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『二次元エンド』について

2015-02-13

 駄文その11です。
 サブタイトルにある通り、今回の第十七話で一応、悪役としての桃香は退場となります。ですが桃香の最大の魅力は、あの救いようのない性格の悪さだと思ってますので、突然いい子ちゃん優等生になるわけではなく、ちょっと性格の角が取れた感じになるだけでしょう。
 どうでもいいんですけど、桃香が懺悔するシーンは、80年代少年ドラマの金字塔『あばれはっちゃく』の主題歌のパロディになってます。まぁその気もないのに無理してるのかよって事になってしまいますので、意図的に似せないように文言は変えてますが。
 それより問題なのは、今回のほのぼのとしたラブラブエンディングですね。凌辱ものの小説でこんなラブラブ描写はいらないだろと思われたかもしれません。長い間書いてきたキャラクターなので愛着が出た、というのが理由の一つです。また当初よりこういう結末に落ち着く事は決まっていました。二人が幼馴染という設定は第一話から出てますし、少なくとも第八話の時点で完全に前振りが描かれていますね。
 何よりの理由は、ラブラブエンディングを描く事で、それまでの凄惨な凌辱シーンのエロさがむしろ増す、と思うからであります。
 いくらラブラブエンディングにしたところで、桃香が好きでもない男子にレイプされて処女を失い、クラスの男子ほぼ全員に輪姦され、膣内射精で妊娠の危険にあるという状況には何の変化も無いわけです。エンディングがラブラブであればあるほど、その取り返しのつかない事実が重く圧し掛かってくるのではないかと。それによってエロシーンの凄惨さに磨きがかかって見えればしめたものです。

 そしてこの「ハードな凌辱エロの最後に、ラブラブほのぼのエンディング」という組み合わせは、実はかの有名な『二次元エンド』に通じるものがあるでしょう。というわけで今回は『二次元エンド』について考えてみたいと思います。
 二次元エンドとは、キルタイムコミュニケーションより発行されている『二次元ドリームノベルズ』というレーベルで生み出されたとされる、独特のエンディング技法です。まぁこの文章を読んでいる方なら釈迦に説法といった感じですね。要するに、それまでグチャグチャのドロドロに凌辱されていたヒロインが、最後の数ページ(あるいは1ページ)で都合よく逆転し、ハッピーエンドで終わるという結末です。
 元々、二次元ドリームノベルズが登場する以前から、ジュブナイルポルノやエロライトノベルというジャンルは存在していました。しかしそれらはエロ成分がやや薄めで、特に凌辱ものの場合『メインヒロインは強姦されない』『後ろの穴は犯されるけど前の穴は好きな人とエッチ』といった寸止め気味の作品ばかりでした。ストーリーや世界観をまとめるのを優先して、エロは二の次だったのですね。
 そんなフラストレーションを一気に解消し、爆発的ヒットを飛ばしたのが『二次元ドリームノベルズ』だったわけです。退魔師だろうが魔法少女だろうが変身スーツヒロインだろうが、情け容赦なく徹底的にレイプされ、輪姦されるハードなストーリーは好評を博しました。しかし一方で、フランス書院の凌辱もののようにヒロインが堕ちたまま終わるラストに「ヒロインが可哀そう」「読後感が良くない」といった批判も出た模様です。ここら辺がエロライトノベルという独特のジャンルの面白さですね。かといってエンディングにページ数をかけたら元も子もないわけで。そんな中で編み出されたのが、数ページで無理矢理ハッピーに終わらせる、二次元エンドだったのでしょう。詳しくは、ナンバー38『ギルティートレイン2 魔悦の教室』の作者あとがきに(多少面白おかしく脚色してありますが)描かれています。

 さて二次元エンドを語る上で、分けて考えなければいけないのは、『凌辱エロ小説にエンディングは必要か?』という問題と、さらに『ハッピーエンドである必要はあるのか?』という問題の二点です。僅か数ページで無理矢理エンディングに持っていくという手法は、ページ数に限りのある商業誌の制約から生まれたものであり、今回は特に論じる必要は無いと思います。
 まず凌辱エロ小説に、そもそもエンディングが必要なのかという問題ですが……まぁ結論から言えば『無いよりはあった方がいい』という事になるでしょうね。エンディングが無いという事は、アダルトビデオなどによく見られる「ヒロインがレイプされて中出しされました。おわり」という結末になるわけで。余韻もへったくれもありません。
 余韻というのは別に高尚な物語にしようなどという意味ではなく、凌辱されたヒロインがその後、どんな悲惨な生活を送っているのか? あるいは気丈にも立ち直ろうとしているのか? などという描写を入れる事で、エロシーンがどれほどヒロインの人生を狂わせたかを実感させ、その凌辱の凄惨さを強調する効果があるのです。可能であればエンディングがあるに越したことはないのです。

 では次に、そのエンディングがハッピーエンドである必要があるのか? これも結論から言うと、『好みにもよるが、ハッピーエンドが必ずしも凌辱エロを損なう事は無い』と言えると思います。むしろ、このコラムで何度も語っている『負けるけど負けてない』という負けパターンに限って言えば、むしろハッピーエンドにした方がヒロインの魅力が増すと断言できます。
 そもそも『負けるけど負けてない』負けパターンというのは、ヒロインが敗北するのを覚悟の上で行動し、凌辱による苦難すら乗り越えるコンセプトを指します。これは強いヒロイン凌辱ものにおける一つの解答だと思うのですが、決して万能の答えではありません。例えば難点の一つとして、どうしてもストーリーが複雑になりがちで、話も長くなる傾向にあります。これは手っ取り早いエロを求める人には不向きでしょう。またヒロインが敗北を覚悟するという事は、一歩間違えれば貞操観念の低さに繋がってしまい、エロシーンの魅力をスポイルしかねないのです。
 具体的な例としては、『ターミネーター2』のサラ・コナーが挙げられます。彼女は息子のジョン・コナーを守るため……そして人類解放軍の指導者に育て上げるため、あらゆる知識を吸収しようとしました。そのための手段として、銃器の扱いや機械の整備を得意とする男性を見つけては、仮初めの恋人関係になって技術を教えてもらうという手段に出ています。経済的にも余裕が無い状況では、そうするしか方法が無かったのでしょう。ママは技術を教えてもらうためなら誰とでも寝た……と息子のジョン・コナーも語っていました。これは一般向け作品の強いヒロインとしてはアリだと思うのですが、凌辱ものとしてはちょっと魅力に欠けますね。やはり強いヒロイン凌辱もののヒロインは、処女でなくてもいいので、貞操観念は高めの方が興奮できます。
 余談ですが『ターミネーター2』の監督ジェームズ・キャメロン氏は強いヒロイン好きで有名で、氏がメガホンを取った『エイリアン2』のリプリー、『タイタニック』のローズなどにもその片鱗が見られます。また『ターミネーター』第一作のサラ・コナーはごく普通の女性という感じでしたが、それでも終盤の展開はまさに強いヒロインの真骨頂。シュワちゃんがエンドスケルトンになって執拗に追撃する中、彼女を守るために未来からやって来た戦士カイル・リースがついに死亡してしまうのです。それでもなおエンドスケルトンは追いすがってくる。サラ・コナーはカイルを失った悲しみもそこそこに、自分一人だけの力でかろうじてこれを撃破しました。凡夫の監督なら「カイルが命と引き換えにサラを守ってエンドスケルトンを倒しました」で終わりにするところだったでしょう。そんな『守ってもらうだけのヒロイン』なんて何の魅力も感じません。

 横道に逸れました。そんなわけで、『負けるけど負けてない』コンセプトには欠点も存在するわけですが、それをカバーする一つの形が、実は『ハッピーエンドで終わる凌辱もの』なのです。
 以前にも紹介した『天才少女探偵 黒箱華恩の冒険』では、ヒロインが犯人に先手を打たれて凌辱されてしまうのですが、実はヒロインも犯人の切り札を見抜いており、仲間の協力で逆に先手を打っていました。ヒロインが凌辱されたのは、時間を稼ぐためという意味合いがあったのです。最後は無事犯人を逮捕してハッピーエンド。これはまさしく『負けるけど負けてない』コンセプトを最小単位のストーリーで表現したものでしょう。
 また、いのまる先生の『いたずら専用 華比良生徒会長』というコミック作品でも、一度敗北して校長の奴隷になったヒロインが、完全に堕ちたと思わせておいて最後の最後で逆転。それまでの屈従の姿勢がヒロインの作戦であった事が明かされます。これもハッピーエンドで、紛う事なき『負けるけど負けてない』作品でありました。
 拙作『男子女子戦争』でも、耶美のエピソードだけを抜き出して考えてみると、一度負けたヒロインが屈服したと見せかけて復讐を果たすという展開になっており、『負けるけど負けてない』以外の何物でもありません。

 つまり凌辱エロ作品におけるハッピーエンドは、上手く描けば『負けるけど負けてない』コンセプトを最も効率よく描ける技法となりうるのです。バッドエンドで終わった方がエロさは増すかもしれませんが、強いヒロインの魅力が増すのであれば、多少のエロさを犠牲にしてでもハッピーエンドにする価値はあると思いますね。
 もちろんエロ作品において最優先すべきはエロさのみであります。ただ、魅力に乏しい弱っちいヒロインが何十人と脱いだところで一ミリも興奮なんてしません。それよりたった一人でいいから、魅力的な強いヒロインが脱いでほしい。エロを優先するあまりヒロインの魅力を損ねるくらいなら、必要最小限度だけエロを削って、その分ヒロインを魅力的に描くべきだと思うわけです。
 しかし悲しいかな、二次元ドリームノベルズでは二次元エンドはあくまで『読後感を良くする』以上の価値を見出しておらず、ほとんどの作品ではハッピーエンドがヒロインの魅力に繋がっていないのが実情です。私も大した数は読んでいませんけど。

ちなみに二次元ドリームノベルズで私が一番好きなのは、ナンバー108の『悪魔シルフィアと炎の天使 聖邪の淫獄螺旋』ですね。この作品では凌辱者が愛らしい天使の少女であり、彼女がメインヒロインに敗北して凌辱されるのが冒頭のエロシーンになっています。つまり天使の少女の復讐譚でもあるわけ。またメインヒロインは妖艶な悪魔の少女で、非処女であり、使い魔の少女とレズの関係にあります。これによって序盤のエロシーンのページを確保し、ギリギリまでメインヒロイン凌辱を後回しにする事で、たっぷりと前振りを描く事に成功しています。
 天使の少女の手下として登場する不良三人組の扱いがその好例でしょう。初登場時にメインヒロインにコテンパンにされるのはセオリー通り。しかしその後天使の少女と結託し、強力なパワーを得てメインヒロインに復讐しようとするものの、またしても返り討ちにあってしまいます。天使の少女自身の敗北も含めると、凌辱者側が三回も敗退を重ねるという、二次元ドリームノベルズでも珍しい展開が見られるのです。
 またエンディングも単なるハッピーエンドではなく、そこに至る伏線もしっかりと張り巡らされており、『強いヒロイン凌辱もの』として非常に完成度が高いです。ついでに個人的な好みとして、「妖艶な悪魔という割にメインヒロインの外見が割と清楚な感じ」「プロポーションも結構控え目」「基本的に制服姿であまり悪魔っぽい姿にならない」などもツボでした。

 結論としましては、凌辱エロ小説であっても、エンディングはきちんと描いた方がよりエロくなる。そして強いヒロイン凌辱ものであれば、ハッピーエンドにする事でヒロインの魅力を増す事も可能である……という事ですね。
 ページ数の制限のない『男子女子戦争』でも、この方向性は維持する所存であります。強いヒロインの魅力は言うまでもなくその強さですが、負けなければエロシーンには入れない。でも負けてしまったら強くは見えない。バッドエンドのエロさを取るか、ハッピーエンドのヒロインの強さを取るか、という命題にも同じジレンマが垣間見えるでしょう。どうにか折り合いをつけて、最大限のエロさと最高級のヒロインの強さを、両立させたいものです。


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