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キャラクター解説(男子編)について

2019-04-07

 駄文その16です。
 今回は唐突ながら、キャラクター解説(男子編)なぞやってみようと思います。次回とその次で軍事裁判編も終わり、長かった自然教室編も完結。次々々回からはいよいよ最終章たる『火の七日間編』が始まる予定ですからね。区切りとしてやってみようかなという次第です。

 火の七日間編は、その名の通り劇中時間での七日間を描写するエピソードで、平たく言えば『白鷺姫乃・調教編』みたいな感じです。日常の学校生活を舞台に、姫乃にあんな事やこんな事をしてやろう……みたいな。エロ描写はもちろんしっかりと描きつつ、ドラマも大団円(?)に向かって収束させていくつもりです。何と言ってもメインヒロイン最後の一人・虹輝くんがまだ脱がされてませんからね。姫乃の凌辱に手を抜くつもりは毛頭ありませんが、一方で『姫乃は立派な肉奴隷になりました、おしまい!』みたいな、普通の凌辱エロ小説みたいな最後にするつもりはないです。

 ……と威勢のいい事を書くのは結構ですが、冷静に考えるとコレ、年一回のペースで更新してたらとてもじゃないけど完結しませんよねぇ、作者が死ぬまでに。いやいつ死ぬかなんて本人にも分かりませんし、小学生編だけならどうにか終わる気もしますけど、一応『教師対決編』も『中学生編』も書く意思はあるわけで。いつ不慮の事故や病気でポックリいくかもしれないと考えれば、やはり年一回の更新はいくら何でも遅すぎると思います(今さら?)。
 最近の年一回の更新は別に意図したわけではなく、単に春頃が一番時間に余裕があるからでした。しかしその気になれば時間に余裕が無くても更新はできるわけで、せめてこれからは、年二回くらいは更新していきたいなぁと思っています。
 でも「年二回は必ず更新します!」と宣言してしまって、もしできなかったら失望感ハンパないっすよねぇ。なのでチキンな作者としましては、「年二回くらいは更新したいけど、できないかもしれないから焦らず待ってね」と言いたい所存であります。

 前置きが長くなりました。とりあえず、登場人物紹介順につらつらと書いていこうと思います。

・犬飼虹輝(いぬかい・こうき)
 本作の主人公……のはずですが、優柔不断だったり風見鶏だったりと、あんまりパッとしない感じのキャラクターです。唯一活躍した脱衣カードゲーム編も、最終的には姫乃がわざと負けていたというオチで、ますます立場が無いというか……。元々そういうキャラにするつもりだったので、予定通りと言えば予定通りですけども。
 そもそも、イメージカラーの『虹色』自体、全ての色を統べる万能にして万有の色という意味合いの他に、どんな色にも対応できる八方美人の色――という意味も持たせてあるのです。
 モチーフの動物は『犬』で、これはそのまんま、可愛らしい子犬のイメージです。本作の男子メインヒロインで、現在唯一まだ脱いでいないヒロインでもあります。いやヒロインってこいつ男だし……と思われる方もいるかもしれませんが、『男子女子戦争』は男子も女子も等しく、脱がしたり脱がされたりする作品ですので、男の子だってヒロインになれるのです。男の子がプリキュアに変身するようなものですね(違います)。
 唯一まだ脱がされていないキャラクターなので、あまり語る事はない……というか語れないのですが、終盤に向けて彼がどんな行動を取るのかが、やはりドラマのポイントとなっていくでしょう。主人公らしく活躍するのか、最後まで情けないままなのか、そしていつ脱がされるのか(さっきからそればっかりだなー)乞うご期待であります。

・明石士郎(あかし・しろう)
 男子軍の元リーダーで、本編で最初に脱がされたヒロイン。その後もなんだかんだで物語のキーマンであり続けるため、実質的に主人公と言ってもいいかもしれません。
 第一話をいま読み返すと、結構セリフが子供っぽい感じで驚かされますね。これは本作のイメージソースになった『クラスメイト』のJ・さいろー先生の、リアルな小学生の会話のタッチを真似しようと思ってたからでしょう。結局は、他のキャラも含めて、みんな大人っぽい話し方になっていって、フィクションにありがちな『ファンタジー小学生』になってしまいましたが。
 イメージカラーは『赤』、モチーフは『ライオン(獅子)』で、これも実に主人公っぽい。実際、スーパー戦隊シリーズでもレッド戦士がライオン(っぽい動物)をモチーフにするのは定番です。まぁ動物モチーフだと、レッドはライオンより鳥があてがわれる事が多いですけど。ちなみにレッドがライオンだとサブリーダーが鳥モチーフ、逆にレッドが鳥だとサブリーダーがライオンモチーフというパターンも多々見られます。やっぱり子供には鳥やライオンが鉄板モチーフなんですねぇ。
 彼のおちんちんは『毛あり・短小・包茎』となっております。これは、第一話の執筆時点で第三話くらいまでプロットが完成していて、清司のおちんちんの特徴も決めてあったため、差別化のために陰毛を生やしたからです。個人的にはこういう「子供おちんちんだけど陰毛が生えている」とか「まだツルツルだけど皮ごしに亀頭の形が分かるくらいは発育している」のが大好物です。完全なツルツル子供おちんちんよりそそるというか、大人と子供のリバーシブルっていうお得感がコスパ最高じゃないですか。
 優柔不断な虹輝に代わってグイグイ話を引っ張っていくキャラクターですが、エロ方面でもまだ出番がある予定です。同性愛者の清司と同じく、両刀使いの彼もまた、ショタのエロシーンでは使いやすいキャラクターなんですねぇ。桃香とのカップリングも、作者的に割と気に入っています。

・鷲尾清司(わしお・せいじ)
 リーダーがライオンなら、サブリーダーは鳥……という事で、イメージカラーは『青』、モチーフはそのまんま『鷲』の清司です。ただし本家スーパー戦隊でブルー戦士が鳥やライオンモチーフだった事は、それぞれ一回ずつしかなかったはず。メンバー全員が鳥モチーフの『鳥人戦隊ジェットマン』と、動物顔のメカがモチーフという変わり種の『炎神戦隊ゴーオンジャー』ですね。やっぱり動物モチーフだと、ブルー戦士はサメやイルカ担当になっちゃうようです。
 それはさておき、清司の萌えポイントは何と言っても『毛なし・短小・包茎』の子供ちんちんでしょう。クールなイケメンに限って、情けない短小包茎おちんちん……というのはM男モノでは定番中の定番ネタ。今回もベタながら、この黄金パターンを踏襲させていただきました。
 クールでイケメンで頭が切れてサッカー部のエースという、いい男のモテ要素を全部つぎ込んだような完璧超人の男の子が、『毛なし・短小・包茎』の子供ちんちんで、それを女子に暴かれて笑いものにされる。これで興奮しない奴はハッキリ言ってモグリですよ。しかも自分が辱めた祢々子に仕返しされて、今度は自分が辱められるという、『男子女子戦争』のコンセプトを体現したようなキャラクター。それに加えて士郎への態度は完全に『恋する乙女』状態です。とんだツンデレさんですね。
 士郎・桃香との間で三角関係っぽい立ち位置にいますが、同時に祢々子とも因縁浅からぬ関係になりつつあります。祢々子にボーイズラブ好きという設定が追加された事で、自然とエロシーンでの絡み(実際に絡むわけではない)が多くなりましたからねぇ。祢々子を戦死させた直後に今度は自分が戦死させられ、彼女の目の前で士郎と愛し合う姿を披露させられるも、軍事裁判編ではその仕返しに成功……と、戦績は二勝二敗。それでいて清司が同性愛者なので、恋愛関係に発展する見込みはゼロというのがまた面白いと思います。
 メインキャラクター五人のうち、男子サイドも女子サイドも、一人ずつ同性愛者とスパイを入れよう……というアイディアは最初から決まっていました。結果的に女子の同性愛者とスパイは統合されて耶美一人になりましたが。今後も、独特の立ち位置で話に絡んでくる事でしょう(性的な意味も含めて)。

・郷里礼門(ごうり・れいもん)
 前述の三人はショタエロ要員でもありましたが、礼門と忠一は純然たる悪役男子キャラクターです。まぁ脱がされてひどい目に遭うシーンもありますけど。そもそも礼門というキャラクター自体、「白鷺姫乃は同級生の男子が束になってかかっても敵わない無敵のヒロインなのだから、彼女をエロピンチに追い込むには明らかなオーバースペック男子が必要だ」との要請から生み出された存在なのです。
 単純な腕力だけなら姫乃を凌駕し、親が医者というチート設定でさらに怪しげなアイテムも取り揃えられる。普通のエロ小説なら何の問題もなくヒロインを凌辱できるような悪役キャラクターが、しかし白鷺姫乃の前では力及ばず、何度罠を仕掛けても次々と返り討ちになってしまう……そんな序盤の悶々とした展開を描くために用意されたキャラクターなのであります。
 なので当然、姫乃を最初に凌辱するのが礼門というのは、ほぼ最初から完全に決定していました。何度も煮え湯を飲まされ、桃香に顎でこき使われながら、自分自身を捨て駒にしてでも姫乃凌辱に執念を燃やす彼が、ついに本懐を遂げる中盤の展開は凌辱小説の真骨頂ではないでしょうか。
 男子と女子が等しく脱がしたり脱がされたり……というのが『男子女子戦争』の横軸のコンセプトであるなら、縦軸のコンセプトは『無敵の少女・白鷺姫乃を凌辱して打ち負かす』なのです。
 普通のエロ小説なら、凌辱された時点でヒロインの敗北となるのですが、本作はもっと精神的に追い詰めていって、さらに深いレベルでの敗北を描こうと考えています。礼門は姫乃を凌辱する事はできても、完全に打ち負かす事はできない。そういった、彼が成しえない『姫乃完全攻略』を完遂するために用意されたキャラクターが、言うまでもなく担任教師の鮫島先生なのです。ぶっちゃけ、大の大人が本気を出して全力で叩き潰そうとしない限り、白鷺姫乃を打ち負かす事などできないのですよ。
 序盤は単細胞な暴力馬鹿、中盤は狡猾な悪役、とクラスチェンジしていった礼門ですが、終盤でどう変化していくのか?が結構ドラマ的ポイントになってきます。姫乃凌辱を経て、彼女を打ち負かす事ができないと悟り、完全攻略のお株を鮫島に奪われる流れとなっていく中で、何を思うのか?みたいな感じですかね。
 といっても、極端に改心して善人キャラクターになったりはしませんが。凌辱ものの悪役が改心しちゃうと、凌辱そのものが軽く見えかねないと思うのですよ。礼門はこれからもずっと、クズでエロな最低野郎であるべきなのです。そんなクズでエロな最低野郎に処女を奪われたという心の傷を、一生背負っていかなくてはならない悲壮感が、姫乃を始めとするヒロインたちの強さを表現する上で無くてはならない要素となるのですから。
 モチーフは『ゴリラ』でイメージカラーは『レモン色』。ゴリラはそのまんまにしても、なぜにレモン色? と思われるかもしれませんが、つまり『黄色』で『デブ』で『カレー好き』という、『秘密戦隊ゴレンジャー』のキレンジャー的発想なのです。礼門はデブではなくて筋肉質というだけですけど。
 今思えば黄色は祢々子あたりに譲ってあげれば良かったなーと思いますね。『ゴリラ』は海外では知的な動物というイメージで、日本でもイケメンゴリラが話題になったりしてました。その辺も中盤に狡猾さが加わるイメージに合致していて、ネーミング的には成功だったんじゃないかと思います。

・根墨忠一(ねすみ・ちゅういち)
 桃香の処女喪失の相手でありますが、これは最初から決まってはいませんでした。みどりが礼門にレイプされる事と、姫乃が礼門に処女を奪われる事は最初に確定。また本番シーンに重きを置いていない作品であるため、祢々子は無理に本番シーンを入れなくてもいいだろうとは思っていました。しかし耶美の本番シーンと桃香の最初の相手をどうするかは悩みどころだったのです。
 結果として、姫乃がレイプされるのに耶美が処女のままというのは、他ならぬ本人が納得しないだろうという事で、話の流れ的にも耶美には本番シーンを追加。礼門に犯される事が決定しました。
 となると、礼門ばっかり出しゃばってはワンパターンでつまらないではないか、と考えるのは自然な流れであります。じゃあ桃香の最初の相手は誰にするか? 士郎が相手ではただの純愛エロだし、清司は女性に興味がないからお尻の処女の相手で確定、虹輝は脱いじゃ駄目だから論外……。となるともう忠一しか残っていなかったわけで。実際、礼門よりも遥かに長い期間奴隷扱いしていた忠一に処女を奪われるとなれば、桃香の屈辱は計り知れないだろうと思い、本編の流れとなりました。
 ただ一つ気がかりだったのは、礼門が「男子女子戦争を隠れ蓑にして、祢々子以外の四人のメイン女子の凌辱を狙っている」と宣言していた事です。じゃあなんで桃香だけ忠一に譲るのか?と。
 凌辱エロ作品で、悪役がヒロインに対して「あんな事やこんな事をしてやるぜグヘヘヘ」と宣言した場合、それがヒロインに直接言った事でなくても、読者は「ああ、このヒロインは悪役にあんな事やこんな事をされてしまうのかー」と期待してしまうわけです。だから結局そのシーンが描かれなかったり、途中で変更になったりすると、これはもう広い意味での寸止めになると思うのです。ぶっちゃけ読者に対する裏切りですよ。だから礼門が四人をレイプしてやると言った以上、キッチリ四人ともレイプされないとつまらないなーと考えたわけです。
 最終的には、狡猾さを身につけた礼門が、桃香に最大の屈辱を与えるためにあえて忠一に譲る……という流れになり、これならギリギリOKかなと作者的には納得できました。忠一のおちんちんが貧弱だったので、事実上礼門が処女を奪ったような感じになったのも良かったと思います。
 忠一はショタエロ要員にするか否か迷っていたのですが、結局はカメラ要員みたいになってしまいましたね。特に中盤以降はほぼ『カメラマンの人』です。真正ドMであるがゆえに、女主人に不利益を働いてしまう……という展開は、『ギャラリーフェイク』という漫画に登場する宝石商・翡翠(フェイツェイ)とその部下・瑪瑙(めのう)がモデルになってます。ある意味では、最初から最後まで徹頭徹尾、一切のブレがない凄いキャラクターですね。
 モチーフは『ネズミ』。裏切り者のスパイがネズミというのは、何と言っても『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男が有名ですが、元々日本の昔話にはよく登場する動物でもあります。十二支の伝説で、牛の頭に乗ってちゃっかり一番乗りを果たしたのは紛れもなくネズミです。農耕民族の日本人にとって、ネズミは貯蔵した穀物を食い荒らす厄介な動物であると同時に、自分たちに直接危害を加える事は無い、どこか憎めない身近な存在だったのではないでしょうか。そういえばニンテンドーの黄色いアレも、デザインモチーフはリスだったらしいのですが、最終的にはネズミにされてましたね。
 またイメージカラーは『墨色(黒)』です。耶美も『闇色(黒)』だからネタ被ってんじゃん! なんで直接『黒』にしないんだよ! と思われるかもしれませんが、これはわざとです。つまり、白鷺姫乃が『白』なので、その対極に位置する『黒』を直接使うのは避けたかったのです。『黒』じゃなくて『墨色』だよ、しかも『闇色』なんてネタ被ってるキャラももう一人いるから、別に忠一は姫乃の対極に位置するような重要なキャラじゃないんだよ、というアピールですね。
 実際、正義の味方に『黒』はイメージが強すぎるのか、黒イメージのキャラクターに『墨』の漢字をあてがうのは割とポピュラーな手法だったりします。『轟轟戦隊ボウケンジャー』のボウケンブラックに変身する伊能真墨とか、『ふたりはプリキュア』のキュアブラックに変身する美墨なぎさとか。逆に『黒』をそのまま使っているのは『大戦隊ゴーグルファイブ』のゴーグルブラックに変身する黒田官平が挙げられます。ゴーグルブラックはスーパー戦隊シリーズ最初のブラック戦士なので、まぁわざとでしょうね。
 男子女子戦争では、中学生編から登場する新メインヒロインに『黒』の漢字を使う予定です。中学生編は姫乃と虹輝以外キャラクター総とっかえのつもりなので、ここでようやく『白』と『黒』が対になって並び立つという壮大な構想なのですが……実現するのはいつになるのか全く分かりません。とほほ。

 というわけでキャラクター解説でした。次回はいよいよ本命、桃香と姫乃の軍事裁判です。たぶん、姫乃の裁判は最後まで行かず、次々回まで持ち越すと思いますけど。次々回は自然教室編のエピローグもありますし。
 今回はちょっと汚パンツ描写が控えめでしたが、これは当然、桃香と姫乃のために温存するという意味合いがあります。五人分も汚パンツ描写をするとなると、やはり差別化のために経血汚れパンツとか、パンティライナーとかの描写も入れてリアリティを高めたいかなとも思いまして。
 つーか何なのあのパンティライナーって。パンツが汚れるのを防ぐ生理用品なんてクソな発明、誰が考えたんでしょうね。百害あって一利なしですよ。使用済みパンツをひっくり返した時に、大して汚れていなかったガッカリ感が貴様に分かるのかと問いたいです。ライナーなんて使ってる女はクソですよ、クソ。
 まぁ耶美は以前さんざん汚パンツ描写をやりましたので、今回は仕方なくライナー担当になってもらいました。

 むしろ今回はビデオ上映の方がメインでした。ヒロインの恥ずかしい姿を撮影するというプレイは全く珍しくありませんが、撮影したビデオを上手くエロ的に活用している作品ってあんまり見かけないなぁと思ったのです。「一度撮影されたら二度と取り返しがつかない」「本人が懸命に立ち直ろうとしても、映像がある限り永遠に苦しみ続ける」という絶望感を、何とかエロベースで表現できないものかと。前回の祢々子も含めて、一定の形は提示できたんじゃないかと思っております。「あーしっかしフラバ顔まじ萌えだわ……」
 桃香と姫乃は自然教室編でやっとエロシーンが出てきたので、この二人に関してはビデオ上映などという小手技は使わず、身体検査と尋問と持ち物(汚パンツ)検査だけで辱めていく予定です。
 では次回、早ければ秋ごろに、遅くとも一年後にはお会いできればと思います。本当は三カ月に一回くらいは更新したいんですけどねぇ。あんまり焦って燃え尽きてしまっても仕方ないですし、なるだけ長生きして更新し続けられるよう、頑張りたいところです。



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法廷ものとエロの親和性について

2018-04-15

 駄文その15です。
 今回は法廷ものとエロの親和性について語りたいと思います。

 法廷を舞台にして、主人公が検事や弁護士という作品は星の数ほどありますが、その中でもレイプや猥褻事件をテーマにした作品には不思議なエロさがあります。少年誌のエロ描写が成年コミックのエロ描写とは違ったベクトルで楽しめるように、法廷という特殊な空間で、直接的な描写のない状況で描かれるエロには独特の魅力があると思うのです。
 一度は辱められたヒロインが、憎い犯人に社会的制裁を加えるべく法廷での戦いに臨む。レイプの状況を詳細に証言させられるセカンドレイプや、相手方の弁護士の卑劣な法廷戦術に翻弄され、恥辱と屈辱に塗れながらも勇気を振り絞って最後まで戦う……もう『強いヒロイン凌辱もの』好きとしては、これだけでご飯三杯は余裕ですよ。

 レイプをテーマにした法廷ものと言えば、なんと言っても有名なのが1988年に公開された『告発の行方』です。クライマックスの回想シーンで描写される、ジョディ・フォスターのレイプシーンは圧巻の一言。この回想シーンで、映画を見ている観客も初めてレイプ事件の真実を知る事になるので、ミステリーものとしても十分楽しめます。例えば、ヒロインがレイプ現場のディスコに行ったのは男漁りの目的もあったのですが、当初はこれを検事にも(観客にも)隠していたため、二人の仲がギクシャクしたりします。法廷ものでは定番の展開ですね。
 惜しむらくはこの作品、ヒロインがマリファナを吸ってたり、外見もベリーショートの髪型だったりして、あまりエロ目的では感情移入しづらかったりします。レイプもののヒロインはやっぱり、ヤリマンあばずれビッチより、清楚で真面目な処女の方が好まれますからねぇ。いや『告発の行方』はエロ作品ではないのですが。

 その辺りを考慮して、よりエロ方向に楽しめる法廷ものはないか? そうお考えの方には1976年公開の『リップスティック』をお勧めします。
 こちらはトップモデルの姉とその妹の二人がヒロイン。冒頭でレイプシーンが描かれるため、観客もヒロインに落ち度がない事を知った上で法廷シーンを見る事になります。なので相手方弁護士がヒロインやその妹を詰問するシーンは、悪の弁護士がヒロインたちをいたぶるシーンとなり、安心してエロティシズムを楽しむことができるのです(その分ミステリー的な楽しみ方は薄い)。
 しかも犯人はあろう事かヒロインの妹が通う学校の教師! 何とツボを心得た設定なのでしょう。信頼していた妹の先生にレイプされ、トップモデルとしての名声が汚れる事も厭わず告訴に踏み切ったヒロインが、敵の巧みな法廷戦術の前に敗北し、裁判で負けてしまう。レイプされて辱めを受けたヒロインが、裁判で負ける事でさらに辱めを受けるのです。ゾクゾクしますね。

 しかも裁判で無罪を勝ち取り、図に乗った犯人は、今度はヒロインの妹にまで毒牙を伸ばすのです。妹役の女優さんは当時15歳くらいなので、当然映画では一切脱ぎません。しかし逆にそれが妄想を掻き立てるのです。
 姉の仕事場に来ていた妹は、そこで犯人の教師に遭遇。彼女は姉と教師がセックスしている現場は目撃したのですが、そこに至るまでの苛烈な暴行現場は見ていません。そのため、元々教師に好意を持っていたこともあり、レイプ事件の一件があった後も、まだ彼の事を信用していたのです。姉と教師は合意の上でセックスしたけれど、その後行き違いがあっただけ……という相手方弁護士のシナリオを、疑いつつも受け入れてしまっていたと。
 二人っきりになって初めて、教師の様子に不穏なものを感じ取った妹はようやく危険を察知しますが、もはや後の祭り。すぐに逃げ出すも、教師は彼女の後を執拗に追いかけ、ついに捕らえてレイプしてしまうのです。
 映像では、教師に捕まったところで無人の廊下のカットに切り替わり、そこに響き渡る妹の悲鳴……というシークエンスになっています。その後、撮影中の姉の元に妹が帰ってくるのですが、その服は一部が引き裂かれ、足元もおぼつかない有様。慌てて「どうしたの? 何があったの?」と駆けつけてくる姉に、「何でもない……。ただ、早くお風呂に入りたい……」と返す妹のセリフが異常にリアルで興奮します。実際にレイプされた女性も、直後はこんな感じで呆然自失なのかなぁと想像しちゃいますね。
 憎い犯人が妹にまで手をかけたと知った姉は激昂。撮影用の赤いドレスのまま、狩猟用に車に積んでいたライフルを取り出し、駐車場を後にしようとする犯人に向けて何度も発砲する――という衝撃のクライマックスとなりました。

 さすがにそれで終わりではあんまりなので、エピローグとして一分ほどの短い映像が挿入されています。レイプ裁判を一緒に戦った検事が、弁護士に転身してまでヒロインの弁護を行い、殺人罪で起訴された裁判で見事無罪を勝ち取る。映画としての出来はやはり『告発の行方』に見劣りする点は否めませんが、レイプ系の法廷ものとしては傑作と言えるのではないでしょうか。
 またまた惜しむらくはこの作品、ビデオソフト化された時もDVD化された時も、肝心の冒頭のレイプシーンが大幅にカットされてしまっています(DVDは未視聴ですが、どうやらそうらしい)。エロ目的で見る場合はもちろん、普通に法廷ものとして視聴する時も、レイプシーンの凄惨さがカットされたのでは意味がない気がします……。
 動画サイトで『Lipstick Hemingway』と検索すると原語版は視聴できるものの、字幕や吹替でも是非見てみたいですね。残念です。あ、ヒロインの姉妹を演じているのは、かの文豪アーネスト・ヘミングウェイの孫娘さんです。劇中だけでなく役者さんも実の姉妹というのがまた萌えポイントかと。
 ちなみにレイプシーン自体は、相当暴力的で、軽い気持ちで見ると引いてしまう事請け合いです。筋金入りのレイプマニアでないとあれでは興奮できないんじゃないですかね。……私は結構いけましたが。

 ちょっと毛色の違う法廷ものとして私が好きなのが、1997年公開の『ディアボロス/悪魔の扉』です。主人公が弁護士なので法廷シーンもありますけど、基本的には『オーメン』や『エクソシスト』と同じオカルト映画。タイトルの『悪魔』は比喩ではなく、超常的存在の悪魔そのものを指しています。
 冒頭で主人公は猥褻教師の弁護をしています。被害者の少女が、どのようにエッチな事をされたのか、恥ずかしさに耐えながら証言しているのですが、あろう事か被告人の教師はその様子を見ながらこっそりオナニーし始めるのです。さすがにズボンのポケット越しですけど。その様子を見咎めた主人公は休憩を提案。人気のない場所で被告人を罵倒します。まぁこの時点で教師がクロなのはほぼ確定なんですけど、シロだろうがクロだろうが依頼されれば無罪にするのが弁護士の仕事というもの。主人公は、被害者の少女の友達から聞き出していた情報を彼女にぶつけます。
 実は被害者の少女は、友達と一緒に「秘密のアソコ」という遊びを時々やっておりました。軽いレズビアンの真似ごとですね。エッチな事に興味津々な思春期の少女としては珍しい話ではないのですが、両親も傍聴している公開の裁判でそんな事をバラされたらたまったものではありません。実は少女の方から教師を誘惑したのではないのか? そう執拗に問い詰められ、ついに被害者の少女は錯乱して泣き出してしまいます。
 結果としてこの戦術が功を奏し、陪審員を味方につけた主人公は勝利。しかし目的の為なら幼い少女すらダシに使う悪魔のようなやり口に、相手側の検事さえ裁判終了後に怒鳴りつけてくるほどでした。
 この冒頭の法廷シーンは、主人公の辣腕ぶりを描写するエピソードで、以後の本筋とはあまり関係しません。しかしクライマックスで再びこの事件が絡んできて、最後は予想だにしない衝撃のラストを迎える事になるのです。
 法廷ものとエロの親和性が短時間でよく分かるシークエンスなので、機会があったら冒頭だけでも見てみると面白いかもしれません。主人公を演じたのは『マトリックス』で有名なキアヌ・リーヴス。彼を一躍有名にしたアクション映画が『スピード』という作品で、そのパート2のオファーと『ディアボロス』のオファーがバッティングしたため、キアヌは『ディアボロス』の出演を選択したという裏話があります。それゆえ『スピード2』ではヒロインが続投しながら主人公は変更。結果的にヒロインがオトコを乗り換えるという何だかなぁ展開になってしまいました。『スピード2』は単なるパート1の焼き直しに過ぎない出涸らし作品なので、出演を蹴ったキアヌの判断は大正解だったと当時言われたものです。

 一般向け作品に法廷ものがあれば、当然エロ作品にも法廷ものがあります。しかしエロ作品としてのエロ描写を取り入れつつ法廷ドラマを組み上げるのはかなり難易度が高く、私の知る限りでは佳作と呼べる作品は見当たりません。法廷ドラマを作るにはある程度の専門知識が必要ですからね。それだけのスタッフと時間と予算をかけてまで法廷ドラマを作り込む事に、エロ作品購買層のニーズがあるのかという問題もあるでしょう。
 とりあえずアダルトビデオでは、貸しスタジオを使った撮影などで、本格的な裁判シーンを用意した作品はいくつか存在します。しかし脚本家の知識不足が致命的で、お世辞にも出来のいい法廷シーンになったとは言い難い……というのがよくあるパターンです。せめて法廷ドラマとか幾つか視聴して参考にするとか、そういうのが好きな知り合いに監修してもらうとか、もうちょっと頑張ってもいいと思うんですけどねぇ。
 たいていの作品では保釈金の事が勘違いされていて、大金さえ払えば無罪放免で刑務所から出られる……なんて事になってます。そういうの見ると「ああ、またこの程度の法廷ものかぁ」とガックリきますね。

 エロ漫画でも同様で、ページを割いて法廷シーンなんか描いても誰も読みませんから、本格的な法廷ものにはまずお目にかかれないでしょう。私が知っている範囲では唯一、クジラックス先生の『ロリ裁判と賢者の石』が比較的それに近い感じでした。この作品ではセカンドレイプを文字通りレイプシーンとして描写するトンデモ設定で、法廷ものとエロシーンを無理矢理両立させています。むむ、その手があったか! とはいえレイプに対する加害者の身勝手さのみならず、傍観している人間の無責任さというものも感じられて、表面上のおバカさとは裏腹によく出来た法廷レイプものに仕上がっていると思います。実は『告発の行方』も、レイプ犯とは司法取引してしまったので、レイプを傍観して囃し立てた連中を起訴するという前代未聞の法廷闘争を描いております。つまり『ロリ裁判と賢者の石』は『告発の行方』と同じテーマを追求した珠玉の名作と言えるでしょう(褒め過ぎ)。
 ラストの回想シーンで、セカンドレイプを危惧して告訴を思いとどまるよう説得する両親に対し、ヒロインが力なく微笑んで言ったセリフは、強いヒロイン凌辱もの好きとしてはたまらないものがありますよ。
「パパ……ママ……。私ね……。それでもやっぱり、殺したいよ?」

 というわけで色々とお気に入りの法廷ものを挙げてみました。男子女子戦争でも軍事裁判編として法廷ものとエロの融合を目指してみましたが、やっぱり難しいですね。エロ小説で法廷ものが全く見当たらない理由がよく分かります。
 今回は最初の被告人という事で、かなり丁寧に裁判の進行も描写しましたが、次回からはもうちょっと端折ってエロよりにしていく予定です。『男子女子戦争』では珍しく、ヒロイン五人全員を、同じ方法で辱める……という展開ですから、マンネリにならないように気をつけたいところです。



『演出的クローズド・サークル』について

2017-05-19

 駄文その14です。
 今回は『演出的クローズド・サークル』について語ろうと思います。

 クローズド・サークルというのは、ミステリー小説などで使われる俗語で、「吹雪の山荘もの」「嵐の孤島もの」とも呼ばれるジャンルです。言わば広い意味での密室ものであり、何らかの事情で外部との連絡や往来が絶たれた『閉じた環(クローズド・サークル)』を舞台とする作品を指します。
 クローズド・サークルの利点は、登場人物を絞り込む事で、より純粋に犯人が誰かを推理できる事。警察の介入や科学的捜査を排除して、トリック解明に集中できる事。要するに、リアリティのために必要な夾雑物を排し、推理のみにテーマを集約した作品を描ける事にあります。

 そしてこれは推理ものに限った事ではありません。作品の舞台を限定する事で、より作品のテーマを浮き彫りにする……これを私は『演出的クローズド・サークル』と呼んでいるのです。分かりやすい例としては、有名な特撮ヒーロー番組『仮面ライダー』が挙げられるでしょう。
 仮面ライダーは大雑把に言って、昭和期に作られた昭和仮面ライダーと、平成期に作られた平成仮面ライダーの二種類に大別できます。両者の作風には色々と違いがありますが、その中の一つに、「昭和仮面ライダーは世界征服を企む悪の組織と戦うが、平成仮面ライダーの敵は必ずしも世界征服を企んでいない」というものがあるのです。平成仮面ライダーの敵は少人数で構成された組織も珍しくありません。またその目的も「殺人ゲームで仲間内の階級を決める」「超能力者の資質を持った人間を殺す」といった限定的なものであるパターンが多いです。
 作品の舞台も同様で、昭和仮面ライダーでは、ヨーロッパを守るために旅立った仮面ライダー1号の代わりに仮面ライダー2号が日本防衛についたり、逆に南米に逃げた敵幹部を追って2号が日本を離れ、1号が舞い戻るという展開が見られたりしました。……まぁこれには撮影中の事故という大人の事情があるのですが、有名な話なので割愛します。

 対して平成仮面ライダーでは、敵が殺人ゲームのためにわざわざ人口の多い東京に集まってきたりして、戦いの舞台が主人公の住む東京近辺のみに限定される展開に説得力を与えています。やはり平成の世にあってはたとえ子供向け番組であっても、「世界征服を企む悪の組織が、律儀に一週間に一体ずつしか怪人を送り込まないのはおかしい」「たった一人で大規模なテロ活動を阻止できるわけがない」「そもそも世界征服のために怪人を作る意味が分からない」などといったツッコミを無視できないのでしょう。
 特撮ヒーロー番組のテーマは、かっこいいヒーローと悪の怪人の派手なバトルであり、そのテーマを浮き彫りにするために敵の目的や舞台をあえて矮小化して、作品のリアリティを保っていると言えるかもしれません。

 その最たる例が、イケメン俳優・福士蒼汰さんの初主演作としても知られる『仮面ライダーフォーゼ』です。この作品では学園ドラマのエッセンスが採用され、主人公たちは全員同じ学園に通う高校生、敵はその学園の教師陣、悪のボスは学園の理事長という実に箱庭的な世界観となっていました。
 では世界的規模で話が展開する昭和仮面ライダーに比べて、舞台が矮小化された平成仮面ライダーがつまらないかと言えば、もちろんそんな事は無いのです。個人の好みはあるでしょうが、前述の通り、特撮ヒーロー番組のテーマは「かっこいいヒーローと悪の怪人の派手なバトル」なのですから。そこさえ守られていれば、番組の魅力が損なわれる事はありません。それに舞台が東京に限定されようと、学園に限定されようと、そこがその作品にとっての『世界』であるならば、やはり仮面ライダーが『世界の平和を守っている』事に変わりはないのです。

 当然ながら、この『演出的クローズド・サークル』の手法は、エロ作品においても通用します。というかまさに男子女子戦争が、それを最大限活用した作品なのであります。男子女子戦争は、多くの人が子供時代に大なり小なり経験した「男子と女子の抗争」「男子の暴力による支配と服従」「女子の派閥争い」といったものを描いています。また「思春期の身体の変化」「性に対する好奇心」「身体の秘密を暴かれる羞恥心」も重要なテーマです。
 ただし多くの場合、現実世界においては、前者のテーマと後者のテーマは結び付けられることはありません。男子と女子の抗争や、女子の派閥争いにおいて、エロ小説まがいの強烈なエロティシズムが絡んでくる例はほとんど無いと言っていいでしょう。『男子女子戦争』で描かれているような事が現実に起これば、どうしても大人の知る所となり、事が大きくなり過ぎる前に事態が鎮静化させられてしまうからです。現実世界という大き過ぎる舞台では、男子女子戦争のテーマは描く事が難しいのです。

 それゆえ、本作では舞台をあえて五年二組のクラス内部にのみ限定し、演出的なクローズド・サークルを創り出す事で、作品のテーマを浮き彫りにしています。登場人物は基本的に五年二組のメンバーのみ。もっと言えば、男子五人・女子五人の十人のみで、他のクラスメイトは雑魚男子・雑魚女子として背景キャラ扱いとなっています。登場する大人も必要最低限度……しかも舞台をクローズド・サークルの外に広げる事はしません。撮影された恥ずかしい映像などは、あくまでクラス内部でのみ共有され、閉じた環の外には流出しないのです。これによって作品の舞台を完全なる子供社会とし、「男子と女子の抗争」と「過激なエロティシズム」という相反する要素を融合させているのです。
 では作品の舞台をクラス内部に限定したことで、作品のエロスもまた矮小化されてしまったでしょうか? 答えは否、だと私は思っています。確かに、ヒロインの恥ずかしい映像がクラス内部でのみ共有されるのと、全世界に拡散されるのでは、後者の方が遥かにダメージは大きいでしょう。クラスメイトだけに恥をさらすのよりも、世界中の人に恥をさらす方が、羞恥という意味ではより深刻であり、ひいては読者の興奮を誘うものであります。ですが世界中に拡散されたのでは作品のリアリティが保てない。クローズド・サークルの外に物語を広げるわけにはいかないのです。いやむしろ、演出的クローズド・サークルの作品においては、クローズド・サークルの中こそが『世界』そのものと言えるでしょう。
 男子女子戦争の作品世界では、五年二組の中こそが世界の全て。自分の恥ずかしい映像がクラス内部で共有されるという事は、彼らにとっては世界中に拡散される事と何ら変わりは無いのです。実際、人生経験の浅い子供にとっては学校のクラスというのは世界の全てと錯覚しやすく、いじめなどで孤立すると容易に自殺を選んでしまうのもそれが原因の一つと言われています。
 従って男子女子戦争で戦死し、クラス全員の前で恥をさらすことは、世界中の人に恥をさらすのと全く同じ。人生の破滅を意味するのです。読者が作品世界に入り込んで読んでいてくれれば、登場人物たちと同じ気持ちになるだろうと私は思っています。「たかがクラスメイトに見られただけじゃないか」「世界中の人に見られたわけじゃあるまいし」などと冷めた目で見るのではなく、人生が破滅するほどの羞恥に打ち震える絶望感に共感してくれるはずだろうと。
 それが上手くいけば、たとえ舞台を五年二組のクラス内部のみに矮小化したとしても、決してエロティシズムまで矮小化はされないと確信しております。

 これはキャラクター設定にも言える事で、実は『男子女子戦争』の登場人物には、詳しい裏設定がほとんど存在しません。劇中に登場した設定でそれっぽいのは……。

・礼門の父親は産婦人科医である。
・桃香と士郎は幼馴染み。
・桃香には幼稚園児の弟がいて、父親は議員である。
・祢々子は未だに父親と一緒に入浴している。


 これくらいでしょうか。虹輝を始めとして、ほとんどの登場人物に家族構成や趣味、食べ物の好みなどの裏設定が存在しないのです。またその言動も、小学生としてはやや大人っぽい感じになっています。最初期の頃は、J・さいろー先生の真似をして、リアルな小学生の会話っぽく仕立てようと努力もしていたのですが、結果的にはかなりキャラクターが変化してしまいました。士郎は今よりかなりヤンチャな感じですし、祢々子はもっと幼い感じですよね。
 男子女子戦争はクローズド・サークルの中でのみ展開する物語ですので、登場人物が小学生とはいえ、それはリアルな世界観における小学生とは異なり、あくまで記号的な小学生という事になります。ぶっちゃけて言えば、ちょうど第二次性徴真っ只中の年齢が一番羞恥を感じやすいからその年齢設定になっているだけで、現実世界におけるリアルな小学生を描くつもりはあまりないという事です。リアルな小学生を求める読者には不満でしょうが、これも作品のテーマを浮き彫りにする上では必要な事だと思っております。

 というわけで次回からはいよいよ自然教室編のクライマックス・軍事裁判編が始まります。ひとまず姫乃凌辱は一旦休憩で、続きは自然教室編が終わってからになるでしょう。代わりに久々に他の四人にも脱いでもらいます(当然姫乃も、ですが)。法廷ドラマのような体裁で、基本的におさわり一切無し、徹底して精神的に辱めを与えていく予定です。もちろん汚パンツ暴きもやる事になるかと。法廷ものとエロは意外と相性がいいので、今から書くのが楽しみです。
 本番シーンも悪くはないですが、やはり本番無しの方が羞恥ものとしては真骨頂なのかもしれませんね。あんなの飾りです。エロい人にはそれが分からんのですよ……って事ですか。



今後の更新について

2016-06-18

「こちらスネーク……。待たせたな!」

 ……というわけで駄文その13です。
 今回は演出的クローズド・サークルの手法について語ろうと思ったのですが、それよりお前今後の更新どうすんだよって感じですので、予定を変更してお送りしております。

 結論から言うと、「今後も更新は続けるが、更新頻度は落ちます」という事になります。拍手コメントにはチラチラ書いていたのですが、いわゆる『新しい家族が増える』的な私生活の変化がありまして、自分の時間がほとんど持てない日々が続いているのです。

「家族がふえるよ!」
「やったねたえちゃん!」

 とはいえ更新する意思はありますので、ぼちぼち時間を見つけながら書き続けていこうとは思っています。

「エロ小説の世界で更新してきたからには、今さら中途半端は許されねぇ。疲れただの、やめたいだのは、金輪際言えねぇんだ」
「惨めだわ。悲惨だわ。青春と呼ぶにはあまりに暗すぎるわ!」

 ちなみに今回の更新、虹輝が見たという映画は、1972年に公開された梶芽衣子さん主演の『女囚701号/さそり』であります。子供の頃にたまたま穴掘りのシーンだけテレビで見て、その異様な迫力に震え上がった記憶があります。というか虹輝くんはいつあんな映画見たんだよ……。
 それと今回のストーリーがスカ展開、次回がついに本番?という事で、やや展開が駆け足なのではと疑念を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。しかしこれは当初の予定通りで、強制脱糞とか処女喪失とか、通常のエロ小説であればヒロイン攻略のゴールに相当するイベントを、あえて最初の頃にさっさと済ませてしまおうという狙いであります。
 それによって通常のエロ小説では見られない、さらにその先にある高次元の羞恥――精神的な凌辱の高みを追求していけたらと考えているのです。

「俺は……負い目や義理だけでエロ小説を書いてるわけじゃねぇんだ。エロ小説ってやつが好きだからやってきたんだ。ブスブスとそこらにある、見てくれだけの不完全燃焼とは訳が違う。ほんの瞬間にせよ、眩しいほどに真っ赤に燃え上がるんだ。そして……後には真っ白な灰だけが残る。燃えカスなんか残りゃしない。真っ白な……灰だけだ」

 そもそも、私にとっては『姫乃を脱がす』事が一つのゴールだったわけで、前回でその目的が達成されてちょっと真っ白に燃え尽きていた感も無いとは言えない感じです。タッちゃんの目的があくまで甲子園に南を連れていく事であって、甲子園の優勝ではなかった……みたいな。いや、あだち充先生の『タッチ』の話です念のため。

 とはいえ、前述の通り姫乃凌辱に関してはまだまだやりたい事が山ほどあります。今後の更新は、下手すると年一回とかそういうレベルになりかねませんが、ぜひ最後まで続けていきたいですね。

 というわけで今後も『男子女子戦争』をよろしくお願いします。

「あたし……あたし、とてもついて行けそうにない……」



『白鷺姫乃』について

2015-06-30

 駄文その12です。
 今回は、約三年十ヵ月に渡る悲願達成記念としまして、白鷺姫乃というキャラクターについて考察してみようと思います。いつにも増して私事的な内容ですので、興味ある方だけお付き合い下さい。
 しかしそれにしても長かったです。第一話を書いた時点で「姫乃を脱がすのは数年先だよな……」と覚悟していたものの、本当にここまで来るのは長かった。今回ちょっと更新に時間がかかりましたが(むしろここ最近の月一回の更新が私にとってハイペース過ぎるのですが)、これは仕事や私生活が忙しかったのはもちろん、劇中での礼門の葛藤を、作者自身も執筆中に体験していたのが一因です。負けてしまっては強いヒロインが強く見えないけれど、負けてくれなければいつまで経ってもエロシーンに入れない……懐かしの駄文その1『凌辱のパラドックス』ですね。ちなみに『亢龍悔いあり』は実在することわざですが、五年生で習うような物なのかは不明です。普通は聖闘士星矢の『廬山亢龍覇』で覚えることわざではないかと……。
 それと今回、姫乃は新品の下着に着替えていたため、またしても汚パンツ描写を入れる事ができませんでした。これは汚パンツを避けているのではなく、むしろ逆です。エロシーンの一ギミックとして流してしまうのではなく、独立したエロシーンに仕立てて徹底的に描写したいと思っているため、今回は涙を呑んでスルーしたのです。姫乃のエロシーンが一息ついたら、自然教室最終イベントが始まりますので、そこでヒロイン五人全員の汚パンツを完全に暴いてやろうと思っております。

 さて、白鷺姫乃に関してですが、彼女を語る上で重要なポイントとして、「姫乃視点で物語が進行しない」点が挙げられます。序盤ではプール開きの話とか、保健室での告白シーンとか、姫乃視点の描写が何回かありました。しかし姫乃は親しみやすいキャラクターというより、神秘的な不可侵の少女にしたかったため、自然と姫乃視点は減少し、現在では意図的に姫乃視点を避けて執筆しています。姫乃視点だと、姫乃が何を考えてどう行動しているのかがつまびらかになってしまい、面白味に欠けるなぁと思うのです。
 以前紹介した『吉祥天女』でも、原作では小夜子のモノローグが何回か登場して、「小夜子の心の声がはっきり描かれるとつまらないな」と思っていました。映画版ではそういう描写が無くて良かったですね。強いヒロインというのは、むしろ感情移入できないくらいに取っつきにくいキャラクターである方が、ミステリアスな魅力が増して夢中になれると思うのですよ。かのシャーロック・ホームズも言っています。「いまのようにあけすけに楽屋をさらけだしたんじゃ、僕の名声とかいうやつも、やがて地に落ちるのほかないね」と。また名探偵コナンでも『A secret makes a woman woman.(女は秘密を着飾って美しくなる)』という格言が登場してました。

 よって白鷺姫乃には、物語の登場人物には必ず存在するプロフィール的な設定が全く存在しません。よく小説執筆のハウツー本だと、キャラクターに奥深さを与えるため、物語に登場しなくても『登場人物の家族構成や趣味、学歴や成育環境などを細かく設定しておくべき』なんて書かれています。プロの作家とかになるといちいちそんなの考えてないかもしれませんが、確かに裏設定というのはキャラクターに厚みを与えてくれると思います。
 しかし白鷺姫乃のようなキャラクターにはむしろ裏設定なんて邪魔なだけだと思うのですよ。姫乃の家族構成とか、どんな家に住んでいるのかとか、食べ物の好みや趣味、さらには幼稚園時代や低学年時代がどんな様子だったとか、そんな設定は一切必要ないのです。白鷺姫乃はただ白鷺姫乃でありさえすればいい。他の何である必要も無いのです。もちろん、読み手の方が色々想像するのは十分アリですけど。
 これは『男子女子戦争』が、演出的なクローズド・サークルの手法を採用している事も一因でしょう。これに関してはまた次回にでも語りたいと思います。

 次のポイントは、言うまでもなく「強い」ヒロインである事です。アメリカの作家レイモンド・チャンドラーが生み出したハードボイルド探偵、フィリップ・マーロウの有名なセリフに、「If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.(強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく気にもなれない)」というものがあります。この言葉を借りるなら、「強くなければ興奮しない、賢くなければ凌辱する気にもなれない」といったところでしょうか。やはり姫乃のようなヒロインは、強く賢くカッコ良く、手の届かない高嶺の花でなければなりません。
 別におバカなヒロインや親しみやすいヒロインが嫌いなわけではないのですが、どうしても興奮の度合いが違ってくるのです。極端な話、ルックスが悪くて知的な少女と、顔は可愛いけど頭空っぽのパッパラパー少女と、どちらに魅力を感じるかと言えば、私は一瞬の躊躇もなく前者だと思っています。知性や教養のある少女は、自然と空気というかオーラに魅力が滲み出していくものですから。逆にその辺のアイドルみたいな、見てくれだけのパープー女になんてクソの価値もないですね。『男子女子戦争』のヒロインは、エロ小説の制約上、全員美少女という事になってますが、個人的にはヒロインはそこまでルックスが良くなくてもいいと思います。

 なぜそこまで強いヒロインにこだわるのかというと、極めて個人的な話になりますが、それは私の理想の女性像が『私の実の姉』であるからでしょう。とはいえ私の姉は私が子供の頃に亡くなっております。というか、亡くなったからこそ理想の女性像に成りえたのです。
 そもそも、幼い頃は誰しも親兄弟に対して純粋な尊敬の念を持っています。それが成長と共に、案外そんなに立派な人物でもないんだなと気付いていき、あるべき家族の関係へと変化していく事ができるのです。
 ところが私の姉は私が五歳くらいの頃に亡くなっているため、このような真っ当な家族への感情変化を経る事ができませんでした。姉が亡くなったのは小学五年生ごろですが、私にとって姉は『五年生の幼い少女』ではなく、『強くて賢くてカッコいい、何でもできる凄い人』なのです。しかも死んだ人間は美化され、欠点も見えなくなるため、より一層この傾向に拍車がかかってしまいます。
 もうお分かりでしょう。私にとって理想の女性像とは、私の記憶の中にある姉のような、『五年生の幼い少女』の姿をした、『強くて賢くてカッコいい、何でもできる凄い人』。そして実の姉であり、故人でもあるため、『手の届かない高嶺の花』なのです。即ちこれは白鷺姫乃以外の何者でもありません。
 私にとって白鷺姫乃は、理想の女性像を具現化した存在であり、亡き姉の姿を投影した分身であり、ある種のトラウマの象徴でもあるのです。何よりも大切なかけがえのない存在とも言えるでしょう。

 その大切な存在である白鷺姫乃を、滅茶苦茶に汚してやろうという、倒錯的などす黒い欲望を成就させるべく執筆しているのが、『男子女子戦争』というわけです。
 私にとって白鷺姫乃が単なるエロ小説のヒロインではないように、『男子女子戦争』もまた、単純にエロ目的のみで執筆されているわけではありません。もちろん、エロも重要な目的なのは間違いないですが。
 私の理想の女性像は亡き姉ですので、故人であります。つまり理想の女性は既に『失われた存在』であり、世の女性全ては(フィクションのヒロインも含めて)私にとっては姉のデッドコピーでしかないのです。
 このような歪な心理状態に対する治療も、『男子女子戦争』執筆の重要な目的の一つであります。動物と触れ合う事で心の傷を癒すのがアニマルセラピーならば、小説を書く事で同じ目的を果たすのは執筆セラピーと言えるかもしれません。駄文その1で「身も蓋もない言い方をすれば、自分一人のために書いているって事ですね」と書きましたが、確かに作者の心理学的治療のために書いている小説ならば、それは「自分一人のために書いている」事に他なりません。

 白鷺姫乃が脱ぐまでに異様に長い時間が必要だったのも、それが理由の一つでした。つまり、まず『強くて賢くてカッコいい、何でもできる凄い人』という理想の女性像としての描写を徹底し、その上で一度彼女を殺す必要があったからです。殺すと言っても実際に命を奪うわけではなく、死に等しい辱めを与えるという意味ですね。奇しくもこの作品では辱めを受ける事を『戦死』と表現しています。小難しい言い方をするなら、タナトス(死)の代替としてエロス(性)という手法を使っているわけです。
 そして徹底的に汚され、どん底にまで堕とされた白鷺姫乃が、再び這い上がり、復活する姿を描きたい。それこそ『男子女子戦争』の目指すゴールです。イエス・キリストの例を見るまでもなく、世界中の神話や宗教に描かれる、『死と再生』に繋がるテーマと言えましょう。

 だからこそ、白鷺姫乃はそう簡単に脱いでもらっては困るのです。作品を公開すれば、「前置きはいいからさっさと姫乃を脱がしてほしい」と思う人も出てくる事は予想されました。しかし私は執筆にあたって『手っ取り早いエロを求める人の事は一切考慮しない』と決めていましたので、番外編で一足先に姫乃を脱がすとか、予告編的に姫乃のエロシーンを先行公開するとか、そういう配慮は全く行わなかったのです。愚直にコツコツと、時間をかけて話を積み重ねていって、ようやくここまで辿り着く事が出来ました。
 公開にあたって、小説投稿サイトなどは利用せず、ブログでひっそりと運営する事にした理由もそれですね。投稿サイトなどを利用する人は、大なり小なり、「色んな人の意見を聞きたい」「読む人に楽しんでもらいたい」という思いで執筆している事でしょう。私にももちろんその気持ちはありますが、頭の中で長年温めてきた話を淡々とアウトプットする手法で、実質的には執筆セラピーが目的であり、ヒロインを脱がすまでに平気で数年もの時間をかける……という種々の要素を鑑みれば、投稿サイトの利用にそぐわない事は容易に想像がつきました。
「自分一人のために小説を書いている人間が、投稿サイトを利用しようなんて、おこがましいとは思わんかね……」と言う本間先生の幻影を見た気がしたので、ブログで公開、コメント機能も使わないという結論に至った次第です。もっとも、拍手のコメント機能はデフォルトのままだったわけですが。今となっては普通にコメント機能を残しておいても良かったかなぁとは思っています。

 よくウェブ公開されている小説の中には、「長期連載するつもりだったけど途中で飽きてきたから、別の作品の連載を始めました。そっちも飽きてきたんでさらに別の作品も書き始めました。結局全部飽きたんで未完のまま終わります」みたいなのもありますが、『男子女子戦争』に関してはそいういう心配はご無用です。自分の描きたいエロシチュエーションは全てこの作品で表現できますし、表現できないエロシチュエーションならばそれほど強いこだわりも無いので、他の人の書いてくれる小説で十二分に満足する事が出来るからです。他のエロ小説を書きたいとは思いませんし、飽きて更新停止も無いでしょう。病気や事故で作者急逝とか、仕事や私生活が忙しくてどうしても時間が取れないとか、そういう状況は起こりうるでしょうが……どうか私が死ぬまでには完結させたいと思っています。

 というか改めて今回の駄文を読んでみて、つくづく自分でもビョーキ(昭和的表現)だなぁとは思いましたね。これくらい精神を病んでいないと、一人のヒロインを脱がすのに三年十ヵ月もかかる小説を思いつく……まして実際に執筆するなんて馬鹿げた行動はとれないのかもしれません。
 一応、ヒロインの責め方はパターンを変えるつもりでして、過去のメインヒロインでは耶美が羞恥もの、桃香が凌辱ものをイメージしていました。姫乃の責め方はというと、ずばり調教ものですね。裸にしたり凌辱したりするのももちろんメインですが、その後の屈服に至るまでの過程を最も重視するパターンです。
 普通、調教ものといえば「肉体的な苦痛または快感を与え続けて服従させる」展開になるのがほとんどですけど、それだけじゃあまりにもつまらないので、もっと精神的な責め方を重視していきたいところです。気高い姫乃がどこまで堕ちるのか。最低でも精神崩壊寸前くらいまでは追い詰めたいですね。

「どんなヒロインだって、脱ぐ時が来れば自然に脱ぐ。……姫乃だけが理に反して無理に生き延びさせようとする。……どっちが正しいのだろうね」
「それでも私は小説を書くんだっ。自分が生きるために!!」

 というわけで、姫乃がとうとう脱いだ事で、一つの時代が終わりました。次回からはまた新たなる時代が始まる事でしょう。完結は当分先になりそうですので、これからもボチボチお付き合い下さい。
 
 
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