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第五話 『解剖授業(前編)』

2013-08-23


(※ 本話には18禁描写がほとんどありません)


「鮫島先生に呼び出された?」
 女子トイレで手を洗いながら、耶美が珍しく感情の籠った声を上げた。同じく隣の洗面台で手を洗う姫乃が、静かに頷く。
「ええ。ついさっき、昼休みにね」
「呆れた。前に姫乃にあんな事をしておいて、よくもそんな事ができたものだわ。のこのこ呼び出しに応じる姫乃も姫乃よ」
「仕方ないじゃない。私は生徒。向こうは教師。それに、呼び出されたのは職員室だったし。まさか回りに他の先生もいるのに、この前みたいな馬鹿はできないでしょう?」
 プールの授業中に、鷲尾清司と宇崎みどりが戦死してから、三日が経っていた。二人ともかなり精神的ダメージを受けていたようだが、今日からは普通に登校している。表向きはいつもと変わらない様子だ。
 自分を捨て駒にしたはずの桃香に対し、みどりが相変わらず腰巾着を続けているのは違和感があったが……派閥の論理で考えればそれほど不自然な話でもなかった。
 彼女は桃香派。今さら姫乃派に鞍替えなど出来ないし、桃香が戦死していない限り、彼女の威を借り続けるしかクラスに居場所が作れないのだろう。それが哀れな戦死者の末路……そして女同士の派閥争いの恐さなのだ。もちろん、桃香が口八丁手八丁に言い包めて、自分に非が及ばないようにアフターケアしたのも大きいと思われた。
 そして姫乃に醜悪な愛の告白をして、保健室のベッドで襲い掛かろうとした鮫島郡丈も、何食わぬ顔で五年二組の担任教師を演じている。まともな神経をしていれば、とても姫乃と顔を合わせる事などできないはずなのだが。それどころかまたしても姫乃を指名して呼び出しするとは……。
 恐らく彼は何か感付いているのだろう。男子女子戦争の秘密は知らなくても、足をくじいたという姫乃の言葉が嘘だった事から、彼女が何か弱みを隠していると本能的に悟ったのだ。それが厚顔無恥な行動に繋がっているに違いない。
「その事なんだけど……」
 レースのついた白いハンカチを取り出しつつ、姫乃が重い口を開いた。彼女が言うには、昼休みに職員室で、鮫島から驚くべき話を聞かされたらしい。
 事の次第はこうだ。
 姫乃が職員室に入ると、鮫島は手招きして自分の机まで呼び寄せた。そしてパイプ椅子を勧めると、腰を下ろした彼女に突然、小さな角封筒を手渡してきたのだ。「驚くなよ」と念押しした上で、中を見るように指示する。
 実際、中を見た姫乃は思わず悲鳴を上げそうになった。かろうじて呑み込んだから良かったものの、危うく職員室中の注目の的になるところだった。
「中には何が入っていたの?」
「……女子生徒の裸の写真」
 僅かに、耶美の眉がピクリと反応する。さすが無表情・無感動の甲守耶美だ。普通ならここで「裸の写真ッ?」と大声を出していてもおかしくないというのに、表情一つ変えていなかった。
「まさか……姫乃の写真じゃないでしょうね」
「いつどこで私の裸の写真を撮ったっていうのよ。もちろん違う人。顔は顎までしか写ってなくて誰か分からなかったけど、体つきから見て五年生くらいだったわ。それに、名札も写っていた。こっちも名前の部分はフレームの外だったけど、ウチの小学校の校章はしっかり読み取れたわ」
「鮫島先生が自分の変態コレクションを姫乃に自慢した……わけじゃないようね」
 彼が言うには、放課後の五年二組の教室で拾ったのだという。
 現在日本では、このような子供の裸の写真は、『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』によって厳しく規制され、製造・頒布・公然な陳列などは処罰の対象となっている。つまり、インターネットでいくらでも手に入る、大人の女性の無修正画像などとは全く性質の異なる写真なのである。しかもこの小学校の校章が写っているとなれば、被写体となっている児童は、この学校の生徒であると考えるのが当然だった。
「『大人の女性の裸なら、誰かがネットで手に入れてプリントした……で済まされる。お前たちもお年頃だからな、そういうサイトの一つや二つ、親に隠れてこっそり見たりしてるだろう? いや、先生それを咎めるつもりはないぞ。どうだ白鷺? 男の裸だって無修正で転がってるんだ。お前だって本当は興味あるんじゃないか?』」
「それ、鮫島先生のセリフ?」
「ええ」
「筋金入りね。変態度合いも……頭の悪さも」
 もちろん、姫乃はすぐに「その質問に答える義務はないと思います」と言ってやったのだが。
「鮫島先生の事は今はいいわ。それより……問題は、誰が情報をリークしたのか」
「リーク? 誰かが意図的に、鮫島先生に写真を渡したって事?」
「あの写真は、デジカメで撮った画像を、パソコンでトリミング作業した上でプリントアウトしたみたいだった。写真の縦横比を保ったままでね。顔や名前は写らないように……でも体つきや校章ははっきり見えるように」
 五年二組の男子女子戦争のような馬鹿げた争いが、他の学年やクラスでも行われているとは思えなかった。普通に考えれば、五年二組の誰かが情報を漏らした事になる。でもいったい誰が? 何のために? 教師に男子女子戦争の秘密がバレたら、困るのはクラス全員だ。何のメリットにもならないはずなのだが……。
「一応、鮫島先生には『私は何も知りません。心当たりもありません』と言っておいたわ。それで向こうもあっさり話を打ち切ったし」
 本当にただ写真を拾っただけかもしれない。あるいは、限定的な情報しかリークされていないのか。生徒達から見れば、変態教師の鮫島に男子女子戦争の内情を知られる事は、致命的な不利益にしかなり得ないのだ。誰もが秘密を守りたいはずである。
「真相はどうあれ、これは『事故』という解釈でいいと思うんだけど」
「そう……ね」
 姫乃の言葉に、耶美も相槌を打った。写真一つで鮫島が男子女子戦争の秘密にたどり着けるはずがない。知らぬ存ぜぬを繰り返せば、いずれうやむやになるだろう。ロリコン変態教師の鮫島に、クラスの女子たちの恥ずかしい写真を見られるなんて、考えただけでもぞっとする話だ。
 ロリコン……変態……教師……。
 いや?
 待てよ?
 黒いハンカチで手を拭いていた耶美の動きが、一瞬止まった。
 ――本当に鮫島はロリコン変態教師なのだろうか?
 言うまでもなく、彼が姫乃に邪な欲望を抱いている事は、クラスの女子の間では有名な話だった。事あるごとに、色々と理由をつけては、学級委員である彼女に仕事を命じたり居残りで作業を手伝わせたりしている。大人の教師が、自分のような子供に欲情するはずがないと姫乃は思っていたようだが、それも先日のプールの一件で間違いだったと思い知らされた。女子の間では「鮫島キモい」が合言葉となっている。
 だがよく考えれば、鮫島がアタックしていたのは、あくまで白鷺姫乃ただ一人だったような気がするのだ。
 担任の教師である以上、彼は他の女子生徒たちとも日常的に触れ合う事はある。ロリコン変態教師という色眼鏡で見ているから、何気ない動作一つとっても「パンツ見ようとした」「スカートめくろうとした」「胸触ろうとした」と女子たちの間で囁かれるが、それはもしかすると自分たちの自意識過剰だったのかもしれない。
 彼が愛して止まないのは、五年生の幼い少女全般なのではなく、あくまで白鷺姫乃という一個人の少女。そう考えた方が自然なのではないか?
「耶美? どうしたの、急に黙りこくって?」
「え? ああ、別に……」
 そしてもしこの仮定が正しいとすると、男子女子戦争の秘密を鮫島にリークする意味も違ってくる。この秘密は、五年二組全員が抱えている秘密。後ろめたい弱みだ。だからみんな、大人たちに知られないように必死にこれを取り繕っていた。
 五年二組の弱みという事は、白鷺姫乃の弱みという事。それを鮫島が知ったら、彼はどういう行動を取るだろう?
 弱みを握った優越性を最大限に発揮する相手は、白鷺姫乃ただ一人だ。他の女子には目もくれない。姫乃さえ手に入れれば、男子女子戦争がどうなろうとお構いなしと考え、むしろ弱みを握り続けるために積極的に秘密を守る手助けをしてくれるかもしれなかった。むしろ戦争を続ける上では、五年二組にとってありがたい存在とも言えるだろう。……人身御供にされる姫乃一人を除いては。
 そんな事になれば、男子軍が喜ぶのはもちろんだが、いちばん得をするのはあの女だ。姫乃と熾烈な派閥争いを繰り広げている羽生桃香。もしかするとこの一件、彼女が裏で一枚噛んでいるのかも――。
「ひーめのっ!」
 突然背後から、素っ頓狂な声が響いた。
 姫乃が驚いて振り返る。耶美は取り乱さず、目の前の鏡に映る人物を一瞥した。
「びっくりした……脅かさないでよ桃香」
「何をヒソヒソ話してるのかなーって思ってね。もしかして作戦会議? だったらあたしも混ぜてくれないとダメじゃない」
 鏡の中の耶美の背後に立っているのは、まさにその羽生桃香本人だった。姫乃が洗面台を譲ると、入れ替わりに手を洗い始める。
「男子軍の生存メンバーは残りあと二人。こっちはこの三人なんだからさ。女子軍勝利まであと一息。力を合わせて仲良く頑張りましょう?」
「ええ、もちろん……。でもさっき話してたのはただの雑談よ。気にしないで」
「ふーん、そっか。そりゃそうよね。あたしたち同じクラスのお友達なんだし。隠し事なんて無いもんね!」
 よくもまぁこんな白々しいセリフが次から次へと出てくるものだ。耶美は呆れ果て、さっさと洗面台から離れていった。桃香派と姫乃派が牽制し合っているのは、五年二組のクラスメイトなら誰でも知っている。桃香と郷里が手を結んでいるのも周知の事実だ。当然、唯一生存メンバーが二人いる姫乃派が次の標的になるのは明白。
 姫乃も耶美も、それが分かっているからこそ、常に桃香の動きを警戒していた。この数日間、生存メンバーたちはお互い隙を見せず、事態は膠着状態に陥っている。
「ああ、そうそう。姫乃、鮫島先生がね、五時間目の授業で使う資料を持ってきてほしいって言ってたわよ。先週の授業でも使った写真パネルみたいなやつ。ほら、これ理科実験準備室の鍵。預かってきたから」
 手を拭いた桃香がポケットから鍵を取り出す。確かに、普段職員室に保管されている木札つきの鍵だった。鮫島によく仕事を手伝わされる姫乃にとっては、見慣れた鍵だ。
「ホントは姫乃と二人っきりで取りに行きたかったんだろうけど、この前の一件があるからねぇ。さすがの変態ロリコン教師も自重したって感じ? じゃあ任せたわよ!」
 半ば押し付けるように鍵を姫乃に渡すと、桃香は手を振ってさっさとトイレから出て行った。どうも怪しい。何か不自然な、取り繕ったような雰囲気がそこはかとなく漂ってきている。
「姫乃、私も一緒に行く」
「大丈夫よ、心配しないで」
「でも絶対何か企んでいる。これは罠よ」
「たぶん……ね。いいじゃない。ピンチはチャンス。このまま睨み合いを続けていても事態に進展は無いし、罠に落ちた時にこそ相手にも隙ができるわ」
 虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う。理科実験準備室は北校舎の二階。普通教室のある南校舎と違い、人気は少なかった。飛び込むにはかなり危険な虎穴になりそうだ。だからこそ、勝利を確信した敵に慢心が生まれる……そこが付け入る隙だ。
「大丈夫、私はまだ戦死したりしないわ。男子女子戦争を理想の形で終わらせるまで、負けるわけにはいかないのよ」
 笑顔を浮かべ、姫乃は女子トイレから出て行った。その背中を見送る耶美が小さく溜息を漏らす。こんな時、力になれない自分が歯がゆい。白いワンピース。サラサラのロングヘアー。黒髪を彩る小さなリボンに、すらりと長い手足。
 耶美には、ある意味、鮫島の気持ちが痛いほど分かるのだ。
 もちろん、ロリコン変態教師の気持ちなどではない。
「姫乃……」
 白鷺姫乃という一個人の少女。それを愛して止まない人間の気持ちが――。
 彼女には、痛いほどよく分かった。




 五時間目の授業が始まっても、五年二組の教室に姫乃の姿は無かった。さっき資料を取りに言ったばかりだから、特に帰りが遅いというわけではない。だが気になるのは、郷里礼門も席を外しているということだ。
 先日、宇崎みどりをプールの中で陵辱した野蛮な男。本人の弁によれば、何人もの少女をレイプしてきた常習犯だという。その二人の姿が揃って見えないのは、耶美の心に言い知れない不安を掻き立てていた。
 馬鹿は風邪を引かないと言うが、今日の彼は体調が悪いらしく、登校時からずっとマスクをしていた。元気が無かったのは事実だ。しかし敵を油断させるための演技である可能性も十分あるだろう。あんな人間の言動を素直に信じられるわけがない。
『郷里の姿が教室に無い。気をつけて』
 耶美は自分の携帯から手早くメールを打ち、姫乃のアドレスに送信した。本当に、何事も無ければいいのだが……。
 送信ボタンを押した直後、教室に鮫島が入ってくる。学級委員の姫乃がいないため、起立の号令がかからず、副委員長の清司が声をかけた。
「起立。気をつけ。礼」
 鮫島は普段通り教科書を広げる。教室を一瞥し、空席が二つある事に気付いた。
「なんだ? 白鷺の奴、資料を取りに行ってまだ戻ってないのか。もっと早めに伝えておけば良かったな。空いているもう一つの席は……郷里の席か?」
「そうです。熱があるみたいなので、保健室に行くって言ってました」
 手を挙げて返事したのは、桃香だ。
 やはり怪しい。
 もしかするとこれは、巧妙に仕組まれた罠かもしれない。
 といっても、今のところ表向き異常が無いのも事実だったが。姫乃は授業の資料を取りに行っただけだし、礼門も保健室に行っただけ。何も不自然な動きが起きていないのに、耶美が勝手に授業を抜け出すわけにはいかなかった。ここはじっと我慢するしかない、か。
「よーし、じゃあ白鷺には悪いが先に授業を始めちまおう。先週は『動物の誕生』から、『卵の中の成長』を勉強したんだったな。今週はそれに引き続いて、『母体内の成長』を取り扱う。知っての通り、動物の誕生には卵生と胎生の二種類があるわけだ。受精卵が親の体外で発育して誕生するのが卵生。哺乳類以外のほとんどの動物はこの卵生によって繁殖する」
 鮫島の授業はいつも通りで、それを見ているだけなら、平和な午後の風景に思えてくる。全ては耶美の思い過ごし。単なる杞憂。そんな楽観的な気持ちにさえなってくるほどだ。
「これに対し、子が母胎内で栄養や酸素を受けながら成長し、個体として生まれる事を胎生と言う。人間も当然、胎生だな。お前たちもお母さんのお腹の中で赤ちゃんになって、この世に生まれてきた。卵から生まれたなんて奴はいるか? いないだろう?」
 しかし、そんな平和な授業も、次の桃香の一言で一変する事になる。
 やはり耶美の考えは正しかった。
 全ては巧妙に仕組まれた罠だったのだ。
「せんせーい!」
「ん? 何だ羽生? 質問か?」
 手を上げた桃香が、当然のように言い放った。
「赤ちゃんって、どうやって作るんですかぁ?」
 教室の空気が凍りつく。
「どうって……馬鹿、お前、そういうのは保健体育の授業でやっただろう?」
「あんな退屈な授業じゃよく分からなかったですよ。もっと具体的に、分かりやすく教えてくれないと」
 もしここが普通の教室なら、桃香の質問は寒い冗談か、空気の読めない発言として黙殺されるだろう。お調子者の男子が同じ事を言ったなら、教師がたしなめて、ちょっとした笑いと引き換えに流されるはずだ。
 しかしこの五年二組は違う。
 ここは男子女子戦争の真っ最中なのだ。男子と女子が、互いに性的な悪戯を繰り返し、相手を屈服させようと無益な争いを続けている。しかも桃香は女子軍の生存メンバーにして、桃香派の唯一の生き残り。その彼女が授業中にこんな発言をしたという事は……自ら、その真意は窺い知れた。
「そうですよ先生。どうして先週みたいに写真パネルとか無いんですか?」
「口で説明してるだけじゃよく分かんないよーっ」
 みどりと祢々子が相槌を入れた事で、それはより一層鮮明に浮かび上がった。彼女たち桃香派は、この授業中に、鮫島もいる中で……男子女子戦争を仕掛けようとしている。そう考えて間違いないだろう。
 教室の中がざわめきだす。今まで必死に隠してきた男子女子戦争の秘密を、なぜ今になって担任の教師にばらそうとするのか。桃香たちの行動が理解できないようだった。
 鮫島が何か感付いている事。そして加工した写真を使って何者かが情報をリークした事。それらを知らなければ、混乱するのは当然だった。
「あー、分かった分かった。写真パネルは白鷺に取りに行ってもらったんだがな……仕方が無い。じゃあ誰かにモデルをやってもらうとするか」
 鮫島はごくごく自然な流れで、しかし明らかに異常な事を口走った。そしてあらかじめ打ち合わせしてあったかのように、迷う事なく耶美の目を見て、彼女を指名する。
「……甲守。ちょっと授業に協力してくれないか?」
 クラスメイトたちの視線が、一斉に耶美に注がれた。
 まさか……桃香派がここまで大胆な手を打ってくるとは。さすがの耶美にも予想外だった。
 そう、全ては巧妙に仕組まれた罠。
 ただし罠に落ちたのは姫乃ではなく、耶美の方だったのだが。
 桃香は鋭い観察眼と洞察力を持って、鮫島の狙いが姫乃ただ一人である事を見抜いた。そして自分たちの仲間に引き入れられると確信し、写真を渡して男子女子戦争の秘密を漏らしたのだ。今回の計画も、事前に役割分担を話し合った形跡がありありと窺える。蜘蛛の巣に絡め取られた哀れな蝶の様に、いま耶美の周りには、逃げ場のない包囲網がジワジワと敷かれつつあった。
 それでも彼女は気丈に言葉を返す。
「先生の仰っている意味がよく分かりません」
「ん? そうか? 頭のいいお前なら分かってくれると思ったが……。要するにな、胎生の生殖について分かりやすく授業したいから、お前にモデルをやってもらいたいんだ」
「具体的に何をすれば良いのでしょうか」
「簡単だ。お前の身体で女性特有の部分を見せてくれればいい。もっと具体的に言おうか? みんなの見ている前で、服を脱いで素っ裸になって、オッパイやオマンコを隅々まで見せてほしいんだ。生殖を知るためにはまず身体の構造をしっかりと知らないと駄目だからな。お前の身体を徹底的に解剖させてもらう」
 言葉の途中までで十分だった。うんざりだ。耳を塞ぎたい気持ちをぐっと抑え、無表情・無感動のまま、耶美は冷静に反論する。
「鮫島先生の言葉には三つの理解不能な点があります。一つ、どうして私を指名したのでしょうか。二つ、モデルになった生徒のプライバシーに配慮しないのはなぜでしょうか。三つ、そもそも生殖を知るためにそのような解剖が必要とは考えられません」
 教室の中はざわめきから一転、水を打ったように静まり返っていた。このやり取りを見ていればもう誰だって分かる。鮫島が男子女子戦争の秘密を知った事。そして桃香派に与し、姫乃派の耶美を辱めようと企んでいる事が。
 細かい事情はさておき、男子たちの興味は一転、耶美の裸が見られるかどうかに集中しつつあった。あの無表情・無感動で、いつもクールな甲守耶美が、クラスメイト全員の前でオールヌードにされ、恥辱に塗れる。身体の秘密を全て暴き出され、晒し者になる。想像しただけで期待に胸が高まるというものだ。先日、プールでの強姦劇を目の当たりにした彼らに、もはや真っ当な倫理観はかけらも残っていない。
 一方の女子たちも、やはりみどりの時と同じように、耶美の痴態を期待する気持ちが広がっていた。何せ扇動しているのは同じ女子軍の桃香たちなのだ。戦死した他の女子たちに、これを止める事はできないし、そうする義理も無いだろう。
 愛想のいい姫乃と違って、いつもクールですまし顔の耶美は、あまり同性からも好かれていない。桃香のお墨付きがあるなら、耶美が恥辱の底で泣き喚く姿を見てみたいというサディスティックな感情が湧き上がるのも無理はなかった。
「うーん、確かに甲守の言い分にも一理あるなぁ」
 意外にも、鮫島は反論できずに天井を仰いだ。このくらいの切り返しは想定の範囲内のはずだが……。それにセリフがやや芝居がかっているのも気にかかる。この程度で諦めるなら初めからおかしな事は言わないはずだ。
「ちょっと耶美、先生が協力してくれって言ってるんだから、素直に引き受けなさいよ」
「そうだよ。授業がぜんぜん進まないじゃん!」
 みどりと祢々子が口を尖らせるが、耶美は気にするつもりも無い。腰巾着の二人は無視して、桃香に視線を向けた。彼女の事だ。何か用意しているに違いない。耶美がこの理不尽な要求を受け入れざるを得なくなる……卑劣で逃れようのない、悪魔的な切り札を。
「いいんじゃない? やりたくなければそれでも。そのうち、姫乃が資料を持って戻ってくるだろうしね」
 口ではそう言いながら、桃香は自分の携帯を何やら操作していた。そして画面の文字が読み取れるように、ディスプレイを耶美の方に向けて見せる。そこに表示されていたのは、電話帳に登録してある『郷里礼門』の携帯番号。それだけだった。後は通話ボタンを押せば、礼門に電話をかけることができる。
 ただ、それだけだ。
 何か脅迫してきたわけじゃないし、怪しい写真をちらつかせたわけでもない。
 ただ、姫乃の名前を出して、礼門に電話をかける準備を整えた……それだけだった。
「っ……」
 だがそれは耶美にとっては効果覿面だった。
 彼女は素早く机の下で、自分の携帯を操作して姫乃に電話をかける。大丈夫、すぐに姫乃は電話に出てくれる。そして桃香の行動がハッタリだと分かり、耶美は鮫島の馬鹿げた提案を一蹴できる。
 当たり前じゃないか、こんな都合のいいタイミングで、姫乃の身に何か起きるなんて、そんな事あるわけがない。あるわけがないのだ。
 鳴り続けるコール音。
 一回……二回……三回……。
 だが、姫乃は電話に出なかった。電波妨害? いや、それなら初めから繋がらないはず。姫乃の持つ携帯は確実にコール音を鳴らしているのに、姫乃は電話に出る事ができないのだ。理由は不明だが……これは何かあったと考えざるを得なかった。
 姫乃が戻ってこない。礼門も教室にいない。姫乃は電話の呼び出しに応じず、礼門と同盟を組んでいる桃香が、彼に電話をかけようとしている。
 これら一連の状況証拠の示す意味は――。
『姫乃を人質にとった。彼女を助けたければ言う事を聞け』
 そう解釈できないだろうか。
 いや、突拍子もない思い込みだとは自分でも思う。姫乃がそんなあっさり敵の手に落ちるとは思えないし、もし捕まったのなら、礼門が決して無傷で彼女を解放するわけがない。耶美が言う事を聞こうと聞くまいと、姫乃が戦死するのは確定だ。鮫島が姫乃の陵辱にこだわるあまり、礼門に「手を出すな」と言い含めている可能性も無くはないが……その場合でも、耶美が桃香派に屈服したところで事態は改善しないだろう。
 とすれば、むしろ毅然とした態度で桃香たちの要求を突っぱね、自分だけでも戦死を免れなければならない。女子軍の未来のため、そして姫乃派の未来のためにも、犬死だけは避けるべきだった。
 それは分かっている。
 分かってはいるのだが……。
 論理的思考を行う自分とは別に、今この瞬間、もう一人の自分が叫んでいた。「姫乃を見殺しにして自分だけ助かるなんてできない」、と。
 それは感情的な自分。もう一人の甲守耶美である。
 白鷺姫乃は、耶美にとって特別な存在なのだ。たとえどれだけ論理的に正しくても、彼女を見殺しにする選択肢を、耶美は取る事ができなかった。1パーセントでも助けられる可能性があるなら……1パーセントでも危険にさらす恐れがあるなら。耶美は、自分を犠牲にしてでも姫乃を守りたいと思っていた。
 理屈ではない。
 無表情・無感動の自分が持つ、唯一の人間的な気持ち。自分がどんな目に遭ってでも、姫乃だけは助けたい。耶美の感情の全ては、24時間・365日……常に白鷺姫乃という一人の少女のみに向けられているのだから。
「どーするのかなぁ、耶美ちゃん? やらないならやらないで、さっさと決めてくれないと。フフ……、でも姫乃、ちゃんと授業中に戻ってこれるかしら。途中で邪魔が入ってなければいいんだけどねぇ」
 勝ち誇ったような顔で携帯をちらつかせる桃香。
 耶美はそっと目を閉じた。
 この判断が、連中の思う壺だという事は分かっている。でも、どうしてもこれに抗う事はできない。頭では分かっていても、心が認めようとしなかった。そう、桃香は見抜いていたのだ。鮫島の本性のみならず……。
 耶美が……姫乃を好きだという事を。
 友達としてではなく、恋愛対象として姫乃を見ている事を。
 恐るべき観察眼と洞察力だった。胸に秘めて決して悟られまいと誓っていたこの気持ち……姫乃本人にさえ、一生秘密にしておこうと決意していたこの気持ちを、彼女は見事看破したのだから。
 恐らく以前の作戦会議の時だ。清司を倒すために桃香が囮となり、姫乃が鮫島を連れ出すという作戦。あの時、姫乃を危険に晒す事に対し、耶美は最後まで異議を唱えた。結局、保健の先生がいるから大丈夫と押し切られたのだが、努めて冷静に反対したつもりでも、どこかいつもと違う態度になっていたのだろう。それを桃香に見破られたに違いない。
 彼女に悟られた時点で、既に今回の耶美の敗北は決定していたのだ。
 恋は盲目とはよく言ったもの。
 たった一つの弱点を鷲づかみにされ、耶美は自分の負けを認めざるを得なかった。姫乃にコールしていた電話を切る。
「……分かりました。鮫島先生に協力します」
 目を閉じたまま、耶美が搾り出すように言葉を紡いだ。教室中にどよめきが走り、鮫島は口元に笑みを浮かべ、桃香が満足気に携帯をポケットに収める。
 問題ない。
 裸の写真なんて撮られたって、屈辱でもなんでもないんだから。
 それに白鷺姫乃ほどの少女が、こんな連中の罠に屈するはずが無い。すぐに電話をよこしてくるか、教室に戻ってきてくれるはずだ。ほんの僅かの間だけ、言いなりになっていればいい。
 耶美は意を決して椅子から立ち上がった。
 しかし……この時の自分の考えがあまりにも甘すぎた事を、この後すぐ、耶美は身をもって思い知らされる事になるのだ。




 理科実験準備室は、北校舎二階の一番端に位置している。小さな窓はあるが、大量の資料や標本がスチール棚に並んでいるため、ほとんど開閉は不可能。黴臭い空気が埃と共に蔓延していた。初夏の日差しという事もあって、狭い室内はむせ返るような熱気に包まれている。
 姫乃は先週と同じように、部屋の奥にある写真パネルを棚から引っ張り出していた。スチール棚の位置が変わっているような気がするが、まぁ誰かが他の資料を取り出す際に動かしたんだろう。それほど気にせず、姫乃は数が揃っているか確認する。
「よし、と。後は教室に戻るだけね」
 パネルを小脇に抱えたところで、ポケットの携帯に着信音が鳴った。メールが来たらしい。もしかすると……送り主は耶美か? 取り出して文面を確認する。
「えっと……『郷里の姿が教室に無い。気をつけて』、か。やっぱりね」
 ただで教室まで戻らせてくれるとは思っていなかったが、いちばん厄介な相手が来てしまうようだ。今日の礼門は朝からずっとマスクをしていて、体調も悪そうだった。しかし素直にそれを信じるわけにはいかない。姫乃たちを油断させるための芝居と見た方が利口だろう。
 携帯をしまうと同時に、姫乃は入れ替えるように防犯ブザーを取り出し、首から提げた。今時の小学生なら誰もが持っている必須アイテムだ。もし身に危険が迫れば、引き紐を引っ張って大音量のブザーを鳴らせてやればいい。実際に慣らさなくても、見せるだけで威嚇の効果はあるはずだった。
「――何がやっぱりなんだ?」
 案の定、聞きたくもない声が理科実験準備室に響き渡る。入り口を塞ぐように、郷里礼門が仁王立ちしていた。
「あらどうしたの郷里くん。もう授業は始まってるわよ」
「なに、一人じゃ重いかもと思ってね。手伝ってやろうとここまで来たんだよ」
 マスク姿の礼門は、そう言うと自分の携帯を取り出した。
「ところで例の写真、どうだった? よく撮れてただろ?」
「何の事かしら」
「昼休みにお前が鮫島から見せられた、ウチのクラスの女子のヌード写真だよ。あれ、ザコ女子の写真を俺がトリミングしてプリントアウトしたんだぜ」
 意外な話の流れに、姫乃の表情が歪む。犯人は礼門だったのか。しかしなぜこんな事を? 情報が漏れれば、不利益をこうむるのは彼も同じはずなのに……。
 いや……?
 よく考えれば、鮫島と礼門は同じ種類の人間である。
 少女に欲情し、無理矢理辱める事に抵抗を感じず、自分勝手な性欲を満たす事にしか関心がない。もし礼門が桃香を裏切り、鮫島と手を組んだとしたら? 鮫島もまた、男子女子戦争の秘密を共有する一人となり、彼は男子軍の強力な助っ人となるかもしれない。礼門にとっては獲物の女子生徒を横取りされる危険を伴うが、大した不利益にはならないはずだ。逆に女子軍にとって、事態は最悪となる。
 冷たい汗を背中に感じる姫乃だったが、礼門はそんな彼女の様子を豪快に笑い飛ばした。
「なーにビビってるんだよ白鷺。安心しろ、鮫島の野郎が狙ってるのはお前一人だ。男子女子戦争の秘密がバレても、あの先公に弱みを握られて弄ばれるのはお前だけ。お友達の甲守には指一本触れないだろうよ、興味ねぇからな」
 そう言いながら、彼は携帯の電話帳から、羽生桃香の番号を選択する。そしてその画面を姫乃に見えるようにハッキリとかざした。
「お前だって今から俺に犯されるんだ。一人に犯されるのも、二人に犯されるのも、大して変わらねぇだろ?」
「何を言っているのか意味が分からないわね」
「ああん? 頭のいいお前なら察しがつくと思ったんだがなぁ。いいか白鷺。いま五年二組の教室じゃ鮫島が授業している。そこで俺が羽生に連絡すれば、あいつらは計画通り、甲守を戦死させるための作戦を実行するって寸法だ。担任の教師が羽生の味方してるんだ。いくら甲守でも、これはもうどうしようもないぜ?」
「つまり……耶美を助けたかったら、今ここで大人しくあなたにレイプされろって言いたいのね」
「当然」
 姫乃は軽く唇を噛んだ。昼休みに鮫島が写真を見せた時点から、既に桃香の計画は始まっていたのか。授業中に担任教師をも巻き込んで攻撃してくるとは想定外だった。姫乃と耶美、二人同時に戦死させようとする二面作戦だったとは……。
「学級委員にして優等生のお前だ、もちろん甲守を見捨てるような真似はしねぇよなぁ? 俺たちだって鬼じゃねぇ。お前が大人しく素っ裸になりゃ、約束は守――」
「お断りよ」
 礼門の言葉が終わらないうちに、姫乃はあっさりと提案を一蹴した。
「あなたの約束なんて誰が信じるもんですか。耶美が戦死するというのなら、それも仕方ないわ。これは戦争だもの。最後に女子軍が勝つのなら、あの子の犠牲も無駄じゃない。ここでムザムザあなたに犯される方が、よっぽど犬死だわ」
 毅然とした態度で、淀みなく姫乃が言い放つ。親友を見殺しにするのは苦渋の決断であるはずなのに、相手に付け入る隙を見せないため、一切それを悟らせない。とても五年生の少女とは思えない、凛とした態度であった。
 しかし奇妙な事に、自分の提案を無下に断られたはずの礼門は、大してそれを気にしていないようだった。むしろ予想通りといったところだ。目元を緩ませ、携帯をポケットにしまい込む。
「ヘヘヘ……さすが白鷺だ。そうこなくっちゃな。こんなチンケな脅迫に易々と屈するようじゃ、こっちも犯し甲斐がねぇ。……論理的に考えてりゃいいだけの奴は幸せだよな。隙も弱点もねぇんだからよ」
「どういう意味?」
「気にすんな。独り言さ」
 礼門が肩をすくめた。気になる言い方だが……今はとにかく一刻も早く教室に戻る事だ。恥ずかしい写真を撮られるのは仕方ないとしても、それ以上の事をされないうちに、耶美を助け出さなければ。
 ちょうどその時、ポケットの携帯がメロディを奏で始めた。このコール音は耶美だ。向こうでもピンチになっているのかもしれない。電話に出ようと、姫乃は携帯を引っ張り出した。
「話は終わり? だったらそこ、どいてもらえるかしら。入り口に立たれると出られないのよ」
 通話ボタンを押そうとする。だがうっかり手を滑らせ、足元に携帯を落としてしまった。とんだドジだ。電話に出ようとして携帯を落とすなんて……。写真パネルを脇に構え、姫乃は携帯を拾おうと二、三歩足を踏み出した。
「……え?」
 だが突然、足がもつれて、彼女はその場で転倒してしまった。派手な音と共に写真パネルが床に散らばる。おかしい……。さっきの携帯といい、何もない所でこけてしまった今といい……普段の姫乃なら決して見せる事のない失態だった。何かがおかしい。
「おいおい、大丈夫か白鷺ぃ? ドジっ娘属性なんてお前にゃ似合わねぇぞ」
 開けっ放しになった入り口で仁王立ちする礼門の野次は無視し、姫乃は無言で立ち上がる。
 いや、立ち上が……ろうとした。
 しかし足に力が入らない。
「な……に……。これ……」
 頭がガンガンする。視界がぐらつく。バランス感覚が明らかに狂っていた。耳鳴り……それに手足の痺れ。呼吸も荒くなって、意識が朦朧とし始める。
 床に落とした携帯が、相変わらず呼び出しのメロディを鳴らしていた。だが今の彼女には、携帯を拾う事も電話に出る事もままならないのだ。たとえ通話ボタンを押しても、呂律が回らずに満足に会話もできないだろう。
「いいのかよ白鷺、電話に出なくても? 大事な電話かもしれないぜぇ? もし甲守が助けを求めてるのに無視でもしたら、お前一生恨まれるかもなぁ?」
 まさか……これは?
 礼門の仕業、なのか?
 床に這いつくばり、驚愕の表情で見上げる姫乃を、マスク姿の礼門は勝ち誇ったように見下ろしていた。
「――ヘヘヘ、御察しの通り。お前を苦しめている薬品の名前は、『セボフルラン』。揮発性麻酔薬の一種さ。要するにアレだ、ドラマなんかでよく使われる、クロロホルムの仲間と思ってもらえりゃそれでいい。今時クロロホルムなんて使ってる病院、ねぇと思うけどな」
 ハンカチにクロロホルムを染み込ませ、口に押し当てて気絶させる……といったお馴染みの描写が、現実にはありえないという話は、最近ではよく知られるようになってきた。近年の病院では、クロロホルムよりもイソフルランやセボフルランといった麻酔薬の方が多用されている。
 そもそも全身麻酔を行うには、患者の体調や既往症、アレルギーなどを細かく調べ、事前の与薬や注射などを行う必要がある。麻酔の導入に際しても、吸入麻酔薬より静脈注射の方が一般的だ。吸入麻酔薬はむしろ、手術中の麻酔の維持に使われる。
「ま、完全に眠らせるのは無理でも、身体の自由が利かなくなればそれでいいんだからな。苦労したんだぜ? 親父からセボフルランと気化器借りてきて、ここに仕掛けておくのは。タイミング合わせて昼休みのうちに気化器を動かしておいたのさ」
 それでスチール棚の位置がずれていたのか。理科実験準備室の鍵を桃香が持っていたのも、礼門が使った後に受け取ったからだ。迂闊……あの時に疑問を持つべきだった。姫乃は内心舌打ちするが、既に後の祭りである。
「セボフルランは刺激臭も無い。それに5~8パーセントの高濃度をいきなり吸引させても健康に影響は無いからな、安心して眠っちまいな。その間にタップリ可愛がってやるからよ」
 スチール棚をよじ登るようにして、どうにか姫乃は立ち上がる。携帯のコール音は気になるが、正直な話それどころではなかった。膝はガクガクだし、バランスも上手く取れていない。両手でスチール棚にしがみついていないと、満足に立っている事もできないのだ。
 まずい。非常にまずい。
 まさかこんな薬品まで持ち出してくるなんて……。今回ばかりはさすがに、姫乃の戦略の読みが甘すぎた。
「フン、お前を仕留めるにはこれくらい派手にやっても丁度いい具合だろ。ホントお前は隙のねぇ女だからな」
 しかし……妙にひっかかる。
 どうして郷里はさっさと姫乃に襲い掛からないのだろう。
 もがき苦しむ彼女を観察して楽しんでいるのか? 確実に気を失ってから近づくつもりだと? けれどそれなら、『これくらいやって丁度いい』などと警戒しているのに、なぜ姫乃が昏睡しないうちに理科実験準備室に入ってきたのか。確実に失神してから部屋に入ってくるべきではないのか。しかも礼門は入り口に立ったまま、ドアを開けっ放しにしている。あれではせっかくの麻酔薬が漏れてしまうはずだ。
「そう……か……。ここは……手術室なんかじゃ……ない……から……」
 確実に吸入麻酔薬の濃度をコントロールできる手術室と違い、こんな理科実験室の中では、正確に5~8パーセントの濃度を保つなんて不可能である。窓は締め切られているし、部屋の大きさからある程度は計算できるものの、どれくらいで姫乃が昏睡するかは不確定だった。
 ネットでちょっと小耳に挟んだ程度だが、姫乃も以前聞いた事がある。揮発性麻酔薬の濃度を無闇に高めると、患者の健康に悪影響を与えかねないと。それに胃の中に未消化物があれば、吐瀉する危険もあった。礼門の目的はあくまで姫乃に対する性的な陵辱。肝機能障害や不整脈、アナフィラキシーショックを与える事ではないし、ゲロまみれの姫乃では陵辱の気分も削がれるというものだ。
 恐らく麻酔薬の効きが意外と鈍かったのだろう。姫乃がそのまま部屋を出てしまいかねないと見て、礼門は足止めの為にドアを開けて話しかけてきた。開けっ放しにしているのは、自分が吸い込んでしまう麻酔薬を極力抑えるためだ。部屋の奥にいる姫乃が濃度の濃い麻酔薬を吸入し、入り口にいる礼門が薄い麻酔薬だけを吸入するように。そして風邪を引いた振りをして朝からマスクをしていたのも、麻酔薬の防御のため。理科実験準備室に入ってきた礼門がマスクをしていても、朝からずっとマスクをしているのだから、姫乃は何の疑問も抱かなかった。全てはこの計画のための伏線だったというわけだ。
 何という周到さであろうか。そして姫乃陵辱に対する何という執念。これには敵ながら脱帽せざるを得ない。
「さーて、と。そろそろか? 完全に意識を失うより、身動き取れないくらいにしておいた方が、こっちもいたぶり甲斐があるからな。覚悟しろよ白鷺。今日こそはお前に生き恥を晒させてやるぜ」
 入り口を開けたまま、徐々に礼門が部屋の奥へと侵入し始めてきた。このままでは……まずい。本当にまずい。ただでさえ一対一の力勝負では礼門に勝てるはずも無いのに、その上麻酔薬で意識が朦朧としていれば……。成すすべもなく嬲り者にされるのは火を見るより明らかである。防犯ブザーを鳴らすか? だがそれでは男子女子戦争の秘密が漏れてしまうかもしれない。これは本当に最後の最後、いよいよ追い詰められた時の切り札にすべきだ。
 姫乃は懸命に周囲に視線を巡らせた。何か武器になるものはないか? 礼門を足止めして、この部屋から脱出できるチャンスを作れるものは……。
「吸入麻酔薬は肺から血液に吸収されて、そいつが脳にまで回って効果を発揮するんだ。意識が朦朧としてるってことは、お前の身体はもう肺から血液から脳に至るまで、全身くまなく麻酔薬に侵されているのさ。気合や根性でどうにかなる状態じゃないぜ?」
 姫乃の携帯のコール音が止まった。
 ……チャンスは、一度。
 一時的に意識を覚醒させ、礼門を足止めし、部屋から逃げ出す。この手順のうち、一つでも失敗したら終わりだ。姫乃はここで礼門に犯され、陵辱の限りを尽くされ、屈服させられるに違いない。耶美も戦死したと仮定すれば、もう男子女子戦争の主導権を取り戻す事は不可能になるだろう。男子軍が勝つにしろ女子軍が勝つにしろ、姫乃は慰み者としてクラスメイトにいたぶられ続ける事になる。
「ククク……どんなにこの日を待ち望んだ事か。お前と一緒のクラスになったのは五年になってからだよな。けど俺はずっと狙ってたんだぜ。いつか必ず、白鷺姫乃を素っ裸にひん剥いて、処女膜ぶち破って、俺のモノでヒィヒィ言わせてやるってよ。男子女子戦争なんて下らねぇ遊びに付き合ってきた甲斐があるってもんだ」
 饒舌になってきたのは油断している証拠。でも侮れば返り討ちに遭う。礼門とて、姫乃が一筋縄ではいかないくらい、よく分かっているはずだから。
 暑さと緊張で額に浮かぶ汗が、雫となって床に落ちた。意を決し、姫乃が胸の名札に手を当てる。上手く動かない指を懸命に操り、どうにか安全ピンを取り外して、胸から名札を取り外した。その鋭いピン先を指でつまむ。
「あん? もしかしてそれ、武器のつもりか? こいつぁ恐いねぇ。さすがの俺も名札の安全ピンを突きつけられたら降参だぜ」
 礼門がさも楽しそうにおどけた。既に姫乃は理解力も判断力も衰え、小さなピンが武器になると思うほどに弱っている。そう確信したのだ。
 しかし姫乃はこれを武器にしようと思って取り外したのではない。
 自分の意識を、ほんの一瞬でも覚醒させるためだ。
「あんたなんかの……思い……通りに」
「悪あがきはよせよ白鷺。大人しく俺の性奴隷に――」
「……なってたまるもんですかッ!」
 瞬間。
 姫乃は安全ピンを自分の左腕に突き刺した。皮膚の弱い内側を狙い、さらに引っかくようにしてピンで腕をえぐっていく。激しい痛みが姫乃の脳天を突き抜けた。傷口から浮き上がって滴り落ちていく、真っ赤な鮮血。
 これでほんの一瞬だが、意識を覚醒する事ができた。
「うわぁぁぁっ!」
 さらに姫乃らしからぬ雄叫びと共に、彼女は礼門めがけて無謀にも突進を試みる。だがこれは明らかに失策だろう。普段の状態でも、姫乃のような少女が、大柄な礼門を突き飛ばす事はまず不可能なのだ。まして今の酩酊状態の姫乃では、そもそも真っ直ぐ走れるかどうかさえ怪しかった。
 案の定、彼女の突進ルートは途中から捻じ曲がり、礼門の傍のスチール棚に激突してしまう。普段の彼女からは想像もつかない、何とも間抜けで滑稽な有様だった。
「――ヘッ、驚かせやがって。どこに向かって走ってやがる……んだッ?」
 嘲笑の笑みを浮かべる礼門。
 もっとも、その余裕は一瞬だった。姫乃のぶつかったスチール棚が突然倒れ出し、礼門めがけて覆い被さってきたのだ。そう、彼女の狙いは初めからスチール棚。これを倒して礼門を足止めする作戦だった。しかし一直線にスチール棚に向かえば、礼門にもすぐに意図を読まれてしまう。だから体当たりする振りをして無様に失敗する演技を挟む事で、敵の油断を招いたのである。
 意識が朦朧とした状態で……しかもこの短時間で、よくもそこまで作戦を練り上げたものだ。さすがは白鷺姫乃。たとえ敵の罠に落ちても、それを自力で乗り越えるだけの知力と強い精神力を兼ね備えていた。
「ぐわぁぁっ?」
 今度は礼門が悲鳴を上げる番だった。彼の身体はスチール棚に押し潰され、身動きが取れなくなってしまう。姫乃は一瞬安堵の表情を見せるも、すぐに次の行動……スチール棚を乗り越え、入り口から脱出する行動に移った。礼門を押し潰すスチール棚の、さらにその上によじ登り、重い身体に鞭打って這い蹲るように進んでいく。
「あッ?」
 だがもちろん、礼門とてやられっぱなしではない。僅かに動いた右手を、スチール棚の隙間から差し出し、姫乃の足首をしっかりと握り締めた。無理に足をねじ上げられ、姫乃の白いスカートが僅かにめくれる。眩い太ももが露わになった。
 さらに姫乃の動きが止まったのをいい事に、もう一方の手もスチール棚の下から伸ばしてくる。どこか彼女の身体を拘束できる場所はないかと、腰の辺りにゴツゴツした手が這い回った。
「逃が……すかよぉ、白鷺! 言ったはずだぜ、今日こそお前に生き恥晒させてやるってな!」
「ク……。は……な……して!」
「清楚ぶったその洋服ぜんぶ剥ぎ取って、上の口も下の口も俺のモノをしゃぶらせて、お上品に澄ました顔を涙と鼻水でグチャグチャにしてやるぜ! 素っ裸で土下座して許しを乞うまでいたぶり尽くしてやるからな! 覚悟しろ!」
「はな……せぇぇっ!」
 姫乃が最後の力を振り絞る。空いている方の足で礼門の右手を蹴り飛ばし、握り締めたままだった名札のピンを礼門の左手に突き刺した。
「がぁぁっ!」
 これはさすがに効いたらしい。礼門はたまらず手を緩めた。姫乃は転げ落ちるようにスチール棚の上から移動し、ほふく前進さながらに床を這って、どうにか理科実験準備室の入り口を抜ける事に成功した。
 しかしまだやっと廊下に出ただけだ。ピンチを脱したわけでは全くなかった。礼門はすぐにスチール棚を起こして追ってくるだろう。彼に追いつかれる前に、姫乃は階段を下りて一階に移動し、南校舎に移って、さらに三階の五年二組の教室まで移動しなければならなかった。
 とはいえ今の身体の状況から考えれば、まずそこまで動くのは不可能である。悔しいが耶美を助けに行くだけの力はもう、姫乃には残っていなかった。せいぜい、人気の多い南校舎まで逃げおおせるのがやっとか。それとて、どこまで身体が言う事を聞いてくれるか……。
 どうにか膝立ちになり、階段の手すりにしがみつく。意識を保つのがやっとの状態で、階段を下りるなんて自殺行為だ。かといって二階に都合よく身を隠せそうな場所もない。案の定、足を一段下に置こうとして、姫乃はバランスを崩してしまった。
「きゃぁぁぁっ?」
 手に力が入らなければ、手すりにしがみついていても意味は無い。ゴロゴロと階段を転がって、彼女は無残にも踊り場の掲示板の壁に激突していった。
 全身が痛い。
 身体が痺れる。
 このまま眠ってしまえば、どれほど楽だろう。
 しかし陵辱魔はすぐそこまで迫っているのだ。誘惑に身を任せて天国のような眠りにつけば、後に待っているのは地獄の恥辱と、穢され切った身体だけである。ここで負けるわけにはいかなかった。
 もはや絞りきって全く残っていない力を、それでも懸命に搾り出し、姫乃は立ち上がろうと試みた。壁に這わせた手が掲示板に指をかける。
 だが無情にも、掲示板の枠と思った場所は、貼られたポスターを軽く留めただけの画鋲だった。あっけなく画鋲が抜け落ち、姫乃の身体が再び床に打ち付けられる。もはや悲鳴すら出ない。全身を走る痛みは、感覚を麻痺させ、心地よいとさえ思うようになっていた。
 ――もう、どうなってもいい。
 ふとそんな悪魔の囁きが姫乃の心をくすぐった。礼門は意外とスチール棚から抜け出すのに苦戦するかもしれない。あるいは、都合よく誰か先生が通りかかって助けてくれるかもしれない。そんな有り得ない、都合のいい可能性に一縷の望みを抱き、姫乃はゆっくりと二つの瞼を下ろしていった。もはや五年生の少女に耐えられる限界はとっくに過ぎていたのだ。誰が姫乃を責められよう。防犯ブザーもこうなってはただのアクセサリーだ。
 彼女の意識は、徐々に徐々に、深く暗い底へと沈み込んでいった。




「さて、準備は整ったな」
 鮫島が満足そうに呟く。彼の指示で、五年二組の教室は、真ん中に大きなスペースが作られていた。椅子と机を壁際に動かし、生徒たちが輪になって床に直接座っている。その輪の中心に立っているのは、もちろん耶美だ。
 黒いデニムシャツに黒いジーンズ。シックで飾り気のない服装がいかにも彼女らしい。まだ無表情を装っているものの、これから起こる恥辱を想像せざるを得ないのか、せわしなく腕を組み替えたり足の重心を動かしたりしていた。
「じゃあ甲守、脱いでくれ」
 さも当然のように、鮫島がさらりと命令する。「この問題を解いてくれ」……そんなセリフを言う時と、口調は全く変わっていなかった。あくまで授業という体面を保ちたいのか。それとも姫乃以外の少女の裸には興味がないのか。
 ともかく、ためらっても恥ずかしさが増すだけだ。耶美は躊躇なくシャツのボタンを一つずつ外していった。指先の震えをごまかしながら、できるだけスマートに、できるだけ美しく、ボタンを外す。姫乃派の威信にかけても、ここで醜態を晒すわけにはいかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな! 本気なの? こんなの変だよ、授業中に服を脱がせるなんて……」
 その空気に耐えられなくなったのか、一人の男子生徒が声を上げる。
 犬飼虹輝だ。
「そ、そうでしょ? 授業でこんな事する必要ないじゃないか……」
 彼の属する士郎派は、一応姫乃派と同盟を結んでいた。このクラスで今、耶美を助ける義理のある、唯一の人間といえるかもしれない。
 しかしクラスメイトたちの反応は冷淡だった。誰も面と向かって虹輝の言葉を否定したりはしないが、かといって賛同する事も無い。男子にとっても女子にとっても、担任の教師である鮫島が主導している時点で、これに異を唱えるメリットはほとんど無かったのだ。
「静かにしてもらえるかしら、犬飼くん?」
 桃香が冷静に反論する。
「耶美が自分から授業に協力したいって言ったから、こうしてお膳立てしたんでしょう? さっきのやり取りをちゃんと見ていたの? あたしも、鮫島先生も、誰も強制なんかしてないわ。耶美がみんなの前で素っ裸になりたいって、自分から言い出したのよ?」
「だって、それは……」
 姫乃に絡んだ何らかの脅迫があったのは、虹輝だって感付いていた。そうでなければ耶美がこんな真似をするはずが無い。だが桃香が言った通り、明確な脅迫が一切行われていないのもまた、事実だった。全ては耶美の自発的行動。そう仕向ける事で、桃香はあらゆる反論を完全に封じ込めてしまったのである。
 窮した虹輝が、士郎や清司に視線を送り、助けを求めた。彼らなら桃香の論理を跳ね返すだけのロジックを展開できるのではないか。そう考えたらしい。
 だがそもそも、士郎にも清司にも、耶美を助ける意思は最初から全く無かった。
「桃香の言う通りだぜ? 嫌ならやらなくていいって、先生も言ってたじゃねーか。それなのに甲守は自分から脱ぎ始めたんだ。止める必要があるか?」
「女子同士の潰し合いなんて結構な事だ。高みの見物と洒落込めばいい」
「そんな……」
 士郎は姫乃と同盟を結んだはず。それにしては冷淡な態度である。同盟はあくまで同盟。結局のところ、男子軍と女子軍は相容れない関係だという事なのだろうか。
 仮に彼らが耶美を助けようとしても、ここまで事が進んでしまってからではもう手遅れだった。既に他の男子や女子たちは、クールビューティの耶美がクラス全員の目の前ですっぽんぽんになる哀れな姿を想像し、期待に胸を高鳴らせていた。今さら解剖授業を中止しますなどと言って、収まりがつくはずもない。本気で助けるつもりなら、もっと早くに言い出しておくべきだったのだ。
 止めとばかりに桃香がもう一度口を挟む。
「犬飼くん? あなたのそういう優等生キャラ、姫乃によく似てるわねぇ」
「え……」
「でもね、あの子と君とじゃ、決定的に違うところがあるわ。姫乃は一度決めた事は最後までやり通す。自分の意思で、自分の意見を貫き通す強さがあるの。あたしはあの子のそういう所、嫌いじゃないわ。でもそれに比べると犬飼くんは……ただの風見鶏ってとこね」
 虹輝の優等生キャラは、周りの空気を読むためのツールでしかない。そう言いたいらしかった。桃香が冷徹な視線で虹輝を睨む。
「女子が脱がされそうになると、優等生ぶって正論を述べる。でもいざ脱がされると、嬉々としてこれに加担する。この前のプールの時だってそうだったじゃない。とりあえず最初に予防線を張って、僕は止めようとしましたって言い訳を作って、そのくせ女子の裸を思う存分楽しんでる。あたしはね、そういう周りの顔色窺って行動する人間が一番嫌い」
「そ、そんな……僕はただ」
「いいのよ犬飼くん」
 なおも言い訳を並べようとする虹輝を、耶美が制した。彼が話している間も、耶美はシャツのボタンを外し続けていたのだ。全てのボタンを解放すると、惜しげもなく前をはだけ、グレーのジュニアブラを露わにする。
「身体の形なんて、みんな同じだもの。見られたってどうって事は無いわ」
 言葉通り、耶美はためらう事なく袖から腕を抜き、デニムシャツを足元に落とした。これで上半身はブラ一枚。発育途中の胸が晒され、男子が歓声を上げる。それでも耶美は眉一つ動かさなかった。
「へぇ、さっすがクールビューティ。そうでなくっちゃね」
「さっさと脱ぐから、さっさと済ませて」
 さらにベルトを緩め、ジーンズのファスナーを下ろした。ぴったりフィットしていたボトムが抜き取られると、ブラとお揃いのグレーのショーツが顔を見せる。やはり飾り気は無いものの、ストライプの柄が入っていて、お洒落に敏感になり始める女の子が喜びそうなデザインだった。
 鮫島が脱いだ服を拾い上げ、壁際の教卓の上に重ねていく。あっという間に耶美は下着姿となっていた。ブラとショーツを除けば、ソックスと上履きしかもう身に着けていない。本当に彼女はストリップに対して、羞恥心を感じていないようだった。
 しかし桃香は見逃さない。
 白い足のほんの僅かな震え。かすかに泳ぐ視線。落ち着き無く組み替える両腕。やはり耶美だって女の子なのだ。いつもはすまし顔でも、衣服を剥ぎ取られていけば徐々に平常心を維持できなくなっていく。
 そして桃香は、耶美の心を追い詰めていく凶器をまだまだ隠し持っていた。どんなに平静を装おうとも、この授業が終わるまでには完全に屈服させるつもりだった。徹底的に辱めて、身も心もボロボロにして、二度と自分に歯向かえないように叩き潰してやる。そのおすまし顔を、涙と鼻水とヨダレでベトベトにしてやる……。
「本当に裸になっちゃうの、耶美ちゃん? 今ならまだ間に合うわよ。やっぱり恥ずかしくて脱げません、私もしょせんただのか弱いオンナノコでした、ごめんなさい許して下さいって土下座して謝れば、クラスのみんなも許してくれると思うけど?」
「私はそんなみっともない真似、絶対にしないわ」
「へぇ、そう。絶対に……ねぇ? そりゃそうか。普段クールな耶美ちゃんが、泣きながら土下座なんかしたら幻滅だもんねぇ。カッコイイ耶美ちゃんがそんな生き恥晒すはずないわ。どんな目に遭ってもプライドだけは捨てたりしないでしょ」
 桃香は心底楽しそうな笑顔で、自分を睨みつける耶美の顔を見上げた。
「フフフ。その言葉、よーく覚えておくからね。楽しみだわ」
 
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