、それでも十分女性的な膨らみだった。うなじのラインやウエストの締まり、品のいいお臍の窪みなどは、まるで彫像のような美しさである。
「あたしたち女子は入浴の時に見てるけど、そっか男子は初めて見るんだもんね。フフ、とうとう男子の前で下着、見せちゃったわね姫乃? 恥ずかしい? これからもっと凄い所も見せちゃうんだけど」
「いいから早く済ませましょう。次は私が虹輝くんを脱がせばいいのね?」
 姫乃は平然とした様子で膝立ちになり、虹輝の傍まで近づいてきた。目のやり場に困るとはまさにこの事だ。困惑した虹輝が顔を背ける。
「いいのよ虹輝くん。気を遣ってくれなくても。男の子なら、女の子の下着や裸を見たがるのは当たり前なんだから」
「で、でも……」
「そうそう、遠慮はいらないわ。姫乃だって犬飼くんになら見られたいって思ってるんだものね」
 余計な事を言う桃香に、姫乃が鋭い視線を向ける。そんな殺気めいた視線さえ平然とかわし、桃香はさらに余計な事を付け加えた。
「どうせならさ、犬飼くんはシャツじゃなくて、ズボンを脱がせちゃおうよ」
「ええっ? なんで僕だけ……」
「当然でしょ。男子は乳首見られたって平気なんだし。女子がブラ見せるんなら、男子はパンツくらい見せるのが当たり前じゃない」
「どうせ全部脱ぐのに、順番にこだわる意味が分からないわ」
「分かってないなぁ、ストリップは脱ぐ順番が肝心なのよ」
 姫乃の言う通り、全部脱ぐのなら順番は関係ないはずだ。やっぱり桃香は最後まで脱ぐつもりなんて無いんだろう。虹輝や姫乃が恥ずかしがっている隙に、隠し持っている三つ目のスタンガンで襲い掛かる魂胆なのか……?
 とにかく、無駄な押し問答で時間を引き延ばす意味も無かった。虹輝がその場で立ち上がる。
「いいよ。姫乃さん、僕のズボンを脱がして。姫乃さんだけ恥ずかしい思いするなんて、不公平だと思うし」
「わ、わかった……わ」
 その途端、急に姫乃の頬に朱が差した。きょろきょろと落ち着かない様子で、虹輝のズボンのボタンを外し、股間のファスナーを下ろしていく。
「姫乃ったら、分かり易いわねぇ。好きな男子のパンツが見れるからって、そんなに真っ赤になる事ないのに」
「だ、黙ってて!」
 からかわれてムキになる辺り、本当に分かり易かった。姫乃がこんなに取り乱すのは実に珍しい。照れをごまかすためか、わざと勢いよく虹輝のズボンを下ろしていった。露わになったのは、ポップな総柄の青いブリーフだ。
「へぇー。犬飼くんはブリーフ派ね、かーわいい。あ、ちょっと勃起してない? テント張ってるわよ?」
 桃香があざとく指摘する。そう、虹輝のおちんちんは硬度を増し、天に向かってそそり立とうとしていたのだ。ブリーフの生地が引っ張られ、円錐状に膨らみを見せていく。
「でも大きくなってそのサイズかぁ。もうちょっとボリュームあると思ったんだけどなぁ……ガッカリ。その程度の大きさじゃ、女の子を満足させるなんて到底無理ね。姫乃相手なら痛くなくてちょうどいい相性かもしれないけど」
 桃香の論評を聞き流しながら、姫乃は虹輝のズボンを足首から抜き取っていった。好きな女の子にズボンを脱がされ、パンツ丸出しにされるのは、男子でもやっぱり恥ずかしい。しかもこの体勢……虹輝が立って、姫乃がその目の前で跪いている姿は、フェラチオの最中を想起させて実にいやらしかった。姫乃のまさに鼻の先に、ブリーフで覆われた虹輝のおちんちんがあるのだ。布きれ一枚を隔てた両者の間隔は、ほんの数センチしか空いていなかった。
「つ、次は僕の番だね。覚悟はいい、羽生さん?」
 照れ隠しもあって、虹輝はわざと挑発的なセリフを口にする。
「羽生さんのブラジャーも見せてもらうから」
「あら、犬飼くんもやっぱり男の子なのね。そんなに女子の下着が見たいんだ? エッチ!」
「そ、そいういうわけじゃ……」
「いいわ。男子軍最後の一人まで生き残った実績に敬意を表して、特別に見せてあげる。光栄に思いなさいよね」
 立ち上がり、無防備に両腕を広げる桃香。胸を反っているので、柔らかそうな膨らみが見事に電灯に照らし出されていた。虹輝は今日と昨日、偶然にも二回、桃香に羽交い締めにされている。背中に当たるあの柔らかい感触は、忘れようと思っても忘れられなかった。姫乃よりボリュームが上回っているのは間違いないだろう。
 今からあの服の下を見る事ができるのか……。
 男子であれば誰でも、女子の服を脱がす瞬間は胸の高まりを抑えきれないものだ。たとえ脱がすのが気の弱い虹輝であっても、脱がされるのが姫乃でなく桃香であっても、それは全く変わらなかった。
 ……っと、いけないいけない。
 思わず乗せられそうになり、寸前で虹輝が我に返る。今はピリピリした神経戦の最中なのだ。桃香がどんな罠を仕掛けてくるのか、常に観察を怠ってはならないというのに……ついエッチな誘惑に負けそうになってしまった。自分が情けない。これこそが桃香の狙いなのだろう。油断大敵である。
「いくよ」
 気を取り直して桃香に近づき、そのシャツの裾に手を伸ばした。仕掛けてくるとしたら――この瞬間。隠し持っていたスタンガンで虹輝を騙し討ちにするつもりに違いない。それとも一巡目は油断を誘うために、あえて大人しく脱がされるつもりか? 桃香が脱ぐ順番は最後なのだ。姫乃や虹輝を辱めてから自分が脱ぐという、精神的な余裕があった。お互い一枚ずつ脱いでいくと提案したのも、その順番を決めたのも、どちらも桃香である。作為を感じない方がおかしいだろう。
 虹輝がシャツを掴む。
 姫乃もじっと桃香の様子を窺っていた。
 大人しく脱がされる……? 桃香が? このプライドの高い桃香が? いや、そんな事は無い。この期に及んで未だ余裕を失っていない彼女の表情を間近に捉え、虹輝は確信した。桃香はブラチラだって見せるつもりは一切ないのだ。
 必ずこのタイミングで使ってくるはず……。
 桃香の切り札。
 三つ目の、スタンガンを!
「え?」
 その刹那。
 しかし、異変は思わぬ方向から発生した。
 カチャリと金属音を立て、出入り口のドアの鍵が外から開けられたのだ。勢いよく開け放たれる扉。
 どうして――?
内側から鍵をかけたはずなのに?
 一体誰が?
 疑問に思い、気を取られた瞬間。そのほんの僅かな間だけ、虹輝の注意が削がれてしまった。視線が出入り口の方に向かってしまったのだ。時間にしてコンマ数秒。だがその一瞬があれば、狙った行動を起こすための猶予としては、桃香にとっては十分すぎた。
「もらった!」
 目にも留まらぬ素早さで、彼女が虹輝の背後に回り込む。すかさず両腕を回して羽交い締めの体勢を取った。自然教室に入ってから、これでもう三度目だ。
「桃香!」
「勝負あったわね姫乃。これであたしの勝ちよ!」
 虹輝を助けようと詰め寄る姫乃だったが、出入り口から侵入してきた人影に阻まれる。その人影の正体は――。
「あなた、根墨くんっ?」
 桃香のボディーガードとして随行していた、根墨忠一であった。確かに彼なら、桃香の指示で鮫島からスペアキーを託され、外側から鍵を開ける事は容易い。この宿直室は元々鮫島が泊まるための部屋なのだから。
 だが問題はそこではなかった。
 姫乃が驚いたのは、彼の手に、黒光りする大きな四角い武器……スタンガンが、握られていたからだ。
「根墨くんが三つ目のスタンガンを……」
「そういう事。さすがに三つ目のスタンガンの存在は確信していたみたいね。それでこそ姫乃だわ。でもスタンガンを持っていたのはあたしじゃなくて、馬鹿ネズミの方。そこまで見抜けなかった事が、あんたにとってたった一つの誤算だった」
 やはり三つ目のスタンガンの推測は当たっていた。桃香は最初からスタンガンを三つ持ってきていたのだ。肌身離さず持ち運べるのはせいぜい三つまでが限度。敵に奪われる危険を考慮すれば、それ以上のスタンガンは持ち込んでいないと断定していいだろう。
 桃香が指示すると、忠一は何のためらいもなく、羽交い締めにされた虹輝にスタンガンを押し当てた。短い悲鳴と共に虹輝がくずおれていく。
「あたしの立てた白鷺姫乃暗殺計画の骨子はね、スタンガンであんたを騙し討ちにする事だったのよ。そういう意味では実にシンプルな計画だわ」
 忠一がスタンガンを向けて姫乃を牽制する。その間に桃香は廊下に出て、宿直室の前で倒れている士郎と耶美の身体を室内へと運び入れていった。二人もよもや忠一がスタンガンを持っているとは予想していなかったはずだ。抵抗もできずに騙し討ちされたらしかった。その後で、忠一は聞き耳を立てて突入のタイミングを計っていたのか。
「もちろん、普通にスタンガンを持ち込んでも、みどりや祢々子を通してすぐに情報がバレてしまう。だからまずあたしはスタンガンの情報をあえてリークして、馬鹿ゴリラに夜這い作戦をやらせたの。失敗してスタンガンを奪われる事も見越してね」
 桃香が再び部屋の鍵を内側から掛ける。これで宿直室は改めて密室となった。室内にいる六人のうち、虹輝と士郎と耶美の三人は電気ショックで動けない。忠一にスタンガンを突きつけられている姫乃と、これを楽しそうに見物している桃香。
 状況は圧倒的に姫乃に不利であった。
「スタンガンを奪われたあたしは、これを取り戻すために耶美の処女との交換を持ちかけた。その時に二つ目のスタンガンで騙し討ちにするつもりだったわ。これが成功すればそれでよし。失敗しても、スタンガンを一つは確保できれば、特に問題は無い。和平会談の席で姫乃を倒すっていう、最終作戦の布石になるから」
 結果的に、桃香の目論見は完全に成功した。二度あることは三度ある……二つあったスタンガンは、実は三つある。姫乃も虹輝もそこは看破していたのだ。だがそれこそ桃香の仕掛けた巧妙な心理的死角。三つ目のスタンガンの存在にばかり気を取られていた二人は、桃香以外の人物がそれを所持している可能性を完全に見落としていた。
 当然だろう。二つ目のスタンガンの存在が明らかになった時、桃香自身が言っていたではないか。「スタンガンが二つあったから、初めて一つを礼門に託した」、と。一つ目と二つ目のスタンガンが破壊された状態で、唯一残っている三つ目のスタンガンを、桃香以外の人物が所持しているなど……想定の範囲外だった。
「そりゃ馬鹿ゴリラなんかに三つ目のスタンガンなんて貸せるわけないけど、馬鹿ネズミなら話は別よね。こいつは絶対にあたしを裏切らない。あたしの奴隷でいる事が何よりの幸福なんだから。一つしか残っていないスタンガンを渡したところで、あたしを裏切って牙を剥いてくる事なんて、有り得ないわ」
「もちろんです桃香様。あっしは、桃香様の奴隷として虐めてもらうためなら、何だっていたします!」
 バチバチとスタンガンをスパークさせ、忠一が少しずつ姫乃ににじり寄っていく。ブラジャー姿の上半身を隠そうともせず、すり足で移動しながら慎重に距離を保つ姫乃。卓袱台を挟んで、二人は用心深く間合いを計っていた。動けない三人の身体は壁際に寄せられているから、これに躓くような危険はないが……だからといって姫乃に逆転のチャンスは見つかりそうもない。
 宿直室は完全な密室。出入り口も窓も施錠され、室内には敵が二人という状況なのだ。しかも忠一の手にあるのはスタンガンという圧倒的な武器。姫乃が武術の達人でもない限り、この状況をひっくり返すのは絶望的と思われた。
「せいぜい必死に逃げ回りなさい姫乃。あんたはもう終わりよ。ここでスタンガンの餌食になって、あたしに素っ裸にひん剥かれて、許しを乞いながら戦死するの。その後でクラスのみんなを呼んであげるわ。白鷺姫乃のなれの果てを晒し者にして、男子全員の筆おろしの相手をさせるためにね!」
 始末しなさい馬鹿ネズミ! ……という号令と共に、忠一が姫乃めがけて突進してくる。残念ながら姫乃に武術の心得などあるはずもない。攻撃をかわしながら彼を取り押さえ、その手からスタンガンを奪い取る、なんて器用な真似はできないのだ。ひたすらスタンガンの脅威から逃げ惑うだけである。
 そうやって時間を稼いでいれば逆転のチャンスはあるだろうか? 答えは否だ。虹輝たちが回復するまで逃げ回る事は不可能だし、外から助けが来る可能性も無かった。みどりや祢々子が宿直室の鍵を手に入れる事は難しい。美月は既に戦線を離脱している。姫乃がこうして逃げ回っているのは、何か勝機を見越しての事ではなく、単なる見苦しい悪あがきに過ぎなかった。
「カッコ悪いわね、姫乃。勝ち目がない事が分かってるのに、潔く負けを認める度胸もないなんて。この戦いはオセロみたいなものなのよ。誰が味方で誰が敵なのか、相手がシロなのかクロなのか、目まぐるしく変わって判別がつかない。あたしみたいに鋭い観察眼と洞察力を持っていない姫乃には、最初から勝算なんて無かったの。とっくに詰んでるんだから、諦めて投了しなさい」
 桃香が愉快そうに高みの見物を洒落込んでいる間、姫乃は上半身ブラジャー姿のまま、汗だくになって必死に忠一から逃げ回っていた。初夏の気温は夜でも下がらず、締め切った室内で動き回れば、エアコンが効いていてもたちまち息が上がるのは当たり前である。彼女の体力も限界だった。
 追う方より追われる方が体力・気力の消耗は激しい。何なら忠一は桃香と選手交代してもいいわけだし、万が一、姫乃にスタンガンを奪われそうになっても、すぐに二人がかりで取り押さえれば事なきを得る。
 姫乃が自分の力でこの状況をひっくり返して、桃香に勝つ可能性は――。
 ゼロだった。




「まったく、諦めが悪いんだから」
 あれから五分ほど経っただろうか。
 未だに畳の上を走り回る事を止めようとしない姫乃に、徐々に桃香は苛立ちを募らせていた。彼女を戦死させた後は、クラスの男子全員を宿直室に呼んで輪姦させるつもりなのだ。さらにその後は犬の首輪を付け、深夜の施設内を散歩させる手筈である。そのための首輪とリードも、ちゃんと旅行鞄の中に用意してあった。
 鮫島に言って、押し入れの中にビニールシートや新聞紙の束を持ち込ませておいたのも、桃香の仕業だ。あれを広げて姫乃を散々にいたぶるためである。ビニールシートを敷いてその上に新聞紙を重ねれば、おしっこをまき散らそうが精液を垂れ流そうが、下の畳を汚す心配は無かった。
 そこまで準備してあるのだから、いい加減姫乃にはさっさと負けてほしかった。見苦しく悪あがきする醜態を眺めるのも楽しかったが、そろそろ飽きてきた。礼門なら一瞬で勝負を付けられたのだが……運動神経の悪い忠一では苦戦するのもやむなし、か。本当に使えない犬である。このままでは姫乃より先に体力が尽きてしまうかもしれなかった。
「そろそろ敗北を認めなさいよ姫乃。あんたは負けたのよ。このあたしにね」
 桃香は壁際のビニール袋を手に取り、中からスタンガンの残骸を取り出した。もう使い物にならないガラクタだったが、やり方によってはまだまだ役に立つ。
「……これで終わりよ!」
 残骸を手に取った桃香は、まるで節分の豆まきのように、そのガラクタを姫乃に向かって乱暴に放り投げた。細かな破片が飛び散ってあちこちに散らばっていく。何もこの残骸でダメージを与えようというわけではない。彼女の視界を惑わし、気を散らせ、足元に障害物を振りまく事が目的だった。ほんの一瞬でも意識を乱せば、後は忠一が止めを刺すだろう。いくら使えない犬でも、それくらいの芸当はできるはずだ。
「あぐっ!」
 果たして――。桃香の目論見は成功した。調子が上向いている時は、何をやっても上手くいくものだ。残骸に気を取られた姫乃は、畳の上に落ちたプラスチック片を踏んづけてしまい、身体のバランスを崩してしまった。そこにすかさず撃ち込まれる、スタンガンの先端の電極。ブラジャー丸出しの素肌を通して、とうとう、彼女の身体を電気ショックが貫いた。
「く……はっ」
 汗まみれの姫乃の身体が、力なく崩れ、卓袱台の上に倒れ伏していく。
「終わった、わね。フフフ……」
 さらに忠一は、止めとばかりに姫乃に二度目の電気ショックを与えた。畳の上に転がり落ちていく姫乃。決定的な敗北の一撃だ。これでもう姫乃は当分の間身動きできない。
「勝った! あたしは勝ったのよ! 白鷺姫乃に!」
 それは、長い長い二人の因縁の対決に、とうとう決着が着いた瞬間でもあった。
「さぁ姫乃。今度という今度は覚悟を決めてもらうわよ。今からあんたは素っ裸にされて戦死するの。とりあえず、士郎と犬飼にすっぽんぽんを見てもらいましょうか?」
 桃香は勝ち誇った笑みで歩み寄ると、足で蹴飛ばして、姫乃の身体を仰向けに転がした。彼女が苦悶の表情で桃香を睨む。だがそれだけだ。どうする事もできない。桃香は余裕の笑みで、敗北したライバルの哀れな末路を悠然と見下ろしていた。
 忠一がスタンガンを持ったまま後方に下がる。
「馬鹿ネズミ。もしそっちの三人が妙な真似をしたら、すぐにスタンガンで黙らせるのよ」
「分かりました桃香様」
「じゃ、まずはそのショートパンツを脱いで下着姿になってもらうわ、姫乃」
 抵抗できない相手をいたぶるのはどうしてこんなに楽しいのだろう。桃香はこぼれる笑みをこらえきれずに、姫乃のウェストポーチを取り外し、ショートパンツをゆっくりと脱がしていった。電灯の光に照らし出される、コットン素材の愛らしいショーツ。
「へぇ、ブラとお揃いのピンク色かぁ。今日は入浴のタイミングが悪くて、あたしも見そびれてたんだけど……優等生の姫乃ちゃんは、意外と子供っぽい下着が好きみたいね?」
「く……」
「どう? 恥ずかしい姫乃? 男子も見ている前でブラとショーツだけの下着姿にされて、悔しい?」
 勝利の快感に浸りながら、桃香はショートパンツを抜き取っていった。畳の上に転がされている士郎や虹輝には、そのままの姿勢では姫乃の下着姿が視界に入らないかもしれない。どうでも良かった。とにかく姫乃に恥ずかしい思いをさせられれば、桃香は満足なのだ。
 さらに桃香は人差し指を立て、布地に覆われたデルタ地帯を撫でさする。皮膚とショーツの間には、明らかに何か別の触感が介在していた。ザラザラした、細長い何かが密生している感触。それが何を意味するのか、思春期の少女ならば考えるまでもない。
「へぇー、もう生えてるんだ?」
 室内にいる全員に聞こえるように、殊更大きな声で感嘆してやった。さすがの姫乃も悔しそうに顔を背けるしかない。幾度となく激しい鍔迫り合いを演じてきた宿敵の美少女の、恥ずかしい秘密をついに白日の下に暴いてやった。桃香は胸のすく思いである。
「こんな子供っぽいパンツ履いてるくせに、ちゃーんと下の毛が生えてるなんて。姫乃ってばオマセさんね!」
 まだまだこんなものではない。姫乃の身体の秘密は、隅々まで徹底的に暴き出して辱めてやる。もう彼女は何の抵抗もできないのだ。桃香にいたぶられて屈服するしか道は無いのだ。一晩かけて、二度と桃香に逆らえないよう、徹底的に調教してやるつもりだった。
 ショーツの両端を指で摘み、思いっきり引き上げる。股間に押し付けられた木綿の生地が密着し、ハイレグカットとなって、姫乃の恥ずかしい割れ目の形状をつまびらかにした。
「うふふ、可愛い割れ目ちゃんの形が丸分かりよ? これだけショーツを引っ張り上げても毛がはみ出してないって事は……意外と生え具合は薄いみたいね。それとも自分で剃ってるのかしら?」
 もはや反論すらできない姫乃。その落ちぶれた姿に気を良くした桃香は、彼女の股間に顔を寄せ、思いっきり息を吸い込んでやった。忠一から逃げ回って汗まみれになった股間は、ショートパンツの中で蒸れ蒸れになっていたのだ。
 入浴したばかりだから下着はほとんど汚れていないだろう。それでもおしっこの穴やウンチの穴が存在する場所だ。姫乃ほどの清楚な美少女であっても、そこの匂いはごまかしようが無かった。シャンプーの芳香を放つ頭髪とは、毛の生えている場所という意味では同じでも、匂いの性質は全く異なっている。
「結構蒸れちゃってるわね。いやらしい匂いがここまで漂ってくるわ。これが姫乃の恥ずかしい部分の匂いかぁ」
 視覚だけでなく、触覚や嗅覚までも駆使して宿敵の美少女を辱めてやった。桃香は満足げに微笑んだ。対する姫乃はじっと目を閉じて屈辱に耐えている。いつまでその強がりが続くか見ものだ。結局は耶美と同じように、最後には泣きながら桃香に屈服し、素っ裸で土下座して許しを乞う破目になるのだが。
 そう言えば耶美は随分静かにしている。スタンガンで身動きが取れないとはいえ、心の底から愛している少女を眼前で嬲り者にされて、よく声の一つも上げないものだ。念のため視線を向けたが、耶美も士郎も虹輝も、大人しく畳の上に転がっているだけだった。スタンガンを持った忠一が、桃香の後方で注意深く三人を観察している。
 考え過ぎか。
 姫乃は過去にどれだけピンチに陥っても、ことごとく凌辱者の罠を打ち破り、常に敗北を免れてここまで生き残ってきた。九分九厘の勝ちを収めてもなお、桃香はこの恐るべき美少女に対して警戒心を解いていなかったのだ。もしかしたら何らかの逆転の秘策を用意しているのかもしれない……。
 だが、やはりそれは杞憂だったようだ。宿直室には誰も入って来られない。室内にいる姫乃の味方は全員動けない。忠一は桃香に絶対服従しているから、裏切って姫乃を助ける事はあり得ない。どこをどう考えても、姫乃が逆転するチャンスは全く存在しなかった。
 姫乃は負けたのだ。
 この羽生桃香に。
「さて。そろそろメインイベントといきましょうか。姫乃の可愛いパンツを脱がして、女の子の一番恥ずかしい場所をしっかり観察してあげる。ふふ、男子も見ている前でアソコ丸出しなんて、女の子としてもう終わりよね。あたしだったら舌噛み切って死んじゃうわ」
 掴んでいたショーツの両端を、今度は下の方にずり下ろしていった。ピンク色の生地がめくれ、徐々に下腹部が露わになっていく。お腹の丸みが完全に露出し、さらにその下のデルタ地帯も顔を出そうとしていた。
 これでもう白鷺姫乃はお終いだ。
 パンツを脱がされてオマンコ丸出しにされれば、桃香に逆らおうという気概もへし折られるだろう。あとほんの数秒で全てが終わる。
 姫乃が完全敗北し、桃香が完全勝利する。
 全ての決着が着くのだ。
 姫乃のショーツは無情にもどんどん引き摺り下ろされ、ついに禁断の聖地が露わとなる。黒い艶やかな陰毛の先端が、ショーツの端から顔を見せたのだ。
 ついにやった。
 これが白鷺姫乃の陰も……。
「……あ?」
 そう、勝利の感慨に浸ろうと思った、まさにその時。
 桃香の脳天を、衝撃が貫いた。
 視界が反転し、身体の力が抜けていく。
 ……何だ?
 何が――起こったのだ?
 全身が痺れ、姫乃のショーツから指が離れる。桃香は力なく畳の上に転がっていった。この感覚は……スタンガンの電気ショックだ。昼間虹輝に受けた衝撃と全く同じ。金属繊維のシャツを着込んでいても、そのダメージは計り知れなかった。
 いまこの部屋で、スタンガンを使える人間は一人しかいない。馬鹿な。そんなはずはない。まさかと思い桃香が頭上を見上げる。
 けれども、その視界に映ったものは。
「馬……鹿、ネズミ?」
 やはり、スタンガンを構える、根墨忠一の姿だった。
 あり得ない。
 あり得るはずが無い。
 忠一が裏切る事など、絶対に無いのだ。彼は桃香に完全服従を誓っている。むしろ桃香に虐められる事に無上の幸福を見出しているような男子だった。そんな彼が、どのような理由があろうと、桃香を裏切るはずが無かった。だから彼女は安心してスタンガンを託すことができたのだ。
 そもそも、裏切るつもりならもっと早く本性を出しているだろう。宿直室を密室にして姫乃と対峙した時、二人で協力して桃香を倒せばいいだけの話だ。百歩譲っても、桃香が姫乃のショートパンツを脱がした辺りで、隙をついてスタンガンを振るえばいい。
 それなのに……どうして?
 どうして、今頃になってこんな真似をする?
「――この戦いはオセロのようなもの。そう言ったのはあなたよね、桃香」
 姫乃の冷静な声が室内に響いた。彼女もまだ身体の自由が利かないらしい。仰向けに倒れたまま、静かに言葉を継いだ。
「誰が味方で誰が敵なのか、相手がシロなのかクロなのか、目まぐるしく変わって判別がつかない、って。確かにその通りよ。私と違って、あなたは相手がシロなのかクロなのか、すぐに見分けがつく。だから根墨くんがシロだと確信して、スタンガンを託した。その判断は間違っていないわ。事実、根墨くんは今こうしている瞬間も、あなたの忠実な奴隷であり続けているんだから」
 忠一がまだ……桃香の奴隷? 何を言っているのだ、姫乃は? そもそもなぜ彼女はこんなにも落ち着いている? もし忠一が桃香を裏切ったのなら、桃香だけでなく姫乃も脱がし、男子女子戦争を男子軍の勝利で終わらせるつもりなのかもしれない。むしろ今の状況ではそれを最も警戒すべきはず。どういう事だ?
「根墨くんは間違いなくシロよ。今でも桃香の味方だわ。でもそのシロは純粋なシロ過ぎて……裏側のクロまで、透き通らせてしまったんだけど」
「いったい……何の話を……」
「さっきの根墨くんの言葉を聞いていなかったの? 根墨くん言っていたじゃない。『桃香様の奴隷として虐めてもらうためなら、何だっていたします』って」
 桃香に脱がされたショートパンツとシャツ、それにウェストポーチを拾い集めて、忠一が姫乃を抱き起した。彼の視線は、姫乃の下着姿を目の当たりにしても、何ら変化が無い。彼にとって姫乃のヌードなど、何の価値もないのだ。
 当然だろう。忠一が信奉しているのは桃香ただ一人。桃香の奴隷である事が忠一の生きがいなのだから。忠一は桃香に褒められるためなら……いや、虐められるためなら、どんな事だってしでかすに違いない。
 どんな……事だって……?
 懸命に手足を動かそうとする桃香の背中に、冷たいものが流れた。まさか……。いやそんな事は……。
 額に嫌な汗が浮かぶ。いくら忠一がマゾヒストだからといって、そんな行動を取るはずが……ない……と思う、が……。
「根墨くん。ウェストポーチに玩具の手錠が入っているから、それで桃香を拘束して。まだ脱がさなくていいわ。その後で、ショートパンツに入れている私の携帯を使ってあの子を撮影するの。いい?」
「分かりました。そうすればあっしは……桃香様の敗北の原因になって、今までにないくらい徹底的に罵倒されて虐め抜かれるんですね?」
「だと思うわ。桃香は一生あなたを許さないと思う」
「ああ……。素晴らしいです。だったらあっしは、一生桃香様に恨まれて、死ぬまで虐げられるって事ですか! もう二度と褒められる事もなく、ただひたすら罵られ続けるなんて……こんな幸せ、ありません!」
 忠一の倒錯的な告白を耳にして、桃香はようやく自分の敗因を悟った。
 そうか……。
 そうだったのか……。
 彼は――根墨忠一は、確かに今でも桃香の忠実な奴隷である。ただし彼は桃香に褒められるよりも、罵倒されて虐められる事に悦びを感じる、正真正銘、真性中の真性マゾヒストであったが。
 ようやく身を起こそうとした桃香の身体を、再び電気ショックが襲った。忠一がスタンガンを押し付けたのだ。そのアクションには何のためらいもない。悲鳴も上げられずに畳の上をのたうち回る桃香の腕を取り、忠一は玩具の手錠で彼女を易々と拘束してしまう。
「や……めなさい、馬鹿ネ……ズミ……。今なら……まだ間に合うわ。姫乃に……手錠を……」
「駄目ですよ桃香様。そんな事したら、桃香様はあっしを褒めてしまうじゃありませんか。あっしは桃香様に虐めてほしいんです。罵ってほしいんです。褒めていただいてもちっとも嬉しくありません。桃香様に怒鳴られてなじられるためには、ここ一番ってところで桃香様を裏切るような行動を取ればいいって……そう、白鷺さんが教えてくれたんですよ」
「ち、違……そうじゃ……なくて……」
 恐らく昨日の夜、夜這い作戦の時だ。桃香を裏切った振りをして姫乃に接触してきた忠一に対し、彼女が入れ知恵をしたのだろう。「裏切りがバレたら、あの子は根墨くんを決して褒めずに、徹底的に罵倒するでしょうね」「でもどうせ裏切るならこんなに早くじゃなくて、もっとギリギリのところで裏切った方がより効果的だったのに」――こんなところか。
 その言葉を鵜呑みにして、忠一は最後の最後、ギリギリのところで桃香を裏切った。そして男子女子戦争の行く末にも興味ない彼は、姫乃も同時に脱がす事など思いつくはずもなく、彼女を助けてその指示に従っているのだ。
 姫乃は桃香の立てた暗殺計画の全貌は見抜いていなかった。現に三つ目のスタンガンは、桃香が持っていると思い込んでいたくらいだ。つまり忠一に入れ知恵をしたのは、あわよくばという保険に過ぎず、明確な作戦に基づくものではなかったはず。
 もし忠一が欲を出さず、桃香に罵られる事を諦めて褒められる事で妥協すれば……姫乃は確実に負けていた。忠一と対峙していた時、逃げ回る姫乃の必死さが本物だったのはその為だ。お蔭で桃香は完全に騙されてしまった。騙すも何も、姫乃自身でさえ、忠一が裏切ってくれるかどうかは一か八かの賭けだったのだから、見抜けるはずもない。
「あなたは強かったわ、桃香。何か一つ歯車が違えば、私は夜這い作戦の時に負けていたかもしれない。耶美とスタンガンの交換の時に裸にされていたかもしれない。今こうして這いつくばっているのは、あなたじゃなくて私だったかもしれない」
 虹輝や、士郎や、耶美が、次々と身体を起こし始めた。スタンガンの痺れが抜けてきたのだ。姫乃もどうにか自力で身を起こしていく。
「私が勝てたのは、ただの偶然。紙一重の勝利だった。奇跡的勝利ね。でも、勝ちは勝ちよ。薄氷を踏む戦いだったけど……私は勝った。根墨くんがどういう人間なのか、完全に把握していなかった事が、あなたにとってたった一つの誤算だったわね」
 桃香はまだ身体が痺れたままだった。しかも後ろに回された両手首は手錠で拘束されている。駄目だ……このままでは……。
 このままでは、負けて、しまう。
「桃香様。撮影しますね」
 忠一が姫乃の指示通り、拘束された桃香の姿を携帯のカメラで撮影した。
「白鷺さん。こいつをどうするんで?」
「クラスメイト全員に、画像添付して送信するのよ。空メールで大丈夫。和平会談の事はみんな薄々知っているから……私のアドレスでその写真が送られてきたら、事の次第は誰だって推測できるわ」
 クラスの連中は、礼門や清司、みどりや祢々子も含めて、教師の見回りを警戒してみんな自室で大人しくしているはずだ。しかし桃香が拘束されて畳の上に転がされ、それを姫乃が撮影して全員にメール送信したとあれば……宿直室に様子を見に来ないはずが無かった。そしてそれは、桃香が地獄に突き落とされる事も意味している。
 今まで散々クラスメイトたちに悪行を働いてきた桃香だ。それが見過ごされてきたのは、類稀なるリーダーシップで男子女子戦争を戦い抜いてきたからに他ならない。敗北する事無く、勝ち続けてきたからこそ、女子は彼女に従い、男子は迂闊に手を出せなかった。
 だが、負けてしまえば。
 敗北すれば、全てがお終いだった。
 クラスメイト全員からどんな仕打ちを受けるのか、想像するだけでも寒気がする。
「おね……がい、やめて。そんな画像……送ら……ないで」
 こうなったら恥も外聞もない。とにかく、被害を最小限に食い止める事を考えるしかない。懸命に懇願する桃香だったが、姫乃の反応は冷淡だった。
「カッコ悪いわね、桃香。勝ち目がない事が分かってるのに、潔く負けを認める度胸もないなんて」
 それはつい先ほど、桃香自身が姫乃に対して言い放った言葉であった。それがそっくりそのままブーメランとして自分に返ってくるとは。
 いや、こんな言葉程度で済むはずが無い。桃香はこれから、男子女子戦争において自分がクラスメイトにしでかしてきた悪行の数々を、自分の身で受け止めなければならないのだ。
男子からも。
そして女子からも。
 忠一が姫乃の携帯を操作し、メールの送信ボタンを押す様を、桃香はただ黙って見上げるしかなかった。
 
 
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