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第九話 『明かされる開戦の秘密』

2014-02-26

 急須から注がれる緑茶が、二つの湯呑に交互に注がれていった。スチールデスクに急須を置き、美月が片方の湯呑を差し出す。
「保健室には気の利いた飲み物が無くてね。熱いお茶でいいかしら」
 そう言って自分の椅子に腰かけた。
「お構いなく」
 彼女と対面する形で丸椅子に座っているのは、白鷺姫乃である。足元には赤いランドセルが置かれていた。夏の日差しは夕方でも厳しいが、さすがに昼間ほどの蒸し暑さは感じられない。
「それで? 折り入って私に相談したい事って?」
 美月は夏でも熱いお茶が好きだった。湯気の立つ湯呑を平然と口に運んでいく。
「相談したい事は二つあります。でもその前に、きちんと説明しておいた方がいいでしょうね」
「説明?」
「先生も薄々気付いているはずです。私たち五年二組の中で何が起こっているのか。私たちがいま戦っている……男子女子戦争の事を」
 緑茶で喉を潤し、湯呑を置く。美月の表情に変化は無かった。それはつまり、姫乃の言う通り、その単語が出てくる事を予想していたからに他ならない。男子と女子の戦争……『男子女子戦争』という単語が。
 美月からの返事が無い事を、了承と解釈したらしく、姫乃は開戦の経緯から話し始めた。相談したい事があると言って、わざわざ美月に放課後の予定を開けさせたのだ。手短に事を済まさなければならないと思っているのだろう。
「……事の起こりは、始業式の日に、桃香ちゃんと明石くんが喧嘩した事でした」
 デスクの上の湯呑に視線を落とし、淡々と姫乃が説明していく。
「喧嘩の原因は、聞いたところによると――。あ、いえ、私もよく知りません。とにかく、その喧嘩がこじれたために、桃香ちゃんのグループと、明石くんのグループが、新学期早々対立する事になったんです」
 彼女は本当に喧嘩の原因を知らないのだろうか。知っているのに、わざと話さなかっただけではないだろうか。美月はそう思った。もし友達の名誉のためにあえてぼかしたのであれば、姫乃は友達思いの良い子に違いなかった。
「対立と言っても、最初はちょっとした口喧嘩程度でした。そっちが謝りなさいよ、とか。なんで俺が謝るんだよ、とか。可愛いものです」
「さすがに高学年ともなれば、男子と女子で取っ組み合いの喧嘩なんてしないものね」
「でも身体的な暴力に発展しない代わりに、性的な暴力に発展する可能性はあります。今回の場合もまさにそうでした」
 どちらが先に手を出したのかは今となっては不明だし、意味のない事だった。あるいは、ちょっとした勘違いだったのかもしれない。たまたま手が当たったのが『お尻触られた』に変わったり、ちょっと指が引っかかっただけで『スカートめくられた』に解釈されたり。いずれにせよ、桃香グループと明石グループの対立は、徐々にエスカレートし、とうとう胸タッチやズボン下ろしなどという不毛な性的イタズラの応酬にまで発展していったのだ。
 そしてイタズラをするだけでなく、相手の恥ずかしい姿を携帯のカメラに収めれば、その相手の弱みを握る事が出来る……そう気付いた事で、ここに男子女子戦争の原型と言えるルールが確立したのである。
 相手の服を脱がし、裸にして恥ずかしい写真を撮り、服従させる。先に相手グループを全滅させた方が勝ち。事が大きくなり過ぎないよう、肉体的な暴力は避け、撮影した画像も仲間内でしか共有しない……。
「きっとこの時点ではまだ、桃香ちゃんも明石くんも仲直りしたいと思っていたはずです。でも、少しずつ引っ込みがつかなくなっていった。男子のズボンを下ろしてパンツを見るくらいならまだ冗談で済みますが、パンツさえも下ろして写真まで撮れば、もう笑い事では済まされません。女子だって同じです。気が付けば、既に一個人の意志だけでは後戻りできない状況に追い詰められていたんでしょう」
「まさに戦争状態ね。でも、それはあくまで桃香グループと明石グループの対立じゃない? ほとんどのクラスメイトには関係ない話だったはずよ。それがどうして……」
「直接の原因は桃香ちゃんにありました。まぁ、それを誘発したのは明石くんの作戦ですけど」
 激化する桃香グループと明石グループの戦いの中で、明石グループは戦況を一気に打開する恐るべき作戦に打って出た。それは特攻作戦と呼ぶにふさわしい、自爆覚悟の攻撃である。自分が脱がされ、おちんちんを見られて写真に撮られる事を覚悟した上で、捨て身の攻撃で女子を脱がすという『バンザイ・アタック』だった。
 もちろん、その成功率は極めて低い。
 上手くいってもせいぜい一人一殺。女子を脱がす事さえできず、単に自爆しただけの男子も珍しくなかった。普通に考えれば、追い詰められた男子の苦し紛れの攻撃としか思えないだろう。ところがこの特攻作戦が、桃香グループに属する女子たちを激しく恐怖させ、その戦意を著しく喪失させたのである。
 一般的に言えば、男子より女子の方が、脱がされる羞恥心は強いと言える。女子にとって性器を露出する事は、妊娠のリスクを本能的に感じさせる恐怖に直結するからだ。子種をまき散らすだけの男子と違って、女子は性行為によって妊娠や出産の危険を常に意識しなければならない。
 そんな女子たちにとって、自爆覚悟で自分たちを脱がそうとしてくる男子の攻撃は、恐怖以外の何物でもなかった。相手は羞恥心を捨ててきているのだから反撃のしようもない。かといって、既に自分たちも散々明石グループの男子たちを辱めてきたため、今さら大人に助けを求めて戦争を反故にするわけにもいかなかった。
 そもそも、五年二組のクラスメイトの大半は、この戦争に参加していなかったのだ。みどりや祢々子のような側近を除けば、いくら桃香グループの女子だからと言っても、わざわざこんな馬鹿馬鹿しい遊びに付き合う義理は無かった。一人また一人と、桃香グループの女子たちは戦争から距離を置くようになっていく。
「そこまで見越しての、特攻作戦だったんでしょう。この頃から既に、明石くんや鷲尾くんの指揮能力はずば抜けていましたから。それに自分が犠牲になっても、明石グループが勝てばそれでいいという……男子の結束力の高さも勝因でした」
 桃香グループが弱体化するのを待って、講和条約を提示し、戦争を終わらせる。それが士郎のプランだったに違いない。だが無策で敗北を受け入れる事は、桃香のプライドが許さなかった。彼女の鼻っ柱の強さまで、士郎は計算に入れていなかったのだ。彼の最大のミスと言えよう。
 桃香は頭が切れるが、若干視点が短絡的で、長期に渡るリスクを過小評価する欠点がある。分かり易く言えば、後先考えずに無茶をするところがあった。姫乃を倒すためだけに、鮫島を仲間に引き入れたのがその好例だ。
「たぶん桃香ちゃんは考えたんでしょう。クラスメイト全員が戦争に参加していないから、『逃げる』という選択肢が生まれてしまう。一度戦争から距離を置いた女子を呼び戻すには、クラスメイト全員を戦争に参加させ、『逃げる』という選択肢を潰してしまえばいい……」
 そこで桃香がとった作戦。
 それが『無差別攻撃』であった。
 明石グループとは関係のない、それまで戦争に参加していなかった五年二組の男子に対して、容赦なく攻撃を仕掛けていったのである。当然、明石グループも報復として、桃香とは無関係の女子に攻撃を加えた。かくして桃香グループと明石グループの対立は、五年二組を二分する、女子軍と男子軍の対立へと発展していったのだ。
 ――名実ともに、『男子女子戦争』が開戦した瞬間である。
「この時点で、私も耶美も女子軍への参加を余儀なくされました。もう中立を貫く状況ではないと判断したからです」
「懸命ね。子供の世界にとって、学校のクラスは特別なコミュニティだもの。大人だったら、付き合いきれないって言って距離を置いたり、コミュニティ自体から離れるという手もあるけど……子供の世界ではそうはいかない」
「実際、最後まで反戦を訴えて平和主義を貫こうとしたクラスメイトもいました。男子にしろ女子にしろ、すぐに両軍の攻撃に蹂躙されて、真っ先に戦死させられましたけど」
 礼門が参戦したのもこの頃だ。姫乃と耶美が女子軍に加わり、五年二組の中でも飛び抜けた美少女たちが中枢部に揃ったのを見て、よからぬ事を考えたのだろう。男子女子戦争を隠れ蓑にして、首尾よく美少女たちをレイプする……彼の思いつきそうな事である。
 そして礼門のパシリだった忠一もまた、同時に男子軍に参加していた。桃香に告白してその奴隷となり、男子軍に潜入してスパイになれと命令されたからだ。
 かくしてこの日以来。
 五年二組は真っ二つに分断され、男子と女子で不毛な争いに終始する事になった。その過程で戦争のルール作りも進み、性的イタズラも激しさを増していく事になる。男子が残り四人、女子が残り五人となった時点で、転校生として犬飼虹輝が参加した後は、さらにその過激さが加速していった。
 肛門に鉛筆をねじ込み、パンツの中に大便をお漏らしさせ、果ては男同士でセックスさせたり、正真正銘のレイプをプールの中で行ったり……。先日の解剖授業の惨状を見れば、今後犠牲になる生存メンバーがどれほどの仕打ちを受けるのか、想像もつかない。
「……まるでゲルニカ爆撃ね」
 事情を聞かされた美月が、苦笑いと共に湯呑に口をつける。
「パブロ・ピカソでなくても怒り心頭ですよ」
 姫乃もそう応じ、緑茶で喉を潤した。
 第二次世界大戦の前哨戦とも言われるスペイン内戦時、フランコ将軍を支援するナチスが、スペイン北部の小都市ゲルニカを無差別爆撃した。俗に、史上初の都市無差別空爆とも言われ、民間人にも多数の犠牲者が出た事で有名だ。これが『ゲルニカ爆撃』である。
 それまでは、基本的に『戦争』と言えば、軍隊の兵士が戦場で殺し合うものだった。しかしゲルニカ爆撃以降、『戦争』とは非戦闘員の民間人をも巻き込み、軍事施設の無い市街地すら焼き払う、総力戦へと変貌していったのである。
 著名な画家であるパブロ・ピカソは、このゲルニカ爆撃に義憤を感じ、『ゲルニカ』という巨大な壁画を完成させたという。ナチスの無差別爆撃が戦争の歴史を変えたように、桃香の無差別攻撃もまた、男子女子戦争の歴史を大きく変えたわけだ。
 そしてもう一つ、この無差別攻撃の前後で劇的に変化した事があった。
 女子軍のリーダーが、桃香から姫乃にバトンタッチされたのだ。
 無差別攻撃作戦によってクラス全体を戦争に巻き込み、女子軍の勢力を回復させる事に成功した桃香だったが、当然、彼女がそのまま女子軍リーダーに居座る事は不可能だった。元はと言えば桃香の強引な作戦が、クラスの女子の参戦を余儀なくさせたのだ。戦火を拡大させた元凶たる桃香の指揮下に、大人しく収まってくれるはずもない。
 それは桃香自身、よく分かっていた。だから彼女は姫乃に女子軍の指揮を任せたのである。そして自分はサブリーダーとして、男子軍を攻撃する突撃隊長のような役回りに徹した。
 桃香と姫乃は四年生の時も同じクラスだった。テストの点数にしろスポーツにしろ級友からの人気にしろ、常にナンバーワンを賭けて争うライバルの関係にあったと言っていい。もっとも、姫乃は特に争うつもりなど無く、桃香が一方的に敵意を燃やしていただけなのだが。
「そんな私に女子軍リーダーの座を譲る事は、桃香ちゃんにとっては屈辱だったはずです。正直なところ、私にとっては迷惑な話でしかありませんでしたけどね。昨日のクーデターで女子軍の指揮権を取り戻したのは、悲願達成といったところでしょう」
「迷惑な話、か。確かにあなたは賢そうな女の子だわ。男子女子戦争なんて下らない争いに、本当は参加したくなかった。そうでしょ?」
 美月の問いに、姫乃は答えなかった。曖昧な笑みを浮かべ、湯呑に口をつけるだけだ。一度椅子に深くかけ直し、美月が正面から彼女の瞳を見つめる。
「……教師として、ハッキリ言ってあげるわ」
「何でしょう?」
「今すぐこんな馬鹿げた遊びは止めなさい。あなたくらい賢い子なら、デジタルデータとして裸の写真を撮られる事が、どれほど取り返しのつかない事態になるか分かってるはずよ?」
 強い口調で諭す。
 男子女子戦争の内幕……それは正常な良識を持った教育者なら、とても正視に耐えられない惨状だった。裸の写真どころか、既に中出し凌辱まで行われるほどにエスカレートしている。もはや凶悪犯罪そのもの。鮫島のような外道教師でない以上、美月は教育者として、身を挺してでも戦争を止めなければならなかった。それが教師の本来あるべき姿だ。
 しかし当の姫乃は、そんな美月の強い口調も全く意に介さない。
「例えば――リベンジポルノ、ですか? 交際している男性に裸の写真を撮らせて、別れた後に腹いせでその画像をネットに公開されてしまう話はよく聞きますね。私たち子供の裸は児童ポルノに該当しますから、公開した方もただでは済みませんが……画像を保存したパソコンがウイルスに感染すれば、意図せず流出してしまう可能性も否定できません。そして一度でもネット上に流れれば、後は永遠にコピーが繰り返され、劣化しないデータとして世界中の人の晒し者にされる。大人になれば子供の頃とは顔つきも変わりますけど、それでも若気の至りで済まされる話ではないですね」
「それが分かってて、どうして……」
「斑鳩先生。先生はさっき、今すぐ馬鹿げた遊びを止めなさいと言いましたね? じゃあ教えて下さい。どうすれば男子女子戦争を止められますか? 私がクラスのみんなに、『もうこんな馬鹿げた争いは止めましょう』って演説すれば、みんな納得すると思いますか?」
「それは……」
 美月が言い淀む。
「男子はみんな、私や桃香ちゃんの服を脱がして、裸を見る瞬間を待ち望んでいます。女子のみんなは、基本的には私たちが男子に勝つ事を期待しているでしょう。でも心のどこかで、自分たちと同じように恥を晒せばいいんだと思っているに違いありません。私が男子に勝つ姿を見たい。それが叶わないのであれば負ける姿を見たい。紛れもない本音です。勝ちもしなければ負けもしない……そんな結末は決して許さないはずです」
 美月のような大人が介入すれば、確かに戦争は終わるだろう。だが穏便かつ秘密裏に終わらせる事はできない。学校全体を巻き込んだ騒動となり、親や他の教師にも知れ渡り、マスコミが嬉々として全国的に報道するかもしれなかった。戦争の早期終了の代償として、今まで辱めを受けてきた男子や女子の恥が公開されてしまうのだ。画像そのものが流出しなくても、「裸にされて写真を撮られた」という事実が噂として流布するだけで、今後の学校生活に大きな影が落ちる事は明白だった。
 しかもそうやって恥辱を味わう人間の中に、姫乃は含まれていない。恥をかくのは五年二組のメンバーのうち、戦死した人間のみ。耶美を含む大半のクラスメイトたちだけだ。彼女らは一生残る傷を背負うのに、まだ脱がされていない姫乃や桃香はほとんど無傷で今後の人生を歩む事ができる。こんな不公平な話は無かった。
「もし斑鳩先生が強引に男子女子戦争を終わらせれば、クラスのみんなは周りの人たちから好奇の目で見られるでしょうね。そして私や桃香ちゃんは、クラスのみんなから憎しみの目で見られる。……明石くんが言ってましたよ。一度始まった戦争は、『勝つ』か『負ける』かでしか終わらないって。私に与えられた選択肢は、『勝つ』か『負ける』かしかないんです。それ以外の選択肢を選ぶチャンスは、戦争が始まる前にしか存在しなかった。明石くんのグループと桃香ちゃんのグループの抗争を、ただの喧嘩だと見過ごして放置した時点で、私はその選択肢をみすみす手放してしまったんです。無差別攻撃が起きた今となっては、もう逃げる事はできません」
 美月は背もたれに身を預けた。顎に手を当てて思案する。
 いや思案と言うよりそれは……感服と言ったところか。美月は目の前の少女の聡明さに、脱帽を通り越して畏怖すら感じ始めていた。
 何とまぁ……利発な少女であろうか。
 鮫島が偏狂的に執着するのも分からない話ではない。こうして面と向かって対峙していなければ、このセリフの主が五年生の幼い少女であると、どうして信じられよう。自分の年齢の半分も生きていない少女が、これほどの慧眼の持ち主だとは。美月はまるで信じられなかった。
「じゃああなたは……」
 絞り出した声が掠れる。緊張で上手く発声できないとは情けない。慌ててお茶を口に含み、喉の渇きを癒した上で、美月は再び問うた。
「あなたは、これからどうするつもりなの? 男子女子戦争を、どう戦っていくつもりなの?」
「まずは全力で桃香ちゃんを倒します。女子軍の中で内輪もめをするなんて、男子軍を利するだけですが、もう私たちの間の感情的なしこりは修正不可能ですから。白黒はっきりつけなければ、男子軍と戦う事もままなりません」
「勝算はあるのね」
「勝算? まさか。桃香ちゃんはそんな甘い相手ではありません。今の状態なら五分五分……いえ、私の方が不利なくらいです。負ける危険も十分あるでしょう」
 負ければどんな悲惨な目に遭うか、姫乃は分かっているはずだ。分かっていて、それでも負ける危険があると断言している。負けるかもしれない自分をしっかりと直視している。そこには壮絶な決意が迸っていた。
「負ければそれまで。これ以上あれこれ思案を巡らせなくてもいいから、むしろ楽ちんですね。そうなったらなったで、せいぜい女子軍が勝てるように、桃香ちゃんを陰ながら応援しますよ」
 姫乃はそう言って笑うが、もちろん本心ではないだろう。彼女は敗北という可能性をしっかりと見据えた上で、それでもなお勝つために全力を尽くす覚悟なのだ。結果は後からついてくるに過ぎない。勝つか負けるか――、最後の審判は、神のみぞ知るといったところか。
 恐らく決戦の舞台は、自然教室。
 果たして姫乃と桃香のどちらが倒れるのか。いずれにせよ男子女子戦争におけるこの最終決戦が、苛烈な戦いになるのは間違いなかった。
「そしてもし桃香ちゃんに勝てたら、その次は?」
「もちろん女子軍を立て直して、男子軍と戦います」
「あら、それだけなの? 生存している男子二人を裸にして、恥ずかしい写真を撮って弱みを握って、女子の方が男子より強いのよって証明して……それで終わり? 女子軍が五年二組の支配者になって、それで満足?」
 美月はどうにも違和感があった。姫乃がいかに賢明な少女であるかは分かっているつもりだ。その彼女がどうして男子女子戦争などという馬鹿馬鹿しい争いに参加しているのか。そして自分が生き残るためとはいえ、どうしてクラスメイトの友達を躊躇なく戦死させようとしているのか。
 もちろん無差別攻撃で否応なく巻き込まれたからというのも理由の一つだろう。だが本当にそれだけなのか? 美月には、姫乃の最終目的が単に女子軍の勝利だけで終わっているとは、どうしても思えなかった。そんな小さな目的のために、級友を陥れ、平然と辱められる人間ではないはずなのだ……白鷺姫乃という少女は。
 ――もっと何か、別の目的があるに違いない。
 だからこそ姫乃はこんな戦いに身を投じている。
 それは、教師としての美月の直感だった。彼女は養護教諭だから滅多に授業を行う事は無いし、担任のクラスというのも預かった経験は無かったが、それでも教育者としての本能は持ち合わせているつもりだ。
 教師たる自分に対して、姫乃の相談したい事が一体何なのかは知らない。だが少なくとも男子女子戦争に関わる事なのは間違いないだろう。彼女は美月に対しても、男子女子戦争に加担しろと手招きしているのだ。戦火に引きずり込まれろと手ぐすね引いているのだ。それが如何に愚かしい選択であるかも十分わかった上で。
 その理由が、単に女子軍を勝たせるためだけとは考えられなかった。
「そうですね……」
 姫乃が左腕をさする。昨日の傷はまだ癒えておらず、痛々しい包帯が巻かれたままだ。
「斑鳩先生を巻き込む以上、やっぱりちゃんとそこまで説明する必要がありますね。私の最終目的が何なのか」
 ただし他言無用でお願いします、と姫乃は付け加えた。
「途中でばれたら意味がないんです。これを知っているのは今のところ、私と耶美と明石くんだけ」
「秘密は守るわ。養護教諭は元々、あなたたちのプライバシーに関わる情報も扱う仕事だから。信頼してちょうだい」
 小さく頷き、姫乃は口を開く。彼女が男子女子戦争に参加している本当の理由。士郎との同盟の具体的な内容。そして、どうやって男子女子戦争を終わらせるつもりなのか。
 その――、真意を。




 同時刻。
 夕闇迫る五年二組の教室では、異様な光景が広がっていた。
 椅子に腰かけて足を組む桃香の前で、彼女のクラスメイトであるはずの耶美が、土下座して平伏している。その隣では、同じくクラスメイトの忠一が素っ裸にされ、大の字に寝転がっていた。さっきまでは耶美と並んで土下座していたのだが、桃香の命令でこの体勢を取らされたのだ。そして耶美が額を擦り付けているすぐ脇で、仰向けにされた忠一のおちんちんが天を向き、桃香の上履きで踏みつけられていた。
 しかもそんな有り得ない光景を、礼門と鮫島がニヤニヤと眺めているのだから……他のクラスの生徒や教師が見たら、卒倒する事間違いなしだろう。
「聞き間違いじゃないわよね?」
 自分の足元でひれ伏す耶美を見下ろしつつ、桃香が確認する。
「あたしの飼い犬になりたい。そう言ったのね、耶美?」
 馴れ馴れしく呼び捨てにする桃香。だが耶美は気にする様子もなく、這いつくばったまま答えた。
「はい。私は桃香様の奴隷になります。どんな命令でも忠実に実行いたします。どうぞ、私を犬として飼って下さい」
「どういう風の吹き回し? あなたが好きなのは姫乃でしょう? 昨日、散々あたしにいたぶられたのも、姫乃への愛あればこそ、だと思ってたんだけど?」
「そうです。私は姫乃の事が好きでした。愛していました。だからこそ、裏切られた時の憎しみは、ひとしおになるのです」
 もちろん桃香は耶美の言葉をすぐに信用するつもりはなかった。どう考えてもこれは、桃香に屈服したふりをして、スパイとして情報を盗もうとする作戦の一環としか思えない。姫乃の指示なのか耶美の単独行動なのかは不明だが、彼女が心の底から桃香に恭順するなど有り得ないだろう。
 だが、まずは相手の出方を見る事だ。可愛さ余って憎さ百倍……という事も無いとは言い切れない。人間の心理には、理屈では割り切れない一面も間違いなく存在していた。桃香は忠一のおちんちんをリズミカルに踏みながら相槌を打ってやった。
「裏切った? そうね、姫乃はあなたを助けられなかったくせに自分だけは戦死を免れた。これは酷い裏切りだわ」
「いいえ、私が言っているのはその事ではありません」
 耶美がきっぱりと否定する。では何をもって姫乃が彼女を『裏切った』……と言っているのか。本心の吐露にしろ、でっち上げの作り話にしろ、興味のある語り種だった。
「桃香様はご存知でしょうか。姫乃には好きな男子がいるんです」
 思いがけない切り返しに、桃香の眉がピクリと反応する。
 人並み外れた観察眼と洞察力を持つ桃香だ。当然、彼女もその事には気付いていた。しかし姫乃は耶美と同じくあまり恋心を表に出さないタイプであり、桃香をもってしても目星をつけるのがせいぜいで、まだ確証を抱くには至っていなかったのだ。
 彼女の観察眼が正しければ、姫乃が好意を抱いている男子の名は――犬飼虹輝。男子軍の数少ない生存メンバーの一人であり、桃香が風見鶏と馬鹿にしている、あの転校生に間違いなかった。
「……ええ、知ってるわ。士郎でしょ。明石士郎。姫乃があいつを好きだって事くらい、すぐに分かるわ」
 だがあえて桃香は別の男子の名前を口にした。この引っ掛けにどう反応するかで、耶美の狙いを推し量る事が出来るからだ。桃香と話を合わせてくるか、それとも姫乃が好きな男子の名前をきちんとリークするのか……それによって本気で裏切るつもりなのかどうか、判断する材料の一つになる。
「違います。姫乃が好きなのは、犬飼です。犬飼虹輝」
 果たして、耶美は引っ掛けに乗せられることなく、正確にその名前を口にした。これは……少し真剣に彼女の話を聞いてみる価値があるかもしれない。
「犬飼だってぇ? マジかよ、あいつあんなナヨナヨした野郎がいいのか?」
「いや、意外とあり得るかもしれんな。母性本能をくすぐるタイプだ。白鷺のようなしっかり者には、構ってやりたくなる存在に見えるのかもしれん」
 礼門や鮫島が口々に感想を漏らす。それには構わず、耶美は話を続けていった。
「昨日、姫乃は気を失った後、保健室に運ばれました。でも保健委員の明石は私用で先に帰ったんです。その代りに彼女を看ていたのが犬飼」
「それも知ってるわ。斑鳩先生が一緒にいたから、いくら意識を失っていても、裸にして写真を撮れなかったのが残念ね」
「ですが校庭で低学年の生徒が転んで、斑鳩先生が少し保健室を空けた時間があったんです。犬飼は甘ちゃんですから、姫乃を脱がそうとはしませんでした。そしてちょうどその時、姫乃が目を覚ましたんです」
 それは桃香も初耳だった。彼女とて、敵の動向を一挙手一投足に至るまで逐次監視しているわけではない。そんなチャンスがあったなら、どうにかして虹輝を排除して、抵抗できない姫乃を易々と戦死させられたというのに。
「私は姫乃の事が心配で保健室に行って、偶然その光景を覗き見てしまったんです。目を覚ました姫乃が、犬飼に向かって告白している瞬間を」
 本当……だろうか。
 わざわざ虹輝の名前を出してまで嘘をつく必然性は感じられない。もし本当に姫乃が告白したのなら、それを見ていた耶美が裏切られたと感じるのも無理はなかった。
「女が女を好きになるなんて、異常だという事くらい分かっています。姫乃が私を恋愛対象として見てくれない事も承知していました。彼女が男子に好意を抱くのも本人の自由でしょう。でもだからと言って……」
「確かに。酷い話よねぇ」
 彼女の意図を察し、桃香が大げさに合の手を入れる。
「何も私が恥をかかされた日に告白なんてしなくても……。いいじゃ、ありませんか……」
 耶美は姫乃を助けるために、桃香の脅迫に屈し、生き恥を晒した。一方の姫乃は、礼門の脅迫を突っぱね、躊躇なく耶美を見殺しにしたのだ。その上麻酔薬の罠にかかって救援が遅れ、教室に駆け付けた時にはもう耶美は、身も心もズタズタにされた後だった。
 そのくせ放課後の保健室で、好きな男子相手にイチャイチャ告白などされたら……。彼女に対する憧憬の念が、そのまま怨嗟の念にひっくり返ったとしても、何ら不思議はなかった。
「私は姫乃を許しません。桃香様の飼い犬になって、復讐したいんです」
「……分かるわ、その気持ち。好きな人に裏切られる悔しさは、経験した人間にしか分からないものよ」
 桃香が呟く。
 それは紛れもない彼女の本心であった。事実、彼女はそれを過去に実際、経験しているのだから。思い出したくもない記憶が脳裏を過ぎり、彼女の上履きに力が込められる。
 刹那。
 うめき声と共に忠一が情けなく射精し始めた。包茎おちんちんから漏れ出した精液が桃香の上履きを汚し、足の裏や爪先を白く彩っていく。舌打ちして桃香が睨んだ。
「もうイッたの? この早漏! 少しは辛抱しなさいよ!」
「も、申し訳ありませぇん、桃香様ぁ……」
「汚いわね。早く舐めて綺麗にしなさい!」
 すぐさま忠一は跳ね起き、ひれ伏すように寝そべって上履きに舌を這わせ始めた。自分が出した精液を自分で舐め取り、桃香の上履きを唾液でベトベトにしていく。そんな忠一の惨めな姿を、まるで汚物でも見るように見下し、桃香は視線を隣の耶美へと動かした。今度は一転、暖かい眼差しを投げかける。
「顔を上げなさい、耶美」
「はい、桃香様」
 土下座したまま頭をもたげ、視線を上向ける耶美。桃香は天使のような笑みでそれに応えた。
「いいわ、あなたを飼ってあげる。あたしは姫乃と違ってあなたを裏切ったりはしないから。安心してちょうだい」
「感謝します、桃香様」
 しかしもちろん、桃香とて完全に気を許したわけではなかった。耶美が飼い犬として使えるかどうかのテストはまだ行っていない。それをこれから試してみるのだ。
「じゃあ最初の命令よ」
 忠一が舐めていた上履きを持ち上げ、桃香はそれを土下座している耶美の鼻先に突きつけた。天使のような笑みを浮かべたまま、事もなげに命ずる。
「舐めなさい」
 上履きなら既に昨日、クラスメイト全員の見守る中で舐めさせた。しかしその時の上履きは、精液で汚れていなかったし、忠一の唾液にまみれてもいなかった。まずはこれをためらわずに舐められるかどうか。それで耶美の犬としての価値が決まる。
「はい、桃香様」
 だがどうだろう。
 彼女は何の躊躇もなく、舌を出して上履きに付いた精液を舐め取った。口に含んでコクリと飲み込んでいく。丹念に上履きの汚れを舌で清め、忠一の唾液と自分の唾液を混ぜ合わせていった。
「あなた、まだキスした事ないんでしょう?」
「はい」
「どう? 馬鹿ネズミと間接キスした感想は? 男子の精液を飲み込んだのも初めてなんじゃないの?」
「とても……不愉快な味です」
「フフフ。正直な事」
 上履きに付いていた埃や髪の毛まで平然と舌で絡め取り、耶美は上履きを清め終えた。その表情には何の感情も見られない。桃香でさえ、まだ彼女の本心を推し量る事は出来なかった。彼女は本当に桃香に屈服したのだろうか。それともこれは演技なのか。
 まぁいい。こんなものは序の口だ。
 もっともっと恥ずかしい思いをさせてやる。
 土下座の姿勢で次の命令を待つ耶美に対し、桃香は更なる羞恥の試練を与えた。
「次はあたしの目の前でおしっこでもしてもらおうかしら。そのロングスカートとショーツを脱いで、下半身すっぽんぽんになるのよ。上履きと靴下くらいは許してあげる」
「分かりました、桃香様」
 教室には桃香と忠一だけでなく、鮫島と礼門もいる。彼らの見ている前でお尻も陰毛も晒せと命令しているのだ。少しくらいは戸惑っても良さそうなものだが、耶美は平然と立ち上がり、眉ひとつ動かさずにファスナーを下ろしていった。ホックを外して足元にスカートを落とす。スポーティな飾り気のないショーツが露わになった。
「へへ、生で甲守のマンコが見られるのか。こいつぁラッキーだな」
 礼門が勝ち誇ったように呟いた。彼は五年二組の男子の中で唯一、耶美の裸を直接見ていない。解剖授業のビデオは視聴しただろうが、画面越しと直接見るのとではやはり感慨が違うものらしい。わざわざ席を立って近くまで観察しに来るほどだ。
「クールビューティな耶美ちゃんの毛深いマン毛、間近で見せてもらうぜ? まさか昨日の今日でもう剃っちまったわけじゃねぇだろ?」
 覗き込むようにしゃがみ、ニヤニヤと耶美の顔を見上げる。彼女は礼門など、まるで見えていないかのように無視し、紺色のショーツを迷うことなく引き下ろしていった。黒々とした縮れ毛が姿を見せる。昨日、あれだけ嘲笑された陰毛だったが、まだ手入れはされておらず、生えるがままであった。
 まぁある意味当然だろう。
 自然教室の期間中は、入浴の際にクラスメイトの女子に見られる可能性もある。年頃の女の子なら、少し毛先を整えた方がいいかも……と迷うかもしれない。
 だが既に剛毛を見られた後では、それはもう手遅れだった。女子はもちろん、男子や担任教師ですら、耶美の陰毛がいかに毛深いかはハッキリと確認しているのだ。今更手入れをしたら、剛毛だとバレているのに取り繕っているように見えるわけで、逆に恥の上塗りをするだけだった。諦めて毛深い陰毛を晒すしかない。
「スカートとショーツを渡しなさい」
「はい」
 陰毛もお尻も丸出しにしたまま、耶美は腰を折ってスカートを拾った。これ見よがしに礼門が背後に回る。
「お、ケツの穴が見えたぜ。ビデオの通り、毛はまだ前の方だけなんだな」
 得意げに囃し立てるが、耶美は徹底的に彼を無視していた。相手にしたところで、言葉責めを受けるだけなのは目に見えている。スルーするのが最善の対処法だと分かっているのだろう。
「チッ、何とか言えよ。感じ悪ぃな」
 その雑言も聞き流し、耶美がスカートとショーツを桃香に手渡す。彼女は受け取るなり、紺色のショーツを指で広げ、クロッチの内側の汚れ具合を確認し始めた。
「あら、ほとんど汚れてないわね。家を出る直前に履き替えたの?」
「……はい」
「へぇ、どうして? 何故わざわざショーツを履き替えたの? 答えなさい、耶美?」
「それは……」
 さすがの耶美も表情にためらいの色が浮かぶ。答えが分かっていながらあえて返答を強要する。桃香の得意の言葉責めであった。その陰湿さは礼門より数段上だ。
「汚れて……いたからです」
「どうして汚れていたの?」
「おしっこと……うんちの、染みが付いていました」
「あらあら。そういえば昨日も随分汚いショーツを穿いてたんだっけ。耶美はおしっこやうんちの汚れを下着にこびり付けてる、みっともない女の子だったわねぇ。すっかり忘れてたわ」
 見下したような桃香の視線に晒され、耶美がわずかに唇を噛む。だがそれは桃香への反発と言うより、羞恥に耐える自然な反応であった。相変わらず、桃香の命令に対しては素直に応じている。
「さ、いいわよ。早くおしっこしなさい」
「はい。でも……どこにすれば……」
「ああ、便器が無いと教室が汚れちゃうわね」
 桃香の視線は、彼女の足元で土下座したままの忠一へと向けられた。
「こら、馬鹿ネズミ! 何ボケっとしてんのよ! さっさと仰向けになって口を開けなさい!」
「え? 口を……ですか?」
「あんたの口を便器にするのよ! それくらい察しなさいよ、間抜け!」
「で、でもあっしは桃香様以外の女には……」
 口答えしかけた忠一は、しかし凄まじい殺気の籠った目で睨み付けられ、すぐさま仰向けに寝転がった。桃香の命令は絶対なのだ。飼い犬ごときに反論の権利などあるはずもない。口を目一杯広げ、人間便器が完成する。
「さ、どうぞ。心置きなくおしっこしてちょうだい。でも出せって言ってすぐ出るものなのかしら?」
「心配には及びません。恐らく桃香様がそのような命令をするだろうと思って、少し前からトイレを我慢していましたから」
「さすが耶美ね。優秀な犬だわ」
 足を開いて、忠一の顔の真上に仁王立ちする。彼の目には耶美の股間の全てが、何もかも丸見えになっているだろう。視線が合ったが、戸惑う忠一に対し、耶美は何の感情も見せなかった。
「でも……いいんですか? 根墨忠一は開戦初期から桃香様の奴隷として、男子軍の情報を横流ししていたスパイでしょう? 多数の雑魚女子を捨て駒にするのと引き換えに中枢まで送り込まれ、桃香様のために身を粉にして働いてきたというのに……この仕打ちはあまりに過酷ではないでしょうか」
 珍しく耶美が意見を返してきた。一体どういう意図なのか? まさか忠一を憐れんでの事ではあるまい。何か別の目的があるはずだ。
 姫乃に復讐したいという言葉が偽りで、耶美が本心から屈していないのだとすれば、ここで忠一の事を掘り起こす真意は恐らく――。
 桃香は一瞬、逡巡するものの、ストレートに切り返してやった。
「いいのよ。スパイだってバレた時点でもう馬鹿ネズミに利用価値なんてないもの。他の雑魚女子と同じ。所詮は使い捨てのコマに過ぎないわ」
 正体が判明した事で、忠一が役立たずになったのは耶美も十分把握しているはずだ。そこに自分が優秀な飼い犬として桃香に尽くせば……ますます忠一は立場を失う。犬としての利用価値は耶美の方が遥かに高いのは比べるべくもなかった。
 さて、そうなると……。
 桃香に完全に見限られた忠一は、追い詰められて一体どんな行動をとるだろうか?
 それこそが耶美の真の狙いなのではないか?
「始めます」
 耶美はゆっくりと膝を折り、和式便器で用を足す体勢をとった。クラスメイトの男子の顔の真上で、性器と肛門をこれ見よがしに突き出すという、あまりにも破廉恥な姿勢である。生え揃った陰毛が、忠一の鼻先をくすぐるほどの距離であった。
 しかも耶美はそこからさらに、自分自身の指で割れ目を開き、粘膜の内側を全て曝け出していく。桃香は排尿をしろとしか命令していない。だが彼女の意図を察すれば、性器の内側も全て公開し、尿道口からおしっこが噴き出す様を、しっかりと見せつけろ……そう命令しているのは明らかだった。耶美はそこまで気を配れる少女である。だからこそ、忠一などより遥かに優秀な飼い犬に成り得るのだ。
 そして一拍の後。
 ピンク色の粘膜に空いた小さな穴から、黄色い液体がチョロリと漏れ始めた。それはすぐさま奔流となり、勢いよく排出されていく。一応、忠一の口を狙っているが、上手くコントロールできずに、彼の鼻や頬、額にまでおしっこが飛び散っていった。
 これは止むを得ない事だ。
 おちんちんを持つ男子と違って、女子の身体は排尿に適した構造になっていない。ホースのように伸びたおちんちんは、おしっこをする際には極めて利便性の高い放尿ツールとなり、自由にその向きを操作する事が出来る。
 対して女子は身体に空いた穴から直接おしっこを噴き出すのだ。しかも膀胱から尿道口までの距離が男子より短い。つまりそれだけ内圧がかかり、おしっこの勢いが増す事を意味していた。
「うわっ、汚ぇ……ケツの穴にまでションベンが垂れてきてるぜ?」
 背後からの声に、一瞬、耶美の身体が硬直する。さすがのクールビューティも、おしっこしている姿を間近から嘲笑されれば心中穏やかではいられなかった。後ろに回り込んだ礼門は、剥き出しになった肛門にまで尿が垂れてくる様子を、匍匐前進の姿勢でしっかり観察している。
 おちんちんを振れば尿のしずくを簡単に処理できる男子と違い、女子は排尿のたびに性器をおしっこで汚してしまう。割れ目の内側が汚れるのはもちろん、飛び散ったしずくが陰毛に付いたり、性器から垂れたおしっこが肛門まで伝ったりするのも珍しくなかった。
 極端な言い方をすれば……。どんな可憐な美少女であろうと、気品あふれる清楚な淑女であろうと、ペニスを持たない者は排尿のたびに股間をおしっこまみれにしているのだ。だからこそ、男性と違って女性はおしっこの際でも、トイレットペーパーを備えた個室に入る必要がある。可愛らしいショーツの内側は、紙で拭ってあるとはいえ、常におしっこで汚れた状態だった。それが排尿にまつわる女性の宿命なのである。
「終わり……ました」
 耶美が小さく呟いた。
 男子の目の前でのおしっこショー実演はさすがに堪えたらしい。その表情に羞恥の色は隠せなかった。
「ご苦労様。じゃあ立って、少し後ろに下がりましょうか」
「はい」
 耶美が忠一の身体の上から離れていく。だが教室の中には当然トイレットペーパーなど常備されていない。おしっこまみれの股間を清める事も出来ず、耶美の剥き出しの下半身は礼門や鮫島の視線に晒されていった。内腿をおしっこが垂れていく惨めな姿まで見られている。
「あらら、急いで綺麗にしないと大変ね。せっかく履き替えたショーツにまたおしっこの染みを付けるのも気が引けるし」
 羞恥もさることながら、尿が内腿を垂れていく感覚は生理的な不快感も伴う。耶美の表情が困惑に歪んでいった。
「馬鹿ゴリラ。あんたの口で綺麗にしてあげたらどう? さすがに、そこまでの趣味は無いかしら?」
 ティッシュの一つくらいは持っているだろうに、わざわざ桃香は、より羞恥を与える方法でおしっこの後始末をさせようとしていた。どこまで耐えられるか試しているのだ。耶美が本心から恭順しているにしろ、桃香を倒すために従っている振りをしているにしろ、お澄まし顔の美少女を好きなようにいたぶり尽くせるのは無上の快楽だった。
「へへへ、そいつぁ役得だな。喜んで綺麗にさせてもらうぜ」
 得意げな笑みを浮かべ、礼門が正面に回り込んでくる。耶美の足元にしゃがみ込んだ。
「おい甲守。もっと足開いてマンコ突き出せよ。わざわざ俺が綺麗にしてやろうっていうんだぜ? それなりの態度は見せてもらいてぇな?」
 相手の弱みに付け込んで尊大な態度をとる。礼門は清々しいまでの人間のクズであった。ここでようやく、今までずっと無視してきた耶美が彼に言葉を返した。
「嫌です」
「何ぃ?」
「私が従うのは桃香様の命令だけです。あなたのような人間のクズに従う義理はありません」
「てめぇ……」
 そのやり取りに桃香が笑みを漏らす。鮫島もテストの採点をしながら笑っていた。礼門は姫乃を凌辱せんと付け狙っている男子だ。当然、耶美は以前から激しい嫌悪感を抱いていただろう。
 もちろん、姫乃に復讐したいという彼女の言葉が本当なら、礼門は耶美にとって心強い戦力という事になる。だがたとえ子供の世界であろうとも、敵の敵なら味方……などと割り切れるほど、人間関係は単純ではなかった。耶美にとって礼門は、依然として軽蔑すべき存在。純粋な敵から、姫乃への復讐に利用できる道具へと格上げされたに過ぎず、心を許せる存在になったわけではないのだ。
 その一方で、礼門に対する嫌悪感は、耶美を虐める上では絶好のスパイスでもあった。
「耶美」
 楽しげに桃香が命令する。
「あたしが見ている前なら、馬鹿ゴリラの言葉はあたしの言葉と同じよ。彼の命令にも素直に従いなさい」
 一瞬、耶美の顔に戸惑いが見て取れた。桃香だけでなく礼門にまでいたぶられるのは計算外だったか。素晴らしい。実に素晴らしい。この表情……クールな仮面からわずかに垣間見える、この綻びこそ、桃香が見たかったものだ。
「ハッハ、残念だったな甲守。桃香様からお墨付きをもらっちまったぜ? さぁ、分かったら観念して、さっさと足を広げろ」
「……分かり、ました」
「俺の事は『礼門様』と呼べ。いいな?」
「はい……。礼門様」
 人間のクズと罵って嫌悪した男子に、様付けして屈従を余儀なくされる。耶美の無念はいかほどのものであろうか。だからこそ桃香にとっては、最高に愉快な光景となる。
 目を閉じ、両腕をだらんと垂らしたまま、耶美はゆっくりと両足を開いていった。肩幅ほどに広げると、膝を外側に折って蟹股の姿勢になっていく。年頃の女の子が決して人前で見せる事のないような、あまりに無残で情けない体勢だった。しかもそのまま剥き出しの股間を、礼門に見せつけるように、突き出していくのだ。
「おい、ションベンの後始末を人にやらせるくせに、無言かよ? 自分からお願いしてみろや」
 調子に乗った礼門がさらに嵩にかかった態度を見せ始める。桃香が止めない以上、耶美に抵抗する術は無かった。
「礼門……様。どうか私の汚いおしっこを舐め取って下さい。内腿と、肛門と、性器に付いたおしっこを綺麗にして下さい。お願いします」
「ったく、しょうがねぇなぁ。五年生にもなって自分で後始末もできねぇのかよ。頼まれたんじゃやるしかねぇな」
「ありがとうございます、礼門様」
 屈辱の謝意の言葉を吐き、耶美が唇を噛み締める。
 礼門は憚る事もなく、彼女の両足を無造作に押さえ、内腿に垂れたおしっこに舌を這わせていった。その身の毛もよだつ感覚。耶美はたまらず眉をひそめた。
 昨日のように、徐々に追い詰められて泣きながら屈服する姿もいい見世物だったが、今日のようにクールな仮面を装ったまま服従する様も、また格別な快感をもたらしてくれる。かつて姫乃と共に自分に歯向かっていた耶美の、哀れな末路に桃香は最高の征服欲を感じていた。
「いい味だぜ。これからもちょくちょく舐めてやるからな。俺の見てる前でションベンするんだぞ?」
 内腿に這わせた舌を徐々に上へ上へとスライドさせ、礼門は産毛の感触まで楽しんでいるようだ。抵抗できない相手をいたぶるのは最高に楽しい。おしっこの雫が付いた陰毛を口に含み、クイクイと引っ張って遊んでも、耶美は文句ひとつ言う事ができなかった。あの無表情・無感動な少女の姿は見る影もない。
 そしていよいよ性器へと舌先が到達する。大陰唇に舌をねじ込み、尿道口を舐め回し、クリトリスを舌で突いていった。
 まったく……いい気なものだ。
 筋肉馬鹿の礼門の様子を、桃香は冷めた目で見つめていた。耶美が完全に屈服したとでも思い込んでいるのだろうか。だからいつまで経っても姫乃を仕留める事が出来ないのだ。内心ため息を漏らす。
 羞恥に苦しむ耶美を眺めるのは確かに楽しい。だが未だに、桃香は彼女の本心を見抜けないでいた。本当に屈従しているのか……それとも演技なのか。辱めを与えれば感情の綻びが見え、そこから洞察できると踏んでいたのに、全くの計算外だった。
「おいおい甲守ぃ……。なんか、ションベン以外の液体が漏れてきてねぇか? これじゃ舐めても舐めてもきりがねぇぜ。スケベな事になんて興味ないです、みてぇなお澄まし顔してたくせに、随分とまぁ下品で締まりの悪い股座だな?」
 鬼の首を取ったように礼門が囃し立てる。今や彼は指で大陰唇を開き、剥き出しになった膣口に舌を突きつけているのだ。もはやおしっこの後始末でも何でもなく、それは単なるクンニリングスでしかなかった。
 たとえ嫌悪する相手であっても、性器を舐められれば、愛液で濡れ始めるのは至極当然の反応である。それは決して快感を得たからではない。本能的に挿入の危険を察知し、自己防衛として潤滑液を分泌するからだ。レイプされて望まない妊娠をするのは苦痛だが、濡れていない性器に挿入されて裂傷を負うのはそれ以上の苦痛だと、身体が分かっているのだろう。
 耶美はじっと羞恥に耐えている。
 そこから見えるのは、辱めに耐え抜こうという強い意志のみ。それを支えているのが何なのかまでは読み取れなかった。姫乃に対する復讐心なのか。それとも桃香を倒そうとする覚悟なのか。彼女からは、感情というものが見えてこないのだ。
「おい羽生、こいつ犯っちまっていいだろ?」
 礼門は耶美の背中側に回り、彼女の尻たぶを乱暴に開陳していた。露わにされた肛門を好き勝手に舌で征服していく。
「前からこいつにぶち込みたかったんだよなぁ。メインディッシュの白鷺を喰う前の腹ごしらえにゃ丁度いい」
 やれやれ。
 放っておいたらどこまでも付け上がるタイプか。馬鹿ゴリラの際限のない増長に桃香は呆れ果てた。ここは一つ、自分の立場というものをもう一度教え込んでおく必要があるだろう。
 礼門もまた、桃香にとっては姫乃打倒のためのコマだった。コマに勝手な動きをされては、相手を投了まで追い込む事もおぼつかない。確実に姫乃を倒すためにも、礼門には忠実なコマになってもらわなければ困るのだ。
「そうね。どうしようかしら……」
 もったいぶって思案してみせた。耶美の反応は薄い。桃香がどう命令しようと、それにただ従うのみ。そう心に決めているようだ。
 面白い。
 そっちがそう来るなら――。
「いいわ。許可してあげる。思う存分、耶美の処女膜をぶち破ってやりなさい」
「そうこなくっちゃな!」
 桃香が答えるや否や、嬉々として礼門がベルトを緩め、ズボンとトランクスを下ろしていく。生存メンバーの彼にとって、桃香の眼前で性器を晒す事は致命的のはずなのだが、彼にとってはもうどうでもいい事らしかった。
 元々、礼門が男子女子戦争に参加したのは、これを隠れ蓑にして女子軍中枢の美少女たち……幼児体型の祢々子を除く四人を犯す事にあった。自分が戦死しようと生き残ろうと関係ないのだ。別に男子軍が負けても構わないとさえ思っているのだろう。
 大柄の彼は耶美より頭一つ背が高い。腰を落とし、立って向かい合ったまま、隆々に勃起したペニスの先端を耶美の性器へと擦り付けていった。
「ヘッヘッヘ……どうよ甲守? 今からお前は、人間のクズ呼ばわりした男に処女膜貫通されるんだぜ? 悔しいか? 悲しいか? でもお前には抵抗する事もできやしねぇ。ざまぁねぇな!」
 クラスメイトを犯すのは、みどりに続いてこれで二度目。前回以上に興奮し、悦んでいる様子が手に取るように分かった。単純な男だ。
 逆に耶美の方は落ち着いていた。今からレイプされて処女喪失するというのに、命乞いどころか泣き叫ぼうともしない。猿のようにハッスルしている礼門を、氷のような視線で無表情に見上げるだけだ。
「……下らない事を言っていないで、さっさと犯したらどうですか?」
「何ィ?」
「馬鹿みたいに腰を振って、そんな汚いものを女の中に出し入れする事しか能がないなんて、あなたは本当に動物以下ですね」
「こ……の……」
 間の抜けた話だ。これではどっちが辱められているのかまるで分からない。桃香は呆れながら、しかしじっと耶美の表情を観察していた。この期に及んでなお、彼女は心の内を見せようとしない。どこかの馬鹿ゴリラと違って、大した精神力である。
 一方、収まらないのはその馬鹿ゴリラ……。コケにされた礼門だ。怒りで顔を真っ赤にしながら、「上等だッ!」の捨て台詞と共に、耶美の腰を掴んで一気に肉棒を突き入れた。
 いや突き入れようと……した。
 だがその瞬間。
「待った」
 桃香の鶴の一声が、礼門の動きをピタリと止めた。
「悪いけど気が変わったわ。耶美の処女膜は、姫乃を倒すための道具として利用できるかもしれない。取り敢えずお預けよ」
「な……おい、そりゃねぇだろ?」
「あら、あたしの言う事に逆らうつもり? 馬鹿ゴリラも随分偉くなったものね。いいわ、そんなにセックスしたければ、今すぐしなさい。その代わり姫乃暗殺計画の面子にあんたは入れないから。姫乃を倒しても、他の男子が全員輪姦し終わるまで、指一本触れさせないわ。それでもいいならどうぞ。耶美の処女を頂いちゃってちょうだい」
 あくまで礼門の自由意思に委ねているように見えて……その実、選択肢を与えない冷徹な言葉。彼はぐうの音も出なかった。テストの採点を終えた鮫島が、赤ペンにキャップを被せながらクックと笑みを漏らす。
 別に礼門は桃香の手下というわけではない。忠一のように彼女に惚れて従っているわけでもなかった。むしろ姫乃を倒した後は、桃香の処女膜をぶち破ってやろうと虎視眈々と狙っているのだ。それは桃香もよく分かっていた。
 一方で、礼門は自分一人で姫乃を倒す力が無い事も、また強く自覚していた。姫乃を倒すためには桃香の策略が必要なのだ。その為には彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。姫乃と耶美。どちらも甲乙つけがたい美少女だったが、礼門にとってどちらがメインディッシュなのかは、考えるまでもなかった。
「……チッ。分ぁかったよ、桃香様。コマの分際で調子に乗り過ぎた。身の程ってモンをもっと自覚するぜ」
 驚くほど大人しく、礼門は耶美の腰から手を離した。それ程までに姫乃を凌辱したいのだろう。桃香に服従する屈辱を味わってでも、姫乃の処女膜を自分自身の手で喰い破らなければ気が済まないのだ。筋肉馬鹿でも損得勘定くらいはできるらしい。
「フフ、聞き分けのいい子は好きよ。折角だから耶美の口に出してあげたら?」
「ほーう、桃香様はお優しいこって。それじゃお言葉に甘えますかね」
 当の耶美本人の意思など全く関係なく、桃香と礼門の間で話が勝手に進められていく。飼い犬とはそういうものだ。桃香には最初から、耶美の身体を労わろうなどという配慮は微塵も無かった。
「心配しなくても、自然教室の期間中にセックスさせてあげるわ。耶美とも……もちろん姫乃ともね」
 礼門に一瞥され、耶美が素直にその場に跪く。フェラチオなどした事はないだろうが、五年生の少女ともなれば、雑誌やネットを介してその程度の性知識は当然あった。嫌悪感を隠さず、見よう見まねで、その醜悪な肉の塊を口に含んでいく。
「下手くそだな。もっと舌を使うんだよ!」
 礼門が耶美の頭を両手でつかんだ。下の口に入れ損ねた腹いせに、乱暴に前後に振り動かしてイラマチオを強制する。その有様は十分惨めで哀れなものだったが、しかし一方であまり桃香の興味を引くものでもなかった。
 彼女はもっとネチネチと精神的にいたぶるのが好きなのだ。力任せに喉を犯している姿を見ても、大して面白いものではない。あまり礼門にフラストレーションを溜め込ませるのも得策でないから、アメを与えただけの事だった。
 すぐに飽きて視線を動かすと、視界の端に忠一の姿が映った。未だに素っ裸で仰向けに寝転がったまま、耶美のおしっこを口の中に溜めて困惑している。ずっとそんな恰好をしていたのか?
「おい羽生。根墨が困ってるぞ? 甲守のおしっこをどうしたらいいんですか、ってな」
 鮫島がテスト用紙を片づけながら、愉快そうに笑った。
「馬鹿ネズミ……あんた本当に馬鹿ね。口の中に入れたものは飲むに決まってるでしょうが」
「アグッ?」
「さっさと飲みなさいよ。一滴でも零したら承知しないから」
 忠一は涙目だ。しかし桃香に甘やかすつもりなど一切なかった。礼門と違って、彼にはアメは必要ない。ひたすらムチだけを与えてやればいいのだ。なぜなら、忠一にとって桃香が与えるムチこそが、他の何物にも代え難い、至上最高のアメなのだから。
「ム……ムグゥ……。ガホッ! ガホォッ!」
 大人の男性には、女性の尿を喜んで飲み干す変態もいるという。だが忠一はまだ五年生の少年だ。いくら耶美のような美少女のおしっことはいえ、口一杯に注がれたそれをゴクゴクと喉を鳴らして飲み干すのは、さすがにハードルが高すぎた。
「ウゲェ、ゲェェッ!」
 目を白黒させて、忠一は仰向けのままおしっこを吐き出す。顔中がおしっこまみれだ。口から溢れ出した耶美の黄金水が、忠一の顔を中心に、教室の床へと広がっていく。
「きたな……この馬鹿ネズミ! 何やってんのよ間抜け!」
「ごめんなさい……ごめんなさい桃香様ぁ! 申し訳ありませぇん!」
「あたしが飲めって言ったら死んでも飲むのが犬の仕事でしょうが! アホ! カス! 死になさいよ役立たず!」
「許して下さい……。許して下さぁい!」
 おしっこ溜まりの中ですぐさま忠一が土下座する。桃香は上履きで彼の頭を踏みつけ、おしっこの中に顔面を浸してやった。
「あんた、今度の自然教室で役に立たなかったら、マジで見捨てるからね!」
「それだけは……あっしは桃香様の奴隷でいたいんですぅ! 見捨てないで下さい桃香様ぁ!」
「だったらさっさと床掃除しなさいよ! 雑巾が汚れるから、あんたの服で全部吸い取るのよ、このおしっこ!」
「はい、分かりました桃香様ぁ!」
 桃香が耶美を飼い犬にすると認めた、最大の理由がこれだった。
 彼女が犬になる事で、忠一が立場を失い、桃香に対して造反する……もしかすると、耶美はそれを期待してこんな行動を取っているのかもしれない。だが桃香に言わせれば、それは全く的外れの行動であった。
 なぜなら、忠一は筋金入りの真性マゾヒストだからだ。桃香に虐められ、いたぶられ、屈服して隷従する事に心の底から悦びを感じている。普通の男子であれば我慢の限界を超えそうな事も、彼にとっては無上の快楽でしかなかった。プライドを傷つけられたから桃香に復讐しようだとか、可愛さ余って憎さ百倍で仕返しを企むとか、そんな行動を取る人間ではない。ちっぽけな男のプライドなどとっくの昔に捨て去っている。耶美が飼い犬となって忠一の立場を失わせても、それによって追い詰められた忠一が、桃香を裏切って辱めようと暴走する事は絶対にないのだ。
 それは桃香が自信をもって断言できる事だった。
 耶美の本心がどうなのかは結局判断できていない。しかし忠一が裏切る心配がゼロである以上、彼女をそばに置いておく事のリスクはそれほど高くはなかった。むしろ本心を読み取れないのであれば、目の届く場所で泳がせて、より一層深く観察する方が得策だろう。あえて獅子身中の虫を飼うというのも一興だ。
「うっ……ク……。出すぞ、甲守!」
 礼門がうめき声を上げる。より一層ピッチを早めると、目一杯喉の奥に肉棒を突き込み、そのまま口内で白濁液をぶちまけた。快感と共に満たされた征服欲でニヤリと笑みを浮かべる。生意気に軽蔑の視線を向けていたクラスメイトの女子の喉を、精液で思う存分穢してやったのだ。最高の気分に違いない。
「へへ、おら、飲めよ。ありがたいザーメンを口の中に出してもらったんだ。よーく味わってから飲み込みやがれ」
 身勝手な礼門の命令にも、もちろん耶美は逆らわない。極力無表情を決め込み、口腔の生臭い液体を、コクリと喉を鳴らして飲み込んでいった。耶美のおしっこを飲み干せなかった忠一とは大違いだ。口を開け、喉の奥まで礼門に見せる事で、命令通りに飲み込んだ事をアピールする。
「どうだ俺の精液の味は? この先、嫌って程飲み込ませてやるからな。覚悟しろ」
 勝利の快感に酔いしれる礼門。そんな筋肉馬鹿など相手にせず、耶美は無表情で一言吐き捨てるだけだった。
「とても……不愉快な味です」




 姫乃が口を閉じた時、美月は正直なところ、憔悴しきっていた。よもや彼女の口から、あんなとんでもない話が飛び出してくるとは、予想だにしていなかったからだ。五年生の少女があんな事を考え付くものなのだろうか。ましてやあんな事を実行に移そうとするなんて。
「本気……なの?」
 すっかり温くなったお茶で唇を湿らせる。
「冗談は、あまり得意な方じゃないです」
 対する姫乃は相変わらずの柔らかな笑みだった。自分が何を言っているのか分かっているのか。もちろん、分かっているのだろう。分かっていて、それをやり遂げようと宣言したのだから。
「あなた……男性経験は?」
「ありません。処女です」
「でしょうね。生理は? もう来てるの?」
「はい。ちょっと前に」
「それじゃあ尚の事、もっと自分を大事にしないと……」
 言いながらも、美月はそれが無駄な忠告であることを自覚していた。それくらい姫乃だって承知の上だ。釈迦に説法とはまさにこの事で、今さら美月などに言われるまでもなかった。では自分は教師として何ができるのか? 頭を抱えるように、彼女は両手で顔を覆い、デスクの上に肘をつく。
 男子女子戦争を止められないだけなら、まだ教師としての自分に嘘はつける。子供たちが勝手に馬鹿な遊びをしているだけだ、止めなかったとしても責任は無い、しょせん子供の遊びだから深刻な結果にはならない……。それが事実に反していることを知っていて、なお現実から目を背けて見なかったふりをするのも可能だろう。
 だが姫乃の計画は違う。
 これを見過ごす事は、教師として以前に、女として人として、許されるべきではなかった。何が何でも止めなければならない事だ。もしこの計画が実行されたら――。
 いや、そんな事は想像するだけでも恐ろしい。
「斑鳩先生」
 姫乃を思い止まらせるための言葉を必死に探す美月に、当の彼女はやんわりと語りかけた。
「カムパネルラは、ザネリを助ける時に、自分の身を顧みたでしょうか?」
「は?」
「おそらく彼は、『ほんとうのみんなのさいわい』のために、無我夢中で行動した。それだけだったと思います」
「ああ……銀河鉄道の夜、ね。宮沢賢治の」
 姫乃が言っているのは、宮沢賢治が執筆した童話の一つ『銀河鉄道の夜』の内容に関する事だった。ザネリという少年が川で溺れた時、彼の同級生のカムパネルラが命を懸けてこれを助けたとされる。主人公のジョバンニはカムパネルラの親友だ。そしてザネリはジョバンニをからかって虐めたりする少年だった。それなのにカムパネルラはザネリを助けた。そしてその結果、カムパネルラは――。
「あれは、ただの童話よ。作り話だわ」
「もちろん分かっていますよ。何も私は自分の命を犠牲にしてまで、計画を成し遂げようとは思っていません。ただ『ほんとうのみんなのさいわい』のためにはこれが一番いいと、そう考えただけの事です」
「だからって……」
 言いかけた美月は、しかし途中で口をつぐんでしまった。もはや何を言っても無駄だと気付いたからだ。ここで彼女がどれだけ言葉を尽くしたところで、姫乃が考えを改める事は無いだろう。その程度で考えを変えるくらいなら、最初からこんな馬鹿げた計画を実行に移そうなどとは考えなかったはず。
 だとすれば、教師として美月ができる事は。
 元々、姫乃が言っていた――。
 二つの『相談したい事』に耳を傾ける。
 それ、だけだった。
「……分かったわ。じゃあ最初の質問に戻りましょう。折り入って私に相談したい事って、いったい何かしら?」
 それはある意味、美月の教育者としての敗北を意味していた。彼女にはもう男子女子戦争を止める事は出来ない。姫乃に加担して、彼女の計画が成就するよう力を尽くすだけだ。それがどんな凄惨な結末を招く事になろうとも。そしてそれがどんなに愚かだと分かっていても。
 ――そもそも美月自身、教育者たる養護教諭とは別の、『裏の顔』も持ち合わせているのだ。姫乃にさえ明かしていないその秘密を抱えながら、先生面して戦争を止めようなどとは、おこがましいにも程がある。元々美月にそんな資格など、あるはずもなかった。
「一つ目は、お医者様を紹介していただきたい……という事です」
 美月の葛藤をよそに、姫乃はあくまでマイペースに話を運ぶ。
「医者?」
「低用量ピルを処方してほしいんです。あと、アフターピルも数回分」
 一瞬、美月は面食らったが、なるほど考えてみれば当然の頼み事だった。既に中出しレイプされた被害者がいて、自分の身にその災厄が降りかかるかもしれないと分かっているのに、何の対策もしない方が愚かである。現に姫乃は昨日、一歩間違えれば礼門に凌辱されていたのだから。
「みどりちゃんがプールでレイプされたのを契機に、私は通販で低用量ピルを購入しました。今も一日一錠、飲み続けています。でも一度お医者様にきちんと診察してもらった方がいいと思って」
 緊急避妊薬……モーニングアフターピルのうち、ノルレボ錠は副作用も少なく、一回の服用で済むため、広く普及している。しかしそれでも避妊率は八十四パーセント前後とされる。アフターピルでも確実に避妊はできないのだ。
 対して低用量ピルは、継続して服用し続けなければならないが、ほぼ百パーセントの避妊が可能であった。静脈血栓症を引き起こすとも言われているものの、基本的に副作用も少なめ。むしろ副効果として、生理痛や月経不順の改善、卵巣がんや子宮体がんの予防などが確認されていた。何よりコンドームが男性の協力なくして効力を発揮しないのに対し、低用量ピルは女性の意志のみで効力を発揮できるのだ。これほど優れた避妊薬もないだろう。
 ただし継続的に服用し続ける薬である以上、きちんと自分の身体に合った製品を選ぶ必要があった。医師の診察を受け、問診や血圧測定の結果を踏まえた上で、最適のピルを選んでもらうのがベストだ。特に最初に服用する場合、いきなり通信販売で購入するのは危険である。体質の合わないピルどころか、偽物の薬をつかまされるリスクもあった。姫乃の場合、小学生という立場上、そうも言っていられなかったわけだが……。
「お金は、貯金を下ろせば何とかなると思います。足りなければ卒業までには何とか……」
「もう低用量ピルを服用しているって言ったわね? ならアフターピルは必要ないんじゃないの?」
「いえ、そっちは桃香ちゃんのための薬です。確か彼女ももう生理が来てたはずですから。桃香ちゃんは自分が負けるとは思ってません。だからピルは飲んでないと思うし、診察を受けようって言っても聞く耳を持たないでしょう」
「なるほどね」
 この期に及んで敵である少女の身を案じているのか。いや、だからと言って姫乃が心優しい女の子だというわけでもあるまい。桃香がアフターピルを必要とする事態になったのなら……つまりそれは、姫乃が桃香を打ち負かし、男子たちの凌辱の餌食に貶めたという事なのだから。桃香のための避妊薬を用意する優しさは、桃香を地獄に突き落とす覚悟の裏返しでもあった。
 そしてそれに協力する美月もまた、養護教諭という立場でありながら、桃香が辱めを受ける事をむざむざと容認したも同然なのである。
「――いいわ。学生時代の友達に腕のいい女医がいるから、すぐに連絡を取ってみる。上手くいけば明日にでも診てもらえると思うわ。お金の事も心配しないで。私が面倒見てあげる」
「いえ、それは……」
「構わないのよ。教師のくせに男子女子戦争なんて馬鹿な遊びを止めもせず、逆に加担までするんだもの。せめてもの罪滅ぼしだわ」
 それに美月自身、万が一のためにアフターピルは常備していた。何ならそれを姫乃に持たせてもいいだろう。
「それで、二つ目の頼み事は?」
 言いながら、美月には薄々その内容の想像がついていた。男子女子戦争に参加した時から、姫乃は自分の理想とする結末に向けて戦い続けていたはずだ。彼女にとって誤算だったのは、当初の予想を遥かに上回るスピードで戦争がエスカレートしていった事。
 まさか挿入を伴うレイプまで行われるとは。
 そして、まさか教師である鮫島まで参戦してくるとは。
 その二点が、姫乃にとって最大の計算外だった。美月を戦争に巻き込んだのも、この誤算に対処するためだったに違いない。
 レイプへの対策は、ピルの処方によって最悪の事態だけは避けられる。ならばもう一つの誤算への対処は――。
「鮫島先生を、牽制してほしいんです」
 美月を使って対抗するしか方法は無かった。
「彼の弱みでも握れっていうの?」
「弱みだけなら、耶美をいたぶっている解剖授業のビデオだけで十分でしょう。あれを警察に持っていけば、強制わいせつ罪ですぐにでも牢屋に放り込めますよ」
 苦笑いを浮かべるが、もちろん姫乃にそんな事はできないし、するつもりもない。あのビデオを公表するという事は、男子女子戦争の秘密を暴露するという事だし、何より親友の耶美の生き恥を公開するという事でもあった。たとえ耶美本人が了承したとしても、姫乃は決して彼女を犠牲にはできなかった。それが分かっているからこそ、鮫島は嬉々として解剖授業の様子を撮影させたのだろう。
「男子女子戦争の秘密が公になれば、困るのは鮫島先生も同じです。斑鳩先生には、鮫島先生が暴走しないよう、常に目を光らせてもらえればそれで構いません。もちろん、積極的に戦争に参加してもらえれば、もっとありがたいですけど」
「そう上手くいくかしら。彼は異常よ。特に白鷺さん、あなたの事になると何をしでかすか分からない」
「できる範囲で大丈夫です。斑鳩先生を巻き込んだのは私ですから、牽制しきれなかったからと言って先生を恨んだりはしません」
「問題はそこだけじゃないわ。もし――」
 言いかけて、美月は一瞬ためらった。
「何です?」
 姫乃にも本当の事を言うべきだろうか。彼女は自分の行動目的を正直に話してくれた。ならば美月も、自分の『裏の顔』について明かすべきではないのか?
 いや、しかし……。
「もし、鮫島先生が私の弱みを握ったら、どうしようもなくなるわね。冷たい言い方をすれば、あなたを見捨てざるを得なくなる」
 やはりそれは止めておいた方がいいだろう。真実を話せば姫乃にも迷惑がかかるかもしれない。これ以上、過酷な運命を彼女に課す事はできなかった。
「……斑鳩先生にも弱みなんてあるんですね」
「そりゃあるわよ。大人は誰だって、後ろめたい秘密の一つや二つ、抱えているものなの」
「鮫島先生ならありとあらゆる手段を使って、自然教室までにその弱みを突き止めてくるかもしれません。その時はどうぞ、私に構わず自分の身の安全だけ確保して下さい。先生にご迷惑はおかけしません」
 まったく、これではどっちが教師でどっちが生徒か分かったものじゃない。苦笑いしながら美月は空になった湯呑を片づけ始めた。
「話はこれで終わりね?」
「はい。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
 流しに湯呑を持っていくと、姫乃は丸椅子から立ち上がり、足元の赤いランドセルに腕を通していった。
 ちょうどその時、保健室のドアが軽くノックされる。
「どうぞ」
 扉が開き、一人の女子生徒が大きな封筒を片手に入ってきた。
「斑鳩先生、頼まれていた書類を……あ、すみません。お話し中でしたか?」
「いいのよ。ちょうど終わったところ。じゃあ白鷺さん、そういう事でね。診察の件については、明日また連絡するわ」
「お願いします」
 ぺこりと頭を下げ、姫乃はドアの方へと歩いて行った。封筒を持った女子生徒とすれ違う。彼女は長い髪を後ろで束ねておさげにまとめ、黒縁の野暮ったい大きな眼鏡をかけていた。軽く会釈して通り過ぎる。二人とも同じ五年生なのだが、お互い面識がないらしい。顔に見覚えがあっても、同学年全員と親しいわけではないし、クラスが違えばすぐに名前が出てこないのも無理はなかった。
 最後に、美月が声をかける。
「訊かないの? ……私の弱みが何なのか?」
 訊かれたところで言うつもりはないのだが、美月には不思議で仕方なかったのだ。なぜ姫乃が尋ねないのか。
 その秘密が暴かれれば、自分は見捨てられるかもしれない。そう聞かされて、姫乃が秘密の内容を気にしないはずがなかった。
 だが当の姫乃は、足を止めて不思議そうに小首を傾げるだけだ。
「人に言えないから、弱みなんでしょう? そんな野暮なことはしませんよ」
 事もなげにそう言って、保健室を出ていった。
 全く……何という少女だろう。丸っきり手玉に取られたような感覚だった。本当に彼女は五年生の子供なのか? 大人顔負けの受け答えではないか。味方であれば実に頼もしい存在だが、敵に回せばあれほど恐ろしい少女はいないはずだ。幼い教え子にもかかわらず、美月は白鷺姫乃に強い畏怖を感じていた。
「今の……白鷺姫乃、さんですね?」
 黒縁眼鏡の少女が呟く。
「そうよ。噂の女子軍リーダー。ああ、昨日のクーデターで失脚しちゃったけど」
「あんな賢そうな子が、男子女子戦争なんて馬鹿みたいな遊びをしているんですか? 信じられません」
「色々と事情があってね。さ、書類を見せてちょうだい」
 美月に促され、少女が封筒を渡す。
 彼女が中の書類を確認している間、少女はずっと出入り口のドアの方を見つめていた。あたかも、さっきそこを通った姫乃の残像を目に焼き付けるかのように。
「――賢そうな子。それに……。とても、綺麗な子」
 誰に言うともなく、そう呟いた。
 
 
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