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第二十四話 『開廷、軍事裁判』

2018-04-15

 その日、『国立青少年交流の家』の第二視聴覚ルームは異様な雰囲気に包まれていた。この視聴覚ルームは、雨天時など野外の活動ができない際、利用者がビデオ鑑賞等を行うための施設である。第一と第二の二部屋が存在し、午後からの自然教室反省会のため、今日は五年一組が第一視聴覚ルームを、五年二組が第二視聴覚ルームを使用していた。
 昼食を終え、各自荷物をまとめて午後一時までに集合する決まりである。反省会を終えた後はそのまま帰りのバスに乗る。そのため、昼休みの間に宿泊棟の部屋を全て片付けなければならないのだ。
 部屋の掃除を終えた順に、五年二組の生徒たちが第二視聴覚ルームに集まっていくと、いくつかの違和感が彼らを困惑させた。室内は普通の教室とさほど変わらない。正面右側に大型スクリーンと、天井にいくつかのモニターが設置されているだけで、机と椅子が並べられたちょっと大きめの教室といった印象だ。しかしその机は大半が後ろに集められ、逆に前方に大きなスペースが作られていた。
 教卓の前に机が一つだけ。両脇に、机と椅子が一セットずつ。まるで裁判所のような配置になっているのだ。
 机を並べたのは鮫島だろうか? 彼は誰よりも早く第二視聴覚ルームに来ており、荷物を持って集まってきた生徒たちを、後ろの席に着くよう促していった。ただし性別によって座る位置は決められている。男子が前、女子が後ろだ。
 何より決定的な違和感は、正面左側に置かれた衝立である。白い屏風……という表現がぴったりなそれは、教卓と左端の机の間をすっかり覆ってしまっていた。いったい何のためにあんなものを広げているのだろうか?
 その答えはすぐに察しが付いた。何故なら、午後一時を過ぎても一向に姿を見せない生徒たちがいたからだ。
 白鷺姫乃。
 羽生桃香。
 甲守耶美。
 宇崎みどり。
 暮井祢々子。
 この五名はいつまで経ってもやって来なかった。自然教室では班行動が原則だが、今回に限っては、鮫島が直々に特別許可を与えている。昼食を取っていた時に、この五人の元を訪れ、早めに昼食を切り上げて自分の荷物だけまとめて視聴覚ルームに向かうよう言いつけていたのだ。もっとも、戦争に負けた女子たちの食欲は一様に低く、特に姫乃はほとんど食事に手を付けていなかったが。能天気に食事を楽しんでいたのは祢々子くらいなものだった。
 つまり、同じ班の女子たちより早く視聴覚ルームに来ているはずの五人の姿がどこにもない。担任の鮫島はそれを気にする様子もない。そして教室の前方には不自然な衝立が置かれている。となれば、導き出される結論は一つしかなかった。
「――よし、全員揃ったみたいだな」
 視聴覚ルームを見渡し、鮫島が言い放つ。例の女子五人がいないにもかかわらず、だ。
「ではこれより自然教室の反省会を行う。とはいえ、実質的には男子女子戦争の反省会と言った方が正しいかな? 同じクラスメイトだというのに、男子と女子がいがみ合い、お互いを傷つけるための凌辱行為が繰り返されたのは実に嘆かわしい事だと思う。この戦争が無事終了したという事実が、今回の自然教室最大の収穫だな。どうしてこうなったのか、その原因をみんなで話し合い、二度とこんな事が起こらないようにしっかりと議論してもらいたい」
 教え子たちを見回し、いかにも教師らしい言い回しで演説を打つ。だが何の事は無い。鮫島は男子が勝ち、女子が負けたという戦争の結果を、そのまま追認しているに過ぎなかった。つまりそれは、これから五年二組が解散するまで、女子が男子の奴隷になる事を黙認するという宣言でもあるのだ。
「では後は君たちの自主性に任せよう。反省会は午後二時半まで……一時間三十分ある。好きなように使うといい」
 鮫島はそう言って教卓から離れ、最後尾の席へと移動していった。入れ替わりに席を立ったのは、郷里礼門と鷲尾清司、それに明石士郎の三人である。
「よーし。んじゃあ、お言葉に甘えて好きにさせてもらおうか」
 礼門は黒い暗幕のようなものを両肩に羽織っていた。教卓の後ろの椅子に陣取り、卓上の木槌を手に取る。カンカン、と軽く打ち鳴らした。
「これより、男子女子戦争軍事裁判を開廷する。一同、静粛に」
 仰々しく言い放つ礼門。彼が裁判官役である事は明白だった。女子に敵対する男子の中でも、言わば最凶最悪の礼門が裁判官を務める……これだけでも、この裁判がいかに不公平で不公正かがよく分かるというものだ。小道具の数々は、恐らく鮫島が施設の人たちから借りた物だろう。形から入るタイプか。
 正面から見て、左側の席には清司が腰かけた。特に決まりがあるわけではないが、日本の裁判所では左側に検察官が座る事が多い。この裁判でも彼が検察官の役である。
 そして正面から見て右側……弁護人の席に士郎が着く。こんな形だけの裁判でどれほどの弁護が期待できるのかは怪しいものだが、女子たちにとってみれば、彼だけが唯一味方と呼べる存在であった。
「この軍事裁判では、男子女子戦争の戦争責任を裁く。有罪か無罪かの判断、および量刑は全て裁判官であるこの俺が担う。陪審員だの裁判員だのはこの裁判には無ぇからそのつもりでな」
 分かり切っていた事だが、女子たちはこの裁判には一切関われないという事だ。雑魚男子たちと同じく、ただ傍聴席から裁判の進行を眺める事しかできない。もっと正確に言えば、裁判の形をとって行われる、男子軍の陰湿な報復の一部始終を見せつけられるという事だった。
「それでは被告人、前へ」
 礼門の一言が合図だった。
 最前列の傍聴席に腰かけていた雑魚男子たち四人が立ち上がる。前もって打ち合わせしてあったらしい。その動きは実に迅速だった。二人が衝立の左右に回り、折り畳むようにして移動させていく。とうとう、あの衝立で隠されていた場所が白日の下に晒される事となった。
 傍聴席のクラスメイト達がざわめき出す。
 当然だろう。衝立の向こうから現れた光景は、彼らの予想を遥かに上回るものだったのだから。
 もちろん、教室に姿を見せない五人――姫乃たちがそこにいるであろう事はみんな想像していた。彼女たち五人が被告人だという事も、まぁ自然な流れだ。雑魚女子たちを率いて男子女子戦争を戦ってきた中枢メンバーはまさにこの五人である。自然教室反省会の時間が一時間三十分と決まっているのに、ダラダラと女子全員を裁くことはできない。ルックスの悪い女子などより、美少女ぞろいの中枢メンバー五人をじっくりと嬲り者にした方が面白いに決まっていた。
 しかし衝立の向こうから現れた五人の姿は、あまりにも無残であった。
 まず彼女らは横一列に並ばされていた。座席などは当然用意されず、直立不動の姿勢を強要されている。
 そして全員、後ろ手に手錠をかけられていた。姫乃が桃香を拘束した時に使った玩具の手錠だ。姫乃が持っていた物か、それとも男子たちが五つ用意していたのかは不明だが、とにかく五人とも手を後ろに回され、まさしく罪人のように手首を拘束されていた。
 それだけならまだいい。
 衝撃的だったのは、五人全員が、一切の衣服を奪われていた事だ。
 靴と靴下は身に着けているが、そんなものは惨めさを際立たせるスパイスでしかない。姫乃が、桃香が、耶美が、もちろんみどりも祢々子も、全員一糸まとわぬ素っ裸であった。その状態で手錠をかけられているのだから……恥ずかしい身体の秘密の全てが、隠すこともできずに剥き出しとなっているのだ。
「ひどい、いくら戦争に負けたからってあんな格好……」
「可哀そう、丸見えじゃない」
「これって撮影してるの? 最悪じゃん……」
 雑魚女子の一人が言った通り、裁判の様子は根墨忠一がデジタルビデオカメラで逐一撮影していた。横一列にオールヌードを晒す女子軍中枢メンバーの醜態も、余すところなく記録中だ。彼女らは全員、過去に戦死した際一度は裸を見られている。だからと言って誰一人として強制露出に慣れる事は無かった。その表情からは恥辱と屈辱が隠し切れていない。
 いやある意味では、過去に脱がされた時よりも遥かに強烈な羞恥を味わっているのかもしれなかった。何故なら過去に脱がされた時は常に、彼女らは『一人ずつ』裸にされていたからだ。一人ずつ裸にされるより五人一度に脱がされる方が恥ずかしい。何故か? それは雑魚男子たちのひそひそ声に耳を傾ければ瞭然であった。
「甲守のマン毛、やっぱ濃いよな」
「みどりの奴、また胸でっかくなってねぇか?」
「見ろよ桃香のマン毛。やっぱ他の女子と比べてもマジみっともねぇ生え方だよな」
「暮井ヤバすぎだろ。うちの妹でももうちょっと胸膨らんでるぞ」
「こうして比べてみると、白鷺さんってホント、奇麗な身体してるよね。他の女子とは比べ物にならないよ」
 赤信号、みんなで渡れば怖くない……という考え方は、強制露出の世界では全く通用しない。何十人と一度に脱げば別だが、五人程度では完全に逆効果だった。発育具合や身体つきの違いを如実に見比べられてしまうからだ。胸の大きさや陰毛の生え具合のみならず、ウエストの細さや足の長さ、肌の白さ等々、同年代の女子と比較され、男子にそれを論評される事は思春期の少女にとって耐え難い屈辱であった。
 過去の映像を見比べれば、五人の身体つきを比較することはできる。女子たちも、自分の映像が他の女子と比較されている事は百も承知だろう。だがこうして一堂に女子を集め、全員の衣服を剥ぎ取り、本人たちの目の前で好き勝手に見比べる事は、彼女たちに決定的な精神ダメージを与えていた。裸を見られる事だけでも死に勝る屈辱だというのに、それを他の女子の裸と比較されて馬鹿にされる。これほどの辱めが他にあるだろうか。
 今回の裁判で女子全員を脱がさなかったのもそれが理由の一つだ。時間的制約の他にも、十六人もの女子を一度に脱がせば、羞恥が和らいでしまう危惧があった。それに脱いだ服をどう管理するのかも問題である。服を脱いだり着たりするだけで三十分は浪費するだろう。女子が裸でいる間、視聴覚ルームに他の教師や施設の職員が入ってきたらもう最悪だ。どうあっても言い逃れはできない。
 対策は当然講じてあった。
 二人の雑魚男子によって運ばれた衝立は、目隠しのように出入り口のドアの前に広げられる。これならもし誰かが入ってきても時間稼ぎにはなるはずだ。そして脱がされている女子が五人だけなら、その目隠しが効いている間に彼女らを教卓の下やスクリーンの奥に隠して、どうにか取り繕う事は不可能ではなかった。
 衝立が運ばれていく間、残ったもう二人の雑魚男子たちが動き出す。彼らは言わば刑務官である。被告人を法廷に連行し、逃走しないように見張る役だ。二人はまず祢々子の両脇に立ち、彼女の肩と手首を押さえて被告人席……礼門の目の前の机へと引きずり出していく。
「ちょっと、やめてよ! 触らないで!」
 祢々子は唇を尖らせるが、両手の自由さえ奪われたすっぽんぽん丸出し状態では何の迫力も無かった。礼門に向かい合うように、机の前で立たされる。傍聴席には背を向ける格好になるので身体を隠すことはできるが、逆に礼門には全てを見られる事となった。その上、今まで隠されていた小ぶりなお尻が傍聴人の視線に晒されている。
 そして残った他の四人の女子たちは、礼門の傍らで直立不動のまま、もちろん座席も無ければ手錠も外されずに、素っ裸を見世物にしながら裁判を傍聴しなければならなかった。
 雑魚女子たちは脱がさない代わりに、中枢メンバー五人は執拗なまでに辱める。それが男子軍のやり方であった。提案したのは士郎だ。理由はもちろん、前述の通り時間制約や部外者への隠蔽工作、それに羞恥心を煽るためなど、様々ある。
 だが一番の理由。
 それは、この方法が女子軍を徹底的に壊滅させる一番の近道だったからだ。いま視聴覚ルームにいる人間の中で、その真意に気付いているのはほんの数名だろう。士郎と、清司と、鮫島と……後はせいぜい姫乃と耶美くらいか。他の者が士郎の真意に気付くには、もう少し時間が必要だった。
 ともあれ、いよいよ軍事裁判が始まる。
 裁判の形をした、男子軍の陰湿な報復。女子五人に対する恥辱ショーの幕開けだ。




「では検察官。起訴状を朗読したまえ」
 礼門が木槌を振り回す。木槌はそんな使い方をしない……というか、そもそも日本の法廷では木槌など使わないのだが、まぁ雰囲気を出すだけだから構わないのだろう。本来なら行われる『人定質問』も省略されていた。被告人が暮井祢々子本人である事は疑いようがなく、いちいち質問して確認するまでもないからだ。
 指名された清司は席を立ち、手元の資料を朗読し始める。
「はい。起訴状を朗読します。……被告人一号、暮井祢々子はこの男子女子戦争において、女子軍の中核として活動し、男子に対して多大なる精神的損害を与えました。彼女に直接辱められた男子は七人、手を出さずとも凌辱行為を傍観していたのは十二人、男子を陥れる計略に参加した回数二十二回。延べ人数にして、実に四十一人もの男子が何らかの被害を被っている計算になります。男子女子戦争の戦争犯罪人の中でもその被害者の数は抜きんでており、彼らの心情を察すれば、厳罰をもって罪を償わせるのが相当と考え、ここに起訴いたしました」
 いつ用意したのか分からないが、原稿をすらすらと読み上げ、事も無げに着席した。平静を装っているものの、祢々子にこっぴどく辱められた男子のうちの一人は、他ならぬ清司である。複雑な感情が心の中を駆け巡っているはずだ。事件の当事者が裁判を行うという特殊な状況ならではの現象だった。
 起訴状の朗読が終わると、礼門は眼前の祢々子に対して宣告し始める。
「被告人には黙秘権が保証されているからな。言いたくない事は言わなくてもいい。それと法廷内での発言は全て証拠になるから注意するように」
 形だけでも一応は裁判の体裁を整える。これも士郎が吹き込んだ事に違いなかった。確かにこれは、裁判の形をした男子軍の報復行為である。通常の司法のような公平さは望むべくも無かった。雑魚男子たちは、起訴された五人の女子がネチネチと辱められる事を期待し、裁判の推移を固唾を呑んで見守っている。
 それでも『裁判の形をしている』事こそが重要なのだ。もしこれが、「裁判なんて関係ないぜ!」「男子軍が勝ったんだから女子に何をしても構わないだろ!」、などと無法地帯になればどうなるか? 雑魚男子たちのタガは外れ、たちまち雑魚女子たちも脱がしにかかるだろう。彼らは昨日の桃香の凌辱には参加したが、今日の姫乃の凌辱はただ傍観していただけだった。ここぞとばかりに好き勝手に暴走するに違いない。
 そんな状態に陥れば、鮫島でさえ事態を収拾させる事は不可能になってしまう。男子女子戦争の秘密も守り切れない。何もかもが御破算になってしまうかもしれないのだ。
 一方の女子たちも、裁判の形をとっていれば無茶はされないという安心感があった。まして起訴されていない雑魚女子たちは、原則として安全圏にいるのだ。仲間が辱められる有様を見せつけられるのは屈辱かもしれないが、それでも無法地帯に放り込まれるよりはましだった。
 男子たち、女子たち、そして教師である鮫島。それぞれの思惑が奇跡的なバランスで保たれた――そんな危うい利害関係の均衡の中で、裁判は粛々と進められていった。
 次は罪状認否だ。
 礼門が再び祢々子に言い放つ。
「今読み上げられた起訴状の中で、何か間違っていることはあるか?」
 通常、罪状認否には『認める』『認めない』『一部否認』『黙秘』などの選択がある。どういう選択をするかは法廷戦術にも関わってくるため、被告人はあらかじめ弁護人と入念に打ち合わせをして、罪状認否に対する答え方も裁判当日までに決めておく事が一般的だった。
 しかし祢々子は軍事裁判が開かれる事も、まして自分が被告人として裁かれる事も、直前まで知らされてはいなかった。当然、弁護人である士郎と打ち合わせする時間などあるはずもない。彼女は感情のままに喚き散らすだけだった。
「間違ってるも何も……男子を戦死させるなんて、みんなやってた事でしょ! なんで祢々子だけ責められるわけっ? 桃香ちゃんに言われた通りやっただけだもん! 祢々子悪くないもん!」
 勢い余って礼門の元に食い下がろうとさえしている。だがこれは裁判だ。あくまで淡々と、事務的に事を進めていかなければならない。被告人席の机を押し倒さんばかりの祢々子の剣幕に、すぐさま刑務官の男子二人が立ち上がり、左右から彼女の身体を抑え込んだ。
「離して! 離してよ! こんな裁判ごっこなんてやってられないよ!」
「静粛に」
「おかしいじゃん、他の女子だって喜んで男子いじめしてたくせに、祢々子たちだけに責任なすりつけて、自分たちはあんな後ろで見てるだけなんて!」
「静粛に」
「男子も女子も、みんな服着てるのに、なんで祢々子たちだけ裸なのよ! こんなの絶対許さない! 後で絶対に……」
「――静粛にッ!」
 ガツン! と、木槌が激しく打ち鳴らされた。瞬間、さすがの祢々子も肩を震わせて委縮する。
「裁判の進行を妨害するなら退廷を命じるぞ。反論の機会も無いまま判決が下されてもいいのか? 言っておくがこの軍事裁判は一審制だ。控訴も上告もできねぇから、法廷で反論できるのはこれが最初で最後になる。俺はどっちでも構わねぇが、せっかくもらった一度きりのチャンスだ。せいぜい大切にした方がいいんじゃないか?」
 とても礼門とは思えないほどの、冷静で知的な切り返しであった。これが圧倒的優位に立った者の、勝者の余裕というものだろうか。
 実際、両者の立場の差は決定的だった。
 片や戦勝国の人間。片や敗戦国の人間。
 片や軍事裁判の裁判官。片やその被告人。
 片や衣服の上から黒衣を纏ういで立ち。片や靴とソックスしか身に着けていないすっぽんぽん。
 誰がどう見ても、礼門が圧倒的優位に立つ者であり、祢々子は完全なる敗者だった。かつて士郎と清司が愛し合う映像をカメラで記録した時と同じだ。衣服を奪われ、人間としての尊厳も奪われた者は、衣服を身に着けている者には勝てない。立場が逆になって、祢々子はそれを痛いほど思い知らされていた。
 自分の身の程を痛感させられ、祢々子が唇を噛んで俯く。その惨めな敗残者の姿に、礼門は勝ち誇った笑みを向けた。
「だから一昨日の夜に言っただろ? 『今日の事は後でキッチリ詫びを入れさせてやる』ってな」
 それは自然教室初日、礼門が夜這い作戦に失敗し、屈辱のちんぐり返しの格好を強要されて、祢々子とみどりにいたぶられた時に言い放った言葉だった。あの時はただの負け犬の遠吠えだと思っていたのだが……。現に今こうして、祢々子は無様なオールヌードにさせられ、礼門の眼前に引きずり出されていた。礼門の言葉通り、屈辱を何十倍にもして仕返しされてしまっている。
 戦争に負けた女子たちに反抗する術はない。今の祢々子にできる事は、ただ大人しく男子の嬲り者になって、少しでも罪が軽くなるように御機嫌を取る事だけだった。かつて自分が打ち負かした男子たちに、尻尾を振って這いつくばるしかないのだ。死に等しいほどの屈辱。だが意固地になったところで罪は重くなる一方である。絶望的な敗北感が祢々子の胸に広がっていった。
 現実を思い知らされた祢々子が無言になったのを確認し、礼門は裁判の進行を再開した。
「では被告人は罪状認否に対して全面否認したと認定する。検察官、引き続き冒頭陳述だ」
「はい」
 清司が再び席を立ち、原稿の読み上げを始める。冒頭陳述とは、起訴状の朗読をさらに細かく正確にしたもの。つまり被告人がいつどこでどんな罪を犯し、それがどの法律に抵触するかを一つ一つ丁寧に説明する作業だ。
 とはいえ軍事裁判では通常の裁判とは取り扱う罪の内容が異なるし、まして男子女子戦争の軍事裁判はあくまで裁判ごっこの範疇を出ない。そもそも祢々子が男子に対してどんな悪さをしてきたのかは、当の男子たちが一番よく知っていた。これも裁判の体裁を整えるためのポーズと考えた方がいいだろう。
 清司もそれは心得たもので、雑過ぎず詳し過ぎず、適度なボリュームで冒頭陳述の原稿をまとめていた。祢々子が開戦初期から、桃香の腰巾着として男子を攻撃していた事。数々の雑魚男子たちを脱がし、笑いながら写真を撮っていた事。自分が戦死した後も戦争に参加し、清司を始めとする生存男子たちをなおも執拗に付け狙った事。……それらを時系列に沿って整然と説明していく。
 それは検察側、つまり清司の視点から見た戦争の経緯であったが、しかし概ね他の男子たちの認識から逸脱するものでもなかった。祢々子は全面否認しているものの、実のところ事実関係で争う箇所はほとんど無いのだ。
 だから証拠調べもまた、事実を確認するものと言うより、祢々子の責任の重さを確認するものが中心となってくる。これは否認裁判ではなく、被告人の罪の重さを決める裁判……いわゆる量刑裁判なのだ。
 祢々子に減刑の理由があるとすれば、それはたった二点しかない。主犯は桃香であり、彼女は単にその指示に従っただけ、という理由。これはさっき祢々子自身も言っていた事だ。もう一つは、彼女の精神的な未熟さを指摘し、その幼さゆえに罪を犯してしまったという理由。弁護人である士郎は必ずここを突いてくる。女子たちの不満をある程度和らげるためにも弁護の手は抜けないし、それに対抗しようとするからこそ清司の追及も強くなる。それによって結果的に祢々子を辱め、傍聴人の雑魚男子たちの溜飲を下げるという目的を達するのだ。
 男子も女子も、ある程度妥協した上でお互い納得する。そういう形に裁判を持っていかないと、不満を募らせた雑魚男子たちが暴走したり、逆に追い詰められた雑魚女子たちが暴動を起こしたりしかねない。男子女子戦争が終わったとはいえ、五年二組の男子と女子の関係は、今なお危ういバランスの上に成り立っていた。上手くその関係を安定化させる事は、もしかすると女子軍を全滅させる事より遥かに難しい案件なのかもしれないのだ。
 そもそも、戦争に勝ったとはいえ、男子軍が勝利したのは虹輝のおかげである。いや彼が姫乃に勝ったから……というわけではない。虹輝が未だ脱がされず、自分の恥ずかしい場所を秘密のベールに包んでいるからこそ、男子軍は女子軍に『勝った』と言えるのだ。女子が全員裸の写真を撮られてしまったのに対し、男子はほとんど全員が裸にされたにもかかわらず、虹輝一人だけがかろうじて脱がされずに済んでいる。だから男子軍は『勝った』に過ぎない。
 逆に言えば女子軍の残党が反乱軍を結成し、虹輝を闇討ちにしてそのおちんちんの写真を撮影してしまったら? 姫乃が作成した降伏文書の効力など何の意味も無かった。たちまち男子軍の優位性は覆される事になってしまう。男子軍の勝利も、男子女子戦争の終結も……虹輝一人だけが脱がされていないという、このたった一つの脆い事実のみでしか成立していないのだ。
 だからこそ、女子軍に反乱軍など組織させてはならない。
 女子軍のチームワークは完全に粉砕してしまわなければならない。
 そのためにもこの軍事裁判を必ず成功させる。
 それは士郎と清司の共通認識だった。検察側と弁護側という、言わば敵味方に分かれた二人であったが、両者の間の友情は決して揺らぐものではなかった。二人は同じ目的のために戦っているのだ。
 それは、男子軍による女子軍の揺るぎない支配。圧政による平和と秩序。女子軍の戦力を徹底的に破壊し、二度と戦争を起こさせない五年二組を造り上げる事。
 戦後の統治は、戦争に勝つよりずっと、犠牲と困難を伴うものなのだ。




 冒頭陳述が終わると、いよいよ証拠調べに入る。証人・証拠書類・証拠物といったものを通して事実を明らかにし、被告人の罪の重さを推し量っていく作業だ。
 といっても今回は、裁判を進めている人間も傍聴している人間も、みんな男子女子戦争の当事者である。わざわざ証人としてクラスメイトを出廷させたり、その証言を記録した書類を作成したりする意味はあまり無かった。何度も言うように、事実関係はクラス全員が知っている事。そしてこの裁判の本当の目的は、被告人の女子を辱めて、男子たちの復讐心を成就させる事なのだ。
「裁判長。ここで証拠物1-1を提出します」
 清司の発言に合わせて、雑魚男子の一人が教室の隅から旅行鞄を一つ、検察側の机の上に運んできた。ピンク色の可愛らしいバッグだ。たちまち祢々子の顔色が変わる。
「ちょ……なんでっ?」
 彼女の言葉を無視し、礼門は涼しい顔で答える。
「証拠物1-1を採用する」
「では中を確認します」
「駄目でしょ! なんで勝手に……ありえないし!」
 祢々子はなおも口を挟もうとするが、刑務官の男子に両脇から押さえつけられてはどうする事もできなかった。ピンクの旅行鞄が開けられ、中を勝手にまさぐられる光景を、指を咥えて……いや、指を咥える事さえできずに見届けるしかないのだ。
「それ祢々子の! 祢々子のバッグ! 信じられない! 勝手に開けないでよ!」
 そう、そのピンクの旅行鞄は、祢々子が自然教室に持ってきた物だった。荷物をまとめてから、この第二視聴覚ルームに来るよう言われていたのだから、当然祢々子の全ての持ち物がこの鞄の中に納まっている事になる。手錠をかけられる前に脱衣を強制された際、没収された物だ。それがまさか証拠物として裁判に使われる事になるとは……。
 年頃の女の子の旅行鞄。
 それは究極の個人情報。プライバシーの塊だ。
 許可なく他人が……まして同級生の男子が中を見分していいものではない。二泊三日の旅行ともなれば荷物も多くなるし、見られたくない物もそれだけ多くなるだろう。本人が嫌がっているのに、その目の前で鞄の中身を調べるなど、本来決してやってはいけない事だった。思春期の女の子の秘密を無理矢理白日の下に暴き出すのだ。やっている事は痴漢や強姦と何ら変わりない。
 礼門も清司もそれは百も承知だった。むしろ決してやってはいけない事だからこそ、やる意味がある。祢々子が嫌がれば嫌がるほど、やる価値があるのだ。そうでなければこの裁判の目的は果たせなかった。
 祢々子たち被告人の女子を辱めるために軍事裁判をやっているのだ。証拠調べに便乗して旅行鞄の中身を……プライバシーの塊をつまびらかにするのは、彼女たちの自尊心を打ち砕くための最善の策。最高の策。そして最悪の策でもあった。
「裁判長、ご覧下さい。こちらを証拠物1-2として提出します」
 まず清司が取り上げたのは、スナック菓子の袋である。チョコレートとキャンディも、開封済みの箱が一つずつ残っていた。自然教室の最終日にまだこれだけ残っているという事は、初日に鞄に入っていたお菓子はもっと多かったと考えるべきだろう。
「ご存知の通り、『自然教室のしおり』ではスナック菓子などは持ち込み禁止となっています。にもかかわらず彼女は複数の菓子類を鞄に忍ばせていた。被告人一号の規範意識の低さは明白です。彼女はルールを破り、不正を働く事に何の抵抗も感じていない。男子を裸にして無理やり写真を撮るという犯罪行為を、嬉々として行ったのも当然なのです」
 ちょっとしたお菓子程度なら誰でも持ち込んでいると思うのだが、どんな些細な事でも追及できる所は追及する。裁判では当然の戦術であった。
 続いて清司は水色の巾着袋に手を伸ばす。
「あ、駄目!」
 即座に祢々子は反応するが、やはり即座に刑務官男子たちに取り押さえられてしまう。そんな彼女の悪あがきを横目に、清司は平然と巾着袋を開け、淡々と中身を机の上に並べていった。
 中に入っていたのは、生理用品。ナプキンが三個ほどだ。まぁ女の子の旅行鞄には当然入っているものだろう。本来なら決して男子たちの目に晒される事のない白い包みを暴かれ、祢々子の顔がみるみる紅潮していった。これが証拠物1-3となる。
「証拠物1-3について、被告人に質問します。あなたは既に初潮を迎えていますか?」
「な……」
 さらに畳みかけられる無礼千万な質問に、彼女は声を失った。いったい、生理があるのか無いのかと、この裁判とどう関係があるというのか。怒りのあまり口をパクパクさせる祢々子。何か言い返さなければと思うのだが、頭が真っ白になってしまって思うように言葉が出てこなかった。
 だが、次の瞬間。
「異議あり!」
 一人の男子の声が、法廷の空気を切り裂いた。
「被告人が初潮を迎えているかどうかと、本件は一切関係がありません!」
 声の主は、弁護人の士郎だった。検察側の質問に際して異議がある時は、このように質問を遮って、発言の許可を求める事ができる。裁判もののゲームなどでもお馴染みのシーンだ。ただし異議を認めるかどうかは裁判官に一任される。
「裁判長。初潮を迎えているか否かは、被告人の肉体的成長を推し量る上で重要な要素であり、ひいては精神的成長を推し量る要素でもあります。被告人の責任能力を判定する上で、これは極めて重要な質問であると考えます」
「異議を却下する」
 冷静な清司の反論に、裁判長たる礼門は士郎の異議をはねのけた。こうなれば士郎も一旦は矛を収めるしかない。引き続き清司が質問していく。
「重ねて被告人に質問します。あなたは既に初潮を迎えていますか?」
「なんで……そんな事……」
「あなたには黙秘権があります。答えたくなければ答える必要はありません」
 そうは言っても、答えなければ裁判長の心証は悪くなる。少しでも罪を軽くしたいのなら、できるだけ質問に答えて礼門のご機嫌を取らなければならないのだ。それに気付かないほど祢々子は幼い少女ではなかった。
「……りません」
 唇を噛んで、消え入りそうな声で答える。
「失礼。聞き取れませんでしたので、もう少し大きな声で発言願います」
 清司はあくまで冷静に、事務的に裁判を進めていった。祢々子の周囲をゆっくりと歩きながら、執拗に彼女の口から恥ずかしい一言を答えさせようとしている。無念そうに天を仰ぎ、ついに祢々子が屈した。視聴覚ルームに響き渡るほどの大声で叫ぶ。
「ありません! 祢々子は、まだ初潮来てません!」
 まぁ五年生で生理が来ていないというのは珍しい事ではないし、ましてあの幼児体形の祢々子なのだから、初潮前という答えはクラスメイト達にとってそれほど驚きではなかった。問題は、なぜ生理が無いのに生理用品を鞄に入れていたか、だ。
「なるほど。では被告人は初潮前であるにもかかわらず、数回分の生理用品を所持していたという事ですね? なぜ使う当てのない生理用品を持ち込んでいたのですか?」
「だって……始まっちゃうかもしれないし」
「始まる? 何がですか?」
「だから……生理が……」
「つまりこういう事ですね? 被告人は初潮前であるものの、自然教室の期間中に初潮を迎える可能性はゼロではない。それに備えて生理用品を購入し、用意していた」
「はい……」
 そこまで問い詰めると、清司は身体の向きを変え、礼門の方へと向き直る。
「裁判長、お聞きの通りです。被告人は自分の身体の事をよく把握し、起こりうる可能性を予測し、それに備えた行動を的確にとる事ができます。この論理的思考が女子軍の作戦立案に大きく貢献し、それによって多くの男子が犠牲になった事を忘れてはなりません」
 淀みない清司の言葉は圧倒的で、絶対的説得力を持っていた。やはり祢々子が有罪となるのは既定路線なのではないか……そんな絶望的な観測が女子の間に広がっていく。もはや彼女を弁護する事など無意味だろう。抗いがたい無力感であった。
「以上で検察側の質問を終えます」
 清司が一旦質問を終える。引き続き行われるのは、弁護側の反対尋問。同じ証人や証拠物に対して、弁護側が質問を行い、自分たちにとって有利な方向に裁判を進行させるのだ。礼門に指名されると、士郎は席を立って祢々子の元へと歩み寄っていった。
 女子たちが無力感を感じようと感じまいと、士郎は自分の仕事をこなすだけだ。それは被告人一号・暮井祢々子の弁護。女子たちと違って、彼の瞳には一かけらの無力感も見出す事はできなかった。彼は祢々子の弁護を無意味などとは考えていないのだ。或いはもしかして、無罪を勝ち取る事ができるとさえ、思っているのかもしれない――。
「証拠物1-2について質問します」
 スナック菓子の袋を持ち、士郎が問いただす。
「あなたが最初に持ち込んだお菓子はどれくらいの量になりますか?」
「え、と……ポテチが三袋と、チョコが四種類一箱ずつ。キャンディは二袋。あとジュースのミニパックが五本」
 戸惑いながらも祢々子は答えた。お菓子を持ち込むのが悪い事だと非難されているのに、わざわざどれくらいの量を持ち込んだのか答えさせるなんて、何を考えているのだろう? 男子も女子も、士郎の真意を考えあぐねた。
「ずいぶん量が多いですね。それを一人で食べたのですか?」
「ううん、友達と分け合ったりして……」
「友達とは具体的に誰の事でしょうか?」
 問われるまま、祢々子はお菓子を分け合ったクラスメイトの名前を挙げていった。同じ班の女子はもちろんだが、その中には桃香の名前もあった。行きのバスの中でこっそりチョコをあげたし、今日の朝にもキャンディをプレゼントしている。
「おや、変ですね。羽生桃香さんはあなたとは別の班では無かったのですか?」
「だって友達だし」
「ふむ。たとえ班が違っても、友達であるからお菓子を分け合っている。羽生桃香さんとはずいぶん仲がいいようですね。しかしあなたは昨晩、戦死した羽生桃香さんの首輪のリードを引っ張り、深夜の散歩を強要するという行動をとっています。これは彼女を快く思っていなかったという事ではないのですか?」
「そんな事ないよ! 桃香ちゃんの首輪を引っ張ったら面白いなって思っただけで。今度は祢々子が犬の役やってあげるって言ったもん」
 昨晩の深夜の散歩の一件は、ほとんどのクラスメイト達にとって初耳だった。皆、興味深げに二人のやり取りに聞き入っている。
「ではあなたにとって羽生桃香は今もなお、大切な友達の一人という事でしょうか?」
「もちろん!」
「友達として、彼女の力になりたいと思っていますか?」
「当たり前じゃん!」
「友達の望む事なら叶えてあげたいと?」
「そりゃそうだよ!」
 三度念を押して、士郎は満足げに小さく微笑んだ。礼門の方へ顔を向ける。
「お聞きの通りです、裁判長。被告人一号は友人の羽生桃香に対し、極めて強い友情を感じています。男子女子戦争に加担したのも、友人を助けたい一心であった事は明白でしょう。彼女はただ、羽生桃香の力になりたかった。その純粋な思いだけで戦争に参加していたのです。決して、心から男子を辱める事に悦びを見出していたわけではありません」
 いやもちろん、祢々子が心から男子を辱めて悦んでいた事は誰だって知っている事だ。自分の意思で……自分が楽しむために男子を脱がし、笑いながらおちんちんを撮影し、男子を屈服させる快感に浸っていた事は、男子も女子もみんな知っている。
 けれども士郎の話術は巧みで、話の流れだけを聞いていたら、祢々子には何の罪もないのではないかと錯覚させられそうになる。さらに彼は畳みかけるように次の証拠にも持論を展開していった。
「証拠物1-3について、被告人に質問します」
 祢々子の鞄に入っていた生理用品だ。思わず彼女の顔が強張る。士郎は被告人席の机に身を乗り出すようにして、温和な口調で問い質した。
「この生理用品を鞄に入れておく事は、あなたが自分で考えた事ですか?」
 冷徹で事務的な清司とは真逆の、そんな優しい口調は、祢々子の緊張を解くにはてきめんだった。彼の意図を察し、求められているであろう答えを口にする。
「ううん、ママが用意してくれたの。女の子なんだから、備えはしっかりしておきなさいって」
「なるほど」
 チッ、と小さく舌打ちしたのは清司だ。思わず爪を噛む。彼もその事実は予想していたのだろう。そこをあえて触れずに被告人の印象を悪くしようとしたのに、抜け目のない士郎にしっかりと掘り起こされてしまった。やはり法廷で戦う相手としては、明石士郎は分の悪い相手だ。改めてそう思っているようだった。
「裁判長、いかがですか? 母親のアドバイスに従って素直に生理用品を鞄に入れるというこの行為に、女子軍を有利にするだけの論理的思考が垣間見えるでしょうか? 私にはただの従属的行動にしか感じられません。それは友人の羽生桃香との関係にも言えるでしょう。即ち彼女は、友人を助けたい一心で、従属的に行動し、戦争に参加したに過ぎないのです」
 淀みのない士郎の言葉に、女子たちは一縷の望みを見出していた。もしかしたら士郎の尽力で、祢々子は見事無罪を勝ち取るかもしれない……そんな希望を感じ始めたのだ。それほどまでに士郎の弁護は堂に入っていた。祢々子本人のみならず、傍聴席の雑魚女子たちさえ、彼に好意の眼差しを向け始めている。
 しかしながら不思議な事に、訴追されている他の中枢メンバーの女子たちの表情は一様に暗かった。確かに祢々子への弁護は、彼女が主体的ではなく従属的に戦争に参加したというロジックになっている。逆に言えば責任を桃香たちに押し付けているようなものだ。他の中枢メンバーにとって面白くないのは当然だろう。
 だがそれ以上に、彼女たちは単純に『忘れていない』だけなのだ。明石士郎もまた、男子軍の初期リーダーとして、数多くの女子を辱めてきた張本人だという事を。決して同情と博愛の精神で祢々子を弁護しているわけではないという事を。彼の弁護も含めた、この裁判の目的が――、女子軍への陰湿な報復に過ぎない事を。
「それでは裁判長、続けて証拠物1-4を提出いたします」
 祢々子と雑魚女子たちは、今からその事実を思い知る事となる。
 士郎は躊躇なくピンクの鞄に手を突っ込むと、中からビニール袋に入った衣類を取り出し始めた。まずは透明な袋に入ったTシャツやショートパンツ。それに野外活動用の体操服やスクール水着。寝間着代わりに使う長袖のジャージもあった。二泊三日の自然教室を通して、たっぷりと汗と匂いが染みついたそれらの衣類が入った袋が、机の上に並べられていく。被告人席の机だけでは足りないので、雑魚男子たちが慌てて追加の机を運んできたほどだ。
 もっとも、これらは証拠物1-4ではない。士郎の狙いはもっと別の衣類にあった。そう、全ての衣類の中で、最も汗を吸い、最も匂いを放ち、そして最も汚れを纏っている衣類。女の子にとって異性に最も見られなくない衣類。同時に男子たちにとっては最も興味のある秘密のヴェールに包まれた衣類。
「あ……駄目! やめて、お願いそれだけはッ!」
 刑務官に制止されると分かっていながら、それでも祢々子は身を乗り出した。それだけ男子に見られたくないのだろう。左右から雑魚男子たちに取り押さえられる彼女を尻目に、士郎は鞄の中から黒いビニール袋を取り出していった。
「裁判長、こちらが証拠物1-4です」
 他の衣類は透明な袋や白い半透明の袋に入っているのに対し、その衣類だけは決して透けて見えないよう、わざわざ黒い袋を用意して収めてあった。思春期の女子にとって、同性に見られる事さえ憚られる代物だからだ。それをあえて士郎は衆人環視の元へと引きずり出し、晒し物にしようとしていた。他の衣類の袋は閉じたまま放置しているのに、この黒い袋だけは中身を見分しようとしている。
 それを察した祢々子が悲鳴を上げる。だが全ては後の祭りだった。ほんの一瞬だけでも、士郎に心を許した自分の愚かさをさぞ呪っている事であろう。彼は袋の口を開き、何の迷いもなく逆さにして中身を全て机の上にぶちまけていった。
「……証拠物1-4を採用する」
 薄笑いを浮かべて士郎の行動を追認する礼門。机の上には、色取り取りの華やかな下着類が散らばり、淫靡な花畑を形作っている。
 そう、士郎が暴いたのは、祢々子の使用済み下着であった。
 今日は二泊三日の自然教室の最終日。初日に着用していた下着と、二日目に着用していた下着。そして先程没収された、三日目の下着。その三日分の下着が見世物にされていた。傍聴人にはよく見えないため、わざわざ忠一がカメラでズームアップして、スクリーンやモニターに大写しにしてみせる。
 机の上の下着は全部で六枚。キャミソールが三枚と、ショーツが三枚である。ブラジャーは一枚も無かった。
「裁判長。ご覧の通り被告人一号の下着は極めて幼稚なデザインとなっております。臍まで隠れそうな木綿の純白ショーツに、ブラジャーではなくキャミソール。しかもいずれもアニメキャラクターや動物の絵がプリントされており、とても五年生の女子が着用するような代物とは思えません」
 さらに士郎は三枚のショーツを一つずつ手に取り、裏返してクロッチの内側を露わにしていった。それらもまた忠一のカメラが逐一撮影していく。女の子が最も見られたくないであろう、ショーツの恥ずかしい染みの全てが、特大スクリーンに大写しになるのだ。そのあまりに無残な仕打ちに、雑魚女子たちは悲鳴を上げ、雑魚男子たちは歓声を上げていった。
「いかがでしょうか? 被告人一号のクロッチにはこのように、黄色い小便の染みがべっとりと付着しています。ああ、このショーツには茶色い大便の拭き残しも確認できますね。トイレで用を足した後、しっかりと後始末ができないようです」
 男子たちが忍び笑いを漏らした。白い下着は特に汚れが目立つ。中にはスクリーンを指さして、隣の男子たちと笑い合っている者さえいるほどだ。
「ところが、です。お気づきでしょうか? 被告人一号の下着には小便の染みや大便のカスは付着していても、いわゆる『おりもの汚れ』は一切見られません。つまりまだ被告人一号の性器からは、おりものが生じていないのです。幼稚な下着、トイレの後始末の拙さ、そしておりものが無い性器。これらはいずれも、被告人一号の成長の遅さを指し示すものであります。肉体の成長の遅さは、即ち精神の成長の遅さの表れでもありましょう」
「異議あり!」
 軽快な士郎の弁舌に、清司が待ったをかけた。
「肉体の成長の遅さと精神の成長の遅さは必ずしも比例しません! 先程の発言は、弁護人の単なる推論です!」
 相手の論理に少しでも矛盾があればそこを突く。法廷戦術の基本である。だが今回に限っては、士郎はこの異議を予測していたようだ。落ち着き払ったまま冷静に反論していった。
「おや、先程検察官は被告人の肉体的成長を推し量る事が、ひいては精神的成長を推し量る事にもなると発言していますね? お忘れですか? 被告人一号が初潮を迎えているか否かを問い質した時です」
「ぐ……」
「ならば下着の趣味や身体の発育具合から精神的成長を推し量る事も、私の単なる推論とは断定できないのではないですか?」
 肉体の成長と精神の成長は必ずしも比例しない。しかし、かといって無関係と言い切る事もできなかった。士郎はそれが分かっているからこそ、清司が初潮の質問をした際、異議を却下されて素直に引き下がったのだ。肉体と精神の成長を結びつける理屈が認められたのなら、今度は自分が質問をする際、同じ理屈を使って有利に論理を展開すればいい。そう見抜いていたから。
「異議を却下する。弁護人は質問を続けるように」
 礼門が清司に言い放った。士郎の読み通りだ。何より礼門にとって優先すべき事は、被告人の女子たちを徹底的に辱める事である。理屈は後から付ければいい。そんな裁判長の独善的な発想を読み切っていた、士郎の勝利であった。
「実際、証拠物1-4を調べるまでもありません」
 言いながら、士郎は被告人席の机をどかし、忠一を手招きして呼び寄せた。遮蔽物が無くなった事で、改めて露わになった祢々子のオールヌード……その平らな胸を、無毛のスリットを、小ぶりなお尻を、丹念に間近から接写させていく。
「どうですか、この膨らむ兆しも無いような乳房と、発達していない子供乳首は? 股間には陰毛はおろか、産毛すら生えていません。臀部の肉付きも男子と大差ないですなぁ」
 かつて士郎と清司は、祢々子を仲間に引き入れるために、彼女の目の前で素っ裸になって愛し合うという痴態を見せた。陰毛の生えていなかった清司はさんざん馬鹿にされたものだ。普段冷静な彼もさすがにその屈辱には耐え切れず、つい『お前だって毛なんか生えてなかったじゃないか』などとみっともない負け惜しみを口にしてしまった程だ。その時、祢々子は自分が服を着ていたのをいい事に、『もしかしたら祢々子にも毛が生えてきてるかもしれないよ?』などとうそぶいていたものだが……。
 何の事は無い。
 今の祢々子もやはり、清司と同じく産毛すら生えていない、ツルツルの下半身を晒していた。あれだけ偉そうに男子を見下していたくせに、結局は自分もパイパンの子供ワレメしか持っていなかったのである。その恥ずかしい事実がスクリーンいっぱいに映し出されている。礼門や清司、士郎を始めとするクラスメイト達全員に見られている。
 未成熟なボディを舐めるように撮影していく忠一のカメラの前に、祢々子は卒倒しそうなくらいの恥ずかしさを味わっていた。そして心の底から痛感していた。この裁判が女子への報復に過ぎない事を。誰も被告人の女子を助けてはくれない事を。何より、有罪だろうと無罪だろうと自分が徹底的に辱められるのは既に決定事項だという事を。
「以上で質問を終わります」
 己の職責を果たし、士郎が満足げに弁護人席へと戻っていく。入れ替わりにやって来るのは、反対尋問を行う清司だ。検察官である彼は弁護人の士郎より厳しい。果たしてどんな意地悪な質問をしてくるのか?
 まして清司は祢々子が最も苛烈に虐め抜いた男子でもあった。復讐の炎を胸に宿している事は想像に難くない。だがもはや牙をへし折られた祢々子には、食って掛かろうという気概すら残っていなかった。彼の機嫌を損なわないように平身低頭で質問に答える事しかできないのだ。
「被告人一号に質問します」
 服をしっかりと着込んだ清司が、素っ裸で身体を隠すこともできない祢々子の隣に立つ。いつかの時とは完全に立場が逆転していた。顔を覗き込まれると、彼女は視線を合わせる事もできず、屈辱に顔を背けるだけだった。
「今からこの下着を、着用した順番に並べ替えます。どの下着から着ていったのか、説明して下さい」
「え……なんで、そんな事……」
「あなたには黙秘権があります。嫌なら答えなくても結構ですが?」
 言いながらも、清司の口調には有無を言わせない圧力があった。答えなければ裁判長への心証が悪くなる。清司を立腹させ、さらに追及が熾烈を極める危険もあるだろう。結局は祢々子に選択肢など無いのだ。
「異議あり!」
「却下する」
 士郎が手を挙げるが、今回は礼門も即座に跳ねのけた。女子の目の前に数日分の使用済み下着を広げ、着た順番を聞き出して並べ替えていく――。これほどの面白い見世物を邪魔する手はないと思ったようだ。気分屋の裁判長相手ではどうしようもない。士郎はやむなく手を下ろし、裁判の行方を見守るしかなかった。
「どうしました? どのショーツから穿いていったのか、覚えていないわけではないでしょう?」
 清司の無言の圧力が続く。まるで祢々子が答えるまで、何時間でも問い続けるような剣幕だった。実際には時間的制約もある。彼女が答えなければそれまでの話だ。
 けれども、無残な敗北者に成り下がった今の祢々子には、このプレッシャーに耐えられるだけの心の強さはもう残っていなかった。
「その……クマさんパンツが最初」
 おずおずと、清司のご機嫌を取るために質問に答えていく。かつて自分が二度も辱めた男子相手に、頭を垂れて媚びへつらう惨めな光景だった。
「その時のキャミソールは?」
「薄いピンクのやつ……」
「二日目は?」
「ウサギさんの総柄のパンツと、上はそのリボン付きの」
「分かりました。では三日目はこのアニメキャラクターがプリントされたお揃いの上下ですね。確かに先程裸になってもらった時、没収した下着もこれでしたから、間違いないでしょう」
 清司は六枚の下着を時系列に沿って並べ直すと、次に三枚のショーツをそれぞれ裏返していった。たっぷりと汗を吸い込んだ上、洗濯もされず汚れ物袋の中で数日間熟成された女の子の下着。年頃の男子ならばじっくり観察して匂いも嗅ぎたいと思うのが当然だろう。しかし同性愛者の清司にとって、それはただの汚い布切れに過ぎなかったようだ。淡々と三枚とも裏返し、クロッチの内側を露わにする。
 一方、疲労と絶望で極限まで困ぱいした祢々子は、もうそんな光景を見ても泣きわめく事は無かった。どうせ抵抗したところで最後には大恥をかかされるのだ。だったら諦めて全てを受け入れるしかない。裁判が始まった頃の、かつての反抗的な少女の姿はどこにも無かった。
「裁判長、ご覧の通りです。被告人一号のショーツは三種類ありますが、二日目に着用したウサギのショーツのみ、小便の染みに加えて大便のカスがこびり付いています。これは何を意味するとお考えでしょうか?」
 たまたま、二日目のショーツだけウンチの拭き残しがあった。考えにくい事だがありえない話ではないだろう。もう一つ可能性があるとすれば、それは一日目と三日目は排便を行わず、二日目のみウンチをひり出したという事実……こちらの方が不自然さはなく、状況から考えて一番もっともらしい推理と思われた。
「被告人一号に質問します。あなたはこの自然教室の期間中、何回排便しましたか? また排便したのは何日目ですか?」
 ウンチをした回数と日付を問い質される。その答えをクラスメイト全員に聞かれる。思春期の女の子にとって死刑宣告にも等しいそんな状況も、疲れ果てた祢々子にとってはどうでもいい事だった。全てを諦めきった表情で、ぽつりぽつりと答えていく。
「一回だけ……二日目に……」
「なるほど。一般的に三日間排便が無いと便秘とされますが、比較的お通じは良いようですね」
 こんな質問に何の意味があるのだろう。祢々子だけでなく、裁判を傍聴している男子も女子も、みんな疑問に思い始めていた。桃香の命令に従ったからではなく、祢々子が自発的に戦争に参加した……という方向に話を持っていくのが清司の狙いのはずだ。彼女はもう子供ではなく、分別のある大人なのだから、自発的に戦争に加担した責任を負わせるべきだ、と。
 それなのに、さっきから被告人を辱める質問ばかり繰り返している。いったい何を考えているのか?
 疑念を抱く級友たちをよそに、清司は祢々子の鞄をまさぐると、中から封筒を一つ取り出していった。封はされていない。逆さにすると、半紙で包まれた何かが二つ三つ、被告人席の上にこぼれ落ちていった。
 一つには『風邪薬』。
 一つには『酔い止め』。
 一つは『胃腸薬』。
 半紙には大人の字で……おそらく祢々子の母親の字で、そう書かれている。これは薬だ。自然教室のしおりにも、必要な分だけ小分けして持参するようにと、持ち物リストに掲載されていた。
 包まれた半紙は全てテープで止められている。風邪薬も酔い止めも胃腸薬も、結局使わなかったのだろう。ただその中で、一つだけ半紙のテープが開けられているものがあった。その半紙に書かれている文字は――『便秘薬』。飲み残したピンクの小粒がまだいくつか半紙の中に残っている。
 つまり、祢々子は複数の薬を自然教室に持参し、その中で便秘薬だけを服用したのだ。清司はこれを証拠物1-5として提出した。
「被告人一号に質問します。あなたはこの便秘薬を使いましたか?」
「……はい」
「なぜ服用したのですか?」
「なぜ、って……」
「必要があったから薬に頼ったのでしょう? その理由を聞いているのです」
「理由? 別に……」
「便秘になるのは嫌だから、早めに服用したのではないですか?」
 察しの悪い祢々子に苛立ったのか、清司が矢継ぎ早に畳みかける。だがこれは少し質問の仕方がまずかった。彼の焦りを見透かしたかのように、士郎が異議を挟んだ。
「異議あり! 検察官の質問は誘導尋問です!」
 検察官や弁護人は、証人や被告人に質問する事ができるが、それはあくまで真実を明らかにするためである。先入観を持って証言を捻じ曲げる事は許されない。そのため、自分の意図通りに証言させようとする尋問の仕方を『誘導尋問』と呼び、裁判では相手側から異議を唱えられる事が多かった。
「異議を認める。検察官は質問を変えるように」
 礼門にたしなめられ、清司が軽く息を吐く。では……と攻め方を変更した。
「証拠物1-6を提出します」
 パチン、と指を鳴らす。それを合図に、スクリーンのそばに控えていた雑魚男子が映像プレイヤーを操作し始めた。白いスクリーンと天井のモニターに何かの映像が流れ出す。視聴覚ルームにいた全員が画面に注目した。
『うわっ、スゲェ!』
 同時に響き渡る、スピーカーからの声。これは礼門の声だ。という事は、男子女子戦争の最中に撮影された映像だろうか? 画面の中で広がる光景が何なのか認識した時、静まり返っていた室内に怒涛の歓声と悲鳴が巻き起こった。
『臭いな。鼻が曲がりそうだ』
 これは清司の声。そう、スクリーンに映し出された映像は、かつて男子軍の罠に堕ちて祢々子がウンチをお漏らしした時のものだった。虹輝が転校してきたばかりの頃の話だ。大便の重みでパンツがずり下がり、隙間から便塊がボタボタとあふれ出していく様子までもが克明に記録されている。
「やめ……なんで、こんな……」
 疲弊していた祢々子も、さすがにこんなものをクラス全員の目の前で見せられてはたまったものではない。
「やだやだ、やめて……。やめてよぉ!」
 悲鳴と共に泣き叫んだ。何せ画面の中の祢々子は、その小さな足をウンチで茶色く汚し、足元にこんもりと茶色い山を築き上げているのだから。映像を止めようと身を乗り出し、刑務官たちに押さえ込まれてしまう。
『マジかよ、こいつションベンまでしてやがるぜ。さんざんウンコ垂れ流したくせに、まだ恥をかき足りねぇってか? 前の穴も後ろの穴も締まりねぇんだな』
「うわぁぁぁんっ!」
 スピーカーから流れる礼門の嘲笑が、時間を超えて今の祢々子の胸をえぐった。この映像が大量にコピーされ、クラスの男子全員の手に渡っている事は、彼女だって知っているだろう。男子たちはいつでもこの痴態を鑑賞できるのだ。パンツ一枚で縛られる祢々子の姿も、ひり出された大便も、彼らの目に焼き付いているに違いない。
「やめてぇ、お願いだから見ないでぇ!」
 しかしだからといって、目の前で映像を上映されて平然としていられるわけがなかった。祢々子にとってこの時の屈辱は、一生消す事の出来ないトラウマ。今も癒えない深い心の傷となっているのだ。
「やだよぅ……こんなの、もう、やだよう……」
 耐えかねた彼女はとうとう机に突っ伏して大泣きし始めた。
「異議あり! この映像を直接流す事は、被告人をいたずらに混乱させます! 裁判の進行を妨害する事になりかねません!」
「裁判長。検察官の言った通り、この映像は被告人一号にとって最大のトラウマです」
 士郎の異議を逆手に取り、清司は事務的に持論を展開していく。
「彼女にとって、便秘や下痢といった大腸のトラブルは何よりの恐怖となっているのです。だから持参した便秘薬を服用し、自然教室の期間中も規則正しい排便ができるように尽力したのでしょう。たとえ薬を用意したのが母親だったとしても、それを選んで服用したのは彼女の意思です。被告人一号は、心の傷から自らを守る方法を考え、それを実行するだけの思考力と行動力を持ち合わせている。私はそう考えます」
 そこまで言うと、清司は目で合図を送って映像を停止させた。スクリーンの中の祢々子は、ちょうどホースからの放水でお尻を洗われている最中であった。その醜態がようやく画面から消えて無くなる。
「被告人一号は決して天真爛漫な子供ではありません。傷つきやすい心を持った一人の立派な人間なのです。彼女は一人の人間として、自らの意思で男子女子戦争に参加し、多くの男子を血祭りに上げた。彼女がこの映像をトラウマとして抱え、苦しみ続ける事はその代償でありますが、だからと言って私は社会的制裁を鑑み、情状酌量の余地があるとは思いません。被告人一号に辱められた数多くの男子たちもまた、同じようなトラウマに苦しみ続けているのですから。そう、彼らの処罰感情は未だなお峻烈なのです! 彼女はまだ赦されてはいないのです!」
 静まり返った視聴覚ルームの中で、祢々子の泣き声だけが現実の音声として――、スピーカーではなく直接耳に届いてくる音声として、響き渡っていた。
「被告人一号は、その男子たちへの贖罪として、厳罰に処されるべきと考えます!」
 それに被さる清司の声は、どこまでもどこまでも……。
 氷のように冷え切っていた。
 最後に一言、付け加える。
「――以上で、検察官の質問を終わります」




 その後、本来ならば士郎の反対尋問が行われるはずだったのだが、結局それが続けられる状況ではなく、裁判は事実上終結してしまった。祢々子がいつまでも泣き止まなかったからだ。
 現実の裁判ならばここで後日仕切り直しとなるかもしれない。だが裁判ごっこであるこの軍事裁判で、そこまで被告人に配慮した進行がとられるはずも無かった。審理が尽くされたとして、礼門が強引に結審するだけの話だ。彼だけでなく士郎も清司も、クラスメイトの女子の涙に戸惑い、同情を抱くほど生ぬるい人間ではなかった。
 いや、むしろここまで祢々子を追い詰めてこそ、裁判を開いた意味があったとも言えるだろう。被告人の女子を徹底的に追い詰め、痛めつけ、屈服させる。傍聴人の雑魚男子たちが引いてしまうほど彼女らが泣き叫べば、この後彼らはあまり女子に対して無茶な事はしなくなるはずだ。
 いくら戦争に勝ったからといって、好き放題に女子を蹂躙したのでは、男子女子戦争の秘密も満足に守れない。雑魚男子たちには節度ある行動をとってもらわなくてはならなかった。だから生贄となった被告人の女子たちを完膚なきまでにいたぶり尽くすのだ。ここで手を抜く事は結局のところ、巡り巡って最後には女子たちを危険に晒す事になりかねない。
「それでは判決を言い渡す」
 木槌を叩き、礼門が仰々しく言い放った。
 いよいよ判決の時である。
 祢々子はこの期に及んでもまだべそをかいていた。おかげで被告人質問や論告求刑、最終弁論といった裁判の手続きは、ほとんど省略に近い形で進められている。さっきの清司の演説が、かろうじて論告求刑らしきものだったくらいだ。後はもう、裁判長が有罪か無罪かを言い渡すだけである。
 後ろ手に手錠をかけられている祢々子は、涙を拭う事もできない。幼いながらも端正な顔つきだった美少女の面影はもはやどこにもなく、惨めにも涙と涎と鼻水を垂れ流し、嗚咽を漏らす顎から様々な液体を滝のように滴らせていた。
 そんな彼女の顔を一瞥し、礼門が鼻で嗤う。
 まるで止めの一撃を加えるかのように、仰々しく判決を言い渡した。
「――被告人一号、暮井祢々子を有罪とする!」
 有罪。
 分かり切っていた事だが、やはり被告人の女子を無罪にするつもりなど毛頭なかったのだ。祢々子ですら有罪。ならば、彼女よりも主体的に行動し、男子軍と戦った桃香や姫乃がどんな判決を下されるのか? 考えるまでもない。全ては男子たちの決めたシナリオ通りに事が進んでいるだけなのである。
「被告人一号が羽生桃香の命令によって行動していた事実は軽視できず、その精神的な幼さも情状酌量の余地がある。しかしながら被告人一号の犯した男子に対する罪は看過しがたく、諸々の事情を考慮したとしても、厳罰をもって臨む他はないというのが被害男子たちの総意である」
 礼門が手元のカンペを流暢に読み上げていく。あんな書類が作ってあるという事は、裁判の進行の如何にかかわらず、女子を有罪にする結論は既に決定事項なのだろう。この軍事裁判において、女子たちは男子の掌の上で踊らされる存在に過ぎないのだ。
「よって被告人一号を、C級戦犯に指定する!」
 呆然となる雑魚女子たちを尻目に、雑魚男子たちは拍手喝采で礼門の言葉を讃えた。
「C級戦犯はいついかなる状況においても、男子の命令には絶対服従するものとする。拒否権は一切存在しない。ただし、その命令をA級戦犯又はB級戦犯に肩代わりさせる事は可能である」
 A級B級C級……という戦犯の分類は、第二次世界大戦の極東国際軍事裁判で使われたものが有名だ。ただし誤解されがちだが、これらのアルファベットは罪の重さを指し示しているものではない。単に罪の種類を示す記号というだけである。
 A級は『平和に対する罪』。
 B級は『通常の戦争犯罪』。
 C級は『人道に対する罪』。
 だからB級やC級の戦犯の罪が、A級戦犯のそれよりもずっと重い事も当然有り得た。元々はそういう意味なのだ。
「ではこれより、C級戦犯・暮井祢々子に対し、最初の命令を下す」
 ただし男子女子戦争ではもっとシンプルに、罪の重さのみを意味する言葉として使われている。C級よりもB級の方が悪質な犯罪者。B級よりもA級の方が許せぬ極悪人。より戦争に深く加担し、より男子を苦しめ、より償うべき十字架が重い方の人間が、より上の階級の戦犯に指定される事となるのだ。
「C級戦犯・暮井祢々子をメス犬の刑に処す」
「メ、メス……犬?」
「始めろ」
 メス犬の刑。一笑に付してしまいそうな、そんな名前の刑罰であるが、しかしいざ実行されたそれは、凄まじい屈辱を女子に強いる悪魔の刑罰であった。
 雑魚男子たちが持ってきたリード付きの首輪が、まずは祢々子の首に巻かれていく。恐らく桃香が自然教室に持ってきた物だろう。姫乃に使って深夜の散歩に連れ出そうと企んでいたのだが、返り討ちに遭って自分が使う羽目になった曰くつきのアイテムである。祢々子もこのリードを握り、すっぽんぽんに剥かれた桃香をあちこち引き回したものだ。あの時、「今度は祢々子が犬の役をやってあげる」とは言ったが、まさか半日と経たないうちにその言葉が現実のものとなるとは。何とも皮肉なものである。
 さらに雑魚男子たちは、2リットルのペットボトルに入った水も用意していた。祢々子に対し、中の水を飲めるだけ飲めと命令してくる。意図は見え見えだ。大量の水分を摂取させ、犬の姿のままオシッコさせるつもりに違いない。そんな事をしなくても昼食の時に水分は摂取しているので、程なく尿意に耐えきれなくなるはずだが……。
 胸よりもポッコリ膨らんでいたお腹をパンパンにして、祢々子はペットボトル半分ほどの水分を追加で摂取させられてしまう。どうせ抵抗したところで苦しみが長くなるだけだ。男子軍と戦う牙を完全にへし折られた今の祢々子に、もう男子の命令を拒否するなどという考えは、頭に思い浮かぶ事さえ無くなっていた。
「リードは俺が引こう。暮井、跪け」
 そう言って首輪につながる紐を握ったのは、よりによって清司であった。祢々子が二度に渡ってさんざん辱めた男子。これ以上ないほどの恥辱を与え、完全屈服させたその男子に、今度は自分が白旗を挙げて完全屈服しなければならない。以前あれほど見下していた清司の理不尽な命令に、祢々子は「はい」と素直に返事して従っていった。手錠を外されると、彼の足元で四つん這いになり、降伏の意思を示す。
「三回まわってワンと言え」
「はい」
「馬鹿か。返事はワンだ」
「……ワン」
 もうどうにでもなれだ。祢々子がお尻を高々と上げ、その場で三回まわり、馬鹿みたいに「ワン」と一回吠える。昨晩、桃香も忠一の命令で同じ醜態をクラス全員の前で披露していた。その姿を見ていた祢々子にとって、今の自分がどれほど惨めな様を晒しているのか、感覚的に理解できることが苦痛だった。
「チンチン」
「ワン」
 しゃがみ込むような姿勢で身体を起こし、両手を胸の前で寄せて舌を出す。さすがに清司は彼女めがけて放尿をするような真似はしなかったが、しかし祢々子自身がオシッコをする事はもう避けられそうになかった。昼食時にお茶を飲み過ぎたらしい。思いのほか早く尿意が高まってきている。
「俺の上履きを舐めろ」
「ワン」
 足元に這いつくばって清司の靴に舌を這わせる。そんな屈辱的行為も、下腹部の圧迫が気になって、幸か不幸か今の祢々子にはあまり現実感が伴わなかった。それに終盤の男子女子戦争では敵軍への攻撃が過激さを増す一方で、今さら上履き舐め程度ではそれほどハードな印象も残らないのだ。
 それは清司も分かっているのだろう。素直に上履きを舐め回す祢々子をつまらなさそうに見下ろしながら、清司はもっと面白い事は出来ないかと、周囲を見回した。被告人席のクマさんパンツが目に留まる。
「よし。今度はこれを拾ってこい」
 そのパンツを手に取ると、清司は男子たちのいる傍聴人席の方へと勢いよく放り投げた。雑魚男子の机と机の間にポトンとパンツが落ちる。
「ワン」
 リードが離されたのが合図だ。祢々子は本物の犬のように四つん這いで駆け出し、雑魚男子たちの間に割って入っていく。そして自分のパンツの前まで来ると、腰を折り曲げて顔を近づけ、口だけでパンツを咥え上げた。
 クロッチの内側が見えるように裏返されていたからか? 偶然にも祢々子が加えた部分は、まさにその股座の部分であった。自分自身の汗の匂いと体臭が鼻を衝き、オシッコの染みの味が舌に広がっていく。
 姿勢を起こして顔を上げると、周囲の男子たちの顔が一斉に目に飛び込んできた。全員祢々子に注目している。素っ裸の四つん這いになって、犬の首輪をつけて、放り投げられた自分自身の使用済みパンツを拾うために口で咥えている……そんな醜態の極みと言うべき哀れな有様を、みんな瞬きもせずに目に焼き付けていた。その向こうには、軽蔑と同情の視線を向けてくる雑魚女子たちの顔も垣間見える。
 尿意が限界に達しつつなかったら、きっと恥辱のあまり発狂していたかもしれなかった。――どのみち、忠一のカメラに記録されている以上、取り返しのつかない生き恥を晒している事に違いは無いのだが。
 四つん這いのまま向きを変え、清司の足元に駆け戻っていく。肛門や割れ目がクラスメイト達に丸見えになっている事さえ、もう今の祢々子にはどうでもいい事だった。早くパンツを渡して放尿の準備をしないと、いつ漏れてしまうか分からない状態なのだ。もしお漏らしなんてしてしまったら……それこそ口で後始末しろなんて言われかねない。
 自分からチンチンの姿勢になり、口で咥えたクマさんパンツを清司に差し出す。その表情に必死の媚びへつらいが透けて見えたのだろう。清司は汚物でも見るような目で祢々子を見下し、リードを拾い上げながらパンツを受け取った。彼女の身体にはうっすらと汗が滲み出している。
 清司が目配せすると、雑魚男子の一人が金バケツを持って近づいてきた。
「そろそろ出そうか? 次の裁判が控えているんでね。さっさと小便垂れ流せ」
 本心はどうか知らないが、少なくとも表面上は、あくまで清司は冷静沈着だった。自分を散々蹂躙した憎い女子に対し、思う存分復讐を果たしているという興奮はほとんど伝わってこない。女子に性的魅力を感じないのであればこんなものだろうか? 乳首も割れ目も肛門さえ丸出しにしてチンチンポーズをとっている祢々子の惨状も、清司にとっては大して興味のない姿なのかもしれない。
「片足を掲げてオシッコショーだ」
「……ワン」
 再び四つん這いになった祢々子は、膝を折った右足を高々と掲げ、犬のオシッコ姿を完全再現して見せた。まぁ正確に言えば足を上げて放尿するのはオス犬だけなのだが、この際野暮は言いっこ無しだ。
 今まで祢々子の無様なメス犬姿をやや離れて撮影していた忠一は、ここぞとばかりに彼女の背後に回り込み、膝をついて目一杯カメラをズームインしていく。カメラにつながっているスクリーンやモニターには、画面いっぱいに祢々子の割れ目と肛門とがハッキリと映し出されていた。
「すげぇ、暮井の奴、ほんとに毛が全然生えてないんだな」
「肛門の色も奇麗だなぁ。俺、あいつのケツ穴って初めて見たぜ」
「あ、俺も俺も。あのウンコ動画じゃよく見えなかったしさ。そうか、こうなってたんだな……」
 雑魚男子たちの遠慮のない批評が嫌でも耳に飛び込んでくる。祢々子は顔を真っ赤にして床に突っ伏した。お尻をさらに高く掲げるような格好になって、まるでわざと性器をカメラに見せつけているような有様である。
 祢々子は中枢メンバーの中では最初に戦死して裸を晒したが、実はそれ以降は一切男子の前では脱いでいなかった。そしてみどりがレイプされるより前の時期に脱がされたため、他の四人のように性器の中やお尻の穴まで暴かれる事も無かったのである。
 だが、それも今日までだ。
 さすがの暮井祢々子も年貢の納め時である。
 ウンチお漏らし姿を見られたクラスの男子たちにさえ、秘密にしていた肛門と性器の中身。その全てがいま、初公開されようとしていた。
「仕方がない。こんなグロい穴を触るのは御免だが、特別に俺が開いてやるよ。その方が出し易いだろ」
 あくまで嫌々やっているんだという様子で、清司が割れ目の両サイドに指を添える。恨み重なる女子の秘密の花園を、自分自身の手で暴いてやるのだ。いくら同性愛者だからといって興奮しないわけがない。サディスト冥利に尽きるシチュエーションに満足したのか、清司はほんの微かに口元を歪ませ、憎い女子を征服する悦びに笑みを浮かべた。
「あ……」
 いわゆる、くぱぁである。
 清司が指を左右に開くと、今まで身体の内側で守られていた部位に空気が触れていった。あまりのおぞましさに祢々子が悶え苦しむ。スクリーンに映し出された映像は、肌色一色から、サーモンピンク一色へと一瞬で変貌していた。
 透明な粘液を湛えた肉ヒダの隙間から顔をのぞかせるのは、オシッコの穴。物心ついてから誰にも見せた事ない秘密の穴が、デジタルハイビジョンのカメラで克明に記録されていく。
「やった! 僕、前から暮井さんのアソコ見たいと思ってたんだよね。やっと見れたよ」
「毛も生えてねぇからホントに丸出しだな。よーく見えるぜ」
「ツルペタの幼児体型でも、割れ目の中身はこんなに複雑な形してるんだねぇ。意外とエロいじゃないか」
 雑魚男子たちに褒められたところで嬉しくもなんともない。早く終わらせよう。そう思ったのか、祢々子は下腹部を弛緩させ、抑え込んでいた圧迫感を開放していった。
 ピュ、と雫が僅かに迸る。
 それが決壊の合図だ。間髪を入れず大量のオシッコが尿道口から噴き出していった。金バケツの中に飛び込んで激しい水音をかき鳴らしていく。清司が性器を左右に開いていたために、どの穴からどうやって小便が飛び出していくのか、少女の排尿の秘密が完全に暴かれてしまっていた。男子女子戦争に参加した女子軍十六人の中でも、ここまでハッキリと放尿姿を晒したのは、祢々子くらいなものだろう。とうとう男子に全てを見られてしまったのだ……。
 あまりの奔流の勢いに清司が思わず指を離す。大陰唇が元に戻ると、サーモンピンクの粘膜は顔を隠し、わずかに肉の綻びを見せる割れ目に戻っていった。これはこれで、祢々子の普段のオシッコ姿が想像できて興味深い。彼女はいつもトイレの個室で、こうやって割れ目を晒して黄色い液体を便器に垂れ流しているに違いない。
 やがてオシッコの勢いは失われていき、バケツに届かず床を汚していった。最後は太腿に沿って垂れ落ちていく。
「うう……」
 尿意から解放されると、入れ替わりに沸き起こってくるのは、羞恥と後悔の念だ。自然と涙が溢れ出してくる。
「もう……やだぁ」
 高々と掲げていた右足を下ろし床に突っ伏して泣き始めた。オシッコショーはもちろんだが、その前にも見せた様々な犬の芸――三回まわってワンとかチンチンとか、果ては投げられたパンツを咥えて戻ってきた姿を思い出し、今頃胸を焼くような羞恥に苦しんでいるのだ。
 だがいくら泣いたところで許されるわけではない。もはや祢々子は被告人ではなく、C級戦犯。男子の命令に逆らう事は許されないのだ。
「暮井、掃除しろ。せめてもの情けだ。手は使っていい」
 清司が雑巾を放り投げる。
 口で後始末しろとはさすがに言わなかった。祢々子はほんの少しだけ安堵したが、だからと言って救われるわけではない。バケツの周りに飛び散った自分のオシッコを、自分自身の手で奇麗にしなければならないのだから。股間と太腿をオシッコで濡らしたまま、祢々子は嗚咽と共に床を掃除していった。
 もっとも、手を使わせたのは情けだけが理由ではないようだ。それは礼門の次の言葉で察しがついた。
「……さぁ、そろそろ次の被告人の裁判を始めるぞ。時間がないんだ。早くしろ」
 全てのオシッコを拭き終わると、雑魚男子が雑巾とバケツを持ち去っていく。グズグズしていたら帰りのバスの時間になってしまう。まだ被告人は四人も残っているのだ。祢々子一人に時間を割き続けるわけにはいかなかった。それが手を使わせた理由なのだろう。
 首輪を外された祢々子は、ようやく四つん這いから解放された。しかし同時にまた後ろ手に手錠をかけられてしまう。裁判が終わったからといって特別扱いはされず、再び他の四人と同じ場所で、直立不動で待機させられるわけだ。全員の裁判が終わるまで、座る事はもちろん、オールヌードの身体を隠す事さえ許されない。
 祢々子がもう一度全裸で立たされる。裁判開始前との違いは、股間と太腿がオシッコで汚れている事と、全身から噴き出した汗、そして涙と鼻水と涎でグショグショになった顔だ。奇麗な身体の他の四人と並ぶ事で、より一層惨めさが増していた。
 ――とはいえ、他の四人もすぐに同じような姿になるのだが。
「続いて被告人二号の裁判を開始する」
 礼門の声が響く。
「被告人二号、宇崎みどり! 出廷せよ」
 次の犠牲者の名前が読み上げられていった。
 
 
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第二十三話 『散花』

2017-05-19

 犬飼虹輝にとって、白鷺姫乃は憧れの少女であった。
 羽生桃香にとって、白鷺姫乃は好敵手の少女であった。

 郷里礼門にとって、白鷺姫乃は宿敵の少女であった。
 宇崎みどりにとって、白鷺姫乃は尊敬する少女であった。

 甲守耶美にとって、白鷺姫乃は想い人の少女であった。
 鮫島郡丈にとって、白鷺姫乃は人生の全てを賭す少女であった。

 白鷺姫乃は、五年二組を中心とする多くの人々にとって、憧れであり、好敵手であり、宿敵であり、尊敬の対象であり、そして想い人でもある……人生の全てを賭す価値のある少女であった。
 その白鷺姫乃がこれから処女を喪うのだ。
 しかも、衆人環視の中、日中の野外にて、好きな男子の目の前で好きでもない男子に処女を捧げる。その全てをビデオカメラに記録される。
 これは果たして本当に現実の事なのだろうか? 誰もが夢か妄想かと自分を疑い、白昼夢から覚めるために己の頬をつねった。しかし目の前の光景は何も変化しない。ただ頬に痛みが走っただけだった。
 当然だ。これは夢でもなければ妄想でもない。
 れっきとした現実なのだから。
 あの白鷺姫乃が、ついに男子に敗北し、凌辱される。レイプされる。犯される。
 それがこれから始まる、まぎれもない現実だった。




 礼門は自分のベルトを緩めると、ズボンとトランクスを乱暴に脱ぎ捨てた。クラスメイト全員の目の前で、あっさりと下半身裸になる。
 何も恥ずかしがることはない。ズボンに染みが付いていようと、トランクスに精液がこびり付いていようと、隆々と勃起したペニスを見られようと……それ以上の生き恥を、ついさっき白鷺姫乃は晒したのだ。完全に立場は礼門の方が上だった。クラスメイト全員の目の前で、ストリップショーを披露した挙句、脱糞まで見られた少女に以前のような気迫はもう残っていなかった。
「よし、じゃあ処女喪失ショーの開演といこうか。ウンコ女とセックスなんて本当はしたくないんだけどな、お情けでお前の処女をもらってやるよ。ありがたいと思え」
 切り株の上に腰かけた礼門は、そう言って仰向けに寝転がった。股間の怒張がそそり立ち、文字通り天を衝く。
「跨って上に乗れ、ウンコ女。お前が自分で入れるんだよ」
 本当なら今すぐにでも姫乃を押し倒し、乱暴に挿入してガンガン腰を振りたいところだった。だが礼門は強靭な精神力でその欲望を抑え込んだ。力任せに凌辱したのでは面白くもなんともない。姫乃に自分から、この屈辱的な状況を受け入れさせる事で、より一層心の傷を深く刻み付ける。一生苦しみ続けるような取り返しのつかないダメージを与える。それでこそ、礼門は無上の快楽を得る事ができるのだ。
「はい……礼門様」
 姫乃は力なく頷き、礼門の元へと歩み寄った。大きく息を吐いて片足を掲げる。切り株の周囲には隈なくクラスメイト達が腰を下ろしていた。場所によっては死角になるだろうが、しゃがみ込んでいるほとんどの級友たちには、露わになった姫乃の股間が丸見えになっていた。さっき至近距離から観察されたとはいえ、それでも姫乃にとっては耐え難い恥辱だろう。
 そのまま、掲げた片足を切り株の上に乗せ、踏み台を上るようにして足に力を籠める。ストリップショーを行った時のように、再び切り株の上に立った。先程との違いは、服を着ているか否か。だがそれは天と地ほどの違いでもあった。
 姫乃は一糸纏わぬ素っ裸のまま、礼門の身体を跨ぎ、膝を折って姿勢を落とした。勝ち誇った顔で見上げる仇敵と視線が絡み合う。気丈にも彼女は目を逸らそうとはしなかった。しかし敗者の立場に何ら変わりは無い。ニヤニヤと笑う礼門に、姫乃は唇を嚙む事しかできないのだ。
 一呼吸おいて、彼女は静かに腰を下ろしていった。
 淡々と挿入を済ませようというのだろう。だがいくら礼門の肉棒がはちきれんばかりに硬直していたとしても……いや、そこまで硬直しているからこそ尚の事、単に腰を下ろすだけではセックスは成功しなかった。礼門のペニスも、姫乃のスリットも、どちらも湿り気は十分だったが、彼の怒張は割れ目の上をなぞるだけで、右に左に方向がずれてしまう。
 当たり前だろう。処女の姫乃の膣口は、どれだけ愛液に濡れそぼっていたとしても、その入り口は固く狭い。手でペニスを支え、慎重に狙いを定めて少しずつ割り開いていかなければ入るわけがないのだ。
 しかしまさに処女であるが故に、姫乃にはそれが分からない。実体験がない以上、この情報化社会であっても得られる知識には限界があるのだ。いかに白鷺姫乃といえども……彼女ほど聡明で知的な少女であっても、やはり性的な情報、つまりセックスのノウハウには疎いのである。
 姫乃は間違いなく処女だ。礼門は余裕の笑みを浮かべた。数多くの少女をその毒牙にかけ、処女膜を食い破ってきた彼にとっては至極当たり前の事が、姫乃には分からない。彼女に何度も煮え湯を飲まされ、敗北の屈辱に甘んじてきた自分が、まさかこんな事で優越感に浸れるとは。何とも愉快極まりない話ではないか。
「おい、ウンコ女」
 礼門が嘲笑の笑みをぶつける。
「お前セックスのやり方も知らねぇのかよ。賢そうに振舞ってても、所詮はお子ちゃまだな。小便くせぇガキのくせして男子に逆らおうなんて、百年早ぇぜ」
 自分の無知を嘲笑われ、彼女の頬が悔しさに紅潮していった。普段なら相手にしないこんなあからさまな挑発にも、今の姫乃では適当にあしらう事はできなかったのだ。
「ちゃんと俺様のモノを手でつかんで穴に誘導するんだよ。当然、もう片方の手でマンコもおっぴろげてな」
「わかり……ました……」
 言われた通り、姫乃は素直に両手を股間に伸ばした。右手で礼門のペニスを握り締め、左手で自分の小陰唇を左右に割り開く。狙いを定めるために背を曲げ、股間を覗き込む格好は、実に浅ましく惨めであった。これではまるで痴女の逆レイプではないか。
 二度の射精で、既に礼門の肉棒は精液まみれになっている。本来であれば挿入しただけで妊娠の危険があった。ゴムも付けずに女性器に宛がうなど、自殺行為以外の何物でもないだろう。まぁ姫乃の事だ。どうせピルか何かを服用して、万が一自分が戦死して凌辱されても妊娠だけは避けられるよう、とっくに手は打っていると思うが。
 それでもあの白鷺姫乃が、自分の処女を捧げるために、率先して礼門のペニスを膣口に捻じ込もうとしている様子は見ていて爽快だった。何度敗北の苦汁を舐めても、諦めずに彼女に執着し続けてきた甲斐があるというものだ。
 一昨日など、礼門は姫乃にスタンガンを押し付けられ、ちんぐり返しの格好をさせられた上に、大事な男性器を土足で蹴飛ばされている。それが今はどうだ。姫乃はかつて土足で踏みつけたペニスを、あろう事か自分の処女膜を破るために必死になって誘導しているではないか。礼門にとっては無上の快感であった。これほどの征服欲が他にあろうか。その勝利の美酒をじっくりと味わうため、彼は姫乃の悪戦苦闘をあえて放置し、寝転がったままで高みの見物と洒落込むことにした。
 その時間は五分だっただろうか。
 それとも十分か。
 どれだけ頑張ったところで、男性経験の無い姫乃が自分でペニスを挿入する事はほぼ不可能だった。それが分かっているからこそ、礼門はあえて彼女を放置したのだ。衆人環視の中、無駄な努力を強制され、姫乃は汗ばみながら必死に腰を振っている。抽送の危機を察した肉体は、本人の意思に関係なく、女性器を守るために愛液を分泌するものだ。しどしどに濡れた彼女のクレヴァスと擦り合わされ、精液と先走り液に塗れた礼門の肉棒は、今や愛液に包まれてキラキラと光り輝いていた。
 あたかも礼門のペニスを使ってオナニーをしているかのようだ。そんな彼女の、見るに堪えない醜態を存分に楽しんだ後、頃合いとみて彼は口を開いた。
「おいウンコ女。どうだ? つい一昨日にゃ足で踏みつけてたチンポに処女を捧げる気分はよ? 言っただろ? 何十倍にもして仕返ししてやるってな。宣言通り、二度と男子に逆らえなくなるくらい、徹底的にいたぶって屈服させてやるぜ」
 確かにあの時礼門は宣言した。自然教室が終わる時に笑っているのは男子軍だと。明日か明後日かには、必ず姫乃の処女膜をぶち抜いてやると。ついでに桃香や耶美の初物も頂いてやると。
 その宣言は全て現実のものとなった。男子女子戦争は男子軍の勝利に終わったし、姫乃の処女はあと数分もしないうちに礼門の手に堕ちる。桃香と耶美に至っては既に凌辱済みだ。男子女子戦争を隠れ蓑にして、五年二組の美少女たちをレイプするという、礼門の卑劣極まる外道な野望は、もう後ちょっとで完全に成就しようとしていた。一点の曇りもない完璧な勝利である。悪が勝つ瞬間は目の前なのだ。
「俺に負けて悔しいか? 惨めだよなぁ、幾度となく叩き潰してきた相手に、完全敗北して屈服するんだからよ」
 勝ち誇りながら、礼門は両手を伸ばして、姫乃の腰を左右から押さえつけた。いよいよその瞬間が訪れるのだ……察した姫乃は、肩を震わせて恐怖に慄いた。いくら抵抗したところで、しょせん彼女もそこらの雑魚女子と同じ。礼門に負けて屈服するしかない、ただのか弱い女に過ぎないのだ。
 既にペニスの先端は膣口を捉えている。後は力任せに突き上げてやれば、姫乃の処女膜をズタズタに引き裂く事は造作も無かった。彼女の怯えを見て取り、礼門は上機嫌にまくし立てていく。
「俺のモノに貫かれた女は、結局俺の前に這いつくばる事になる。ウンコ女、敗北の味をたっぷり思い知りやがれ!」
 いよいよ、最期の瞬間だ。
 白鷺姫乃が全てを喪い、二度と立ち直れなくなる傷を負わされる。
 郷里礼門の完全勝利だった。
 ――その、刹那。
「いぎぎぃぃぃっ!」
 両手で押さえ込んだ腰を引き寄せると同時に、礼門が腰を突き上げる。林の中に響き渡る悲鳴。最後の最後で、都合よく助けが入って、かろうじてヒロインの処女が守られる……そんなご都合主義の展開は、決して起こる事は無かった。
 礼門の宿願を託された肉棒は、姫乃の膣口を押し広げ、何者の侵入も許してこなかった肉のヒダを力任せに引き裂いていった。穢れ無き聖域は無残にも礼門のペニスの形に押し広げられ、滅茶苦茶に踏み荒らされていく。鮮血が愛液と混じり合い、結合部から溢れ出して内腿を赤く染め上げていった。
 ついに姫乃の処女は陥落した。
 彼女が純潔を捧げた相手は、よりによってあの郷里礼門となったのだ。
 卑劣で粗野な人間のクズに、聡明で高潔な少女が敗北し、見るも無残に蹂躙されてしまった。誰からも好かれる偉大な女子軍リーダーは、低能な筋肉馬鹿に屈服し、二度と取り返しのつかない傷を負わされた。正義が負け、悪が勝った。強く賢く気高い、高嶺の花の無敵の美少女は、乱暴に手折られ、地に堕ちて泥に塗れた。もはや二度とその花を咲かせる事は無いだろう。
 白鷺姫乃は凌辱された。
 白鷺姫乃はレイプされた。
 白鷺姫乃は負けた。
 股間をペニスで貫かれ、カエルが潰れたような無様な悲鳴を上げて、男子の軍門に下った事をクラスメイト全員に宣言したのだ。
「いだっ……だ……いいぃ……」
 眉間にしわを寄せ、歯を食いしばって激痛に耐える姫乃の醜態は、彼女の清らかなイメージを粉々に打ち砕くには十分過ぎた。あの白鷺姫乃であれば、破瓜の痛みにも毅然と耐え忍ぶのではないか……そんな男子たちの幻想は跡形もなく崩れ去る。結局姫乃もただの雑魚女子の一人。男子には勝てないのだ。涙をこぼしていないのはさすがだったが、耳を塞ぎたくなるような不格好な悲鳴は隠しようがなかった。
「ひぎっ、ひぐぅ!」
「ハッハッハ、何だよウンコ女。情けねぇな。みっともない悲鳴出してんじゃねぇよ」
「あぎゃぁっ!」
 面白がって礼門が腰を揺らし始める。貫かれただけでも耐え難い痛みに苦しんでいるのだ。その上動かされてしまったら、さしもの姫乃もひとたまりもなかった。少しでも苦痛から逃れようと膝に力を込めるしかない。ビデオカメラを構えた忠一は、切り株の周囲を回りながら、そんな姫乃ののたうち回る滑稽な様子を逐一記録していった。彼女の背後に回ると、レンズを近づけて結合部を執拗に撮影していく。
「おう、馬鹿ネズミ。ちゃんと撮れてるか?」
 彼の動きに気付いた礼門が声をかける。
「もちろんですよ。二人がつながってる所もバッチリです」
「へへ……こうすりゃもっとバッチリになるぜぇ?」
「や……やべでぇ……」
 もはや呂律も回らなくなってきた姫乃をよそに、礼門は彼女の臀部に手を回した。尻たぶを乱暴につかみ、力任せに左右に割り開いていく。当然、屈辱の結合部だけでなく、隠されていた姫乃の肛門までもが太陽に照らされてしまった。破瓜の出血の鮮やかな赤色でさえ、デジタルハイビジョンで永久に記録されていくのだ。
「ざまぁみろ! とうとう白鷺姫乃をモノにしてやったぜ! 俺の勝ちだ!」
 ここぞとばかりに、姫乃の腰を鷲掴みにして激しく上下に揺さぶる礼門。激痛に耐えかねた彼女は、もはや姿勢を保つことも叶わず、糸の切れた人形のように突っ伏していった。そのまま礼門の胸に顔をうずめていく。その様子だけ見ていれば、まるで仲睦まじい恋人同士のセックスのようだ。
「へへへ……どうしたウンコ女? そんなに俺とイチャつきてぇのか?」
「ぎぐぅ……」
「しょうがねぇなぁ。んじゃとりあえず、恋人みてぇにキスでもしてみるか?」
 腹筋を使って礼門が軽々と上半身を起こす。押し戻されるように、姫乃の上半身も再び垂直になった。男女が座った状態で向かい合ってセックスする体勢……いわゆる対面座位の格好である。
「ほら、ウンコ女。首を伸ばして吸い付いてみろ。お前の処女をもらってやった愛しの男に、ファーストキスを捧げるんだよ」
 礼門が見下したような視線で舌を出した。姫乃に自分から、彼の舌や唇に触れさせようというのだ。もちろん彼女自身の舌や唇を使わせて。好きでもない相手に唇を許す事は、人によってはセックスよりも嫌悪感を抱く行為だろう。それが分かっているからこその、礼門の理不尽な要求だった。
 それでも姫乃は健気にも、下半身の激痛に耐えながら、おずおずと舌を出して礼門に顔を近づけていった。周囲の野次馬たちに動揺が走る。
 無理もない。彼ら五年二組の生徒たちにとって、唇と唇を重ねるキスは、愛情表現の一環に他ならなかった。好き合っている男女がより親密になる行為。好きでもない相手と唇を重ねるなど、常識では考えられないのだ。
 現に男子女子戦争では、相手を辱める手段としてキスを強要した事は今まで一度も無かった。士郎と清司が祢々子の眼前で愛し合った際、唇を重ねた事はあったが……相手に屈辱を与えるためにキスするというのは、まさにコペルニクス的発想の転換であろう。
 目一杯に伸ばした姫乃の舌が、ゆっくりとゆっくりと、礼門の舌に近づいていく。クラスメイトたちが固唾を吞んで見守る中……ついにその先端同士が触れ合った。にちゃり、と唾液と唾液が触れ合う音が微かに響き渡る。
 次いで姫乃は淡々と、まるでそうするのが当然であるかのように、舌を絡めたまま唇を重ねていった。二人の唇と唇が隙間なく密接し、唾液が混じり合っていく。
 あの白鷺姫乃が、郷里礼門とキスをした。
 観客のボルテージが最高潮に達する。礼門が彼女の背中に手を回せば、所在なげだった姫乃の両腕もまた、おずおずと彼の背中を這っていくのだ。向かい合って抱き合いながら、下半身で繋がったままディープキスを交わす二人。どこをどう見てもそれは、深い愛情で結びついたカップルが、お互いを労わりながら行う……ラブラブセックスそのものだった。
「初めてのキスの味はどうだ?」
「別に……」
 二人は一旦唇を離し、至近距離で言葉を交わす。
「処女を奪われた挙句、ファーストキスの喪失まで公開させられるなんて悔しいよなぁ?」
「別に……」
「いいのか? 俺みたいな奴が相手で。もうお前の身体で処女を保ってるのは、かろうじてケツの穴くらいなもんだぜ?」
「別に……」
「可哀そうだよなぁ、お前の彼氏になる男は。せっかく相思相愛になったって、もうキスもセックスも経験済み。自慢の彼女が使い古しの中古女なんだからよ」
「別……に……」
 礼門の眉がピクリと跳ねる。いくら平静を装っていても、下半身を串刺しにされた状態では、心の乱れを隠し通す事は難しい。自分の言葉責めで姫乃が隙を見せたと見るや、彼はすかさずその傷口に容赦なく塩を塗り込んでいった。
 手を伸ばし、姫乃の前髪を乱暴に鷲掴みにする。完全無欠の無敵の美少女が持つ、たった一つの弱点。それが恐らくこれだろう。姫乃がどれほど強く賢く気高かろうと、『恋心』などという非論理的で理不尽な感情に心をかき乱されれば、いくらでも付け入る隙は出てくるというものだ。髪の毛を引っ張って彼女の顔の向きを変えさせる。動かされたその視線にあるものは――。
「あ……こ……。虹……輝く……ん」
 しゃがみ込んだ姿勢でじっと姫乃を見上げる、犬飼虹輝であった。
 そうだ。
 犬飼虹輝に対する恋心。それが姫乃の唯一にして最大の弱点である。彼女を屈服させるためにこれを利用しない手はなかった。なぜ今まで気づかなかったのか……いくら姫乃のストリップに見とれていたとはいえ、実に間の抜けた話だ。桃香や鮫島ならもっと早くこうしていたに違いない。
「姫乃さん……」
 その虹輝の眼には一筋の涙が零れていた。
 何の涙だろうか? 後悔か? 怒りか? 悲しみか?
 いずれにせよ、礼門にとってはどうでもいい話だった。ストリップの最中に姫乃に言われた通り、虹輝は律儀に特等席で全てを見届けている。そんな彼をダシにして、仇敵の少女を辱める事ができればそれで良いのだ。
「人前でストリップして素っ裸になっただけでも自殺モンだろうが、その上マンコの中まで公開して、ケツ穴からウンコひり出したんだもんな。俺だったらそんな汚ねぇウンコ女を彼女にするなんて、死んでも御免だぜ」
「う……」
 姫乃は目を閉じた。虹輝の視線から逃れるように顔をそむける。そこにはもう、「敗者としての責務を果たす」と言い放った、あの凛とした少女の姿はどこにもなかった。ただ恥辱と屈辱に打ちひしがれる、哀れな力なき少女がいるだけだ。
 効果覿面だ。
 まさかこれほどあからさまに態度が変わるとは。
 姫乃の心を支えていた、最期の砦が、とうとう限界を迎えようとしていた。
「も……もう」
 うなだれた姫乃が言葉を紡ぐ。
「もう……許し……て」
 その一言に礼門の瞳が爛々と輝いた。同時にざわめき出す観衆のクラスメイトたち。戸惑うのも当然だろう。ついにあの、強く気高かった白鷺姫乃の口から、あろう事か命乞いの嘆願が飛び出したのだから。
「うん? 何だって? 聞こえねぇなぁ、言いたい事があるならもっと大声で言えよ。クラスの連中全員に聞こえるようにな!」
 ここぞとばかりに畳みかける礼門の言葉にも、もはや姫乃が抵抗する事は無かった。
「許して……下さい。お願いします……。女子が男子に勝てない事は……よく分かりました。もう二度と男子には逆らいません。これからは男子の奴隷として服従します。だから……お願い、もう……許して……」
 ――これが、名実ともに白鷺姫乃が完全敗北を認めた瞬間だった。
 誰に強制されたわけでもなく、自分から自発的に、姫乃は敗北宣言を行った。郷里礼門を始めとするクラスの男子たちに負けを認めた。ついに姫乃は、心身ともに、完膚なきまでに叩きのめされ、奴隷としての服従を誓ったのだ。
 甲守耶美が羽生桃香に屈服した時と同じだった。恋心という弱点を持った人間は、そこを突かれると意外なほど脆い。クールビューティの耶美が、姫乃への恋心という弱点のために桃香に敗北し、最期は泣きながら土下座して上履きを舐めさせられたように……。姫乃もまた、虹輝への恋心のために心をへし折られた。
 ストリップさせられようと、性器を公開させられようと、衆人環視の中で脱糞させられようと……かろうじて保たれていた矜持が、心の強さが、強靭な精神力が、とうとう粉々に打ち砕かれてしまったのだ。
 礼門がその弱点を突いたのはほとんど偶然だったが、結果として姫乃に引導を渡せたのだから構わないだろう。過程はどうあれ、姫乃を打ち負かしたのは揺るぎない事実だった。
「ようやく自分の立場を思い知ったか。女子が男子に歯向かおうなんて生意気だったんだよ。これからは奴隷として飼ってやるからな、二度と俺様に逆らうんじゃねぇぞ」
 威丈高に言い放つ礼門の言葉に、姫乃は唯々諾々と屈従した。
「はい……礼門様」
 ここまでくればもう遠慮はいらない。後は思いっきり腰を突き上げて、膣内に白濁液をぶちまけてやるだけだ。雄の刻印を身体の中に彫り込み、奴隷としての烙印を押してやろう。男子に絶対服従する悦びを身体に教え込んでやるのだ。礼門は姫乃の腰を再び両手でつかみ、一気に抽送を加速させた。
「あひっ、駄目っ……いだ、いだいぃぃ……」
 再び身体を蝕み始めた下腹部の痛みに、姫乃が歯を食いしばって耐えていく。三度目の射精だというのに、情けなくも礼門のペニスは早々に限界を迎えようとしていた。
 ほんの数十秒。
 それだけのピストンで、彼は絶頂の瞬間を迎える。
「行くぞ、受け取れウンコ女!」
「あぢ、あづいぃぃ……!」
 ウッ! と小さく唸り、礼門は姫乃の身体の最深部で、思う存分欲望の丈を吐き出していった。生まれてからまだ一度も穢されたことのなかった姫乃の聖域は、卑劣な筋肉馬鹿の白濁液によって染め上げられ、その全てを塗り潰されていく。一瞬、二人の身体が硬直し、動きがピタリと止まった。
 ついに宿願を果たした礼門が、最高の笑みを浮かべながらのけ反っていく。下半身がつながったままの姫乃もその動きに合わせるしかない。再び、彼の胸に身を預けるように突っ伏していった。
「やった……やったぞ……。とうとう白鷺姫乃に俺の精液をぶちまけてやった……」
 うわ言のように呟きながら、礼門は姫乃の尻を左右から乱暴に開いた。再び露わになる結合部と肛門。その繋がった場所からは、血と愛液と精液が混じり合って溢れ出している。背後に回った忠一のカメラに、全てが記録されていった。
 礼門が貪るように舌を伸ばす。
 完全に屈服した姫乃に抵抗する気力は無かった。求められるままに自分も舌を出すと、彼の唇に吸い付き、盛りのついた猫のように濃厚なキスを交わしていく。その有様は、誰がどう見ても、アツアツのラブラブカップルそのものだった。
 ――これが、白鷺姫乃の成れの果てだ。




 全てが終わった後、礼門は姫乃に離れるよう命令した。彼女は下腹部の痛みに耐えつつ、懸命に身体を起こし、股間から凶悪な肉棒を引き抜いていく。
「い……ぎぃ……」
 ペニスが抜けた瞬間、ぽっかりと空いた膣口から血に染まった白濁液がドロリと流れ出していった。クラスメイト全員の眼と忠一のカメラに、その一部始終が焼き付いていく。姫乃は気丈にも自らの足で切り株から降りていった。だがそのへっぴり腰は滑稽で、がに股に開いた足はとても美少女のとるポーズとは思えなかった。そんな無様な醜態の一部始終さえ、冷徹に映像に残され、また級友たちに観察されるのだから惨めなものだ。
「ウンコ女。お前とセックスしたせいで、俺の大事な一物が汚れちまったじゃねーか。奇麗にしてもらおうか」
 身を起こしながら言い放つ礼門。
「き……れいに?」
「知らねぇのか。お掃除フェラだよ」
 礼門が耶美をレイプした時、彼は言っていた。「本当ならお掃除フェラとかやらせたいところだが、本命のために残しておくとするか」、と。「何もこんな前座女相手にあれこれやっちまう事もねぇ」などと暴言も吐いていた。その言葉さえもが現実のものとなる時が来た。本命の白鷺姫乃にお掃除フェラをやらせるのだ。
「は……い」
 姫乃とて今時の五年生である。それくらいの知識は頭では知っているだろう。まさか実際に自分が……ましてや礼門相手に行う事になるとは思ってもみなかったろうが。
 切り株にどっかりと腰かけた礼門が、居丈高に顎で命令する。姫乃は一切逆らう事なく、彼の両足の間に跪き、憎むべき相手の股間へと唇を近づけていった。自らの血と愛液と、仇敵の精液に彩られたペニスに舌を這わせる。大きく口を開け、エラの張った肉傘を懸命に呑み込んでいくのだ。それはフェラチオと言うよりは、口と喉を犯されているに等しい苦行であった。下の口を犯された姫乃が、今度は上の口を犯されたのである。
「もっと口をすぼめて吸い出すんだよ、下手くそめ!」
 礼門に指図されるまま、姫乃が頬をへこませて精液を吸い出していく。自分の処女を奪った凌辱者の性器を口に含み、その尿道を奇麗にするなど、想像を絶する汚辱だろう。見目麗しい可憐な美少女が、おちょぼ口になって必死にペニスから精液を吸い出している様は、とても正視に耐えられるものではなかった。
「よし、まぁ初フェラならこんなもんだろ。そのうちタップリと仕込んでやるからな」
 勝ち誇った顔で言い放ち、礼門は姫乃の頭を引き離した。桜色の唇とどす黒い肉棒の間に、何重にも唾液が糸を引いていく。
「そろそろスポーツレクの時間も終わりだな。最後の仕上げと行くか」
「最後の……?」
 礼門は切り株から立ち上がると、トランクスとズボンを身に着けた。そして素っ裸のまま跪いている姫乃の目の前で、腕を組んで仁王立ちになる。
「丸裸のまま土下座して詫びてもらおうか、今まで俺にさんざん煮え湯を呑ませてきた事をな。女子の分際で男子に楯突いた過ちを認めて、心を入れ替えて男子の奴隷になるって、クラスの奴ら全員の前で宣言するんだよ」
 既に姫乃が屈服して敗北宣言をした事を分かった上で、なお恥の上塗りをさせようという執拗なまでの執念だった。
 礼門の復讐は、姫乃をストリップさせた程度では終わらなかった。
 脱糞ショーをさせてもまだ満足しなかった。
 自らの手で処女を捧げさせても溜飲は下がらなかった。
 跪かせてお掃除フェラを強制してもなお晴れなかった。
 それだけの恥辱を与えた上で、さらに土下座を強要してようやく僅かばかり、一時の満足が得られるのだ。彼の姫乃に対する執着はそれほどまでに膨れ上がっていたのである。
 姫乃はもう抵抗しなかった。
 切り株の前に立ち、自分を見下す憎むべき男の前で膝を折る。両手を地面に付き、頭を垂れ、深々と腰を曲げていった。土を被せたとはいえ、そこは姫乃が排便をした場所である。鼻を近づければまだかなりの異臭がするだろう。自分の汚物の上で土下座するようなものだ。それでも姫乃は言われるまま、地面に額をこすりつけ、完全に屈服した哀れな姿を晒していった。
 それは気丈な少女の姿というよりは、もはや自分で考える事さえできなくなった、無残な敗北者の末路でしかなかった。
「私は……女子の分際で生意気にも男子に逆らった、馬鹿な女です。礼門様に対する数々の無礼、心からお詫びいたします。女子ごときが男子に勝てない事はよく分かりました。これからは心を入れ替え、男子の奴隷として精一杯ご奉仕します。男子の命令にはどんな事でも従います。もう二度と逆らいません。どうかこの無様な姿に免じて、私を奴隷として飼って下さい。お願いします、礼門様……」
 とてもあの聡明な姫乃の口から発せられたとは思えない、惨めで情けない敗北宣言である。ギャラリーの女子たちの中には、顔を覆って泣いている者さえいた。あるいはその男子への媚びた姿に失望し、蔑みの視線を向ける者もいる。
 一方男子たちの反応は、総じて満足気であった。高嶺の花だった美少女を、これからは奴隷として好きにできるのだ。これほど征服欲が満たされる瞬間は他にないだろう。
 そしてその征服欲を最も滾らせていた男――礼門は、宿敵を陥落させた快感に浸っていた。右足を掲げ、自分の足元で這いつくばる哀れな美少女の頭を踏みつける。艶やかな黒髪が泥に汚れ、端正な顔が地面にこすりつけられていった。しかもただの地面ではない。自分の排泄物を埋めた地面の上に、だ。
「仕方がねぇ、そこまで言うなら奴隷として飼ってやるよ」
「ありがとう……ございます」
「これからは俺の命令にはどんな事でも従うんだよな?」
「はい」
「へへへ、その言葉、忘れるんじゃねぇぞ」
 勝利の快感に酔い、礼門が高笑いして右足に力を籠める。姫乃は抵抗もできず、ただ這いつくばった姿勢のまま、異臭のする地面に顔面を塗れされるしかなかった。
 男子が勝ち、女子が負けた。
 その事実をこれほど如実に表した光景もない。
 忠一が全てをカメラに収めていく。背後に回ると、剥き出しになった姫乃の肛門と、その下で精液を垂れ流す女性器が丸出しだった。そんな滑稽な姿勢で秘部を隠すこともできず、頭を土足で踏みにじられてのたうち回る姫乃の姿……。それが余すところなく映像として記録されていくのだ。もはや言い逃れのできない、完全敗北の姿と言えよう。
 男子が勝ち、女子が負けた。
 男子女子戦争は、こうしてついに終戦の時を迎えたのである。




「よーし、十二時だ。スポーツレクはこれにて終了。各自、食堂へ移動して昼食をとるように」
 パンパン、と手を叩いて、鮫島が教師らしく号令をかけた。まるでドッジボールやバレーでもして汗を流した後のような、何の屈託もない普通の号令である。切り株の前で土下座の姿勢のまま突っ伏している少女の姿など、視界に入っていないかのようだった。
「ほらほら、どうした、さっさと行かないと昼休みが終わってしまうぞ? 一時からは自然教室の反省会をするからな。遅れずに第二視聴覚室に集まるんだぞ」
 しかし、そこは腐っても担任の教師である。鮫島が促すと、生徒たちは一人また一人と、食堂の方へと足を向けていった。彼らもまた、地面で這いつくばる姫乃には気づかないふりをしている。夢遊病のごとく、ぼんやりとした様子で林を後にしていった。
 姫乃の事を無視しているわけではない。
 いや、中には女子軍を勝利に導けなかった彼女に失望し、憤慨している女子もいるだろうが……大半のクラスメイトたちは、あまりの凄惨な凌辱ショーに言葉を失い、どう彼女に接していいのか計りかねているのだ。
 姫乃を気にかけたのはたった一人だけだった。言うまでもなく、甲守耶美である。切り株の周囲に散らかった衣服をかき集め、彼女に寄り添って身体を起こしてやっている。自分のハンカチが汚れるのも厭わず、髪や顔に付いた泥を丁寧に拭い取っていた。
 そんな献身的な介助の様子をニヤニヤと見下ろしている礼門。馬鹿にしたような口調で耶美を嘲笑った。
「ふん、泣かせるねぇ。愛しの想い人を奇麗にしてあげたいってか? どんなにハンカチで拭ったところで、穢された身体は二度と元には戻らねぇがな」
 耶美はあくまで無表情に、淡々と作業を進めている。礼門の挑発にも眉一つ動かさず、小声で姫乃を労わりながら、彼女に下着を付けさせていった。
「お笑いだよな。お前も白鷺も、結局両方とも俺に処女を奪われたんだからよ。そのウンコ女のためにお前は純潔を犠牲にしたみたいだが、最後はこのザマさ。無駄な努力ご苦労さん? しょせん女の浅知恵なんてその程度ってこった」
 ショーツを穿かせる時も、自分のハンカチで躊躇なく精液を拭い、生理用のナプキンをあてがっている。まるで事前に準備していたかのような周到な手つきだった。
「女子軍が負けたんだから、これからはお前も男子の奴隷だぞ。いつまでそんなおすまし顔をしていられるかな? 二人そろってヒイヒイ泣かせてやるから覚悟しておけ」
 礼門の煽りを完全に無視して、耶美は白の丸襟ブラウスを姫乃に着せていく。そして薄いピンクのキュロットスカートに足を通させて、彼女の下着を周囲の視線からガードしていった。たとえ全てを晒した後であっても、愛する人の裸や下着が露わになっているのは我慢できないのだろう。
 だがあまりにも徹底したその礼門無視の態度は、彼を激昂させるには十分だった。
「おいふざけんなよ甲守! シカトしてんじゃねぇ!」
 突然の罵声に、まだ林に残っていたクラスメイト達の視線が一斉に集まる。それでもなお、耶美は黙々と姫乃の足の泥を拭い、粛々とソックスを履かせていた。
「無視してプライドを保ってるつもりか? そんな事したってお前ら女子軍が負けた事実は変わらねぇんだよ! 負け犬は負け犬らしく無様に屈服してりゃそれで……」
「――何を」
 そこでようやく、耶美が口を開いた。姫乃の靴を手に取り、彼女の足にそれぞれ被せながら、言葉だけ礼門に向けて放っている。
「何をそんなに焦っているの?」
「焦って……いる? 俺が?」
 仕上げにウェストポーチを手に取り、姫乃の細い腰に巻き付けていった。
「だってそうでしょう? あなたの言う通り、あなたは私や姫乃に勝ったのよ。男子軍が女子軍に勝ったのよ。だったら勝者らしく悠然と振舞っていたらいいじゃない。それなのに、今のあなたの態度はまるで敗者のそれね。自分が負けたわけじゃないって自分に言い聞かせるために、焦って必死になってその証拠を探しているみたい」
 姫乃の腕を自分の肩に回して、耶美はゆっくりと立ち上がった。彼女の腰に手を回して身体を支える。そして最後に、そばで狼狽している礼門を冷たく一瞥した。
「そんなに、自分が姫乃に勝ったっていう確証が欲しいの? そんなに、自分が姫乃に勝った実感が湧かないの? 私には、あなたの方が無様に見えるわね」
「て、てめぇ……」
 男子女子戦争を隠れ蓑にして、耶美や姫乃の純潔を奪い、男子軍を勝利させて彼女らを奴隷にする――。礼門の野望は完全に成功した。誰がどう見ても礼門の勝利であり、男子軍の勝利であった。それなのに今はなぜか、両者の立場は逆転しているように思えてならない。女子である耶美が毅然と振舞い、男子である礼門が情けなく狼狽えていた。
 いや考えてみれば、礼門が執拗に姫乃に敗北宣言を迫ったのも、耶美の言う『焦り』が原因だったのかもしれない。姫乃をストリップさせても、脱糞ショーをさせても、自らの手で処女を捧げさせても、跪かせてお掃除フェラを強制しても、それでも心のどこかで姫乃に負けている気がしていた。だからこそ最後に土下座まで強要して敗北宣言させたのだ。
 いや、そこまでしても果たして勝利の実感が湧いたかどうかは……今の礼門を見る限り、怪しいものであったが。
「こいつ、言わせておけば……ッ!」
 逆上した礼門が拳を振り上げる。結局最後は暴力に頼らざるを得ない。それが彼の器の限界でもあった。
「おい、よせよ」
 しかしその拳が振り下ろされる事は無かった。背後から伸びた手が彼の腕をつかみ、押し止めたからだ。
「男子女子戦争のルールじゃ、暴力は禁止だろ? ましてやもう戦争は終わったんだ。勝敗が決したのに矛を収めないなんて、みっともないぜ?」
 声の主はかつての男子軍リーダー、明石士郎であった。いけ好かない相手に諫められて、さらに礼門が不機嫌になる。
「何だよ明石、てめぇには関係ねぇだろ!」
「関係はあるさ。戦争が終わった以上、これからは戦後処理を考えてかなきゃいけない。戦争中より無秩序な暴力世界になるのは御免だからな」
「女子どもをどうしようが俺の勝手だろうが!」
「お前の勝手にできるわけじゃない。俺たち男子の勝手にできるだけだ。そこを履き違えるなよ」
 姫乃は敗北宣言で礼門の奴隷になると言っていたが、あんなものはその場のノリで出た言葉に過ぎない。姫乃が服従するのはあくまでスポーツレクの間だけ。今後の学校生活の中で、五年二組が解散するまで、どう女子を奴隷にしていくのかは男子の間で話し合う必要があった。直接姫乃を倒した最大の功労者が虹輝である以上、礼門の発言権もそこまで大きくは無いのだ。それは本人も自覚している事だろう。
「ふん、勝手にしやがれ!」
 それに教師である鮫島もまだ残っているのに、これ以上騒ぎを大きくして暴力沙汰を起こすほど彼も馬鹿ではなかった。覚えてろ、と乱暴に舌打ちして、肩を怒らせながら食堂の方に立ち去って行った。耶美が蔑むような視線でその背中を射抜いている。
「お礼を言う必要があるかしら?」
「いいや。それより昼からの反省会は頼むぜ。打ち合わせ通りな」
「もちろん」
 短く返事をすると、彼女も姫乃を連れて林を立ち去って行った。徹頭徹尾、最後まで無表情である。さすがクールビューティといったところか。もっとも、女子軍が敗北した以上、礼門が言う通りあの鉄仮面がいつまで持つかは怪しいものだったが……。
 そうやって、やれやれと士郎が息をついた、次の瞬間。
「……何が打ち合わせ通りですって?」
「うわっ、びっくりした!」
 突然の背後からの声に、士郎が飛び跳ねて振り返った。
「何だ桃香か。ビビらせんなよ」
 腕を組んで仁王立ちしていたのは、羽生桃香である。姫乃と激しい鍔迫り合いを何度も繰り返し、ギリギリまで彼女を追いこんでおきながら、あと一歩というところで逆転負けを喫した少女。姫乃に対する恨みも人一倍かと思われたが、意外にも彼女が凌辱されている間、桃香はあまり感情を表に出していなかった。喜んでいるのか悲しんでいるのか全く分からない。ただじっと腰を据えて、姫乃の様子を観察しているだけだった。まるで彼女の真意を探っているかのように。
 だが今はあからさまに、不機嫌そうな顔でまっすぐ士郎を睨んでいた。
「何だじゃないわ。約束、守ってもらうわよ」
「約束ぅ? 何の話だよ?」
「とぼけないで。脱衣カードゲームが終わったら、姫乃と結んだ同盟の内容を教えてくれる約束だったでしょ」
 士郎はプール開きの日に、姫乃の命を受けた耶美と同盟を結んでいる。それは礼門派と桃香派の連合軍に対する士郎派と姫乃派の軍事同盟という意味合いもあった。今となっては遠い過去の話のようだ。
「よく覚えてるなぁ、そんな昔の約束」
「ほんの二、三時間前に言われた事、忘れるわけないでしょ!」
 その同盟には三つの条件があった。一つ目は、桃香と礼門が手を結んでいる間、士郎と姫乃が協力してこれに対抗するというもの。二つ目は、桃香を倒すまでの間、姫乃が男子軍に力を貸すというもの。そして三つ目が……戦争が終わった後の統治について、士郎が姫乃に出来る限り協力するというものだ。
「三つ目の内容……戦後統治であんたが姫乃に協力する、その具体的な内容について教えてもらうわ」
 一つ目と二つ目の条件は、姫乃が桃香に勝つつもりで結んだ事は想像できる。だが三つ目の真意がよく分からなかった。戦争中に結んだ同盟でありながら、既に戦後について何らかの合意を結んでいるのだ。いったい姫乃は何の目的でそんな同盟を持ち掛けたのか?
「俺が教えなくても、大体の予想はついているって感じじゃないか?」
「これ以上、はぐらかすのは無しよ」
「分かった分かった、ちゃんと教えるよ。俺が白鷺と結んだ同盟の三つ目の条件。それはな……」
 一度言葉を切った後、士郎がハッキリと言い放った。
「戦争が終わった後、もし女子軍が敗北したのなら。その時は、全ての戦争責任を、白鷺姫乃一人に背負わせる――、って内容だ」
 その言葉に、桃香は静かに目を閉じる。
「やっぱり……そういう事か」
 女子軍の敗北を前提としている事も奇異だが、戦争責任を姫乃一人が背負い込むのもまた異常であった。男子女子戦争の引き金となったのは、桃香と士郎の対立がそもそもの原因。姫乃は途中から渋々参加したに過ぎない。それなのになぜ彼女一人だけが泥を被ろうとしているのか? 桃香を全力で叩き潰し、地獄に突き落としたのは姫乃本人だ。彼女が優しい性格だから……というだけで説明できる事ではなかった。
「あんまり驚いてないな?」
「想像はついたわよ。私を倒した後、男子たちに徹底的に辱めさせたのは、まぁ耶美の一件もあるから不思議じゃなかったけど……その後の姫乃の行動は、おかしな所だらけだったわ」
 桃香でなくても、五年二組の生徒ならば誰でも疑問に思う事だ。なぜ姫乃は脱衣カードゲームなどという破廉恥な決闘方法を自ら提案したのか? なぜスカーフやリストバンドを使って、一枚ずつ脱いでいく姿を期待していた男子たちを挑発するような真似をしたのか? なぜ自分が負けたら礼門の自由になるなどという破滅的な宣言をしてみせたのか? そしてなぜ、好戦的な態度と高度な戦略で情け容赦なく虹輝を追い詰めていったのか?
 もし――、もしも、だ。
 もしも、姫乃が女子軍最後の一人になって、虹輝が男子軍最後の一人になるのが、彼女の想定通りの展開だったとしたら? そして二人で一騎打ちをして、姫乃が負けて、女子軍が敗北するのがシナリオに沿ったものだとしたら? 全てが、女子軍を敗北させ、その戦争責任を姫乃一人で背負い込む目的のためだとしたら?
 彼女の行動の一切合切が、一本の線で繋がることになる。
 姫乃は自分が全ての責任を被った上で、女子軍を敗北させるつもりで、最初から……遅くともプール開きの時点から、行動していた。
「自分が責任を負うには、自分が女子軍最後の一人に残らなくちゃいけない。犬飼に一騎打ちを持ち掛けたのは、集団戦だと不測の事態で女子軍が『勝ってしまう』危険があったから。そして女子軍が負けた後、男子たちの好奇の目が自分に集中するように、あえて脱衣カードゲームなんて勝負を仕掛けて、馬鹿男子たちのエロ心を煽った。馬鹿ゴリラの命令を何でもきくなんて言い出したのも、そうすれば他の男子たちはお預けを喰らう事になるから……。さすが姫乃ね。完璧だわ。完璧なシナリオだわ。これなら放っておいても、女子たちは姫乃を恨むし、男子たちは姫乃の身体を弄びたくてウズウズする。他の女子なんてどうでもよくなる、か」
 何の事は無い。姫乃が桃香を地獄に突き落としたのは、自分がそれ以上の無間地獄へと身を投じる覚悟を決めていたからだ。そうでなければ、あの聡明で理知的な姫乃が、桃香に対して「地獄に堕ちればいいんだわ」などと言い放つわけがなかった。自分だけがのうのうと安全圏に身を潜め、他人の苦しむ様を高みの見物と洒落込めるほど、姫乃は卑劣な人間ではない。たとえ相手が憎むべき仇敵の少女であったとしても、常に労わりと優しさの心で接する天使の少女。それが白鷺姫乃という存在なのだから。
 しかも驚くべきは、この同盟を直接士郎に持ち掛けたのが甲守耶美という事実だろう。つまり耶美はこの同盟の内容を知っている。知った上で姫乃に協力していたのだ。
「最初から、白鷺の奴は負けて辱められるつもりで行動していた。だから甲守の奴も冷静に見ていられたんだろうな。覚悟は決まっていたっつーか」
「姫乃が女子軍最後の一人になるという事は、それまでの間に耶美も戦死しなければいけないって事よ。耶美自身も、自分が負けて男子のおもちゃになる事は覚悟してたってわけね。まぁ男子じゃなくてあたしに散々弄ばれるとは予想してなかったでしょうけど」
 そこまでして姫乃が成し遂げようとしている事は何なのだろうか? 彼女の指示で耶美がプールから離れたために、宇崎みどりは礼門にレイプされ、男子女子戦争で初めての強姦被害者となってしまった。礼門の暴走が原因とはいえ、姫乃がその事を悔いているのは間違いないだろう。だがその贖罪というだけでは、こんな馬鹿げた同盟の説明はつけられなかった。
 緻密で周到な台本を用意し、数々の修羅場を潜り抜け、強靭な精神力と卓越した頭脳で見事に敗北を演じきる。それだけでも舌を巻く偉業だが、彼女はそれだけではなく、なおも士郎の協力を得て自分一人が戦争責任を背負い込もうとしていた。単なるみどりへの同情という理由だけで納得できる話ではない。
「どうして姫乃はこんな馬鹿な真似を……」
「そんなの俺が知るわけないだろ。ただ自分に有利な同盟だったから受けただけさ。女子軍が負けてもお前を守れるんなら願ったり叶ったりだ」
 ポーカーフェイスで返す士郎だったが、実は彼は同盟を結ぶ際、耶美からそれを聞かされていた。姫乃が何を思ってこの男子女子戦争を戦っているのかを。だが今はそれを言うべき時ではない。そう思って口をつぐんでいるのだ。幸いにも、視線を落として思案している桃香に、それを悟られる事は無かった。
「とりあえず昼からの反省会で、同盟の内容を実行するだけだな。……あ、先生!」
 立ち去ろうとしている鮫島を目に留め、士郎が手を挙げて呼び止める。
「おう明石か。どうした?」
「反省会は俺たちが仕切っていいんだろ?」
「ああ、もちろん。言われた通り、場所だけ用意してあるから後は好きに進めるといい。ただし終了時間は守れよ」
「サンキュー、それだけ確認したかったんだ」
 鮫島が手を振って食堂に向かっていく。もう林の中に残っている生徒もほとんどいなかった。そろそろ士郎たちも昼食をとらないと、いかにセルフサービスの食堂とはいえ、食いっぱぐれることになりかねない。
「反省会って……何をするつもりよ?」
 桃香が怪訝な視線を向けた。
「決まってるだろ? もう男子女子戦争は終わったんだ。戦争が終わったら、戦後処理の一環として、敗戦国の指導者の戦争責任を追及するのは当たり前。そのための軍事裁判を開くのさ」
「軍事……裁判ですって?」
「女子軍を指揮して、戦争を推し進めていった五人の女子たちを裁判にかける。そして有罪か無罪か、有罪ならその罪の重さも決めなきゃならない。当然、裁判を取り仕切るのは俺たち男子軍だけどな」
 戦勝国が敗戦国を裁くというのか。まるで極東国際軍事裁判ではないか。いや、大人たちの裁判と違って、子供たちの裁判はあくまで裁判ごっこである。裁くのが男子軍だというのなら、公明正大な裁判など望むべくもない。それは裁判の形を借りた、男子軍の女子軍に対する陰湿な報復に他ならなかった。無罪などという判決の可能性は最初からゼロなのだ。
「もちろん桃香、お前も被告人の一人だぜ? けど安心しろ。例の同盟がある以上、お前の罪はそう重くならないように俺が手を回しておくさ。全ての罪を被って戦争犯罪者になるのは――」
 青ざめる桃香をよそに、士郎は平然と言ってのけた。
「白鷺姫乃、一人だけだ」




 その頃、林の中を疾走している一つの影があった。虹輝だ。犬飼虹輝が、たった一人で林の中を駆け抜けているのだ。
 他のクラスメイトたちが全員食堂の方へと向かっている中で、一人だけ全く別の方向へと一心不乱に突き進んでいた。言うまでもなく、林の中はかけっこをするような場所ではない。現に足場の悪さゆえ、彼は何度も転びそうになりながら、必死の形相で道なき道を進んでいた。
 別に明確な目的地があるわけではなさそうだった。単に人気のない場所を探しているだけらしい。ハァハァと荒い息を継ぎながら、適当な大木を見つけると、素早くその影に隠れてじっと身を潜めた。ようやく落ち着いたとばかりに呼吸を整えていく。周囲を見回して他に人の気配がない事を確認すると、ゆっくりとズボンのポケットに手を入れていった。
 虹輝はついさっき、林の中で士郎と桃香の会話を偶然にも小耳に挟んだのである。立ち聞きするつもりはなかったが、聞こえてきたのだから仕方ない。そしてそこで耳を疑うような情報を知らされたのである。
 白鷺姫乃がわざと自分に負けた、と。
 本当だろうか?
 有り得ない。最初はそう思った。男子女子戦争で負けるという事は、素っ裸にひん剥かれて、身体をおもちゃにされるという事なのだ。自らそんな事を望む女子がいるはずがない。現に、脱衣カードゲームで負けた後、辱められた姫乃は、本当に苦しそうだったし辛そうだった。だから虹輝ももう見ていられないと思ったのだ。それが彼女自身の望んだ事などとは、どうしても思えなかった。
 もちろん世の中には露出願望やレイプ願望の女性もいるなんて話は聞くが、あくまで願望に過ぎない場合がほとんどだろう。嫌悪する男にクラス全員の前で実際に凌辱され、それを撮影までされる事を望む女性がいるとは……まぁ少なくとも、姫乃がそんなタイプでない事だけは間違いなかった。
 もっとも、世の中には絶対という事は無い。どれだけ低い可能性であっても、確かに姫乃がわざと負けた可能性はゼロではなかった。姫乃がそんなタイプじゃないなどという、自分の勝手な思い込みだけで断言する事は論理的ではないだろう。
 何か明確な証拠でもあれば話は別だが……。
 ――いや、ある。
 虹輝の頭の中で何かが弾けた。
 一つだけ……一つだけ、確たる証拠があるではないか。
 姫乃がわざと負けたかどうかを確かめる、唯一にして絶対の方法が。
 それに気付いた時、虹輝は駆け出していた。誰にも邪魔されない場所で、しっかりとはっきりと、この目で確かめなければならないと思ったからだ。
 彼がズボンのポケットから取り出したもの。それはトランプのケースだった。中には、姫乃と虹輝が激闘を繰り広げた、あの脱衣カードゲームで使われたトランプが入っている。確か姫乃は言っていた。「これは虹輝くんにあげるわ。今日の記念に、ね。大切に持っていて」と。あの時は何とも思っていなかったが、実はあの言葉と行動には深い意味があったのではないか。そうでなければ姫乃がわざわざ、「あなたはこのトランプを受け取る義務がある」などと言ったりしないだろう。
 そう。脱衣カードゲームの勝敗が決した時、彼女は呑気にトランプを片付けていた。山札の上に、新・四回戦で二人が切ったトランプを重ねて、それから自分の手札の束を上に乗せた。そして最後に虹輝の手札を被せて紙製のケースに戻したはずだ。
 だとすれば、ケースから取り出して一枚ずつカードをめくっていけば、姫乃が最後に持っていた手札の内容が分かる事になる。彼女が持っていたジョーカーの正体が分かるのだ。
 普通に考えれば、姫乃のジョーカーはダイヤのAのはずだ。
 だからこそ最後の勝負……お互い四敗ずつで臨んだ最後の決戦で、彼女はダイヤのAのカードを切れなかった。ダイヤの8と10を出し、クラブの6とAを出した虹輝に負けた。
 四敗ずつで臨む最後の勝負に駆け引きは存在しない。二枚ずつカードを切るという追加ルールがあったのだから、手札の中から機械的に二枚、数字の大きいカードを選んで出せば良いだけだ。しかしもし、最後に残った姫乃の手札の中に、万が一にもダイヤのAが残っていたとすれば……。それはつまり、姫乃がわざと負けたという、言い逃れのできない揺るぎない証拠になるはずだった。
 虹輝が手の震えを必死に抑えながら、トランプをケースから取り出していく。もし手が滑って足元に落としてしまったりしたら、何もかも台無しだ。大木の根っこの間に腰を下ろし、ゆっくりゆっくり、地面の上にカードの束を乗せていった。
 大きく深呼吸してから、まず一番上のカード五枚を手に取った。これが虹輝の持っていた手札。裏返すと、クラブの2、3、4、5、それにジョーカーのカードが姿を現した。虹輝の手札のうち、クラブの7がジョーカーと交換されたのだから、これは当たり前である。問題は次だ。次の五枚が、姫乃が最後に持っていた手札の内容となる。掌に滲んだ汗を拭い、虹輝は山札の上から五枚、カードを取り分けた。
 一枚目のカードをめくる。絵柄はダイヤの4。姫乃の手札の中では一番数字の小さいカードだ。二枚目はダイヤの5、三枚目がダイヤの6。そして四枚目に登場したのは、ジョーカーのカードだった。ここまでは予想通りだ。問題のカードが、奇しくも最後に残った形である。
 姫乃の持っていた手札のうち、五枚目のカード。これが、ダイヤの7ならば、何の問題もないだろう。彼女の持っていたダイヤのAのカードがジョーカーと交換された事になり、彼女は自分の手札の中から最も数字の大きいダイヤの8とダイヤの10を出した事になるのだから。姫乃は全力で虹輝と戦い、惜しくも敗れ去った。そういう事になる。
 だが、もしもこの五枚目のカードがダイヤのAだったとしたら……。
 姫乃のジョーカーの正体は、ダイヤの7だった事になるのだ。彼女はダイヤの7をジョーカーと交換し、手札の中にダイヤのAを温存していた。そして駆け引き無しの最後の勝負において、みすみすダイヤのAを出さずに、あえて数字の小さなダイヤの8とダイヤの10を出した。姫乃には虹輝のジョーカーの位置は分からなかったが、最終決戦での虹輝の手札の内容は、クラブの2、3、4、5。クラブの7と交換したジョーカー。それに手札に選んだクラブの6とクラブのAの七枚である。
 もし虹輝のジョーカーがもっと小さな数字のカードだったとしても、彼が出せる最大の組み合わせは、クラブの7とクラブのAである事は、姫乃にも予想できたはずである。合計は21。対して姫乃がダイヤのAを持っていたとするなら、彼女の出せる最大の組み合わせは、ダイヤの10とダイヤのAとなる。合計は24。姫乃の圧勝だ。
 けれども実際に彼女が最後に出したカードの組み合わせは、ダイヤの10とダイヤの8だった。ダイヤのAを隠し持っていたのなら、わざと負けたと言われても言い訳はできまい。
 そんなはずはない。
 そんはなずはないんだ。
 虹輝は必死に自分に言い聞かせながら、五枚目のカードを裏返していった。ダイヤの7が出てくる。ダイヤの7が出てくる。そう願いながら。
 されども、現実は非情だった。
 五枚目のカードには、ダイヤのマークが七つも並んではいなかった。たった一つ、小さなダイヤのマークが、中央に描かれているだけだ。
 ダイヤのA。
 それが、五枚目のカード。
 姫乃のジョーカーの正体は、ダイヤのAではなく、ダイヤの7だったのだ。姫乃は、自分の手札にダイヤのAという最大の武器があるのを知りながら、みすみすそれを使わずにダイヤの8を使った。もし虹輝のジョーカーがクラブのAだったなら、その組み合わせでも勝てただろう。しかし四敗同士で迎えた最終決戦である以上、それはダイヤのAを温存する理由にはならない。
 いやもしかすると姫乃は、虹輝のジョーカーがクラブの7だと知っていたのかもしれなかった。彼のジョーカーを指定したのは姫乃だ。虹輝が危惧したように、姫乃には自然教室が始まるまでの間、トランプに細工する時間的余裕はタップリとあった。男子と女子の対決なら、男子がスペードやクラブを使い、女子がハートやダイヤを使うのはごく自然な流れである。いやそもそも最初にスペードとハートを使うように言ったのは姫乃の方ではないか。そしてカード全切りで手札を使い切り、後半からはクラブとダイヤのカードを使う流れを見切っていたとするならば……クラブのカードの裏側に何か目印を付けるだけで目的は達せられる。
 もちろん姫乃のジョーカーを選ぶのは虹輝だから、虹輝のジョーカーを自由に指定できたとしても、それだけでは勝つためのイカサマとしては弱い。自分のジョーカーも自由に選べなければ確実な勝利はおぼつかなかった。だがもしこれが勝つためのイカサマではなく、負けるためのイカサマだったとしたら?
 自分のジョーカーの位置は手札を見れば分かる。それに加えて虹輝のジョーカーの正体が分かっていれば、姫乃はゲームの流れを完全に把握する事ができた。そう、姫乃の目的は勝つ事ではない。負ける事だ。しかもできるだけ自然な流れで――、できれば「最後のギリギリの局面で、惜しくも負けてしまった」形が一番望ましい。万が一、わざと負けた事がバレれば、女子たちの間でブーイングが起こり、脱衣カードゲームの結果が無効だと騒ぎ立てられかねないからだ。
 そう考えれば、勝敗が決した後、なぜ姫乃が呑気にトランプを片付けていたのかもすぐに理解できるだろう。あれはトランプを片付けていたのではなかった。自分がわざと負けた事を証明する、唯一絶対の物証を隠滅していたのだ。さすがに山札に戻したトランプをわざわざシャッフルしたりすれば行動の不自然さが目立ってしまう。けれどもトランプを虹輝に渡してしまえば、その時点でトランプの証拠能力は半減する。虹輝がカードの順番を入れ替える可能性が生じるからだ。
 もし誰かが姫乃の行動に疑問を感じ、彼女の手札を確認しようとすれば、惜敗という形でわざと負けるという姫乃の計画が台無しになる危険があった。虹輝にトランプを渡した直後に、これを調べられても同様だ。
 しかしあの時はクラスメイトの誰もが、姫乃の敗北に驚愕し、これから始まるであろうストリップに興奮していた。誰一人として、姫乃がわざと負けたなどとは考えてもいなかった。ましてや手札を確認しようとする者など出てくるはずもない。そんな中、姫乃はほんのわずかな可能性も危惧し、冷静かつ沈着に、唯一の物証を隠滅したのだ。そして虹輝の手に渡ったトランプの証拠能力を完全に消し去るため……つまり時間稼ぎをするため、クラスメイト全員の目の前でストリップショーを演じだ。
 トランプを手にしてからかなりの時間が経過してしまった今となっては、もはや証拠能力はゼロになったと言わざるを得ない。虹輝がこのトランプを証拠に、姫乃がわざと負けたなどと言ったところで、誰もそれを信じたりはしないだろう。何もかもが、姫乃の想定通りに進んでいたのだ。
「そんな……そんな……」
 最初から最後まで、虹輝は一貫して彼女の掌の上で踊らされていたに過ぎない。
「姫乃さんは……わざと」
 やはり二人の関係は象と蟻だった。巨大な象が、わざと自分から倒れてくれた。ちっぽけな蟻が、それを自分が倒したと勘違いしていただけなのだ。
「わざと、負けた……?」
 頭が真っ白になる。
 どうして?
 なぜ?
 疑問符だけがどんどん増えていった。
 さらにそんな彼に追い打ちをかけるかのように――。
「へぇ、勝ったのは犬飼くんの方かぁ」
 頭上から降ってきた突然の声に、虹輝がビクンと飛び跳ねた。まさか近くに人がいたとは。顔を上げると、そこには野暮ったい黒縁眼鏡におさげ髪の、一人の少女が立っていた。
「え、な……?」
「じゃあ犬飼くんがカムパネルラになるんだね?」
 少女は腰を折って虹輝の顔を覗き込んでいる。
 見た事もない少女の突然の登場は、ただでさえこんがらがっていた虹輝の頭の中を、完全なパニック状態に追い込むには十分過ぎた。困惑する彼が発する事ができた言葉はただ一つ……。
「だ、誰……?」
 という、間の抜けたものだけだった。
 その言葉に、まず少女はきょとんとした表情で返し、次に泡がはじけたようにクスクス笑い始めた。
「あははは、そうかぁ、転校生くんはまだ他のクラスの子の顔なんて覚えてないかな? じゃあ初めまして。私は村咲まのみ。君と同じ学校の、五年一組よ」
「あ、そ、そう……。一組の……」
 どうして一組の生徒がこんな所にいるのか? 同じ自然教室に参加しているとはいえ、もう昼休みだ。体育館でスポーツレクを楽しんでいた一組の生徒たちは、とっくに食堂に移動しているだろう。それにどうして虹輝の名前を知っているのか? まぁ同じ学年なら知っていても不思議ではないが、彼女は他にも気になる事を言っていた。
 勝ったのは虹輝の方、だって? まるで男子女子戦争や、さらには脱衣カードゲームの事を知っているかのような口ぶりではないか。それに虹輝の事を、何とか……になると言っていた。確かカムパ……何とかだと……。
「もしかするとこれからも顔を合わせる事があるかもね」
「それってどういう……」
 彼の質問には答えず、まのみは姿勢を直すと、くるりと踵を返した。
「白鷺さんはこれから大変だなぁ。頑張ってね、カムパネルラの犬飼虹輝くん?」
「カム……パネルラ? 僕……が?」
 いたずらっぽく笑って、彼女はスキップのような軽い足取りで立ち去って行った。いや、少し進んで立ち止まると、言い忘れたかのように言葉を付け足す。
「――終わってないよ」
 気のせいか、その口調は今までとは違って、なぜだか少し重い感じがした。背中を見せているために表情を垣間見る事はできなかったが。
「終わってないって、いったい何が? 何の話なの?」
「だから、終わってないんだってば。……男子女子戦争は、さ」
 思いもかけない単語が飛び出し、虹輝は目を白黒させた。男子女子戦争? どうして、一組の生徒がそんな言葉を知っている? いったい誰が喋ったんだ? 男子女子戦争の事は二組だけの秘密だったはずなのに……。
 しかし問い詰めようにも、既にまのみは軽快なスキップで虹輝の元を立ち去った後だった。あっという間にその背中が小さくなっていく。目の前のトランプを気にして立ち上がるのが遅れた虹輝に、追いつく術があるはずもなかった。
 わけが分からない。
 いったい……自分の知らない所で何が始まっているのか。
 呆然と、虹輝は手元に残ったトランプに視線を落とした。そこにあるのはダイヤのAのカード。姫乃がわざと虹輝に負けたという証拠であり、そして理由はどうあれ、女子軍を敗北させたという何よりの証であった。
 わざとであろうとなかろうと、姫乃が負けた事実は動かない。彼女はこれから軍事法廷で裁かれ、男子の命令に逆らえない奴隷となり、五年二組解散の時まで嬲り者にされる。
 それが、現実。
 それが、事実。
 現実は、どこまでも非情だった。
 
 

第二十二話 『失楽園』

2016-06-18

 白鷺姫乃のオールヌードを見た時、誰しもが彼女を『天使の少女』だと感じた。礼門のように、姫乃の心の強さまで感じ取ったわけではなくても、ただ純粋に、その美しさに人間離れした魅力を見出していたのだ。それは例えば、桃香以外の女性に興味を持たない忠一や、女性そのものに性的魅力を感じない清司、そして両性愛者である士郎であっても同じだった。
 男性であってもダビデ像の肉体美は理解できるし、女性でもミロのヴィーナスのボディラインには見惚れるだろう。それと同じだ。忠一も清司も士郎も、一つの芸術作品として、姫乃のヌードに神々しいまでの美を感じ取っていた。まして姫乃を高根の花として恋焦がれていた、雑魚男子たちの反応は語るまでもない。
 もちろん虹輝もその中の一人だ。
 姫乃に悪いとは思いつつ、彼女の純白の肌、膨らみかけの乳房、生えかけの陰毛に目が離せないでいた。羞恥心をこらえながら、懸命に義務を果たそうとする意志の強さには敬服するしかない。
 女子の反応もまた同様である。祢々子のように、姫乃が何の策もなく敗北を受け入れた事に失望し、不満そうに怒りや蔑みの視線を向ける雑魚女子も確かに多かった。しかしそんな彼女たちでさえ、やはり姫乃のオールヌードを目の当たりにすれば、神秘的な魅力の前に気圧されざるを得ない。姫乃に恋愛感情を持つ耶美、人間として敬意を抱いているみどりの反応と全く同じだ。
 そして注目すべきは、かつてライバルとして姫乃と敵対していた桃香であろう。彼女は敗北した姫乃を嘲る事も無く、冷静に事態を観察しつつも、その『天使の少女』に自然と目を奪われているように思われた。逆転のチャンスを未だ姫乃に見出しているのか? それともみどりのように心底から姫乃を敬愛するようになったのか? いずれにせよ、この期に及んでなお姫乃に一目置いている事には間違いなかった。
「……くそっ」
 礼門が小さく呟く。
 宿敵の姫乃をついに素っ裸にひん剥き、生き恥を晒させてやったというのに、彼の心に勝利の感慨は湧いてこなかった。何故だ。何故なのだ?
 何故、白鷺姫乃はすっぽんぽんの醜態を晒してなお、これほど圧倒的なオーラを放ち続けられるのだ?
 今まで脱がしてきた女子たちはみんな、程度の差こそあれ、生まれたままの姿を暴いてやれば必ず屈服させる事が出来た。あのクールな甲守耶美も、最後には礼門に処女を貫かれ、泣きながら許しを乞うたではないか。それなのにどうして彼女は……白鷺姫乃は、今なおこの場の空気を支配しているのか。五年二組のクラスメイトたちに怖れを抱かせているのか。
 冗談じゃない。これでは礼門は姫乃に勝った事にはならない。彼の目的は姫乃の処女を奪う事だが、さりとて単に力ずくで凌辱しても何の意味もなかった。以前の彼ならそれでも良かっただろう。しかし姫乃打倒のために桃香に協力し、彼女の駒として言いなりになるという屈辱に甘んじた際、礼門は学んだのだ。
 真の凌辱とは、肉体のみならず精神をも屈服させて初めて成り立つものなのだと。
 腕力で劣る相手なら、力ずくでレイプするのは容易い。いや姫乃の場合はそれさえも困難であったが、脱衣カードゲームで敗北した今なら、性欲の赴くままに押し倒し、ペニスを挿入して快楽を得る事は簡単だろう。
 だが、それでは単なる動物の交尾だ。今の礼門にとって、そんなものはクソの価値もなかった。肝心なのは、姫乃の精神を完膚なきまでに叩き潰し、プライドをズタズタに引き裂き、心の底から礼門に屈従させる事。セックスの強要など、その手段に過ぎない。
 何が天使の少女だ。
 俺は必ずこいつを打ち負かしてみせる。
 礼門は並々ならぬ決意と共に、口を開いて次なる命令を姫乃に下した。
「――おい、白鷺」
 素っ裸のまま、力強く自分を見下ろす姫乃を睨み返す。
「まずはその靴と靴下を脱いでもらおうか。首から下は完全なすっぽんぽんになってもらうぜ」
「はい」
 予想していたのか、姫乃は躊躇なく返事をして、ゆっくりと身を屈めていった。あまりお尻を突き出さないように注意しながら、白いスニーカーを脱ぎ去っていく。靴とソックスを残したままのオールヌードもそそるが、一方で靴さえ履く事を許さない完全なオールヌードを強要する事もまた、征服欲を満たす上で重要だった。
 清楚なレースをあしらったソックスを足から抜き取ると、ついに姫乃は一糸まとわぬ生まれたままの姿と成り果てた。年頃の少女が、入浴する時以外にこんな姿を晒す事はまず有り得ない。ましてクラスメイトの男子や男性教師の目の前で見せていい姿ではなかった。
 まだだ。
 まだこんなものじゃない。
 次は本当の意味で、全てを見せてもらおうか。
「いい格好だな白鷺。だがもっといい格好になってもらうぜ」
 姫乃が僅かに肩を震わせる。頭のいい彼女なら、次に何を命令されるのか、もう察しは付いているだろう。だからこそ、勿体つけて言い放つ意味がある。
「……その場に腰を下ろして、股をおっぴろげろ。指でマンコを開いて、奥の奥まで見せるんだ」
 予想通りの命令に姫乃は小さく息を吐いた。その胸中を占めている感情は何だろうか。怒りか? 悔いか? 諦めか?
「はい」
 何であれ、礼門の命令には従わなくてはならない。姫乃は小さく返事をして、ゆっくりと膝を折っていった。しゃがみ込んだ姿勢から、手を後方に着いて身体を支えつつ、体育座りへと体勢を変えていく。もちろんその間、一貫して両足はきつく閉じられていて、股間の割れ目の奥は未だヴェールに包まれていた。どうせすぐ見られるというのに律儀な事だ。さしもの白鷺姫乃も、秘部を暴かれる羞恥には耐えられないと見える。
 だが、姫乃は同じ失敗を繰り返すような少女ではなかった。羞恥心に負けて最後の一枚を脱ぐ事ができず、礼門に命じられてショーツの脱衣を強制された……あの屈辱はもう二度と御免だと思ったのだろう。彼女は微かに唇を噛み締めると、躊躇いがちにではあるが、自らの意志で両足を開き始めた。礼門を含め、姫乃と相対している男子たちが一様に喉を鳴らして生唾を呑み込んでいく。
「う……わっ……」
 彼らは口々に感嘆の言葉を漏らしていった。
 男子のおちんちんは、興奮すれば大きく勃起するし、寒さで小さく縮こまったりする物だ。それに対して女子の割れ目はさほど形が変わらないと思われがちである。しかし実際には、見る角度や姿勢によって、女子の割れ目もまた様々な表情を見せる神秘のクレヴァスであった。他の女子の割れ目もさんざん見ているはずなのに、雑魚男子たちは誰もが目を凝らし、姫乃の秘密のスリットを網膜に焼き付けようと血眼になっていた。何せあの白鷺姫乃の全裸M字開脚である。興奮しない方がおかしいだろう。
 立っていた時は股間の逆三角形の下端に見えていた割れ目だが、開脚すると、プックリとした肉の膨らみ……いわゆる大陰唇の中央に走る亀裂だという事がよく分かった。肛門は切り株との狭間の影になって全く見えない。
 姫乃の割れ目は、単なる一本線ではなく、大陰唇と大陰唇の合わせ目から僅かにピンクの肉壁が顔を覗かせていた。だがあくまで割れ目から綻んでいるだけで、大人の女性の如く小陰唇がはっきりと露出しているわけではない。未成熟な身体である証拠だ。
 そして発達途上なのは陰毛の濃さも同じである。
 姫乃の陰毛は割れ目の上部に集中していて、スリットの周辺には産毛程度にしか見られなかった。桃香のように肛門の周辺にまで及んでいる気配は全く無い。集中していると言っても、陰毛を通して下の皮膚が窺える程度の生え具合である。立っていた時でさえ割れ目を隠す事ができなかったのだ。M字開脚の姿勢などとってしまえば、全てが丸見えになるのは自明の理であった。
 体勢が安定すると、姫乃はいよいよ自分の両手を前に回し、たおやかな指先を割れ目の左右に宛がっていった。脚の付け根の上側ではなく、下側から手を回しているのはさすがだ。こうする事で陰毛を手で隠す事も無く、自然にスリットを全開に広げる事が出来る。それが彼女にとって好ましい事なのかどうかは不明だが……。
「これが……私の……」
 躊躇いがちに口を開きながら、同時に割れ目も開いていく。
「私の……お、まんこ……です」
 とても姫乃の口から飛び出すとは思えない、はしたない卑語と共に、割れ目の中身もあられもなく飛び出した。
 重なり合ったピンクの粘膜。
 滴り流れ出そうとする透明の蜜液。
 包皮に包まれた小さな豆粒の如き突起。
 目を凝らさなければよく分からないような、尿道口の穴。
 そしてその下にひっそりと息づく……ペニスを受け入れるための膣穴。
 もちろんその穴の奥には、フリル状のヒダが微かに顔を覗かせていた。
 処女膜だ。
 身体の内側に入り込んでくる外気を感じ、姫乃が僅かに身を震わせる。あの白鷺姫乃が、正真正銘、本当の意味で全てを晒した瞬間だった。彼女の正面にいる男子や女子、男性教師の鮫島、そして忠一が構えるビデオカメラが、秘密の花園を奥の奥まで視姦していく。あれほどまでに気高く美しい少女が、女の秘密の全てを暴かれるとは。誰もが我を忘れて白鷺姫乃の性器を目に焼き付けていた。
 礼門とてそれは例外ではない。姫乃のオールヌードを見て、情けなくもトランクスの中で暴発してしまった彼のペニスだったが、今はもうすっかり回復して痛々しいほどの隆起を見せていた。たとえ射精したばかりだろうと、こんな夢の光景……白鷺姫乃の全裸M字開脚オマンコ丸出しショーを見せられて、勃起しないペニスなど有り得ない。彼のズボンは再びテントを張って限界まで伸びきってしまっていた。
 もはや自制も利かず、礼門は半ば無意識のまま己の股間に手を伸ばした。粗い息と共にズボンの上から数回、ペニスをこすり上げる。それだけで十分だ。再び彼の肉棒は欲望の丈を吐き出し、トランクスの中を白く染め上げていく。
「う……くぁッ」
 みっともないうめき声と共に、礼門は姫乃の眼前で再び射精してしまった。下着はすっかり精液でベトベトになり、ズボンの前面までも濡れ始めて染みになっている。まるでお漏らしをしたかのような醜態だった。
 情けない。
 カッコ悪い。
 ふと見上げると、姫乃の視線が自分の股間に注がれているのが分かった。その瞳に宿っている感情は、冷徹なまでの蔑み。嘲りを通り越した憐み。遥かな高みから、自分より格段にレベルの低い生き物を眺める、慈しみすら感じさせる余裕の眼差しだった。
 素っ裸の生まれたままの姿にひん剥かれ、はしたない大開脚を強制され、自らの指で性器の内側まで晒している白鷺姫乃。
 衣服をしっかりと着込み、特等席で姫乃に絶対の命令を下す郷里礼門。
 前者は敗者であり、後者は勝者である。
 そのはずなのだが……礼門にはなぜか、自分が敗者と思えてならなかった。どうしても姫乃に勝ったという気になれない。ショーツの脱衣を命じた時は、僅かに勝利の快感を得たが、そんなものは一時の感情の高まりに過ぎなかった。依然として、姫乃は誇りある天使の少女であり、礼門はその前にひれ伏す哀れな子羊なのである。
「いい加減にしろよ、郷里!」
 雑魚男子の一人が声を上げた。
「お前一人いい思いしてんじゃねぇよ! 俺たちにも白鷺のマンコ見せろ!」
 姫乃の背中側に腰を下ろしている男子だ。礼門サイドの男子なら、M字開脚の姿勢によって、彼女の全てを余すところなく視姦できる。しかし反対側では逆にそのポーズが災いしてお尻さえ見えなかった。羞恥に悶える表情さえ窺えないとあれば、痺れを切らすのも当然だろう。
 腕っぷしの強い礼門は、今時『ガキ大将』というわけでもないが、クラスの男子の中ではかなり幅を利かせる存在ではあった。そんな彼に、雑魚男子がここまでハッキリと不満をぶつけるのは珍しい。それどころか、初めの一人を皮切りに、背中側の男子たちが次々とブーイングに加わっていく。
「そうだそうだ! 場所変われよ!」
「何でお前だけ特等席なんだよ!」
「白鷺をこっち向かせろ!」
 味方であるはずの男子軍からの思わぬ攻撃に、礼門もカッとなって反論する。
「ふざけんな、白鷺は俺の命令に服従してるんだぞ! 俺が一番に楽しむのは当然だろうが!」
 彼らしからぬ感情的な切り返しだった。昔の礼門ならまだしも、今の彼であれば、こんな売り言葉に買い言葉は姫乃を利するだけだとすぐ分かるはずなのだが。何も焦る事は無い。時間はたっぷりある。一人ずつ順番に姫乃の性器を観察させて、じっくり辱めた方が、彼女にとってもダメージは大きかった。桃香や鮫島なら当然そういう責め方をするだろう。
 ……それなのに。二度に渡る射精を見られた醜態で、普段ならできるそんな計算が、今の礼門には不可能になっていた。当然、不満が頂点に達していた雑魚男子たちの怒りの火に、まんまと油が注がれてしまう。
「何言ってんだよ、白鷺さんをやっつけたのは犬飼くんだろ?」
「だよな。犬飼がそう言うなら仕方ないけど、何もやってない郷里に言われたくねぇよ」
「ずっと白鷺に負け続けてたくせに、偉そうに……」
 もはや礼門も後には引けなかった。
「なんだと! もういっぺん言ってみやがれッ!」
 何故だ? 何故、姫乃が相手の時はいつもこうなのだ。他の女子なら簡単にオールヌードにして、簡単にレイプして処女を奪って、簡単に屈服させる事が出来るのに。何故白鷺姫乃だけは、生まれたままの姿にしてなお、自分の方が手も足も出ない状況に追い込まれてしまうのか。
 そう思いながらも、礼門はいきり立った感情を雑魚男子たちにぶつけるしかなかった。殴り掛からんばかりの勢いで立ち上がり、拳を振り上げて「文句ある奴は前に出て来いッ!」と怒鳴り散らす。
 ――鮫島が動いたのは、まさにその時だった。
「ったく、見ちゃおれんなぁ」
 いつの間にか礼門の背後に近づいていた彼は、飄々とした声でそう制しながら、振り上げられた拳に手を添えた。そのままゆっくりと礼門の腕を下ろしていく。
「だから言っただろう。お前たち程度では白鷺を穢す事は出来ん……ってな」
 突然の事態に戸惑いながらも、頭に血が上った礼門は、担任の教師にすら食って掛かった。
「何だよ、邪魔しようってのかッ? 白鷺は最初に俺が喰う約束だったろ!」
「ああ。その通り。白鷺の処女膜をぶち破りたいなら好きにしろ。先生は邪魔なんてしないさ」
「だったら……ッ」
「しかしこのまま力ずくで犯したところで、面白くも何ともないんじゃないか? 動物の交尾の真似事なんか見せられたって、そりゃぁクラスのみんなもつまらないと思うだけだろう。レイプというのはもっと相手を精神的に追い込み、辱めの限りを尽くした上で、止めの一撃を加えるために行うべきものだ。そう思わんか?」
 とても教師が生徒を諭すようなセリフではないが、鮫島は臆面もなくそう言い放ち、邪悪な笑みを礼門に見せつけた。礼門ですら薄ら寒い恐怖を覚えるほどの……底知れない狂気の光。鮫島の瞳にそれを見出した時、ようやく彼は冷静さを取り戻していった。と言うより、本能的な脅威を感じ、冷や水を浴びせられたと言った方が正確かもしれない。
 ともあれ、礼門は一旦身を引くべきだと悟った。悔しいが鮫島に一度主導権を渡した方が、ペースを取り戻せるかもしれない。昼食の時間までまだ五十分ほどある。姫乃に最大の辱めを与えるためにはどう行動すべきか。それが分からないほど礼門は愚かではないのだ。
「……何をしようって言うんだよ、鮫島先生?」
 そんな教え子の聡明な判断に、鮫島もニヤリと笑みを返す。
「なぁに大した事じゃないさ。ただクラスのみんなに知ってもらおうと思ってな」
「知る?」
「白鷺姫乃は決して天使の少女なんかじゃない。ただの一人の、人間の少女なんだって事をな。人間なんだから、当然呼吸をするし食事もとる。暑ければ汗もかくし、身体だって汚れてくる。そして何より……」
 鮫島は自分のウェストポーチに手を廻し、中から半透明のプラスチックの容器を取り出した。丸い本体の先に、細く伸びたキャップ付きのノズル。雫のような形をした手のひらサイズのそれは、中に無色透明の液体が入れられている。
「何より、人間の少女なんだから、排泄もする。つまり、ウンチやオシッコだってするって事さ」
 平然と言い放つ鮫島の言葉に、礼門を含めたクラスの全員がどよめいた。




 白鷺姫乃のウンチ。
 何とミスマッチな単語の組み合わせであろうか。
 天使のように美しく気高い白鷺姫乃と、醜く汚らしい悪臭を放つウンチ。その二つが結びつくなど、クラスの誰もが……あの礼門でさえ、想像できなかった。
 もちろん、姫乃が定期的にウンチをして、毎日オシッコしているであろう事は、頭では理解している。人間が生きていく限り、摂取した食べ物のカスや古くなって剥がれ落ちた腸内細胞は必ず排泄しなければならない。肝臓が存在する以上、そこから分泌される胆汁などによってウンチは茶色く染まり、細菌が存在するからには鼻を突くような臭いも放たれるのだ。
 だがあの白鷺姫乃がトイレの個室に入り、下半身裸になって、便器に向かって小便や大便を垂れ流す姿はどうしてもイメージできなかった。尿道口から黄色い液体をまき散らし、肛門をヒクつかせて茶色い便塊をひり出すなど、どうやっても頭に映像が浮かんでこない。あの愛らしい、清楚で知的で誰からも好かれるクラスで一番の美少女が、毎日トイレでそんな醜態を晒しているなど、どうして想像できようか。
 その醜態を、今からクラスメイト全員の前で公開させるというのだ、鮫島は。
 いやその役割は礼門が引き受ける事になった。鮫島は浣腸容器を彼に手渡すと、自分は再び人垣の後方へと退いていったからだ。なぜ自分が直接手を出そうとしないのか? 礼門には鮫島の心の内は分からなかったが、姫乃の処女を横取りされる危険が無いのはありがたかった。それに浣腸という強力な武器を手にした事で、礼門にも少しばかり心の余裕が生まれていた。冷静さも取り戻したし、二度の射精をした事で肉体的にも落ち着いてきている。
 今度はこっちの番だ。
 まずは姫乃の身体に残された、最後の秘境を完全に暴いてやるとしよう。礼門は大きく深呼吸して、出来るだけゆっくりと、余裕を持った口調で命令していった。
「白鷺。四つん這いになってケツを向けろ。自分で尻を開いて、俺に肛門を見せるんだ」
 先ほど礼門に文句を言った雑魚男子たちも、担任教師たる鮫島が浣腸を礼門に託した事で、ひとまず矛を収めざるを得なかった。焦る事は無い。どうせもう女子軍は負けたんだから、この先いくらでも白鷺のマンコを見るチャンスはある……と鮫島に諭されれば、受け入れないわけにはいかないだろう。
 そして当の本人である姫乃の反応は――。
「……はい、礼門様」
 やはり、落ち着いたものだった。屈辱的な返事をして一度足を閉じ、ゆっくりと身体の向きを変えていく。手のひらと膝を切り株に付け、礼門に向かって小振りのお尻を突き出していった。両足をぴったりと閉じているために肝心な所は全く見えないが、それでも彼女にとって死に勝る羞恥のポーズである事に違いはない。
 それだけではないのだ。ここからさらに自分で尻たぶを左右に開かなければならない。それはつまり、身体を両腕で支える事ができなくなる事を意味していた。四つん這いで両腕が使えないなら、他の場所で身体を支えるしかない。姫乃は肘を曲げて上半身をさらに折り曲げ、肩と頬を切り株に宛がっていった。これで両腕は自由に動かせる。だが上半身を切り株に沿わせるように這いつくばり、膝立ちのまま高々と腰を掲げる姿は、あまりにも惨めで無残だった。まるでお尻を見せつけるかのような体勢だ。
「へへへ……。いい格好だな、白鷺。お前のこんな無様な姿が見られるなんて思わなかったぜ」
 姫乃は何も応えなかった。けれども硬い切り株の上では、突っ伏して顔を隠す事もできない。頬を付ける姫乃の横顔には、恥辱に耐え忍ぶ苦痛がありありと見て取れていた。
「さぁ足を開け。女子軍リーダーの白鷺姫乃さまの汚いケツの穴、じっくり見させてもらうぞ」
 それでも、覚悟を決めた姫乃が、この期に及んで取り乱すような真似をするはずが無い。発狂してもおかしくないような辱めを受けてなお、彼女は気丈にも両足をゆっくり開いていった。臀部が僅かに左右に開き、尻の谷間が微かに陽の光で照らされていく。大きく上半身を折り曲げているため、性器のスリットやデルタゾーンの陰毛さえも、礼門の位置からは丸見えだった。
 そしていよいよ、彼女の両手が尻たぶに添えられる。ついに、白鷺姫乃がその身体の全てを晒す時がやって来たのだ。
 既に姫乃はオールヌードになり、乳房の発育具合や乳首の色、乳輪の大きさを見られている。それどころか陰毛の生え具合、性器の形、処女膜さえもカメラに記録された。そして今、身体の中で最も不浄の場所……大便を排泄する穴を、クラス全員に公開しようとしている。ここを暴かれれば、姫乃の身体で隠されている場所はもうどこにも無くなってしまう。男子も、女子も、担任教師でさえ、白鷺姫乃の身体の全てを知ってしまうのだ。それは姫乃の完全敗北、完全降伏、完全屈服を意味していた。白鷺姫乃が五年二組の奴隷へと転落する瞬間が、もうすぐそこまで迫っている。
 残念ながら今の姫乃にこれを防ぐ術は全く無い。彼女に残された運命は、毎日机を並べて共に学ぶ級友たちの目の前で、ウンチの穴さえも晒し、笑い者になる事だけだった。
「私の汚いウンチの穴をじっくり見て下さい……って言いながら晒してもらおうか」
 徐々に自分のペースを取り戻しつつある礼門が、見下した声でそう言い放った。彼に向かって高々と尻を揚げ、這いつくばった醜態を晒している姫乃に、抗う方法などなかろう。身も心も屈したかのように、彼女は大人しく敗北を受け入れた。
「はい、礼門様……」
 そして両手に力を込め、桃尻をゆっくりと左右に開いていく。
「私の……き、汚いウンチの穴を……。じっくり……見て、下さい……」
 太陽の光は、無情にも尻の谷間の全てを照らし出し、姫乃に残された最後の秘境を、まさに白日の下に暴き出していった。
 白鷺姫乃の肛門。
 それは放射状の皺を持った、褐色の穴であった。愛らしいピンク色の肛門というわけでもないが、かといってグロテスクな紫色の肛門でもない。ごくごく普通の、平均的な肛門である。陰毛はデルタゾーンにしか生えていないため、桃香のように汚らしい尻毛が密生しているわけでもなかった。拍子抜けするほどに普通の、ウンチの穴だ。
 しかし逆に言えばその肛門は、やはり白鷺姫乃であっても他の雑魚女子たちと同じく、ウンチをひり出すための穴が備わっているという何よりの証拠に他ならなかった。あれほどまでに凛とした気品溢れる美少女であっても、結局は褐色の肛門から、悪臭漂うウンチをひり出しているのだ。礼門を始めとする男子たちが持っていた、姫乃に対する神々しいまでのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていくようだった。
 白鷺姫乃は天使の少女などではない。
 小便も大便も垂れ流す、そこらの雑魚女子と同じ、ただの人間の少女なのだ。
 そして今からそれを完全に証明する。
 クラス全員が見守る中、カメラで撮影しながら、白鷺姫乃にウンチさせてやるのだ。脱糞の醜態まで見せれば、もう二度と姫乃は立ち直れないだろう。身も心もズタズタにして完全に打ち負かしてやる。泣き叫んで土下座するまで貶めてやる。決して逆らえない性奴隷にしてやる。礼門の勝利は目の前だった。
「動くなよ、白鷺」
 礼門がゆっくりと浣腸容器を近づけていく。彼にとって、浣腸で少女に羞恥を与える事は初めてではない。今まで泣かせてきた多くの少女たちと同じく、この白鷺姫乃もまた、泣きながら礼門に許しを乞うようになるのだ。
 キャップを取ったノズルの先端を、静かに姫乃の肛門に宛がった。ピクン、と彼女の身体が緊張に強張る。冷静沈着な姫乃であっても浣腸に恐怖を抱いているのだ。こんな愉快な事は無かった。慎重にノズルを挿入し、容器を押し潰すようにして浣腸液を注ぎ込んでいく。
 未知のおぞましい感触に苦悶しながらも、しかし姫乃は決して「いや」とも「やめて」とも言わなかった。やはりそうでなくては面白くない。雑魚女子などとは格の違う、強靭な精神力を誇る無敵の少女。そんな彼女を打ち負かし、貶め、結局は自分も雑魚女子の一人に過ぎないのだと思い知らせてやる。それこそ礼門が追い求める、白鷺姫乃に対する本当の意味での勝利の瞬間なのだ。
 容器の中の浣腸液が全て腸内へと流れ込んでいった。この容器は恐らく四十グラム相当の内容量だろう。小学生なら通常二十グラムでも効果は十分のはずだ。四十グラムといえば、大人が頑固な便秘に対して使う程の量。そこまで大量の浣腸液を使われれば、いかに白鷺姫乃といえども、もはや手も足も出ないはずだった。
 後は待つだけだ。
 時間さえ経過すれば、姫乃は必ず屈服し、大便をまき散らす。白鷺姫乃の伝説が完全崩壊する瞬間だ。クラスメイトの誰もが、固唾を呑んで姫乃の様子を観察していた。
 浣腸が効果を発揮するまで、ざっと三分から十分。個人差もあるし大便の状態にもよるだろう。しかし共通しているのは、十分に便意が高まってから排泄しないと意味が無いという事だった。ある程度は肛門を締めておかないと、効果を発揮する前に薬液だけが排出されてしまいかねない。
 それはつまり、姫乃の立場から言えば、排泄姿を見られたくないなら注入された瞬間に下腹部に力を入れればいい……という事になる。そうすれば便意が高まる前に薬液を身体の外に追い出す事が出来るのだから。
 しかし姫乃は浣腸液をお腹の中に留めたまま、高まりつつある便意をじっと我慢し続けていた。鮫島の事だから浣腸の予備はいくつか持ってきているだろう。注入された薬液をすぐに排泄するなど、無駄な抵抗に過ぎない。もしそんな悪あがきをすれば、今度は肛門に栓をする等の、もっと酷い仕打ちを受けるのは目に見えていた。聡明な白鷺姫乃がそこに気付かないはずなどないのだ。
 雪のように白い肌に汗が浮かび始める。暑さのためだけではあるまい。姫乃は目を閉じ、歯を食いしばって必死に便意に耐えていた。尻たぶを広げる指にも力が籠る。
 かつて、暮井祢々子は男子の目の前で排便をするという屈辱を味わった。また桃香も好意を抱く男子の目の前で、便器の中にウンチをひり出している。だが彼女らの羞恥は、今から姫乃が味わうそれと比べれば、微々たるものだろう。祢々子はカメラで撮影されたとはいえ、排便姿を直接見られた男子は僅か数人に過ぎない。しかも下着を着けた状態だったため、肛門から排泄する瞬間までは見られずに済んだ。その分下着を汚す辱めは受けたのだが……。
 また桃香も、排泄姿を見られたのはたった一人。こちらは撮影もされていないため、その事実すらほとんどのクラスメイトは知らなかった。不特定多数に見られるのと、一人とはいえ好意を抱く異性に見られるのと、どちらが恥ずかしいかは一概には言えないが、記録に残されていないだけでもかなり心の傷は浅いと言えるだろう。
 だが姫乃は。
 明るい太陽の元、カメラで撮影されながら、クラスメイト全員に加えて担任教師にまで恥を晒さなければならない。しかもその中には彼女が好意を抱く虹輝までいるのだ。そのうえ下着は既に剥ぎ取られ、恥ずかしい肛門が丸出しとなっている。今は慎ましやかに窄まっているあの肛門が、どのように収縮し、決壊し、悪臭漂う便塊を吐き出していくのか。普通の人間ならば一生他人に見せる事のない……それどころか自分自身でさえ見る事のない、そのシークエンスの全てを、永遠の恥として録画されなければならない。姫乃の味わう恥辱は想像を絶していた。
 そしてその破滅の瞬間は、すぐそこまで迫っているのだ。
「も……、もう……」
 姫乃がか細い弱音を漏らした。浣腸液を注入されてから、既に十分は経っているだろうか。耐え忍ぶのも限界だろう。よくぞここまで持ちこたえたものだ。
「お? そろそろ我慢も終わりか? 白鷺姫乃がくっせぇウンコ撒き散らすんだな? ヘヘヘ、楽しみだぜ。女子軍リーダー様は、いったいどんな顔してウンコひり出すのかねぇ」
 勝ち誇ったように礼門が声を上げて笑う。その恥辱に唇を噛み、姫乃は最後の精神力を振り絞って肛門を締めつけた。けれどもそれは全く無意味な抵抗である。苦しみが長引くだけで、結局恥を晒す事には変わりないのだから。ほんの数分の延命に何の意味があろうか。むしろ聡明な白鷺姫乃でさえ、無意識のうちにそんな悪あがきをしてしまう……それ程までに、思春期の少女にとって公開脱糞ショーは耐え難い辱めなのだという事だ。
 そんな姫乃の無駄な抵抗も虚しく、全てが終わる瞬間は冷酷にも必ず訪れる。
 彼女の全身は既に汗だくで、きめ細やかな肌は艶めかしい艶を放っていた。固く目を閉じ、食いしばる歯の隙間から粗い息が漏れる。身体は痙攣するほどに力が込められ、全神経が肛門に集中している事が傍目にもよく分かった。
 それでも。どれほど思慮深い大人びた少女であっても、肉体の生理的反応を押し止めるには限度がある。しかも這いつくばる姿勢の上、両手で尻を大きく広げているために、肛門にもそれほど力を込める事ができなかった。大腸の中を暴れまわる浣腸液は、ついに肛門の僅かな隙間から漏れ出し、ピュッと音を立てて宙に弧を描き始めた。切り株の下の地面に落下して染み込んでいく。
 それが決壊の合図だった。
 一度突破を許した肛門は脆く、浣腸液の奔流を押し止める力はもう無い。茶色く染まった液体が、まるで小便のように肛門から噴き出し、再び放物線の軌跡をなぞって地面に命中していった。
「だ……め」
 姫乃が絶望と共に漏らした言葉と共に、肛門括約筋はその力を失った。瞬く間に窄まりが広がったかと思うと、露わになった肉穴の奥から、茶色い便塊がひり出されていく。放射状に広がった皺が引き延ばされ、驚くほど野太いウンチが下品な排泄音と共に飛び出していった。長さ二十センチになろうかという所で一度肛門が収縮し、切り離された大便が重力に引っ張られて地面に落下する。ボタッいう生々しい音が、目の前の光景が現実のものであると嫌でも認識させてくれる。
 あの白鷺姫乃がウンチをした。肛門から茶色い大便をひり出し、体外に排泄した。それは夢でも幻でもなく、紛れもない事実そのものなのだ。
 クラスメイト全員が呆然とその有様を眺める中、姫乃は続けざまに排泄行為を行っていった。休む間もなく肛門が開き、第二陣のウンチが顔を覗かせる。今度は十センチほどの長さしかなかったが、しかし太さはさっきと同じ……直径三センチは確実にマークしていた。可憐な姫乃がこんな極太の大便をひり出したとは。いつもこんな大量のウンチをもりもり出しているのだろうか? 男子も、女子も、誰もが我が目を疑った。
 そして駄目押しの第三陣だ。肛門付近の固くなった便と異なり、大腸の奥の方に存在していたその大便は、黄土色がかった軟便だった。とぐろを巻くように地面に落ちた大便の上から、ドロドロの便塊が二度三度と降り注ぎ、醜悪な汚物をさらに醜く変貌させていく。ブリッ、ブリッという生々しい排泄音が、静かな林の中に繰り返し木霊していった。あまりの醜態に蝉さえも鳴く事を忘れてしまったか。
 聞くに堪えない下品な音も辟易ものだが、さらにギャラリーが眉をひそめたのは、その鼻の曲がるような臭いだ。いかに絶世の美少女とはいえ、ウンチの悪臭は変えようが無い。それはもちろん、誰もが頭では理解していた。白鷺姫乃であってもその大便の臭いは他の女子や、ひいては男子のそれと大して変わらないのだ、と。
 しかし実際にその臭いを嗅いだ衝撃は相当な物だった。あの白鷺姫乃がこんな酷い臭いの大便を腹の中に溜め込んでいて、あまつさえそれをブリブリと肛門からひり出してしまうとは……あまりにも無残な現実を突きつけられ、男子の中には引いてしまう者も少なくなかった。
 便塊を全て出し終えると、最後にもう一度だけ、姫乃の肛門が収縮した。大腸の中はもう空っぽになっているのに、浣腸液の作用で排泄欲求が止まらないのだろう。排泄する物が存在しないのに肛門が開いた結果、空気だけが飛び出していく。瞬間、ブヒィィ……というはしたない高音が辺りに響き渡った。オナラだ。白鷺姫乃が下品にも、クラスメイト全員の目の前でオナラしたのだ。
 けれどもその恥晒しな醜態を笑う者は誰もいなかった。見るに堪えない下劣極まる排便行為の一部始終を見せつけられて、男子も女子も、完全に呆気にとられてしまったからだ。それは虹輝はもちろん、士郎や清司、さらには礼門さえ例外ではなかった。桃香を始めとする女子たちも固まってしまっていた。忠一の構えるデジタルビデオカメラだけが、冷徹に全てを記録していた。
 ――こうして、白鷺姫乃は、二度と取り返しのつかない恥辱の極みを、クラスメイト全員の前で晒したのだった。




 虹輝は、白鷺姫乃の事が好きだった。
 初めはおぼろげな感情だったが、今ではハッキリと認識している。一人の異性として、白鷺姫乃の事が好きなのだと。
 その好意を抱く姫乃の排便姿は、あまりにも惨たらしいものだった。犬のように這いつくばった姫乃の、両手で剥き出しにされた肛門から、極太の大便が次々とひり出されていったのだ。さらにドロドロの軟便まで排泄し、止めにオナラさえ響かせるという醜態を晒している。知的で、優しくて、強くてカッコ良くて、誰からも好かれる天使のような少女のイメージを完全に打ち壊すには、それは十分過ぎるインパクトだった。
 チョロチョロ……という水音で、虹輝は我に返った。
 見ると姫乃の股間から黄色い液体が垂れ流しになっていた。全てを排泄し終え、排便欲求の苦痛から解放された安堵感からだろうか。姫乃がオシッコを漏らしているのだ。徐々に勢いを増した奔流は、はしたない音を立てて地面の上のウンチに降り注いでいった。もはやオシッコ程度では驚く事も無いが、しかし姫乃がこの期に及んでなお恥の上塗りを重ねている有様は、哀れであった。
「……いやぁ、モリモリ出したもんだなぁ白鷺」
 場違いなほど陽気な声が辺りに木霊した。鮫島だ。礼門さえも茫然自失となっている状況を見かねたのか、再び歩を進めて切り株の傍まで歩み寄ってきていた。這いつくばって肛門を丸出しにしている姫乃の背後に立ち、ゆっくりとしゃがみ込んで地面に視線を落とす。その先にあるのはもちろん、さっきまで姫乃のお腹の中に入っていた、悪臭漂う極太の大便である。
「ほうほう、なるほど。これが白鷺姫乃のウンチか。健康そうな茶色じゃないか。臭いもまぁ、こんなものだろう。結構結構。しかしこれほどの量をひり出すとは先生もびっくりだなぁ。こんな可愛らしい肛門から、こんな大迫力の極太ウンチが飛び出すとは、人は見かけによらんよ、全く」
 鮫島はニヤニヤ笑いながら、地面に顔を近づけて執拗に大便の色や形、臭いを克明に観察していった。さらには姫乃のお尻にも顔を寄せる。
「盛大にひり出したせいで、肛門が随分ウンチで汚れちまってるなぁ。オシッコも垂れ流した事だし、綺麗にしておかないと、このままじゃ下着も履けないぞ?」
 彼が喋ると、吐息が肛門にかかるのだろう。姫乃がビクッと身体を震わせた。しかしそれでも両手で尻たぶを広げる無様な姿勢は崩さない。もう羞恥心が壊れてしまっているのだろうか? いや姫乃はそんな軟弱な少女ではなかった。激しい羞恥心を感じながら、なお強靭な精神力で恥を晒し続けているのだ。それは彼女の表情……唇を噛み締めながらも、懸命に辱めに耐えている顔つきからも見て取れた。
「おい、犬飼」
 不意に、鮫島が虹輝の名を呼んだ。
「え? ぼ、僕……?」
「悪いが白鷺の肛門を綺麗にしてやってくれないか? ティッシュなら先生が持ってるからな」
 どこまで姫乃を苦しめれば気が済むのだろう。鮫島は公衆の面前で排便を強要しただけでは飽き足らず、その後始末までもクラスメイトに担わせようというのだ。しかも指名したのは姫乃が好意を抱く、犬飼虹輝である。悪趣味にも程があった。
「僕は……そんな」
「お前一人に押し付けたんじゃ可哀そうだからな。他の男子や、女子にももちろん手伝ってもらうさ。ほら、これを使え」
 鮫島がポケットティッシュを一枚引き抜き、立ち上がらせた虹輝の手に握らせていく。彼に選択の余地はなかった。拒絶したところで、他の男子がその役を担うだけだ。それにここまで姫乃が醜態を晒した以上、もはや虹輝が肛門を拭くか否かなど、些細な問題に思えてならなかった。むしろ一刻も早く肛門を拭い、清めてあげる事が姫乃のためなのではないかとさえ思えてくる。
 虹輝はおずおずと、受け取ったティッシュを姫乃の肛門に宛がった。褐色の肛門は、ひり出した大便のカスで汚れ、茶色く染まっている。尿や腸液、浣腸液など、様々な液体で濡れそぼってもいた。わずか一拭いだ。虹輝がたった一度拭っただけで、純白のティッシュは瞬く間に茶色い液体を吸収し、便塊さえも付着させていった。その悪臭まで移ってしまう錯覚に陥らせる。
「よし、いいだろう。次の男子に交代だ」
 あっさりとそう言い放ち、鮫島は虹輝を後ろに下がらせた。恐らく、クラス全員に姫乃の肛門を拭わせるつもりなのだろう。だから一人にそう時間はかけられない。虹輝は汚れたティッシュを片手に、次の男子が姫乃の肛門を覗き込む様子を呆然と眺めていた。
「おお、そうだ忘れていた。犬飼、ティッシュはここに入れておくといいぞ」
「ここ……って……」
「ただ捨てるだけじゃ勿体ないだろう? この先、白鷺ほどの美少女の肛門を拭ったウンチ付きティッシュなんて、二度と手に入れる機会はないからな。大切に持ち帰る事だ」
 鮫島が虹輝に手渡してきたのは、密封チャック付きのビニール小袋。百円ショップなどでも何十枚とセットになって売られている、透明の小さな小袋だった。虹輝は知る由もなかったが、これは脱衣カードゲームの最中に、鮫島がこっそり取りに行った品である。わざわざ途中で抜け出してまで、自分の荷物の中から持ってきたのだ。何のために? 決まっている。白鷺姫乃に排便させ、その肛門についたウンチ汚れをクラスメイトに清めさせ、その時使ったティッシュを保存して持ち帰らせるためだ。
 自分の肛門を拭ったウンチ付きティッシュをクラスメイト全員が所持している。それは思春期の少女にとって死にも勝る恥辱だった。その辱めを実行するために、鮫島はこの自然教室に、浣腸液やビニール小袋を持ってきていたのである。
 もし姫乃が脱衣カードゲームに勝ち、男子女子戦争が女子軍の勝利で終わっていたなら、全くの徒労に終わる所だった。この程度の荷物なら無駄になっても苦にはならないだろうが……。それとも、鮫島には何か確信があったのだろうか? 浣腸液やビニール小袋が無駄にならないという確信。男子女子戦争が男子軍の勝利で終わるという確信。つまり、姫乃が脱衣カードゲームで必ず負けるという、何らかの確信が――?
 ともあれ、姫乃の屈辱のショーは続いていた。クラスメイトによる肛門拭いショーだ。排便姿を見られただけでなく、そのウンチ汚れの後始末まで級友の手で行われるとは、想像を絶する羞恥であろう。しかも彼らは肛門を拭う際、必ず姫乃の背後にしゃがむ事になる。それは肛門や性器を正面から観察する事を意味していた。さっき礼門に不満をぶつけていた男子たちも、ようやく姫乃の全てを間近で拝む事ができるわけだ。
 それだけではない。肛門の下の地面には、さっき彼女がぶちまけた大量のウンチが山となって築かれているのだ。近づけば嫌でもその悪臭を吸い込む事になる。姫乃にとって不幸なのは、ここが屋外という事だった。一見すると、屋外なら空気が広がっていくから、悪臭もすぐに薄まっていくように思える。だが実際には逆だ。
 もし室内であれば、人間の嗅覚細胞は臭いに慣れ、麻痺してしまう。ウンチの悪臭も気にならなくなっていくのだ。けれども空気が容易に入れ替わる屋外では、新鮮な空気を吸い込む事で、逆にウンチの悪臭をより敏感に感じる事となる。ギャラリーたちの鼻は決して慣れる事も麻痺する事も無く、白鷺姫乃のウンチの臭いを克明に記憶し続ける事になるのだ。
 虹輝だけでなく、士郎や清司、それに忠一までもが、姫乃の肛門をティッシュで拭っていった。それぞれ、自分のティッシュをビニール小袋に入れて密封していく。恐らく彼らにとっては姫乃のウンチ付きティッシュなど、ただの汚いゴミでしかないだろう。担任教師たる鮫島の指示に渋々従っているだけだった。
 それでも、やはり担任教師という立場は大きい。それは女子までもが、彼の命ずるまま、姫乃の肛門を次々と掃除していく事からも明らかだった。耶美が、みどりが、祢々子が、そして桃香が……一人一人姫乃の肛門に回り込み、彼女のひり出した大便を眺めながら、そのウンチ汚れを拭っていく。もちろん、便塊の付着したティッシュはビニール小袋に入れて保存だ。後で捨てるにしても、ひとまずポケットに入れて保管していく。
 盛大にひり出した肛門も、さすがにクラスメイト一人一人に掃除してもらえば綺麗になっていった。最後の方の女子は、内腿やふくらはぎに飛んだ僅かなウンチカスを拭きとるだけ。クラスメイトが一周する頃には、姫乃の股間はすっかり清廉さを取り戻していた。もちろんそれは単なる見た目の話であって、排便の恥辱までも拭い去れるものではなかったが……。
「これで全員か? まだ白鷺のウンチ汚れを掃除してない人はいないかー?」
 教え子の顔を見まわしながら、鮫島が確認する。男子も女子も、全て一回ずつ肛門を拭ったはずだ。そう思った時……。
「先生。俺はまだだぜ?」
 一人の男子が手を上げた。
 礼門だ。
 本来なら一番に名乗りを上げるタイプの彼が、意外にも最後まで残っていたのだ。口元に浮かぶ邪悪な笑みは、それがタイミングを見失った結果などではなく、何らかの企みによる故意の引き延ばしである事を物語っていた。何かを察したのか、鮫島も笑みを湛えながらティッシュを手渡していく。受け取った礼門はニヤニヤと姫乃の背後にしゃがみ込んだ。
「ヘッヘッヘ……すげぇ臭いだな白鷺。まさかお前が屁までこくとは思わなかったぜ。お澄まし顔してても所詮こんなもんさ。お前も結局はそこらの雑魚女子と変わらねぇんだよ。白鷺姫乃もこれでお終いだ」
 勝ち誇ったような嘲りの言葉を、姫乃はただじっと耐え忍んで聞いていた。
「さて、と……。俺もお前のケツの穴を綺麗にしてやりたいが、クラスの連中がみんな丁寧に掃除してくれたからな。表側はもう拭う所はねぇぜ。俺の出る幕はないってわけだ。残念無念。って事は当然――」
 礼門が人差し指を立て、剥き出しになった姫乃の肛門にそっと宛がっていく。
「内側を、綺麗にするしかないよな?」
「ひぐぁっ?」
 力任せに指をねじ込み始める礼門。たまらず姫乃が間の抜けた悲鳴を上げる。極太ウンチをひり出した直後という事もあり、意外とすんなりと、彼女のアヌスは憎い仇敵の指を咥え込んでいった。
「ほらほら、ケツ穴の中を直接指で掃除してやるよ。ありがたいと思え!」
 上下左右、縦横無尽に腸内で暴れまわる礼門の人差し指。排便の瞬間がいつまでも続くような汚辱の感覚に、姫乃は汗をまき散らしてのたうち回った。それは肛門を凌辱される哀れな雌の姿に他ならない。もはや天使の少女の面影は微塵も残っていなかった。
 やがて姫乃の腸内を弄ぶ事に飽きると、礼門はゆっくりと人差し指を引き抜いていった。彼の指は茶色く染まり、肛門の内側に残っていた僅かな便塊がまとわりついている。鼻を近づけると、礼門はわざとらしく顔を背け、大げさに眉をひそめてみせた。
「うわっ、くっせぇ! こんな汚ぇもん腹の中に溜め込んでおいて、よく男子に向かってあんな偉そうな態度がとれたもんだな。後始末までクラスメイトにやらせやがってよ」
 それを命じたのは姫乃ではなく鮫島なのだが、もちろん礼門にそんな事は関係ない。少しでも姫乃に精神的な辱めを与える事。彼にとって重要なのはその一点のみだった。手にしたティッシュで指を拭い、ビニール袋に保管していく。
「クラス全員に礼を言ってもらおうか。私の汚いウンチを拭ってくれてありがとうございました……ってな」
 姫乃が唇を噛む。しかし醜態の限りを晒した彼女に、もはや抵抗する気力は残されていなかった。言われるがまま、屈服の言葉を口にする。
「私の……汚いウンチを拭ってくれて……ありがとう、ございました」
「今日からお前はウンコ女だ。分かったか、ウンコ女?」
 さらに畳みかける礼門。さすがに姫乃も躊躇する。『ウンコ女』だって? まるで学校で大便を漏らしてしまった生徒に付けられるようなあだ名だ。まして姫乃は女の子であり、高学年であり、知性と強さを兼ね備える女子軍のリーダーだった少女である。それがどうして『ウンコ女』になどなれようか。
「……どうした? 返事しろよウンコ女」
 もちろんそれで引き下がる礼門ではない。自分がウンコ女であると、姫乃が自ら認めるまで、執拗にウンコ女と呼び続けるだろう。彼女に抗う術は残されていなかった。
 礼門が口を閉じる。
 訪れる静寂。
 無言の圧力。
 クラス全員の目の前で排便姿を晒した姫乃は、もはやウンコ女に成り下がるしか生きる道はないのだ。
 彼女はついに屈した。
「――はい」
 小さく、か細い返事を返す。
「認めるんだな? 自分がウンコ女だって事を」
 白鷺姫乃はとうとう、郷里礼門の前に屈服してしまった。小さく頷き、敗北の言葉を紡ぐ。
「私は……ウンコ女、です」
 かつて五年二組の中で女王のように振る舞っていた桃香は、姫乃に負けた事でその地位から転落し、性奴隷の雌犬……果ては使い捨ての肉便器にまで成り下がった。ウンコ女は、その便器すら汚す、最低最下層の存在だった。クラス全員から見下される最底辺の存在。天使の少女は、見るも無残にウンコ女へと転がり落ちていったのだ。
 その有様を見下ろし、礼門は満足げに微笑んだ。ついに白鷺姫乃を打ち負かしてやったという快感が見て取れる。果たして本当に姫乃は負けてしまったのだろうか? 成す術もなく礼門の軍門に下ったのか? 今の惨状を見る限り、やはり疑う余地もなく彼女は敗北したと思わざるを得ないのだが……。
 そんな虹輝の疑念などお構いなしに、姫乃凌辱は執拗に続いていく。礼門と入れ替わるように、今度は再び鮫島が前に歩み出してきた。
「ウンコ女は結構だがな、白鷺。お前いつまでそんな恰好をしているんだ?」
 彼の手にはシャベルが握られている。脱衣カードゲームの勝敗が決した時、起きそうになった暴動を鎮めるための威嚇に一役買った道具だ。それを地面に突き刺し、淡々と言い放つ。
「知っているだろう? 山には山のルールがある。白鷺の肛門はクラスのみんなが綺麗にしてくれたが、お前がひり出したその大便はどうするつもりだ? 自分の身体はみんなに掃除してもらっておいて、まさかそのままというわけにはいかんよな? 登山の際に排便したらどうすべきか言ってみろ」
 教師らしい物言いだ。悲しいかな、優等生の姫乃は、こんな状況でも普段通り教師の質問に律儀に答えようとする。
「登山の際の排泄物は……自分で持ち帰るか、最低でも土を被せて環境に配慮すべき……です」
「その通り。さすが白鷺だ」
 エベレストのような標高の高い山では、排泄物を放置しても微生物に分解されないため、深刻な環境汚染を引き起こしているという。それほど高くない山でも、後始末をしたペーパーなどは最低限持ち帰るべきだろう。携帯トイレなどで排泄物自体を持ち帰る人は少数派だが、山小屋などのない山では、本来はそうするべきとされていた。
 まさか姫乃にもこのウンチを持ち帰れと言うつもりなのか……最悪の予想に彼女の顔が青ざめる。だがさすがに鮫島もそこまで無理難題を突きつける事は無かった。男子女子戦争の秘密が漏れるような命令などするはずもなかろう。
「安心しろ。先生も鬼じゃないからな。この汚い大量のウンチを持ち帰らせたりはしないさ。そのためにこいつを施設の人から借りておいたんだ」
 ポンポン、と鮫島がシャベルの柄を叩く。全ての疑問が氷解し、姫乃の瞳が暗く沈んだ。鮫島は威嚇のためにシャベルを用意したわけではない。姫乃自身に、彼女が排泄したウンチの後始末をさせるために用意したのだ。地面に穴を掘り、ウンチを埋め、元通りにするために……。
 ティッシュペーパー、ビニール小袋、シャベル――。全ては、過酷な浣腸責めで姫乃に強制脱糞をさせ、クラスメイトたちに肛門拭いを強要し、彼女に排泄物の後始末をさせるための小道具だった。全ては鮫島の思い描いていたシナリオ通りに事が運んだという事なのだろうか? あまりにも都合の良すぎる話ではないか?
「さぁ立て白鷺。もう五年生なんだから、自分のウンチくらい自分で片づけなさい」
 またしても教師らしいセリフを吐く。けれどもその内容は卑劣な悪徳教師そのものであった。姫乃が服従を誓ったのは礼門だけのはずだが、もはや人間としての尊厳を粉々に打ち砕かれた彼女に、理不尽な命令への抵抗など望むべくもない。ようやく尻たぶから手を離し、肛門晒しの姿勢を解くと、身体を起こして地面に両足を着けていった。
 一糸纏わぬ素っ裸のまま、彼女は切り株の前に立った。明るい太陽の元、裸足で大地を踏みしめるのはいかにも惨めだ。汗だくになった裸身が艶めかしい。
 姫乃は自分からシャベルを手に取った。山盛りになった大便の傍に突き刺し、足で体重をかけて更に深く先端を埋め込んでいく。幼い少女にとってはただでさえ困難を伴う重労働。しかも今の彼女は軍手も無ければ靴さえ履いていない。昨日の雨で湿った地面とはいえ、そして目的がウンチを埋める程度の穴であったとしても、シャベルで掘り進める苦労は並大抵ではなかった。
 息を切らしながら、姫乃は懸命に穴を掘る。突き刺したシャベルで土をすくい、ウンチの脇のスペースに一旦移していった。十分な大きさの穴が完成すれば、そこにウンチを処分し、掘り起こした土を後から被せるつもりなのだろう。
 黙々と作業を続ける姫乃。額に浮かんだ汗は雫となって滴り落ち、艶やかだった髪は肌に貼り付いて意味もなく色気を醸し出している。ささやかな乳房は作業の度に申し訳程度に揺れて、粗い呼吸のために引き締まったウェストは収縮を繰り返していた。姫乃の陰毛は量が少ないが、それでも下半身を動かすたびに揺れ動く様はしっかりと観察する事ができた。
 ふと、虹輝は昔テレビで見た古い映画のワンシーンを思い出した。確か、囚人の女性が拷問として、ひたすら穴を掘っては埋め戻し、穴を掘っては埋め戻す作業を強要される場面だったと思う。これは有名な拷問の方法の一つであった。人間は目的や意味のない作業を延々と繰り返すと精神に異常をきたすという。
 そういう点では、自分のウンチを片付けるという目的がある姫乃はまだ幸運だったのかもしれない。いや、惨めさにおいてはこちらの方が遥かに上ではあるのだが……。
 一糸纏わぬ生まれたままの姿で。
 クラスメイト全員が見守る中。
 自らが排泄した大便を埋めていく。
 世の中に果たして、これ程の屈辱があるのだろうか? あまりにも惨め。あまりにも無残。あまりにも哀れであった。
 穴を掘り終えた姫乃は、今度は自分のウンチをシャベルですくい上げていった。それを先程の穴に流し込んでいく。ウンチが移動する度に、鼻を突く悪臭が辺りに拡散するのだ。自分で自分の排泄物を埋めていくのはどんな気持ちなのだろう? それは虹輝の想像の域を遥かに超えている。よくぞ姫乃の精神は壊れずに持ちこたえているものだ。そこらの雑魚女子ならとっくに発狂していてもおかしくなかった。
「……終わり……まし、た……」
 息を切らしながら姫乃が言葉を絞り出す。全ての作業が終了した合図である。山盛りになっていたウンチは残らず穴に埋められ、汚水の染み込んだ周りの地面ごと、上から土を被せられて処分されていた。
 だが悪臭はそうすぐには無くならない。シャベルにもまだ微かにウンチカスがこびりついている。それはどう取り繕っても決して『無かった事』にはできない、公開脱糞ショーという永遠の生き恥そのものを表しているかのようだった。
「うんうん、よくやったな白鷺。さすが優等生は仕事が丁寧だ」
 鮫島が裸の姫乃からシャベルを受け取り、その先端を自分の鼻に近づける。いくら地面を掘ったところで、シャベルにこびりついたウンチ汚れとその臭いはなかなか落ちないものだ。胸いっぱいに息を吸い込むと、鮫島はその鼻の曲がるような悪臭を楽しむかのように、恍惚の笑みを浮かべていく。
 そう、もう二度と取り返しはつかない。
 白鷺姫乃がクラスメイト全員の目の前でストリップショーを披露し、性器の中まで公開し、肛門からウンチをひり出した事実は絶対に消えて無くなる事は無いのだ。それどころか姫乃はさらにこれから、執拗にも恥の上塗りを重ねなければならなかった。
「……昼休みまであと三十分ってとこか」
 鮫島の背後から、礼門が三度姫乃に近づいてくる。すかさず場所を開けて後退する鮫島。まるであらかじめ示し合わせていたかのような見事なコンビネーションであった。姫乃凌辱に全てを賭ける二人の男は、彼女を辱めるという共通の目的を持った時、見事なまでの動きのシンクロを見せていた。
「そろそろ感動のフィナーレといこうぜ?」
 不敵に嗤う礼門。
「今から俺のブツでお前の処女膜をブチ破ってやるよ。一生忘れられない初体験をさせてやる……クラスの連中の目の前でな!」
 ついに。
 とうとう。
 ようやく――。
 その時が、来た……のだ。
 白鷺姫乃の処女喪失ショー。破瓜公開。彼女が純潔を無残に散らされ、決定的な敗北の傷を刻み込まれる。その一部始終が今から公衆の面前でつまびらかにされるのだ。
 服を着たまま、勝ち誇った笑みで迫り来る礼門と、素っ裸のまま立ち尽くし、大人しくそれを受け入れる姫乃。まさしくこれは勝者と敗者の構図であった。礼門は勝者であり、姫乃は敗者である。
 だが、何故だろう?
 虹輝にはどうしても、両者の立場が逆に思えてならなかった。確かに誰がどう見ても礼門が勝者であり、姫乃が敗者だ。それは揺るぎない。けれども礼門の瞳にはどこか……怯えの色が浮かんでいる。虹輝にはそう感じられるのだ。
 あれは仕留めた獲物をいたぶる余裕の眼ではない。未だ牙を光らせる獲物に怖れを抱き、死に物狂いで一撃を加えようとする、追い詰められた狩人の眼である。
 恐らく礼門自身も分かっているはずだ。
 ストリップショーに性器公開ショー、そして公開脱糞ショーを経た今なら、苦も無く白鷺姫乃を凌辱できるなどとは……彼も本心では思っていないだろう。違う。そうではないのだ。今ここで処女喪失にまで追い込んでようやく、白鷺姫乃を打ち負かす事ができる。そこまで畳みかけなければ白鷺姫乃は打ち倒せない。
 それが真実。
 それが真理。
 現に姫乃の瞳には、まだ厳然とした輝きが残っているではないか。それは決して、今から逆転して男子軍に勝つ……そんな希望を宿した光ではないけれども。勝ちとか負けとか、そんなレベルを超越した、何かもっと別のものを照らし出す輝き。
 ただ、それが何を意味するのかは、残念ながら今の虹輝にはまだ分からなかったのだが。


第二十一話 『天使の少女』

2015-06-30

 白鷺姫乃が今からストリップショーを行い、すっぽんぽんの丸裸になる。
 その事実を前にして、しかし素直に喜んでいる男子はほとんどいなかった。もちろん、姫乃の裸は見たいし、可哀想だから許してあげようなどと思っているわけでもない。単純な話だ。本当にあの白鷺姫乃が、大人しく服を脱ぐのだろうか……誰もが疑念の目で警戒しているからに他ならなかった。
 そう。
 あの白鷺姫乃が、このまま何の策もなく裸になるはずが無い。きっと思いもよらない知略で奇跡の大逆転を果たし、結局男子軍が返り討ちになるのだろう。騙されてなるものか。期待するだけ期待して、落胆させられるのはごめんだ。切り株を取り囲む男子の誰もがそう思っていた。逆に女子の多くは、その劇的な逆転のシナリオに一縷の望みを託し、祈るように事態の推移を見守っている。
 礼門もまた、警戒心を解いていない男子の一人だった。姫乃の行動に何か怪しい点はないか? 周囲に不審な動きをしている女子はいないか? 常に目を光らせて万が一の展開に備えていた。
 そんな状況だから、姫乃に対して「早く脱げよ」などと野次を飛ばす者は一人もいなかった。ジワジワと気温が上昇していく初夏の御昼前。涼しげな林の中であっても、自然と汗が浮かび上がってくる。静寂に支配された周囲に響くのは、僅かにセミの鳴き声だけだった。
 ――やがて、姫乃が歩を進め、切り株の上に足をかけた。
 高さは六十センチあるか無いか。テーブルとしては低めだが、お立ち台としては十分な高さである。スニーカーを載せて重心を傾け、両手を切り株のふちにかけて、よじ登るように上に立った。キュロットスカートから覗く健康的な太腿が眩しい。
 普段の姫乃は、丈が長めのスカートを着用している事が多く、キュロットスカートは珍しかった。あの太腿が見られただけでも、男子にとってはこの上ない眼福だったのだ。もし本当に姫乃がストリップを行うのなら、太腿どころか、これからもっと凄い場所まで見る事ができる。礼門は、そして他の男子たちは、それが現実の事とはなかなか実感できなかった。
 切り株の上に姫乃が素立ちする。
 改めて見ても、惚れ惚れするような美しい少女であった。
 端正な顔立ちに長い睫毛。輝く黒髪は腰まで伸び、すらりと伸びた手足はこの年齢特有のボディラインを形成している。大人の女性に比べれば身体の丸みは少ないが、かといって少年のような硬いシルエットというわけでもない。手足の短い幼児体型から、大人の女性へと変質していく、長い人生の中でもほんの一時期にしか見られない……思春期ならではの身体つきであった。
 着ている服は、白の丸襟ブラウスに、薄いピンクのキュロットスカート。後はソックスと靴と、僅かにウェストポーチを身に着けているだけだった。ロングヘアを整えるためのヘアピンは、ストリップの対象にはカウントしなくていいだろう。普段通りの髪型で、首から下が素っ裸の方が、より淫靡さが際立って興奮するというものだ。
「……始めます」
 姫乃が小さく呟く。
 その表情には明らかに羞恥の色が浮かんでいた。耶美のように平静を装っているわけではない。桃香のように虚勢を張っているわけでもない。ごくごく自然に、恥ずかしさを感じ、かつそれを受け入れている。ストリップを行う事が自分の義務であり、使命であると理解しているように感じられた。それが演技なのか本心なのかは不明だが……。
 まず彼女が手にかけたのはウェストポーチだ。ベルトの留め具を外し、腰から抜き取っていく。膝を折って切り株の上でしゃがむと、足元の地面にそれを静かに落としていった。乱暴に放り投げたりしないのはいかにも姫乃らしい。
 次に脱ぐのはソックスと靴だろう、と礼門は思った。いかに白鷺姫乃といえども、所詮は五年生の幼い少女。いきなり下着を晒すのは覚悟がいる。ウェストポーチの次は靴、靴の次はソックス……そうやって時間を稼いで心を落ち着けようとするはずだ。もし逆転の秘策があるのなら尚の事、いきなりブラウスやキュロットスカートを脱ぐわけにはいかなかった。
 だが、彼の予想はいきなり裏切られる事になる。
 再び直立の姿勢になった姫乃は、腰に手を廻し、キュロットのファスナーに手をかけたのだ。金具がゆっくりと引き下ろされていく。ジィィィ……という無機質な音が、林の中に小さく響いた。
 切り株の周囲の男子たちは、一斉に色めき立った。まさかソックスや靴を差し置いて、いきなりキュロットスカートに手をかけるとは。姫乃が着用しているキュロットは、ショートパンツに近いデザインの、活動的な物だ。よほど近くで覗き込まない限り、裾から下着を確認する事はできず、パンチラを視姦する事は不可能に近かった。
 しかし脱いでしまえばその鉄壁の防御も砂上の楼閣と化す。
 いよいよ白鷺姫乃がクラスの男子たちに、その下着を晒す瞬間が来たのだ。次はソックスや靴だと予想していた礼門や男子たちは、完全に不意を突かれた格好となっていた。跳ね上がる鼓動を必死に抑え、待ちに待った瞬間を見逃すまいと、ただひたすら無言で彼女の手の動きに集中している。先程まで姫乃に抱いていた警戒心など、いとも容易く吹き飛ばされていた。野次を言う余裕さえない。男子たちがこうなる事を見越して、あえてソックスや靴を後回しにしたのだろうか……? だとしたら実に恐ろしい少女である。
 もはや礼門たちにとって、姫乃が企んでいるかもしれない逆転劇のシナリオなど、どうでも良くなっていた。たとえ返り討ちにされても一向に構わない。手の平を返すようだが、今この瞬間、パンチラだけでも拝めるのであればそれで十分満足だと思えるからだ。
 姫乃がスカートのホックを外す。ウェストを締めつけていた生地にゆとりが生まれた。後は指先から力を抜けば――、キュロットは重力に引っ張られて足元に落ち、姫乃のショーツが太陽の光に照らし出される事になる。
 女子は入浴の時に姫乃の下着姿くらい見ているだろう。一部の男子も、和平会談の時に目撃しているらしい。けれども礼門や大多数の雑魚男子たちが、姫乃の下着を見るのはこれが初めての経験だった。下着の趣味はどんなものなのか? 色や柄は? そしてショーツの下に果たして陰毛は生えているのか?
 陰毛はさておき、少なくとも最初の二つの疑問は、もうあと数秒後に知る事ができる。姫乃が何かとんでもない謀略を仕掛けてこない限り、その事実は決して揺らぐ事はなかった。
 もうすぐだ……。
 もうすぐ、白鷺姫乃のショーツを見る事ができる!
 礼門がゴクリと唾を呑み込んだ。ここまで期待させておいて、やっぱり逆転の末にお預けを喰らってしまうのではないか? そんな不安も脳裏を過ぎったが、世紀の瞬間を見逃すリスクを背負ってまで、周囲に警戒の視線を巡らせるような真似はできなかった。あの白鷺姫乃の無敵のガードがようやく突き崩される。最初の一瞬を見逃したら、それこそ一生後悔しなくてはなるまい。忠一がカメラで記録しているとはいえ、やはりそこは生で、自分の両目で、しっかりと網膜に焼き付けたいと思っていた。
 そしてついに。
 姫乃の指先が弛緩し、キュロットスカートが支えを失った。無情にも重力はスカートの生地を引っ張り、これを足元へと落下させていく。
 ぱさり、という乾いた音と共に、キュロットは姫乃の下半身を滑り落ちていった。露わになる真っ白い太腿の付け根。腰を覆うブラウスの裾。そしてその両者に挟まれ、僅かに顔を覗かせる逆三角形の白い布。
 白鷺姫乃が、クラス全員と担任教師の前で、カメラに記録されながら、下着を晒した瞬間だった。純白のコットン布地が愛らしい。
 これが……これが白鷺姫乃のショーツか……。
 礼門は言葉も無かった。ほんの僅か……ブラウスの裾と太腿の付け根との間にできた、ごくごく限られたスペースから顔を覗かせているだけの小さな布地に、よもやこれほど興奮しようとは。
 周囲のクラスメイトたちは、全員腰を下ろしてストリップショーを鑑賞している。切り株の上に立つ姫乃とは視線の高低差が激しく、まさに神秘のデルタゾーンを見上げる格好になっていた。彼女の背面に位置している連中には、ヒップラインの一部が丸見えになっているのだろう。姫乃にはその場で一回転してもらいたかったが、礼門の口からそれを強要する命令の言葉は飛び出さなかった。そんな事より早くストリップの続きを見たい。一分一秒が惜しかった。心臓が口から飛び出さんばかりに脈打っている。ビデオで耶美のストリップを見た時も、桃香を自分の手で脱がした時も、これほど興奮はしていなかった。やはり白鷺姫乃は特別なのだ。彼女は他の少女たちとは格が違う。
 落下したキュロットから片方ずつ足を引き抜いた姫乃は、ウェストポーチと同じく、それを手に取って静かに足元へ落としていった。しゃがみ込んだ時にショーツがよじれる。もう礼門たちは一瞬たりとも姫乃のショーツから目を離せなくなってしまっていた。身体の動きに合わせて形を変えていく木綿の生地。その皺。陰影。全てを記憶に刻み込まなければ気が済まないのだ。
 かくして、白鷺姫乃は下半身パンツ一枚という姿になった。
 だがまだオールヌードには程遠い。上半身はブラウスにしっかりと保護され、白い布地はその薄さにもかかわらず、姫乃の身体を完全に防御していた。さすがにブラジャーはしていると思うが、全く透けていないため、色も形も一切判別できない。姫乃の上半身は未だ秘密のヴェールに覆われているのだ。
 まぁその城壁もすぐに崩落するだろう。
 キュロットスカートを脱いだ姫乃は、ソックスと靴はそのままに、今度は胸元に手を宛がった。初夏の陽気にも負けず、姫乃は律儀に襟元の第一ボタンまで留めている。その真珠色のボタンに、彼女のたおやかな指が添えられていった。
 次はブラウスを脱ぐのだ。
 という事はつまり、白鷺姫乃のブラジャーが露わになる事を意味していた。白鷺姫乃が完全な下着姿を公開する。その状態でも、身体を隠されている比率は、未だビキニの水着と変わらない。しかしクラスメイトたちが今まで見てきた中で、最も無防備な姫乃の姿は、水泳の授業の水着姿止まりであった。ワンピースのスクール水着。それが男子たちの見る事が出来た、姫乃の一番露わな姿だったのだ。
 その限界線がいよいよ突破される。白鷺姫乃のお腹、お臍。今まで決して見る事ができなかった場所がとうとう白日の下に晒されるのだ。
 第一ボタンが外される。
 姫乃の指には明らかな震えが見られた。当然だろう。ストリッパーやAV女優、ヌーディストでもない限り、人前での脱衣が平気な人間などそういるはずもない。姫乃にしては珍しく半開きとなっている唇からは、浅い呼吸がせわしなく何度も出入りしていた。
 第二ボタンが外される。
 まだ下着は見えない。だが、身なりを常に整えている姫乃が、ここまで胸元を開ける事は今まで決して無かった。次の第三ボタンが勝負だ。それを外してしまえば、さすがにブラチラは避けられない。
 姫乃の背面に位置している連中には、彼女がボタンを外している様子は全く見えないだろう。けれども彼らが文句を言う事は無かった。余計な野次を飛ばしてストリップの流れを中断したくないようだ。正面からの映像は後でビデオを見て確認できる。むしろ映像に記録されていない背中側……震える太腿やヒップラインの方が、記憶に刻み込んでおくべき貴重な個所なのかもしれない。
 そしていよいよ、第三ボタンが外される。
 真珠色のボタンがボタンホールを抜け、ブラウスの圧迫がまた一つ解放された。同時にそれは、姫乃の上半身を守る無敵の城壁が、また一つ完全崩壊に向けて崩れ去った事を意味している。
 ブラウスの生地が左右に分かれ、中央から覗く姫乃の素肌がいっそう露わになる。透き通るような美しい肌だ。普段紫外線を浴びないその場所は、色白の姫乃の肌の中でも一層白さが際立つ場所の一つであった。
 白いブラウス。白い肌。その中に、もう一つ別の白さが顔を覗かせる。
 ブラジャーの白だ。
 姫乃が胸に付けている下着が、ようやく姿を見せたのである。胸の谷間……という程谷間にはなっていないが、ともかくその部分には小さなリボンが添えられていた。よく見ると細かい星の絵が、総柄として生地全体を覆っている。いかにも五年生の少女が好みそうな、ちょっと子供っぽいデザインの下着。大人びた言動の姫乃が身に着けるには少し幼い印象だ。しかしそのギャップがまた興奮を掻きたてる。あれほど知略に優れ、聡明で高潔な白鷺姫乃が、ごくごく普通の子供じみた下着を好んで使っているなんて……実に興味深いではないか。
 第四ボタンが外される。
 お腹の中心部が露わになった。ここは横隔膜という、呼吸運動に欠かせない重要な筋肉のある場所だ。緊張と興奮で呼吸の乱れた姫乃のお腹は、激しい収縮を何度も繰り返していた。彼女の羞恥と狼狽が、筋肉の動きからも手に取るように分かる。
 最後の第五ボタンが外された。
 ブラウスはもはや完全に左右に分断され、生まれたクレヴァスから姫乃の素肌が露出していた。首から胸元、お臍、太腿を経てソックスの上端まで、肌色がほぼ一直線に繋がっている。ただしブラとショーツの二か所においてのみ、無粋な白布が肌色を途切れさせてしまっているが……。それでもこれほど多くの面積の肌を、姫乃が男子たちの前で露出した事は、今までただの一度も無かった。
 ショーツもさっきまでとは段違いに開陳されている。股間部分の逆三角形しか見えていなかった先程とは異なり、今はクロッチ部分から上端までが露わになっていた。小さな飾りリボンをしっかりと確認する事ができる。
 初めて露わになったお臍も、うっとりするほど美しい。
 出臍だったり、臍胡麻で汚れたりしていたら、それはそれで愉快だったのだが、そこはさすが白鷺姫乃だ。美少女は臍まで綺麗だった。きちんと手入れされているのか、汚れなども見受けられず、慎ましやかな窪みが見られるのみである。
 一瞬そこで、姫乃の動きが止まった。
 次に彼女がすべき行動は、はだけたブラウスを脱ぎ去る事。だがそれによって一気に肌の露出は増える事になる。今はまだ、面積だけで考えればスクール水着と同じかそれ以上の布地は身に着けていた。しかしここでブラウスを脱いでしまえば――。
 ソックスと靴を除けば、身に着けている物は僅かにブラとショーツだけという有様になってしまう。姫乃の性格からして、ビキニの水着など着た事はあるまい。正真正銘、白鷺姫乃が生まれて初めて、赤の他人の異性の前で、経験した事が無いほど肌を露出する一瞬なのだ。さしもの姫乃であっても緊張は免れない。
 彼女の動きが止まっても、誰も催促をしたりはしなかった。姫乃が途中で逃げ出したり駄々をこねたりする少女でない事は、クラスのみんなが知っている。程なくストリップは再開されるだろう。野暮な催促などせず、逡巡する少女の心の迷いをじっくりと鑑賞するのが最良の判断というものだ。頭上にまで上りつつある夏の太陽は、姫乃の身体のみならず、揺れ動く心の中まで照らし出そうとしていた。
 もし姫乃が自分のストリップショーを囮にして、男子の目を引き付け、その間に何か逆転の策を実行しているのだとしたら……その企みは完全に成功するに違いない。それ程までに、男子たちは姫乃の姿に釘付けであった。瞬き一つする間も惜しみ、彼女の羞恥に悶える姿をじっと見つめ続けている。
 滅多に見られない、姫乃のこんな姿を鑑賞できるのであれば、良い所で逆転されて男子軍が敗北しても構わなかった。それが礼門を始めとする、ほとんどの男子が抱いている正直な感情なのだ。
 やがて、姫乃の両手がおもむろに持ち上げられ、ブラウスの襟元をそれぞれ左右から握り締めた。白鷺姫乃が完全な下着姿を披露する瞬間だ。全員が固唾を吞んで見守った。
 ゆっくり、ゆっくりと、ブラウスが左右に広がっていく。ブラに覆われた胸のサイズはまだ控えめで、カップにワイヤーが入っていない事も一目瞭然だった。ショーツは飾り気のない純白のデザイン。ピンクのリボンだけが唯一のポイントというシンプルなものだ。どちらも木綿のあどけない生地であった。
 ブラウスが肩から外れ、ブラ紐が露わになる。それだけでも男子にとってはドキッとさせられる一瞬なのだ。撫肩の華奢なシルエットは、礼門をもってしても思わず「守ってあげたい」などと思わせるような、儚げな魅力に満ち満ちていた。
 姫乃が着ていた半袖のブラウスは、袖口が広く、特に腕には引っかからない。肩が露わになってしまえば後は一瞬だった。ブラウスは音もなく落下し、そのまま姫乃の背後の足元で、アーチ状のオブジェへと姿を変えてしまう。
 そして現れたのは――。
 白鷺姫乃の、完全なる下着姿である。
 足元を除けば、身に着けている物はブラジャーとショーツだけという、あまりにも破廉恥な姿。彼女がこんな無防備な姿を晒す事が、今までの人生で果たして何回あったというのだろうか? プールの着替えだってラップタオルでガードしながら水着を着るはずだ。自然教室の入浴時を除けば、後はせいぜい身体測定の時くらいか。少なくとも、不特定多数のクラスの男子の前で見せるのは、これが初めてと言って良いに違いない。
 姫乃は果敢にも手で身体を隠す事も無く、あられもない下着姿を全て露わにしていた。両腕は身体の横で所在なさげに垂れ、その表情には懸命に羞恥に耐える心の乱れが隠しようもなく映し出されている。恥ずかしさのために耳まで真っ赤に染まった姫乃の顔だけでも、男子たちの興奮を掻きたてるには十分過ぎた。
 実際、男子たちは皆、前屈みになって下半身の窮屈さから逃れようとしていた。ズボンの中では幼いおちんちんが天を向いてそそり立ち、パンツさえ突き破らんとする勢いで硬度を増している。何人かの男子は、姫乃の下着姿を見ただけでもう我慢できず、情けなくもズボンを穿いたまま射精してしまっているくらいだ。
 ほんの数回、服の上から股間を刺激するだけで、あっという間に果ててしまう。別に彼らが特別早漏というわけではなかった。むしろ当然なのだ。男子の宿敵たる女子軍のリーダーであり、かつ誰からも好かれるクラスのアイドル……高嶺の花だった白鷺姫乃がついに下着姿を公開してしまったのだから。それを目の前で鑑賞して、精液を漏らさぬ者などいるだろうか。礼門ですら、壮絶な精神力で射精を抑え込んでいるのが実情だった。ちょっとでも油断したらたちまちトランクスの中を真っ白に染めてしまうだろう。情けないがそれが現実だった。白鷺姫乃の下着姿にはそれほどの破壊力が秘められているのだ。
 首筋から鎖骨、丸い肩へと続くライン。それなりにくびれたウェストに、やはりそれなりに丸みを帯び始めた腰つき。絶妙のカーブを描く太腿から膝、脛、足首へと流れていくたおやかな脚。
 そんな無防備な身体を覆う、ブラジャーとショーツは、ささやかな最終防衛ラインだ。ソックスや靴などは身体を守る鎧には成りえない。白鷺姫乃が全てを晒すまで、あと二枚。この二枚を脱ぎ捨てた時、全ては終わるのだ。
 そしてその瞬間がやって来るのは、そう遠い未来の話ではなかった。姫乃が何も策略を巡らせていなかったとするなら、彼女が生まれたままの姿になるまでには、あと数分もあれば十分だろう。ブラジャーを脱ぎ、ショーツを脱ぐ。乳首を晒し、陰毛を晒す。
 白鷺姫乃の完全降伏まで、あと数分。
 そう思うと、礼門のペニスはさらに硬度を増すのであった。




 ……駄目だ、もう見ていられない。
 虹輝はそう思った。
 姫乃を助けたいと思いながらも、彼女自身にそれを拒まれた虹輝は、切り株を取り囲む群集の中からストリップショーを鑑賞していた。さすがに正面に陣取るのは憚られたので、姫乃の背後側……それもかなり後ろの方に座っている。白鷺姫乃を倒した最大の功労者にしては随分謙虚な場所取りと言えよう。
 ブラウスを脱ぎ捨てた瞬間、露わになった姫乃の背中とヒップラインを見て、確かに虹輝の興奮は最高潮に達していた。ロングヘアの隙間から僅かに覗くブラの肩紐。丸みを帯びたお尻を包む、木綿のショーツの皺。太腿はもちろん、膝の裏やふくらはぎですら、虹輝は愛おしいと思った。
 もっと見たい。
 続きを見たい。
 半ズボンの中で自己主張するおちんちんはそう叫んでいる。一方で、自分の好きな女の子が、自分のせいで苛烈な辱めに苦しんでいる姿を見続ける事は、苦痛でもあった。表情は窺い知れなくても、肩の震えや肌に浮かぶ汗によって、姫乃が相当な羞恥に耐えている事は明白である。自分が脱衣カードゲームで姫乃を打ち負かしてしまったがために、こんな状況に陥っているのだと思うと、虹輝の胸は罪悪感で一杯になるのだ。
 せめて、自分だけは見ないでおこう。
 姫乃が辱めを受ける姿を直接鑑賞するのはよそう。
 虹輝はそう考えて、ゆっくりと立ち上がった。くるりと踵を返す。その決意が何の解決にもなっていない事は百も承知だ。自分が見なくても、クラス全員と担任の教師が、姫乃の素っ裸を見てやろうと目を皿にして待ち受けている。忠一の構えるビデオカメラが、一部始終の全てを冷徹に記録している。だが姫乃自身がストリップの放棄を拒絶したのだから、虹輝に彼女を助ける術はなかった。自己満足でしかないが、せめて自分一人くらいは、姫乃の醜態を見ないであげよう。それが彼の出来る、精一杯の思いやりだった。
 ……思いやりだと、思っていた。
 視線を落として、虹輝は群集の円陣の外へと歩き出していく。スポーツレクが終わるまでの間、林の中を散歩でもして時間を潰そうか。授業中とはいえ自然教室だ。鮫島もそれほどうるさくは言わないだろう。ぼんやりとそんな事を考えていた――、矢先。
 突然人影が虹輝の前に立ち塞がった。
「?」
 顔を上げる虹輝。
「君は……」
 瞬間。
 言い終わる事さえ待たずに。
 強烈な痛みが彼の頬を打ち抜いた。
 皮膚の弾ける音が林の中に響き渡る。姫乃のストリップに集中していたクラスメイトたちは、何事かと一斉に視線を向けてきた。
 何事かと思ったのは虹輝も同じだ。目も眩むような衝撃で顔の向きが変わってしまっている。目の前の人物が、平手で思いっきり虹輝の頬を打ち据えたのだと理解したのは……その人物が、甲守耶美だと気付いた後だった。
「こ、甲守……さん?」
 彼女の表情はいつも通りのクールな無表情。だがその瞳の奥に怒りの炎が渦巻いている事は、鈍感な虹輝ですらすぐに気付く事が出来た。彼女は虹輝の胸倉を掴み上げ、唇と唇が触れるかのような距離まで顔を近づけて、憎しみの籠った呪詛の言葉を吐き出していく。
「いい加減にして。あなたは自分の意志で姫乃を倒したのよ。それなのに途中で逃げ出すつもり?」
「に、逃げるって……。僕はただ……」
「姫乃を打ち負かしたのは、他の誰に命令されたわけでもない。あなたが、あなたの意志で決めた事でしょう。姫乃を助けたかったのなら、クラス全員を敵に回してでも、わざと負ける方法だってあった。でもあなたはそれをしなかった。男子との友情を優先して、姫乃を辱める事を選んだ。その結果がこれよ」
 胸倉を掴んだ耶美は、そのまま引きずるようにして、虹輝を姫乃の正面側へと連行していった。力任せに地面に投げ飛ばす。慌てて飛びのいた男子たちの間に、虹輝が情けなく転がってうつ伏せになった。
 それでも耶美の暴行は収まらない。虹輝の髪の毛を鷲掴みにして、顔を持ち上げる。ちょうど、切り株の上に立つ姫乃を見上げるような形で。
「ほら、よーく見なさい。あなたのせいで姫乃は今こんな目に遭っているのよ。あなたが脱衣カードゲームで姫乃を打ち負かしてやろうと思ったから。あなたが姫乃を素っ裸にしてやろうと思ったから。あなたが姫乃を滅茶苦茶にしてやろうと思ったから。……こうなったのは、何もかもあなたのせいだと自覚しなさい!」
 理不尽な言い分であった。
 いや、確かに耶美の言っている事も正しい。虹輝は間違いなく自分の意志で姫乃と戦い、そして勝った。その点では責められても仕方あるまい。しかしそこに至るまでの過程には、虹輝の意志はそれほど介在していなかった。男子軍のリーダーに祭り上げられた事も、男子軍最後の生き残りになった事も、脱衣カードゲームの対戦相手に指名された事も、全て虹輝の与り知らぬところで進んでいった話だ。それに虹輝自身、最後には姫乃を助けたいとも思ったのだ。その救いの手を振り払ったのは、他ならぬ姫乃本人だったではないか。これでは助けようにも助けられない。
 それに、単なる八つ当たりにしては耶美の行動は不自然だった。虹輝を糾弾するためだけにこんな事をやっているのか? 姫乃が虹輝に好意を持っている事を、耶美が知らないはずもない。その好意自体が、男子女子戦争を進める上での戦略に過ぎないのかもしれないが……たとえそうだとしても、自分を打ち負かした男子に正面を陣取られては、姫乃も辛いだろう。まして彼女の好意が本物だとしたら。
 耶美はその程度の配慮もできない少女ではないし、怒りに我を忘れて姫乃を傷つけるような真似もするはずが無い。ではなぜ彼女はこんな事をしているのか? わざわざ虹輝を正面まで引きずり出して、殊更に姫乃と対峙させるなんて。いつも姫乃の事を第一に考える耶美らしからぬ行動と言えた。
「どうして……甲守さんがこんな事をするの? こんな事したって、姫乃さんが傷つくだけじゃ……」
「へぇ、またそうやって話をすり替えて逃げるつもり?」
「そんな……」
 髪の毛を掴んでいる手に力を籠め、耶美は虹輝の顔を自分の方へと向けさせた。憎悪と軽蔑の籠った視線を容赦なくぶつけてくる。
「いいわ。教えてあげる。お手々繋いで仲良しこよしだけが友情じゃないのよ。私は姫乃の事を信じている。姫乃が考えている事、しようとしている事、その信念と決意を信じている。だから私は姫乃のためにこんな事をしているのよ。……あなたみたいな人間には分からないでしょうけどね!」
 耶美が何を言っているのか、虹輝には理解できなかった。だが少なくとも、これが感情に任せた行動などではなく、深い思惑に基づいた行動だという事だけは間違いなさそうだ。ストリップショーに身を投じている事自体が、姫乃の計略に則った行動だというのだろうか? 一体何のために? この期に及んで何か逆転の秘策でもあるというのか?
「……耶美」
 囁くような声で、姫乃がそう咎める。虹輝を目の前に連れてきた事を非難している……わけではない。それ以上余計な事を言ってはいけないと、牽制しているかのような口調だった。その一言で意志が通じ合うのだろう。耶美は髪の毛から手を離し、無言のまま虹輝の視界から消えていった。野次馬のどこかに紛れて、また事の推移を見守るつもりらしい。
 自由になった虹輝は、膝を立てて体勢を整えた。
 そんな彼の目の前に、ぱさりと白い布が舞い落ちる。姫乃がさっきまで身にまとっていたブラウスだ。足元に脱ぎ捨てたそれを、姫乃が拾い上げて切り株の下に落としたようだ。思わず顔を上げてしまった虹輝の視線が、下を向いていた姫乃の視線と真正面から絡み合う。
「あ……」
 ブラとショーツのみでしか身体を隠していない、下着姿の姫乃と目が合ってしまうなんて。何とも気まずい。虹輝はすぐに目を背けようとした。背けようとしたのだが……しかし背けられなかった。まるで金縛りにあったかのように、視線を外す事もできず、ただじっと彼女の瞳を見つめ続けてしまっていた。
 その瞳の奥に宿っている光は。
 決して、絶望に染まった暗い光ではなかった。
 むしろ生き生きとした強い意志の光を放っている。
 姫乃は……自暴自棄になってストリップを演じているわけではないのだ。何かの目的のために、自分の意志で辱めに耐えている。それが逆転の秘策のためなのか、誰かを守るためなのか、それとももっと大きな信念のためなのか――。虹輝には知る由もなかったが。
 姫乃も耶美も、女子軍敗北という状況に追い込まれてなお、冷静沈着に行動しているのだ。自分がなすべき事を見失う事無く、自らの信念に基づいて果敢に行動している。その精神力と行動力には頭を垂れる他なかった。
「虹輝くん。さっきも言ったはずよ。私は敗者としての責務を果たす。それを黙って見過ごすのが、あなたのやらなければならない事なの。勝者は勝者らしく……特等席で続きを見届けてちょうだい」
「姫乃さん……」
 殊勝にもそう言い放つ姫乃であったが、しかしその表情には羞恥に耐える屈辱がありありと窺えた。冷静に自分の意志で行動する事は、羞恥を感じない事とは決してイコールではない。姫乃は間違いなくストリップを恥ずかしいと思っている。逃げ出したいと思っている。嫌で嫌で仕方がないと思っていながら、なおそれを意志の力で抑え込み、甘んじて辱めを受け入れているのだ。本来五年生の少女が取れるような行動ではなかった。
 或いは、何か逆転の秘策があって、その希望が羞恥心を抑え込む原動力になっている可能性もあるだろう。
 だが虹輝はその線は薄いと感じていた。演技でこの表情を出せるとはとても思えない。仮に秘策があるのだとしても、少なくとも姫乃は二枚の下着を脱ぐ決意までは固めている。根拠は何も無かったが、多少なりとも白鷺姫乃がどういう人間か理解している虹輝には……そう思えて、ならなったのだ。




 奇しくも、礼門もまた、虹輝と同じ事を考えていた。
 彼が陣取っているのは姫乃の正面。つまり虹輝のすぐそばである。ほとんど隣同士と言っても差し支えなかった。虹輝と耶美が起こした騒動によってストリップが一時中断し、礼門には少しだけ冷静さを取り戻す余裕が生まれていた。
 周囲の状況を今一度確認し、不穏な動きをしている女子がいない事を確認する。この場から姿を消して別行動を取っているクラスメイトは一人もいなかった。姫乃の協力者と言えば真っ先に思い当たるのが養護教諭の美月だが……彼女が鮫島に何らかの弱みを握られている事は周知の事実である。姫乃を助ける事はできないだろう。
 男子の中に姫乃を助けようとする者はいるか? 思索を巡らせてみるが、思い当たる顔は浮かんでこなかった。かろうじているとすれば虹輝だったのだが、見ての通り今の彼は元の情けない風見鶏人間に戻ってしまっている。脱衣カードゲームで姫乃と互角の勝負を繰り広げた、あのスーパーモードの面影はどこにも残っていない。
 礼門は、お世辞にも知略に優れているとは言い難い頭脳の持ち主である。それでも彼は精一杯シミュレーションを繰り返し、姫乃がこの状況から奇跡の大逆転勝利を導き出せるような秘策が無いか、徹底的に考えてみた。ああでもない、こうでもない……。荒唐無稽とも思える策略まで引っ張り出してみたが、やはりどこをどう考えても、姫乃が下着を脱がずに済む展開は思いつかなかった。もはや状況は完全に詰んでいるのだ。姫乃には盤面をひっくり返すだけの力はもう残っていない。まして対局を放棄して逃げる事も許されない。
 そこから導き出される結論は。
 簡単な事だ。
 白鷺姫乃は、今から間違いなく下着を脱ぐ。
 そして全てを晒す。
 そう結論付ける他なかった。彼女にはもう、逆転の秘策など何もないのだ。警戒して身構えていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。姫乃は今から確実にすっぽんぽんになる。礼門はそれを高みの見物と洒落込み、馬鹿にして嘲笑ってやればいいのだ。男子軍の勝利は、既に揺るぎないものになっていた。礼門は、そして五年二組の男子たちは、白鷺姫乃に勝ったのだ。彼女を素っ裸にひん剥き、その全てを鑑賞する権利を得たのだ。
 しかし――。
「亢龍悔いあり、か……」
 その確信を得た礼門の心に広がったのは、勝利の快感だけでも無上の興奮だけでもなかった。一言では言い表せない複雑な思い。あえて表現するなら……それは『後悔』だろうか。
 礼門は今まで、姫乃を倒し、彼女を辱める事だけに全精力を注いできた。みどりも耶美も桃香も、所詮はメインディッシュの前座に過ぎない。彼の本当のターゲットは、最初から白鷺姫乃ただ一人であった。だから今の状況は彼にとって、まさに思い描いていた通りの、理想的な展開なのは間違いない。自分の策略で姫乃を打ち負かせなかったのは残念だが、それでも勝ちは勝ちだ。姫乃に勝ち、彼女を生まれたままの姿にして、凌辱の限りを尽くす。その野望が今まさに達成されようとしている。この状況に喜びを感じずして、何に喜びを感じるというのか。
 だが一方で、礼門の心には一抹の寂しさも広がっていた。つい最近、国語の時間に習ったことわざの通りだ。――『亢龍悔いあり』。
 天に上る龍は、上り切ってしまえば後はもう下るしかない。天から下る龍……亢龍が悔いを抱くように、栄華を極め切った者はそこから必ず衰退し、後悔するという意味だった。或いは、満月や桜の花でも同じ事が言えるかもしれない。満月は満ちる直前が一番美しい。満ちてしまえば後はもう欠けていくだけなのだから。桜も満開の時より、八分咲きの方が趣があった。満開になれば、その先は散っていくだけの運命である。
 白鷺姫乃もまたしかり、だ。
 確かに礼門は、彼女を裸にして辱める事を目標にしていた。けれども、一度裸にしてしまえば、後はもう凌辱の餌食にするだけ。それを楽しみにしていたはずなのに、いざその現実が目の前に迫ってくると、礼門の心にはむしろ「姫乃に逆転してほしい」という思いさえ広がり始めていた。
 礼門が姫乃打倒に執念を燃やしていたのは、彼女がありとあらゆる罠を打ち破り、ことごとく敵の策略を乗り越えてきたからだ。それ程までに強く、気高く、美しい存在だからこそ、穢し尽す価値がある。ちょっと脅したくらいですぐに屈服するような、か弱い少女になど興味は無かった。賢く、逞しく、無敵の存在だからこそ、白鷺姫乃は凌辱する価値があるのだ。
 それは逆に言えば、姫乃が負ける事によって、姫乃自身の価値が減退してしまう事を意味していた。強い少女だからこそ魅力を感じているのに、負けてしまったら強い少女には成りえない。しかし負けてくれなければいつまで経っても凌辱する事はできない。白鷺姫乃を倒すという事は、実は根本的な矛盾を抱えた行動だったのだ。
 大人しくストリップショーを実演し、こうして下着姿を晒すまでに堕ちぶれた白鷺姫乃の姿を見て、確かに礼門は無上の興奮と征服欲、そして勝利の快感も得ていた。けれども同時にもう一人の自分が心の中で叫ぶのだ。
 どうした白鷺姫乃。お前はこの程度で負けるような弱い女じゃないはずだ。いつものようにさっさと逆転して見せろよ。俺が想像もつかないような秘策で、鮮やかに形勢を逆転して、俺に地団駄を踏ませるんだろう? お前が俺なんかに負けるはずが無い。負けていいはずが無いんだ。お前はもっともっと強いはず。その無敵のお前を倒す事が、俺の生き甲斐なんだから……。
 しかしながら、現実は残酷であった。
 虹輝と耶美の騒動が収まると、姫乃はストリップショーを再開していく。彼女は躊躇いながらも、ゆっくりと両腕を背中に回し始めた。とうとうブラジャーを脱ぐつもりらしい。大人しく肌を晒していくその醜態からは、かつての無敵の少女の面影はどこにも感じられなかった。
 しばらく、姫乃が自分のブラジャー相手に悪戦苦闘を繰り広げる。まだブラを付け慣れていないようだ。自然教室だからと見栄を張って、スポーツブラからジュニアブラに切り替えてきたのだろうか? いや、姫乃はそんな単純な人間ではない。ただの偶然だ。それでも脱ぎ慣れていない事は間違いないようだった。
 誰もが固唾を呑んで姫乃の動きを見守っている。背後側の連中には、ブラのホックを外そうと必死になっている姫乃の指先の動きが、ロングヘア越しにハッキリと見えているはずだった。忠一は正面側から撮影しているから、彼女の手の動きが記録に残せなかったのは少し残念である。だが背に腹は代えられない。手の動きよりももっと重要なのは、ブラが脱ぎ捨てられた後、その下から露わになる秘密の部分なのだから。
 即ちそれは――、白鷺姫乃のおっぱい。乳首。そして乳輪だ。
 パチン、というボタンの弾けるような音が響いた。
 ほんの小さな音なのに、それは林の中に木霊するかの如く、クラスメイトたちの耳にしっかりと届いている。この音から推測するに、どうやら姫乃の身に着けているブラジャーは、金属ホックではなくスナップボタンで固定するタイプのようだった。ブラを使い始めたばかりの少女たちが着脱しやすいように配慮された、ジュニアブラならではの仕様である。同時にそれは、ジュニアブラ初心者だと自分から告白する事も意味していた。
 スナップボタンを外すと、姫乃はすぐさま両腕を胸の前で交差して、ブラが落下するのをガードした。背中はもうすっかり露わになってしまっているだろう。肩紐もまた圧力を失って大きく緩んでいる。丸い肩を滑り落ち、姫乃の二の腕の辺りで絡みついていた。
 もはや今の姫乃のブラジャーには乳房を保護する能力はない。それは単に胸の前に宛がわれただけの、ただの布きれである。彼女が手の力を抜けばたちまち足元へと落下するはずだ。そして白鷺姫乃のおっぱいが、裸の胸が、晒し者になるのだ。
 用意は整った。
 いよいよ、白鷺姫乃のおっぱいが開陳される時が来た。
 下着姿の時点で、既に姫乃の出で立ちは、年頃の少女が人前で見せるような格好ではなくなっている。しかしブラとショーツを身に着けている限り、身体を隠している面積は、実質的にはビキニの水着と同じであった。つまり下着姿はまだ、かろうじて他人に見せる事が許される格好だとも言えるのだ。それに対し、ブラジャーの下の秘密の部分は……決して不特定多数には見せられない、禁断の聖域だと言えるだろう。パンツ一枚の格好が許されるのはせいぜい低学年まで。ブラを使っている高学年の少女ともなれば、家族や恋人以外の人間に裸の胸を見せるなど有り得ない行動だった。身体測定の時間でも滅多にブラを取る事は無いはずだ。
 まして今から乳房を晒すのはあの白鷺姫乃である。
 女子軍のリーダーにして男子軍の宿敵。同時に男子たちの憧れの的でもあり、誰にでも優しく愛らしい、みんなから好かれる天使のような少女。強く賢く逞しい、聡明で思慮深い大人びた五年生。
 そんな姫乃が、あろう事か野外において、パンツ一丁というみっともない姿をクラスメイトたちの前で公開してしまう。彼女が今まで築き上げてきたクラスでの地位、名誉、人気……それらの全てが、一瞬にして崩れ去ってしまうのだ。
 ブラ越しに両手で胸を覆ったまま、姫乃の身体は硬直してしまった。今までは躊躇いながらも粛々とストリップを続けていた姫乃であったが、さすがの彼女も、ブラジャーの脱衣となると緊張せざるを得ないらしい。当然だ。本来であれば決してつまびらかにしてはならない乙女の秘密を、普段机を並べて一緒に勉強している友人たちに鑑賞させてしまうのだから。しかもその一部始終はビデオカメラで撮影され、かつあの憎むべき担任教師までもが悠々と事の全てを見届けている。これほどの屈辱は無いはずだ。
 セミの鳴き声が再び耳に貼り付いてくる。
 汗ばむ陽気の中、しかし姫乃に脱衣を催促する者は一人としていなかった。みんな本心では早く姫乃のおっぱいを見てみたいと思っているはずだ。「早く脱げ」などと野次を飛ばすのは容易い。特に礼門は、スポーツレクの時間だけ姫乃に自由に命令する権利を与えられていた。大人しく彼女の逡巡を待つ義理もないのだ。
 しかし礼門は口を開かなかった。そんな余裕が無かったというのも事実だが、あえて催促しなかったのもまた事実である。もし礼門が脱衣の命令をすれば、彼女はそれを合図に覚悟を決め、ブラジャーを脱ぎ去るだろう。それでは面白味に欠けるのだ。誰かの指図によって脱ぐのではなく、あくまで姫乃の自由意思で、彼女の決めたタイミングで、脱衣させる事に意味があった。姫乃が敗北を認め、観念して自ら開陳するからこそ、そのおっぱいに意義があるのだ。他の男子たちがそこまで考えを巡らせているのかどうかは不明だ。しかし結果として、無粋な野次でせっかくのチャンスが台無しにされる事は無かった。姫乃自身に、自らの敗北を認めさせるチャンス。彼女が自らブラを脱ぎ去った時こそ、白鷺姫乃が本当の意味で男子たちに屈服した瞬間になるのだ。
 そしてついにその時が訪れる。
「……ああ」
 ほんの小さな囁き声が、唇の端から漏れた。
 刹那――。
 姫乃はゆっくりと、自らの両腕を下ろしていった。支えを失ったブラジャーは、膨らみかけの乳房に引っかかるはずもない。純白の下着があっという間に滑り落ちていく。肩紐も何の抵抗もなく両腕をすり抜け、ストンと爪先の上に落下していった。
 だらりと両腕を垂らした姫乃。
 露わになったその胸には……桜色の、慎ましやかな乳首が二輪、儚げに咲いていた。
 あれが……。
 あれが白鷺姫乃のおっぱいか……。
 膨らみかけの乳房はお世辞にも大きいとは言えず、そのカーブもまだまだなだらかな曲線でしかなかった。それでも耶美のようにほとんど膨らんでいないわけではない。触れれば吸い付くような柔らかさは感じられる、理想的な膨らみかけのおっぱいであった。
 乳首もまだまだ未発達で、乳輪も小さめ。桃香の大き目の乳輪とは全く異なっている。完全な子供乳首だ。とはいえ興奮と緊張のためか、一丁前にその先端は硬く尖っていて、女性としての機能を発揮しつつあるのは間違いなかった。
 ついに……ついに白鷺姫乃のおっぱいを見てやったぞ。
 ざまぁみろ。
 さんざん手こずらせやがって。
 礼門は心の中でそう毒づいたが、勝利の言葉が口から飛び出す事は無かった。あまりの興奮に喉も口もカラカラに渇き、とても野次を飛ばす余裕が無かったのだ。それどころかトランクスの中のペニスは痛いほどに膨張し、一刻も早く白濁液をぶちまけて楽になりたいとウズウズしている。
 まだだ……。まだこんな所で果てるわけにはいかない。まだ姫乃はパンツ一丁になっただけなのだ。最後の一枚がしっかりと残っている。その下を見る前に射精してしまうなど、彼のプライドが許さなかった。
 周囲の男子たちの中には、辛抱たまらず前屈みになって、情けないうめき声を上げている者が何人もいた。何せ目の前にはあの白鷺姫乃がパンツ一丁で立っているのだ。これほどのオカズも他にあるまい。どれほど遅漏であったとしても、ズボンの上からちょっとでも刺激を与えれば、たちまちパンツの中に精液を漏らしてしまうのは無理からぬ事だった。
 穴が開くほどに見つめていた姫乃のおっぱいから目を逸らし、礼門は興奮を鎮めようと視線を巡らせる。だがこれは逆効果だったようだ。周囲の状況を視界に入れる事で、逆にその異様なシチュエーションを改めて認識してしまい、なお興奮を掻きたてられてしまったのだ。
 太陽の光が降り注ぐ白昼の林の中。
 担任教師とカメラが見つめる中。
 顔見知りのクラスメイト全員が周囲に人垣を作る中。
 天使のように美しい五年生の少女が、パンツ一丁にソックスと靴というあられもない姿で、自らの身体を隠す事も無く立っている。
 これは現実の事なのだろうか?
 いや間違いなく現実だ。
 あの白鷺姫乃が、とうとうここまでの醜態を晒すほどに屈服したのだ。
 あの白鷺姫乃が男子に負けたのだ。
 あの白鷺姫乃が敗北を認めたのだ。
 女子たちの中には、耐えきれずにすすり泣く者が続出していた。もしかしたら何か逆転の秘策で、一気に形勢をひっくり返してくれるのではないか……姫乃を信頼していたからこそ、そう期待を抱く女子は少なくなかった。けれども当の姫乃が自らパンツ一丁の情けない姿を晒した事で、その期待は粉々に打ち砕かれてしまったのだ。男子に命じられるまま、無様にショーツ一枚の姿にまで堕ちた今の姫乃を見て、誰が逆転の期待を抱くだろうか。しょせん白鷺姫乃も他の雑魚女子と同じだった。男子に負けてしまえば何の抵抗もできず、大人しく屈服するしかない、ただのか弱い女の子なのだ。このまま男子に蹂躙されて、最後は泣きながら敗北宣言をするのだろう。姫乃も結局はその程度の少女だったという事だ。
 それは姫乃の表情を見ても明らかだった。
 恥ずかしさをこらえながらも、果敢にストリップを続けてきた姫乃だったが、さすがにブラジャーを脱ぎ去ってしまえば平静を保つ事もできなかった。彼女はたまらず目を閉じ、口を真一文字に結んでひたすら羞恥に耐えている。歪んだ眉が心の悲鳴を果敢に代弁していた。みっともない身体の震えは隠しようもなく、全身から噴き出した汗は肌を艶めかしく艶立たせて、男子たちの興奮を一層掻き立てている。
 ――あの白鷺姫乃がこんな表情を見せるなんて、な。
 礼門が内心ほくそ笑む。
 こんな恥ずかしい姿を晒してしまえば、もう二度と男子には逆らえないだろう。たとえ奇跡の大逆転で危機を脱しても、この有様をカメラに記録されている以上、以前のような余裕ある態度はとれまい。もはや白鷺姫乃の戦死は決定的だった。彼女は男子の奴隷へと成り下がったのだ。
 よく見ると、胸の周囲にブラの跡が残っているのがまたエロティックであった。アダルトビデオやヌードグラビアのストリップでは、女優の身体に下着の跡が見受けられる事は決して有り得ない。なぜなら、AV女優は撮影直前まで全裸にバスローブ姿などで待機しており、用意された衣装に袖を通した直後に撮影が始まるからだ。同様に、ヌードデッサン会のモデルも当日は……可能であれば前日の夜から、下着を着けずに過ごすよう指導される事が多かった。下着の跡が残っていると、美術的な美しさに欠けてしまうためだろう。
 だからブラジャーの跡が皮膚に残っている今の姫乃のヌードは、アートとしてはマイナスであった。一方で、エロスとしてはプラスに作用している。オールヌードではなくパンツ一枚だけ残っていたり、ソックスや靴を脱がずにいたりした方が、興奮を催すのと同じだ。身体に残った下着の跡は、直前まで普通に下着を身に着けていた証拠であり、脱ぐつもりなど本人には全く無かった証拠でもあった。それは商業的に作り上げられた虚構のストリップではなく、正真正銘、男子に強要されて嫌々脱いでいる本物のストリップだという証拠に他ならない。
 さて。
 残るはあと一枚だ。
 礼門は呼吸を整える暇もなく、ギラついた視線を姫乃のショーツへと向けた。実際にはまだソックスと靴が残っているが、白鷺姫乃はこの期に及んで時間稼ぎをするような無粋な少女ではあるまい。次に脱ぐのは、あの純白のショーツ。それ以外には無いだろう。
 これを脱げば全てが終わる。少女の身体を守る、最終最後の砦。絶対防衛線。辛うじて残っている女の子としてのプライドの象徴。それが見るも無残に崩壊していくのだ。直立の姿勢では性器の中身までは観察できないが、それでも姫乃の全てを暴き出してやったという達成感は十分に味わえるはずだった。
 何より陰毛がもう生えているのかどうか、その確認ができるだけでも大きい。この年頃の男女に取って、陰毛の有無や生え具合は非常にデリケートな話題なのだ。性器を見られるのと同じか、場合によってはそれ以上の羞恥心を感じる。同性相手でさえそうなのだから、まして異性に……しかも顔見知りのクラスメイトたちに見られるとなれば、どれほどの辱めとなるか想像さえつかなかった。
 いよいよ、白鷺姫乃が完全降伏する瞬間が近づいてきた。
 クラス全員の目の前で自らショーツを脱いだ時、女子軍リーダーとしての、そして男子の憧れとしての、白鷺姫乃の名声は完全に地に落ちるのだ。
 静まり返った林の中に、相変わらず耳障りなセミの鳴き声だけが木霊している。切り株の上でパンツ一丁になった姫乃は、身体を隠す事もできない直立の姿勢のまま、微動だにせず立ち尽くしていた。そんな有様を見物しながら、観客たちは姫乃屈服の瞬間を、今か今かと目を皿にして待ち続けている。いちいち催促などしなくても、彼女は自分から行動するだろう。課せられた義務や使命はしっかりと受け止め、逃げずに果敢にこれを果たそうとする……それが白鷺姫乃という人間だと、分かっているからだ。さっきも言った通り、余計な野次は彼女の助け舟になりかねない。
 けれども、五分経ち、十分経っても、姫乃は動こうとしなかった。いや正確に時間を計っている者は誰もいない。実際にはほんの一、二分ほどだったのかもしれない。だが少なくとも、姫乃の様子が今までと明らかに異なると、ギャラリーたちが気付く程度には時間が経っていた。
 なぜ姫乃は動こうとしないのか?
 時間を稼いでも、パンツ一枚のみっともない姿を晒し続けるだけだ。引き延ばし工作程度で事態が好転しない事くらい、分からない少女ではないだろう。それともまさかここに至ってなお、逆転の秘策が用意してあって、そのためにあえて引っ張っているのか……?
 いや、違う。
 今の姫乃は脱がないのではない。脱げない、のだ。羞恥心のあまり、指をショーツにかける事ができない。それ程までに恥ずかしさを感じているのだ。
 その事実に気付いた時、礼門は勝ち誇った笑みを口元に湛えた。
 そうか、さすがの白鷺姫乃もパンツを脱ぐ決意はできなかったか。そりゃそうだ。五年生の少女が自らクラスメイトの目の前で素っ裸になるなんて、まともな精神の持ち主なら絶対できっこない行動だからな。脱げないのが当たり前。むしろパンツ一丁になるまでよく脱いだと褒めてやるべきだろうが……フン、まぁ所詮こいつもただの女の子だったってわけだ。
 礼門はそう鼻で嗤った。
 姫乃に脱ぐ意思がある場合、脱衣の催促は助け舟にしかならない。だが脱ぐ事ができないとあれば事情は変わってくる。脱衣の催促をする事で、姫乃自身に「脱ごうとしても脱げない」心の弱さを自覚させる事ができるのだ。そして男子の命令に従って脱衣する屈辱を味わわせる事も可能だった。超人的な意志の力で今まで羞恥心を抑え、辛うじてストリップを続けてきた姫乃に、結局はお前もその辺の雑魚女子と変わらないんだと現実を突きつけてやろう。
「――白鷺」
 礼門の声に、彼女はビクンと肩を震わせた。怯えている。白鷺姫乃ともあろう者が、礼門に命令される事を予期して、恐怖を感じている。
 爽快だった。
 今まで、どれだけ力を尽くしても決して敵わなかった少女が。ことごとく自分に煮え湯を飲ませてきた無敵の少女が。凌辱してやろうと策を弄しても鮮やかにそれを乗り越えてきた最強の少女が。礼門の命令の前に抵抗もできず屈し、服従している。これほどの征服欲が他にあろうか。
「パンツ一丁でいつまで突っ立ってるんだ? さっさと……脱げよ」
 姫乃が全てを晒す最後の瞬間。その引導を自分自身の手で渡してやれるなんて、最高の爽快感だった。
 逆に姫乃にとってはこの上ない屈辱だろう。自分の意志でショーツを脱げば、女の子としての尊厳だけは辛うじて保てたかもしれないのに。己の心の弱さからストリップを完遂できず、憎むべき男子に命令され、最後の一枚を脱ぐよう指図されてしまった。生まれて初めて、白鷺姫乃が郷里礼門に敗北した瞬間だった。
「……はい」
 負けを認めた姫乃は、屈服の言葉と共に、とうとうショーツに指をかけた。まだ目は閉じたままだ。自分がすっぽんぽんになる一部始終を見届けるクラスメイトと担任教師の反応を、とても直視する事ができない。それこそまさに姫乃がストリップの羞恥に耐えきれず、男子に許しを乞うている姿そのものだった。
 ワンポイントのリボンが付いた純白の布が、少しずつ少しずつずり下がっていく。時間をかけて脱げば脱ぐほど羞恥心は増すものだ。味気なく一気に脱ぎ去ってしまった方がどれほど楽だろう。
 しかしながら姫乃の指の動きは緩慢だった。頭ではさっさと脱いだ方がいいと分かっていても、心がそれについて行かない。人前で全てを晒す事は、それ程までに少女の心を震え上がらせ、萎縮させてしまうものなのだ。白鷺姫乃であってもそれは同じだった。頭脳は大人並みの知性と教養を兼ね備えていても、心はあくまで五年生のあどけない少女そのもの。恥辱の限りを尽くされれば、いかに白鷺姫乃といえども一たまりも無かった。
 位置を下げたショーツは、姫乃の引き締まったウェストを完全に露出させていく。緊張と興奮、それに恐らく恐怖も相まって、彼女の呼吸は粗く、腹部もせわしなく収縮を繰り返していた。
 そろそろだろう。
 そろそろ見えるはずだ。
 姫乃に陰毛が生えているなら、いい加減、縮れ毛の先端が顔を覗かせてもいい頃合いだった。礼門の眼がさらに血走る。それともまさか姫乃はまだ生えていないのか? あの聡明な白鷺姫乃の陰部が無毛の子供じみたパイパンなら、これほど痛快な事実も他にあるまい。逆に手入れもしていないような剛毛でもそれはそれで面白いだろう。どちらにしても、陰毛に関する恥ずかしい秘密を、クラス全員に公開させられるというシチュエーションが重要なのだ。全てはあと数秒で判明する。白鷺姫乃に陰毛が生えているのか否か? 生えているのだとしたらその毛の量はどれほどか? 手入れはしているのか?
 想像を巡らせていると、とうとうショーツの上端から、黒い陰毛の先端が顔を覗かせ始めた。自然な細い毛先が何十本も、密生して生え揃っている。白鷺姫乃にはもう既に陰毛が生えているのだ。
 ついにやった。
 これが白鷺姫乃の陰毛……なのだ。
 和平会談の時、桃香は姫乃のショーツを脱がす寸前まで追い詰めたのだという。あともうちょっとという所で逆転負けを喫し、見る事は叶わなかった白鷺姫乃の陰毛。その全貌が、ついに白日の下に晒された。男子も、女子も、クラスメイトたちは皆固唾を呑んで秘密の若草に……そのあどけない茂みに視線を集中させていく。
 そう、姫乃の陰毛は、決して剛毛というわけではなかった。耶美やみどりに比べるといかにも量は少ない。生えている範囲もデルタ地帯の中央下寄りの、ごくごく狭い範囲だった。桃香のように広範囲に渡って短い陰毛が生い茂っているような、そんなカッコ悪い生え方ではなかった。
 ただし遠目から見ても生えている事が一目で分かるくらいの毛量はある。ツルツルの祢々子とは明らかに異なる、思春期独特の股間。理想的な陰毛生えかけの股間だった。
 膨らみかけの乳房と同じだ。子供でも大人でもない、成長期のほんの一瞬――女性の一生の中でもたった数年、或いは数か月の間しか見る事ができない、儚げなバランスの上に成り立ったヌードである。放っておけばあっという間に成長し、失われてしまうその刹那の輝きを、こうして鑑賞する事ができた礼門たち五年二組のメンバーは幸せ者だろう。しかも忠一の構えるカメラでその全裸は隈なく撮影され、高画質で記録に残されているのだ。録画データをコピーできれば、この先一生、白鷺姫乃の思春期のオールヌードをいつでも見返す事ができる。映像の中の姫乃は五年生の少女のまま。永遠に歳は取らないのだから。
 裏を返せば、それは姫乃の恥が永遠に保存され、晒し者にされ続ける事を意味していた。成長期のアンバランスで未成熟な、恥ずかしい自分のヌード。それがクラスメイトたちのギラついた欲望の視線を一生浴び続ける。考えただけでもおぞましいだろう。だがそれは妄想の話でも仮定の話でもない。いま現実に起こっている、現在進行形の話なのだ。
 正確に言えば姫乃はまだ完全なオールヌードにはなっていない。ソックスと靴もそうだが、ショーツも辛うじて股間の最深部……少女の割れ目を覆っていた。露出しているのは生えかけの陰毛だけだ。背後に陣取っている連中には陰毛の生え具合が分からない反面、お尻の谷間の上半分を好きなだけ鑑賞する事が出来ているだろう。
 白鷺姫乃が全てを見せるまで、あと数分。
 いやあと数秒か。
 鉄壁のガードを誇っていた無敵の少女の、破滅の瞬間だ。
「……脱ぎ、ます」
 姫乃がか細い声で囁いた。また礼門に脱衣の命令をされてはかなわないと思ったのか。それとも自分自身を鼓舞する狙いがあったのか。図らずも自ら最終最後の脱衣宣言を行ってから、姫乃はさらにショーツをずり下げていった。
 コットンの白布の向こうから、最後の秘境が顔を覗かせる。
 思春期の少女ならば、家族相手でもおいそれとは見せないであろう、究極絶対の聖域。生殖を司る神秘の器官にして、胎内で育て上げた我が子を産み落とす女性の象徴そのもの。本来であれば、一生添い遂げると心に決めた相手にしか見せる事のない、女の子の最も大切な場所であった。
 即ち、少女の割れ目。
 生えかけの陰毛ではそのスリットを覆い隠す事は叶わず、恥ずかしいクレヴァスは無情にもクラスメイト全員の視線に晒される事となった。背後側の連中は、その割れ目に繋がっているお尻の谷間が丸見えになっているはずだ。
 白昼の野外において。
 太陽の光を浴びながら。
 級友と教師の目の前で。
 自ら全ての衣服を脱ぎ捨てて。
 白鷺姫乃は、ついに身体の秘密を全て公開してしまった。性器の中身や肛門はまだ見せていないが、そんな事は些末な問題に過ぎない。肝心なのは、女子軍リーダーであり、男子の宿敵かつ憧れの的であった白鷺姫乃が、自ら敗北を認めたという事だ。全てを晒し、男子に絶対服従したという事だ。生まれたままの姿になって許しを乞うているという事だ。ここまで姫乃を堕としてやれば、その先の凌辱などもう容易い。いくらでも好き勝手に蹂躙できるだろう。
 勝った。
 ついに男子は、礼門は、白鷺姫乃に勝ったのだ。
 彼女のオールヌードを暴き、撮影し、弱みを握って戦死させる事に成功したのだ。
 これで名実ともに、姫乃は五年二組の男子たちの奴隷になった。素っ裸の映像を握られた相手に抵抗などできまい。男子たちもまた同様に恥ずかしい写真を撮られているが、虹輝がまだ脱がされていないために、男子軍全体としては優位に立っていた。このアドバンテージこそが姫乃を辱め、屈服させる最大の武器になっているのだ。
「白鷺。突っ立ってないで、早くパンツを脱いじまえよ」
 礼門が勝ち誇った口調で命令する。
「……はい」
「俺の事は『礼門様』と呼んでもらおうか。自分の立場ってもんを自覚してもらわねぇとなぁ」
「わかり……ました。礼門様」
 何人かの男子たちがまた前屈みになってうめき声を上げる。姫乃の陰毛を見て、割れ目を見て、そして成す術もなく礼門に屈服する姿を見て、情けなくもパンツの中に射精していった。礼門のペニスも爆発寸前だ。早く白濁液をぶちまけて楽になりたいと、ガチガチに硬度を増して震えている。
 まだだ……まだこんな所で漏らすわけにはいかない。せめて姫乃に咥えさせて、口の中にでも射精しないと格好がつかなかった。みどりや耶美、桃香といった一級の美少女たちを次々と喰い物にしてきた自分が、姫乃の生まれたままの姿を見ただけで精液を漏らしてしまうなど、他の男子たちに示しがつかないだろう。
「へへへ……。脱いだらこっちに投げてよこせ」
 姫乃が極力直立の姿勢のまま、ショーツを足首から抜き取っていく。あまりお尻を後方に突き出したくないらしい。
 礼門は右手を突き出して手のひらを上に向けた。彼の意図は明白だ。一つは、下着の汚れを暴いて姫乃に恥をかかせてやる事。そしてもう一つは――。羞恥から逃れるために未だに目を閉じている彼女の瞼を、無理矢理引っ張り上げる事だ。狙った位置にショーツを放り投げるには、どうしたって目を開けざるを得ないのだから。
 唇を噛んで、姫乃がゆっくりと目を開けていく。初夏の陽光に目が慣れた後、その視界に飛び込んできたものは一体何だろうか。見下したような視線を向ける礼門の顔か? 粗い呼吸で興奮を隠そうともしない男子たちの様子か? それとも失望と軽蔑の眼差しの女子たちか? 冷徹に全てを記録する忠一のカメラのレンズ、好色そうな笑みを湛える鮫島、いたたまれない表情の虹輝……。
 全てだろう。
 全てが、姫乃の視界に飛び込んでいるはずだ。そして改めて認識しているに違いない。自分が、真っ昼間の野外で、クラス全員の前で素っ裸になったのだという……取り返しのつかない状況を。
 気丈にも姫乃はその想像を絶する辱めを、辛うじて受け入れていた。手にしたショーツを、震えながらも礼門の方へと放り投げていく。普通の少女ならば卒倒したっておかしくない状況なのに、よくも理性を保っていられるものだ。礼門も素直に感服せざるを得なかった。
 彼は受け取った姫乃のショーツを広げてみた。予想通り、その下着には汗の匂いと体温の温もりは感じられたが、クロッチの汚れはほとんど見受けられない。当然だ。白鷺姫乃ともあろう者が、最終決戦の脱衣カードゲームに臨むにあたって、『念のため新品の下着に穿き替えておく』という保険をかけないはずが無かった。下着の汚れを暴かれても恥をかかないように、スポーツレクが始まる直前に、予備の下着に着替えておいたのだろう。
 まぁいい。姫乃の下着の汚れを暴く方法は他にもある。
 それより今は彼女の生まれたままの姿を楽しむのが先決だ。
「よし。その場で一回転してもらおうか。後ろの連中にも、お前のみっともないすっぽんぽんをじっくり見せてやらないとな。靴は履いたままでいいぞ」
「はい、礼門様……」
 姫乃は粛々と、憎むべき男子の命令に従っていた。切り株の上でゆっくりと身体の向きを変え、まさに正真正銘、クラス全員にオールヌードを晒していく。切り株はそれほど高さもなく、お立ち台としてはかなりの広さだったが、その上で動くとなるとやはり目を閉じる事はできない。万が一にも足を踏み外したら大変だ。姫乃は自然と、目を開けてクラスメイトたちの顔を見ながら一周する事になってしまった。
 一方礼門の視界には、今まで見えなかった姫乃のお尻が飛び込んでくる。そこは大人の女性のようなボリュームにはまだまだ程遠かった。それでも十分少女らしい丸みを帯びた臀部である。あの谷間の奥には、姫乃の性器と肛門が隠されているのだ。そして彼女が承諾するか否かに関わらず、礼門は自分の意志だけで、自由にそこを鑑賞する事ができる。スポーツレクの間だけ、姫乃は自分に絶対服従しなければならないのだから。残り時間もまだ一時間近くあった。今この瞬間に天変地異でも起きない限り、性器の中や肛門まで晒し者にされる運命から、姫乃が逃れる術は無いのだ。
 想像したらさらにペニスがいきり立ってしまった。
 危ない危ない。
 漏らしてしまわないように細心の注意を払わなければ……。
 自分の分身の興奮を鎮めようと、礼門が軽く手で剛直をなだめた、その瞬間。
「うぁっ?」
 凄まじい電撃が彼の脳天を貫いた。いや、別にスタンガンで攻撃されたわけではない。ショックはそれに匹敵する勢いだったが……ついに我慢しきれなくなった肉棒が、トランクスの中で勢いよく精液を吐き出していったのだ。一度射精が始まれば、止める術などあるはずもない。情けない事に礼門は前屈みになり、他の男子たちと同じようにうめき声と共にズボンの中を汚していった。快感が全身を突き抜けていく。
 恐ろしいまでの衝撃だ。
 これほどの絶頂を味わった事は今まで無かった
 まさかこの俺が、ヌードを見ただけで射精に追い込まれるなんて……。
「――次は」
 頭上から声が響く。
 見上げると、そこには一回転し終えた姫乃が素立ちして、礼門を冷然と見下ろしていた。
「次は、何をしたらいいのかしら」
 声こそ震えているが、その口調は、いつもの姫乃とそれほど変わっていない。生まれたままの姿にひん剥かれてなお、礼門の命令に服従するという、自分の義務を果敢に果たそうとしているのだ。凄まじい意志の力で羞恥に打ち勝とうとしている。最後の一枚を脱ぐ辱めには勝てなかった姫乃であったが、いざ脱いでしまえば開き直って肝が据わるという事か。やはり一筋縄ではいかない少女だった。
 逆に、下着の中に射精してしまう醜態を、よりによって姫乃本人に見られてしまった礼門は哀れであった。姫乃のヌードのあまりの美しさに、自制が効かず精液を漏らしてしまったのだ。まだ姫乃の性器を暴いてもいなければ、彼女の身体に触れたわけでもない。にも関わらずフィニッシュに至ってしまったのは屈辱だった。これではどっちが辱めを受けているのか分からなくなってくる。
 むしろ自分の方が生き恥をかかされているのではないか?
 一瞬、礼門はそんな錯覚さえ覚えていた。
 彼が見上げる姫乃の姿は、頭上の太陽の光を浴びて、神々しいまでに輝いている。足元を除けば一糸纏わぬオールヌードだというのに、気丈にも身体を隠そうともせず、堂々と礼門に対峙する姿勢には、畏れさえ抱かせる威厳があった。その威光はまるで――。
 そう、まるで……。
 まるで、天使のようではないか。
 天使の少女なのだ、いま自分の目の前に立っている少女は。
 刹那、礼門の脳裏に鮫島の言葉がリフレインしていった。「お前たちは白鷺姫乃がどれほどの存在なのか、まるで分かっちゃいない」というあの言葉。自然教室が始まる前、桃香と作戦会議をしていた時の発言だ。「白鷺を食いたければ好きなだけ食うがいい。お前たち程度では白鷺を穢す事は出来んだろうがな」とも言っていた。
 鮫島には分かっていたという事か?
 姫乃が持つこの、神々しい天使の如きオーラの存在が。
 礼門程度では、姫乃を脱がしたところで彼女には勝てないのだという事実が。
 ――いや、馬鹿馬鹿しい。
 そんな事があってたまるか。
 女なんて所詮みんな同じだ。素っ裸にひん剥いて凌辱の限りを尽くせば、すぐに命乞いして服従するようになる。何が天使の少女だ。白鷺姫乃だって所詮は、その辺の雑魚女子と同じに決まっている。
 そうだ。
 俺は白鷺姫乃に勝つ事ができる。完全勝利できる。今からそれを、クラスメイト全員の目の前で証明してやるのだ。
 礼門は下らない杞憂を即座に頭から追い払った。
 だが彼は気付いていない。自分自身に言い聞かせるような今の思考こそ、姫乃に気圧されている何よりの証拠だという事に。天使の少女を前にして、自分がすっかり萎縮している事に。そして白鷺姫乃を屈服させる事が、どれほど困難で実現不可能な偉業なのかという事に。




 さらにもう一つ。
 礼門がまだ気付いていない事が一つだけあった。
 彼の背後、そのずっと後方……ギャラリーの円陣の外側から、立ったまま悠然と事態を俯瞰している、鮫島の存在だ。彼は作戦会議の時こうも言っていた。
 ――「白鷺姫乃に本当の地獄を見せてやる」、と。
 姫乃が天使の少女なら、鮫島は悪魔の男であろう。その悪魔が、どれほど恐ろしい姦計をもって姫乃を陥れようと牙を光らせているのか。礼門は……そして恐らく当の姫乃も、まだ全く気付いていなかった。
 
 

第二十話 『我、無条件降伏セリ』

2015-05-14

 いよいよ、長かった脱衣カードゲームも終盤戦である。
 仕切り直しの新・一回戦を終え、虹輝はクラブの8と9を、姫乃はダイヤの9とJをそれぞれ消費し、黒星の数は三対三の同数となっていた。虹輝のジョーカーはクラブの7。しかし姫乃のジョーカーの正体は、虹輝の視点からでは不明だ。姫乃がダイヤの10を飛ばして、9とJを切ったところを見ると、ダイヤの10がいかにも怪しいのだが……。
 ルールがマイナーチェンジされた事により、このゲームの特性も以前とは微妙に異なっていた。相手のジョーカーの正体を素早く推理し、手の内を正確に読み切った方が勝ちとなる。ひとまずここは、姫乃のジョーカーがダイヤの10であるとの仮定で戦略を組み立てていくべきだろう。
 姫乃の手札に残された上位カードは、ダイヤの10と、Q、K、Aの合計四枚。ルールの追加・変更の際、カードは必ず二枚ずつ切っていくと決め直されたため、三敗の虹輝を打ち負かすのに必要なカードの数は最低でも四枚であった。次に姫乃が出すカードは、ダイヤの10とQか? しかしダイヤの10がジョーカーであるなら、数字としては0に該当するそのカードを出す事はできない。ダイヤの8を組み合わせるしかないはずだ。まさか新・二回戦において……虹輝がまだ三敗というこの状況で、ダイヤのQとKなんて大胆な切り方をするはずがなかった。
「――セット」
 偶数回なので虹輝の先攻である。彼はクラブの10とJの二枚を、裏向けて切り株の上に並べていった。合計は21。姫乃のカードがダイヤの8とQなら合計は20で、数字『1』分の差で勝てる計算だ。もしダイヤの10がジョーカーでなかったのなら、姫乃はダイヤの10とQを組み合わせてくるかもしれない。その場合合計が22で虹輝の負けだが……それでもまだ四敗。ギリギリのところで踏ん張れるはずだ。
 それに姫乃がダイヤの10とQを出すという事は、手札の上位カードがダイヤのKとAのみになるという事であり、クラブのQ、K、Aの三枚を温存している虹輝に対して格段に不利になる事を意味していた。これなら負けを取り戻す事は造作もなかろう。
「セット」
 姫乃はそれほど長考する事も無く、あっさりと二枚のカードを選んで並べていく。むしろ、おちんちんが見えそうで見えない虹輝が気になって、目の遣り場に困っている印象だった。もしこれで判断ミスでもしてくれれば御の字である。
 オープン、の声と共に、二人は一斉に二枚のカードをひっくり返していった。虹輝のカードはクラブの10とJ。姫乃のカードはダイヤのQと……。
 ダイヤの、Qと……?
 瞬間。
 ギャラリーたちの間にどよめきが走った。
 姫乃の出したカードは、片方は女性の上半身が描かれたカード。ダイヤのQだ。これは予想通り。もう一枚のカードには、髭を蓄えた初老の男性が描かれていた。つまりこっちは……。
「ダイヤの、Kだって?」
 なんと姫乃はこの新・二回戦において、ダイヤのQとKを切ってきたのだ。ずいぶん大胆な采配である。もしダイヤの10がジョーカーなら、もはや姫乃の手札に残っている上位カードはダイヤのAのみ。いくら虹輝を四敗にまで追い込めるといっても、あまりにも無謀な切り方であった。
「いいの、白鷺さん? あと一回勝たないと、最後には負けちゃうんだよ?」
「犬飼くんにはまだ数字の大きなカードが残ってるし……」
「必ず二枚ずつカードを使うって言いだしたのは、姫乃の方なのに?」
 観客の女子たちが感じているのは、虹輝を四敗に追いやった高揚感よりむしろ、手札を後先考えずに消費しているように見える、姫乃の戦い方への焦燥感である。彼女の聡明さには全幅の信頼を置いているが、それでもなお不安に駆られてしまうのだろう。無理もない。虹輝でさえ、どうして姫乃がこんな猪突猛進な戦い方をしているのか、推し量りかねていた。
 まだ虹輝は完全に負けたわけではない。あと一敗で敗北が確定するが、逆に言えばまだ一敗の猶予があるのだ。それまでに姫乃を二敗させれば虹輝の逆転勝利である。
 虹輝の現在の手札は、クラブの7こそジョーカーで使えないが、クラブのQ、K、Aという上位カードが揃っている。対して姫乃の手札は、せいぜいダイヤの7、8、10、A程度。彼女のジョーカーがダイヤの6以下のどれかだったとしても、虹輝には十分勝ち目があった。
 次の新・三回戦では、まずクラブの6とQを切ろうか。合計は18。姫乃がダイヤのAを使わない限り、虹輝が負ける事は無い。仮に負けたとしてもこっちにはクラブのKとAが温存してあるのだから次は確実に……。
 ん?
 何だ……この違和感は?
 虹輝の表情が曇る。
 僕はひょっとして……何かとんでもない思い違いをしているんじゃ……。
 姫乃がダイヤのAを使わない限り、虹輝が負ける事は無い? 仮に負けたとしてもこっちにはクラブのKとAが温存してあるのだから、次は確実に勝てる? それってもしかして……。
 数秒、時間が止まる。
 そして虹輝は気付いた。
 気付いてしまった。
 自分が――致命的な判断ミスを、犯しているという事実に。
「……しまった!」
 思わず声が漏れる。それはクラスメイトたちには聞こえないような、ごく小さな声であったが……相対している姫乃にはしっかりと悟られたようだった。彼女がはっきりと、小さな笑みを浮かべるのが分かった。
「虹輝くん。負けたんだから早く脱いで」
 そう催促してくる姫乃の言葉には、勝者の貫録さえ感じられる。この新・二回戦の勝者というだけでなく、脱衣カードゲームの勝者――ひいては、男子女子戦争の勝者としての威厳に満ち満ちていた。
 どうしてもっと早く気付かなかったのか。
 考えてみれば当たり前の話だ。
 四敗になった虹輝は……もう一敗もする事ができない。その『一敗もできない』という事実が、ゲームの戦略にどれほど大きな影響を与えるのか、もっとよく考えるべきだった。
 次の新・三回戦で姫乃がどのカードを出すのか、虹輝にはもう簡単に予想が付く。
 ダイヤの2と3だ。
 なぜなら、もう虹輝は一敗もできないのだから。常に姫乃が上位カードを切ってくる可能性を考慮しなくてはならない。新・三回戦で負けたとしても、手札を整える事で次に繋げる……という通常の戦略を取る事ができないのだ。姫乃がダイヤの10とAを切ってくる可能性がゼロでない以上、虹輝はこれに確実に勝てるカードを切る必要があった。合計は24だから、クラブのQとKを出して、合計25で対抗するしかない。それ以外の選択肢は一切無かった。
 もしダイヤの10が姫乃のジョーカーなら、或いはダイヤのAがジョーカーなら、もっと下位のカードを組み合わせてもいいだろう。だが一敗もできないという状況では、一か八かの賭けに出る事はできない。一パーセントでもダイヤの10とAを切ってくる可能性がある限り、虹輝は何が何でもクラブのQとKを出すしかないのだ。
 そして虹輝が必ずクラブのQとKを出すと分かっている以上、まだ二敗できる姫乃はここで無理をする必要は全く無かった。最も価値の低いダイヤの2と3を切り、少しでも手札を温存して次に備えればいい。まさか下位カードにこんな使い道があったとは。捨てカードと見なして無視していいなどと思い込んだ自分の馬鹿さ加減に嫌気が差してくる。
 姫乃がダイヤの2と3を出すと推理できたのなら、裏をかいてこっちもクラブの3と4を出すなんて奇策を打って出られるだろうか? いや、不可能だ。確かにダイヤの2と3を出してくる可能性は高いが、百パーセント確実に、必ず2と3を出すという保証はどこにも無かった。姫乃が裏の裏をかいて、ダイヤの10とAを切ってくれば、それで全てはお終いなのだ。クラブのQとKを出しさえすれば新・四回戦に繋げられたのに、奇をてらって失敗して新・三回戦で五敗してしまいましたなんて……悔やんでも悔やみきれない。
 そう、新・三回戦でお互いが出すカードはもう完全に確定していた。のみならず、次の新・四回戦でのカードの内容もほぼ決まっているのだ。新・四回戦はお互いが四敗同士で臨む。両者とも、戦略的にカードを温存する必要は全く無く、持っているカードの中から機械的に上位カードを二枚、出すだけなのだから。手札の内容からして引き分けになる事もないだろう。脱衣カードゲームは、この新・四回戦で全ての決着が着くはずだった。
「もう……詰み、なんだね」
 虹輝が自嘲気味に笑う。
 いつの間にか、決着までの道筋が完全に出来上がってしまっていた。
 新・四回戦でのお互いの手札は、虹輝がクラブの2から6とジョーカー、それにクラブのAの七枚。姫乃は、ダイヤの4から8と、10、Aの同じく七枚……となるはずだ。
 つまり虹輝はクラブのAと6を出す以外に、何の選択肢もないのである。合計は20。姫乃が21以上の組み合わせのカードを切ってくれば、脱衣カードゲームは……いや男子女子戦争は、虹輝の負け。男子軍の負けとなる。
 もし姫乃がダイヤのAと10を出したなら、合計は24で虹輝の負けだ。ダイヤのAと8でも22で結果は変わらない。ダイヤの10と8の組み合わせだった時初めて、虹輝の勝ちとなるのだ。姫乃が持っているジョーカーの正体は不明だが、その数が一枚なのは間違いなかった。ダイヤの10がジョーカーならダイヤのAと8を出せばいいし、ダイヤの8がジョーカーならダイヤのAと10を出せばいい。つまり虹輝が姫乃に勝つためには、姫乃のジョーカーの正体がダイヤのAでなければならない事になる。
 最初に虹輝がジョーカーの位置を指定した際、ダイヤのAを選ぶ確率は、13分の1。手札から切ったカードの中にはジョーカーは含まれていないのだから、新・四回戦に臨む時点での確率は7分の1と言っていいだろう。もちろん、新・三回戦で姫乃がわざわざダイヤの2と4を切ってきたりすれば、ダイヤの3がジョーカーという可能性も一気に高まるが……。
 ともあれ、虹輝が姫乃に勝てる可能性は、確率的には7分の1。そう断言して良かった。
「……虹輝くん」
 姫乃が再度催促の声を上げる。新・二回戦で負けたのだから、早く身に着けている物を脱げと言っているのだ。不思議な話である。現実にはまだ新・二回戦が終わったばかりだというのに、実はもう新・四回戦で決着が着く事が確定しており、虹輝が勝てる確率までしっかり弾き出されているとは。
 虹輝はおちんちんが見えてしまわないように注意しながら、慎重に左右の脚からソックスを抜き取っていった。勝てる可能性が一パーセントでも上がるならと、決意を持って仕掛けた脱衣戦法だったが……何の事は無い。それ以前の、新・一回戦の結果で、既に勝敗は決していたようなものだった。
 そうだ。あの時のカードの采配――。そこにこそ、虹輝が犯してしまった最大の判断ミスがあったと言える。
 虹輝は星の差で一つリードしている事を利用し、姫乃の出したカードを見て、そこから彼女のジョーカーの位置を推測しようと考えた。勝負をかけるのは次の新・二回戦からでも遅くは無いと判断したのだ。今にして思えば実に愚かな判断だった。
 そもそも、虹輝と姫乃の間には圧倒的な実力差があるのだ。それはまさに蟻と象の戦い。たかが星一つのリードなど、何の優位にも繋がらなかった。虹輝は星一つのリードに驕る事なく、常に全力で、死にもの狂いで姫乃に戦いを挑まなければならなかった。それを忘れてしまった時点で、虹輝の負けだったのだ。
 虹輝はそれこそ、新・一回戦でいきなりクラブのJとQを切るくらいの、大胆な采配をすべきだった。姫乃はダイヤの9と11を切ってきたのだから、それなら虹輝は勝てた。そして姫乃を四敗に追い込む事が出来た。そうすれば追い詰められた姫乃は上位カードを切らざるを得ず、虹輝はクラブの2や3を使って手札の温存が可能だったのだ。しかも新・一回戦の時、虹輝はまだ二敗だった。一回負けてもまだ三敗。四敗にまでは追い詰められない。対して一度四敗に追い詰められた姫乃は、常に『一敗もできない』というプレッシャーと戦いながらカードを切らなくてはならない。この状況なら、虹輝は姫乃に圧勝する事さえ可能だったはずなのだ。
 姫乃が最も恐れていたのは、そういう事態に陥る事だったはず。
 だから彼女はジョーカーを使う事と、カードを『必ず二枚切る』事を提案した。それによって虹輝の思考を、後ろ向きな安全策を取るように誘導したのである。恐るべき少女と言えるだろう。
「脱いだよ。次は姫乃さんの番だ」
 裸足で地面を踏みしめ、虹輝は再び手札を手に取った。姫乃は何の迷いもなく二枚のカードをセットする。虹輝も同じく二枚セット。オープンすると、それぞれダイヤの2と3、クラブのQとKが露わになった。とんだ茶番だ。お互いもう、どのカードを出すのか分かっているのだから。ギャラリーの中には、どうしてこんなカード采配になるのか理解できない者もいるらしい。文句を言ったり、疑問を口にしたり、教えられて納得したりと、様々な反応を見せていた。虹輝にとってはもはやどうでもいい事だ。
 彼はただ、ひたすら目の前の少女に畏怖の念を抱いていた。これが白鷺姫乃の実力……。圧倒的な知力と精神力、行動力を持った、まさに無敵の少女である。
 脱衣カードゲームのルール変更において、姫乃が重要視したのは、むしろカードを『必ず二枚切る』という提案の方だったのだろう。『二枚までしか切れない』のではなく、『必ず二枚切る』事で、勝つために必要な手札の数を逆算する事ができる。虹輝ならばそれくらいの計算はお手の物だと、姫乃は考えたのだ。
 その上でジョーカーという不確定要素を入れる。これによって虹輝は、星一つのリードを利用し、カードの逆算をしながらジョーカーの位置を推理しようとカードを采配し始めた。ジョーカーの位置こそが勝利の鍵だと思い込んで。
 考えてみれば、実際にはジョーカーの位置などさほど重要な要素ではなかった。確かに推理できるに越した事はないが、それよりもむしろ重要なのは、先に相手を四敗に追い込む事の方だった。様子見など考えず、果敢に攻め続ける事だった。姫乃はジョーカーを使う事と、カードを『必ず二枚切る』事の提案によって、その事実から虹輝の目を逸らし、守りの態勢を取らせる事に成功したのである。
 あまりにも見事な思考誘導。
 虹輝の完敗だ。
 気が付けば、彼は勝利の可能性わずか7分の1という、極めて分の悪い賭けに臨まなくてはならなくなっていた。
 対する姫乃の敗北の可能性は、たった7分の1だ。姫乃の視点からでは虹輝のジョーカーの位置は不明だが、姫乃のジョーカーがダイヤのAでなければ、その時点で姫乃の勝ちは確定なのだから。もしジョーカーがダイヤのAであったとしても、クラブのAが虹輝のジョーカーだったなら、その場合でも姫乃の勝利である。実際には虹輝のジョーカーはクラブの7だから、そういう事態にはならないが……確率上でも姫乃の方が圧倒的優勢。それが現実だった。
 新・三回戦で負けた分の一枚として、姫乃が首元のスカーフを脱いでいく。これで星の差は四対四。観客たちのボルテージは最高潮に達していた。男子も女子も、お互いの自軍の勝利を信じて大騒ぎしている。冷静なのは鮫島や忠一、礼門に士郎に桃香、そして祢々子やみどりや耶美、清司といった主要メンバーだけだ。彼らには虹輝のジョーカーの正体も、姫乃のジョーカーの正体も分からないはずだが、既にゲームが『詰み』の段階に入っている事は理解しているのだろう。
「……これでお互い四敗ね。引き分けにならなければ、次が正真正銘、最後の勝負。さぁ虹輝くん。カードを出してちょうだい」
 落ち着き払った姫乃の声。もし彼女のジョーカーがダイヤのAだった場合、虹輝のジョーカーもクラブのAでない限り、彼女の敗北になってしまう。この落ち着きぶりから考えると、姫乃のジョーカーがダイヤのAである可能性は低そうだった。相変わらずのポーカーフェイスからは何も読み取れないのだが……。
 虹輝は二枚のカードを選び、切り株の上に並べていった。
 もちろんその内容は、クラブの6とAだ。虹輝が現在持っている手札の中での、最強の組み合わせ。
 後は姫乃がどのカードを切ってくるか。彼女にとってもカード選択を迷う余地などあるはずもなかった。ダイヤの8、10、Aの三枚の内、ジョーカーに該当しない二枚を出せばいい。ジョーカーがこの三枚以外というのなら、迷わずダイヤの10とAを切るべきだろう。虹輝のジョーカーがクラブの7だと知らない彼女は、虹輝がクラブの7とAを組み合わせてくる可能性も警戒しているはずだが、その場合でも引き分けにはならない。つまりこの新・四回戦で確実に決着がつく以上、カードの温存など何の意味もないという事だ。
 切り株の上に四枚のカードが並ぶ。
 いよいよだ。
 いよいよ、全ての決着が着く。この新・四回戦の決着。脱衣カードゲームの決着。そして、男子女子戦争の決着――。その全てが、今ここに決するのだ。
 虹輝が勝てる可能性はたった7分の1だが、それでもこれはよく頑張った方だろう。最初に対峙した時は、それこそ万に一つの勝ち目もなかった。それを、7分の1にまで確率を上げる事に成功したのだ。万々歳である。虹輝の胸にあるのは、やるだけの事はやったんだという充足感だけだった。
 もちろん、これで虹輝が負ければ、男子は全員自分を恨むに違いない。お前のせいで戦争に負けたんだと、虐められるかもしれない。さすがに士郎や清司がそれに加担するとは思えないが……今後の学校生活は厳しい事になるはずだ。
 それでも、虹輝は後悔していなかった。
 男子軍リーダーに祭り上げられた事も、男子女子戦争で最後まで生き残った事も、脱衣カードゲームの対戦相手に指名された事も、全て自分で望んだ事ではなかったが、課せられた責任は十分果たせたと思う。むしろ最終決戦に挑んだのが自分で良かった。自分の力不足で姫乃に負ける事がほぼ確定したとはいえ、それによって結果的に、彼女を守る事もできたのだから。
 もし自分が勝ってしまえば、姫乃はこれからストリップショーを行い、スポーツレクの時間だけ、礼門に絶対服従しなくてはならなくなる。女子全員から敗北の責任を追及され、自然教室が終わった後も、男子の奴隷としての生活を余儀なくされるのだ。そんな事、虹輝は決して望んでいなかった。
 別にいい子ちゃんぶっているわけではない。姫乃のストリップが見たくないのかと訊かれれば、やはりそこは「見たい」のだ。あの白鷺姫乃が一敗地に塗れ、取り返しが付かないほど汚される姿を見てみたい――。そんな欲望も、虹輝の心の中には確実に存在していた。姫乃が泣き叫んで男子に屈服する醜態を、高みの見物と洒落込みたい。
 だがそれは想像の世界の話だ。
 頭の中の妄想に過ぎないからこそ、女の子を酷い目に遭わせてみたいと、自分勝手に空想できる。現実にそれを実行しようなどと思う程、虹輝は非道な人間ではなかった。
 そもそも、現実に姫乃を打ち負かす事など、不可能なのだ。
 激しい脱衣カードゲームの戦いを通して、虹輝は改めてそう思った。
 白鷺姫乃は、自分たちのような凡夫の男子程度が太刀打ちできる人間ではない。強く、賢く、気高く、逞しく……それでいて、優しくて愛らしくて、誰からも好かれる美しい少女。ずば抜けた行動力と、それを支える強靭な精神力を兼ね備え、一度決めた事を最後までやり通す。自分の意思で、自分の意見を貫き通す強さを持った少女だった。同学年の男子程度では、束になってかかったところで、白鷺姫乃の足元にも及ばない。
 今までにも、姫乃は何度もピンチに陥り、そしてそれを乗り越えてきた。プール開きの日に鮫島に襲われた時も。解剖授業の際に麻酔薬を嗅がされた時も。自然教室では夜這いも受けたし、虹輝の放ったスタンガンの電撃で身動きが取れなくなった事もあった。極め付きは和平会談における桃香との最終決戦だ。スタンガンで抵抗を封じられ、下着姿にされ、あわやショーツを脱がされる寸前にまで追い込まれながら、それでもギリギリのところで辛うじて危機を脱した。
 白鷺姫乃を倒す――。それは、決して誰にも成し遂げられない妄想の話。現実には起こりえない絵空事に過ぎないのだ。
 どんな劣勢に追い込まれても、必ずこれを打ち破り、勝利し続ける。白鷺姫乃とはそういう存在なのだろう。今までもそうだったし、これからもそうに違いない。白鷺姫乃が負ける事など、あってはならなかった。彼女は高嶺の花であり続けるべきだ。手に届かない存在だからこそ、白鷺姫乃は輝き続ける。
 いつまでも……いつまでも。
「……じゃあ、カードをオープンしようか。これで決着が着くね」
「ええ。長かった男子女子戦争も、終戦の時が来たんだわ」
 虹輝も姫乃も、お互いの手札を束にして、裏向けて切り株の上に乗せた。もう手札を使う事は無いと分かっているからだ。この勝負で全ての決着が着く。残っている手札になど何の意味もなかった。
 次いで虹輝が、先に自分のカードに手をかける。
「オープン」
 一枚目は、クラブの6。
 二枚目は、クラブのA。
 観客たちがざわめき出す。これで、虹輝のジョーカーがクラブのAであるという可能性は消えた。つまり姫乃のジョーカーの正体を知っている人間……即ち白鷺姫乃にだけは、勝負の結末が判明した事になる。
 虹輝はじっと姫乃の表情を観察した。もし姫乃のジョーカーがダイヤのAならば、彼女は自分の敗北を悟ったはずだ。しかしその表情に変化は見られない。例によってポーカーフェイスを浮かべるのみである。
 やはり姫乃のジョーカーはダイヤのAでは無かった、という事だろうか? それもそうか。考えてみればこの最終局面において、いくら確率的には他のカードと変わらないとはいえ、都合よくジョーカーがダイヤのAとなるはずが無い。そんな虫のいい偶然によって白鷺姫乃が敗北するなど、有り得ないのだ。
 表情を変えないまま、姫乃がカードをオープンしていく。
 一枚目は、ダイヤの8。
 なるほど、ダイヤの10を出してこなかったのなら、これがジョーカーの正体だったという事か。新・一回戦での不自然なダイヤの10のスキップは、ブラフでも引っ掛けでもなく、単にそれがジョーカーだったからに過ぎない。そう考えて良さそうだった。
 虹輝は負けた。
 けれども、全力を出し尽くして戦い、結果として姫乃を凌辱から守る事が出来たのだから、後悔はしていなかった。これで良い。これで良かったのだ。今から虹輝は最後に残ったシャツを脱ぎ、丸出しの素っ裸になって、女子たちの笑いものになる。その姿を姫乃にも見られてしまう。恥ずかしくて、悔しくて、悲しい事だけれど……それで姫乃が清らかな存在のままでいてくれるのなら、虹輝は甘んじてその凌辱を受け入れるつもりだった。
 姫乃が二枚目のカードをオープンした。
 もちろんそこに描かれているのは、ダイヤのAだ。
 赤いダイヤのマークが、三列に分けて整然と描かれていて、カードの隅には10という数字が記載されている。
 これで虹輝の敗北は確定……。
「え?」
 思わず、彼は間の抜けた声を漏らしてしまった。
 見間違いかと二度見する。
 姫乃の二枚目のカードには、ダイヤのマークが三列に分けて描かれていた。左右に四個と、中央に二個。合計十個だ。
 どうして――。
 どうして、ダイヤのAのカードに、ダイヤのマークが十個も描かれているのだろう。どうしてカードの隅に、10なんて数字が記載されているのだろう。
 これではまるでダイヤのAではなく、ダイヤの……。
「ダイヤの……10?」
 そう。
 ダイヤの10のカードではないか。
 虹輝が事態を呑み込むのに、確実に数秒は必要だった。いや虹輝だけではない。その場にいる全員が、恐らく姫乃を除いた全員が、数秒間は硬直していたと思う。
 そしてその刹那。
 割れんばかりの怒号と、悲鳴と、歓喜の声が、林の中に響き渡った。木々や地面が揺れ動くのではないかというほどの勢いだ。
「姫乃さんが出したカードは……。ダイヤの8と、ダイヤの……10?」
 口に出して確認してみても、虹輝は未だ信じられなかった。
 しかし目の前の切り株には、確かにダイヤの8とダイヤの10のカードが載っている。ダイヤのマークが一つしか描かれていない、ダイヤのAのカードは、どこにも見当たらなかった。
 虹輝のカードはクラブの6とクラブのA。
 合計は20。
 姫乃のカードはダイヤの8とダイヤの10。
 合計は18。
 それが意味するものは。
 考えるまでもない。
 虹輝のカードの方が合計の数字が大きいのだから、虹輝の勝ち。姫乃の負け。そして虹輝は四敗のままだが、姫乃は五敗となり、脱衣カードゲームは姫乃の負けとなる。
 それはつまり……。
 長かった男子女子戦争が、男子軍の勝利で終わり、女子軍の敗北が確定した事を、意味していた。
 負けたのだ、白鷺姫乃は。
 虹輝が、姫乃を打ち負かしたのだ。
 同時に、これから五年二組が解散するまで、女子が男子の奴隷となる事が確定した瞬間でもあった。
 少なくとも、スポーツレクの時間が終わるまで、姫乃は礼門の言う事に服従しなければならない。
 いやそれよりもまず。
 今から白鷺姫乃は、クラスメイト全員と担任の鮫島の見ている前で、カメラで撮影されながら、ストリップショーを行わなければならなかった。脱衣カードゲームで五回負けたら素っ裸になる。
 それは他ならぬ、姫乃自身が決めたルールなのだから。言い逃れはできないし……それにどうやら、するつもりも無いようである。
 虹輝は姫乃の表情を再び観察してみた。彼女はこの期に及んでなおポーカーフェイスを崩していない。動揺の色はほとんど見られなかった。せいぜい、掃除当番のゴミ捨てを決めるジャンケンで、惜しくも負けてしまったかのような……その程度の焦燥しか見受けられなかった。口元には相も変わらず小さな笑みが浮かんでいる。
 今の状況が分かっているのか?
 分かって……いるのだろう。
 白鷺姫乃がこの状況で現実逃避に陥るような、そんなか弱い女の子でない事は、虹輝が一番よく知っていた。彼女は現実に直面していてなお、こんな泰然とした態度を取っているのだ。その理由までは知る由もなかったが……。
「――ああ、負けちゃった」
 阿鼻叫喚の騒音に混じって、姫乃が事も無げに小さく漏らす。そんな彼女の姿を、虹輝はただ呆然と、見つめ続けるしかなかった。




 勝敗が決した後、最初に行動を起こしたのは、雑魚女子たちだった。よもや姫乃が負けるなどとは露ほども思っていなかった彼女たちは、ショック状態から覚めるや否や、口々に呪詛の言葉を連ね始める。
「嘘でしょ……」
「白鷺さんが負けるなんて……」
「冗談じゃないわよ! こんな勝負、無効よ!」
「そうよインチキだわ! 姫乃が負けるわけない!」
 論理も信念も何も無い、ただの言いがかりである。虹輝と姫乃がルールに従って、フェアに正々堂々と、全力を尽くして脱衣カードゲームを戦い抜いた事は、クラスメイト全員が知っていた。目の前でその一部始終を見届けていながら、なお因縁をつける事は、二人の健闘に対する最大の侮辱でもある。
 だがそんな事、雑魚女子たちにとってはどうでもいい事だった。彼女らの目的は、ただ男子女子戦争に勝つ事。それ以外には何の興味もない。今までルールに従って戦ってきたのは、ルールを盾にして男子たちをやり込められると考えたからだ。自分たちが優勢ならばルールには従うが、劣勢になればたちまち反故にして開き直る。見苦しいやり口だった。
 しかし男子女子戦争はスポーツの公式戦ではない。言いがかりだろうとゴリ押しだろうと、とにかく最後に勝てばそれでいいのだ。戦争は必ず『正義』が勝つとは限らないが、戦争に勝った方は必ず『正義』になる。それは紛れもない真実だった。
「ふざけんな、どこにインチキって証拠があるんだよ!」
「負けたんだから素直に認めろよ!」
「今さら勝負を無しにしようたってそうはいかねぇぞ!」
 雑魚男子たちがすかさず反論する。これも当然の反応であり、しかも理は彼らの方にあった。仮に虹輝がインチキをしたとしても、その証拠が無ければ糾弾のしようが無い。そんな事、まさに子供でも分かる話だろう。雑魚女子たちは口を噤まざるを得なかった。
 とはいえ、それは彼女たちが大人しく引き下がる事を意味していない。口で勝てないと分かった以上、今度は力ずくで事態を打開する……それだけの話だ。ぐうの音も出ない雑魚女子たちは、次の行動……実力行使に移った。
「何よ……要は、犬飼の奴を剥いちゃえばいいんでしょ!」
「そうよね。脱衣カードゲームなんて関係ないわ! 裸の写真さえ撮っちゃえばこっちのものよ!」
「シャツ一枚剥ぎ取るだけだもんね!」
「いくわよみんな!」
 雑魚女子たちが数人、一斉に虹輝に狙いを定める。脱衣カードゲームに勝ったとはいえ、今の虹輝はTシャツ一枚の他には何も着ていない。押さえつけられてシャツを脱がされれば、たちまち素っ裸の丸出し状態であった。そんな姿の写真を撮られたら、彼は戦死。逆にリストバンドやスカーフしか脱いでいない姫乃は、脱衣カードゲームに負けていながら、男子女子戦争では生き残る事になるだろう。
 脱衣カードゲームのルールでは、『このゲームの終了以降、一切の戦闘行為はこれを禁ずる。またその無効な戦闘行為によって生じた結果もまた、無効である』と明記されていたが、裸の写真という既成事実さえあれば、どうにでも屁理屈はつけられた。脱衣カードゲームの結果を無視しようとしている雑魚女子たちが、そのルールを守るはずもない。これでは何のために虹輝と姫乃が、全身全霊をかけて脱衣カードゲームを戦ったのか、まるで分からなくなってしまう。あまりにも身勝手な雑魚女子たちの言動であった。
「ふざけんな、そんな事させてたまるかよ!」
「暴力が駄目って言うから手加減してやってたのに……調子に乗りやがって!」
「男の力を思い知らせてやる!」
 言うまでもなく、雑魚男子たちもすぐさま反撃の態勢を取った。彼らにとっても虹輝は唯一の生命線なのだ。彼がまだ脱がされていないからこそ、男子軍は女子軍に対して優位に立てる。姫乃の負けが確定したというのに、彼女が脱がされてもいないうちに、虹輝のおちんちんを公開させるわけにはいかなかった。いや虹輝のおちんちんだけは女子に対して絶対秘密にしなければならない。そのアドバンテージこそが、男子軍が女子軍に勝ったという証左なのだから。
 雑魚女子たちと雑魚男子たちが、虹輝めがけて一斉に飛び掛かろうとする。このままでは事態は大乱闘だ。必死になった雑魚女子たちは、どんな手を使ってでも虹輝を脱がそうと襲い掛かってくるだろう。対する雑魚男子たちも、手段を選ばず虹輝を守ろうとするに違いない。肉体的な暴力は避けるという男子女子戦争のルールも反故にされ、殴り合いの喧嘩があちこちで発生するはずだった。この年頃なら女子の体格も男子に負けていない。むしろ女子の方が腕っぷしは強いかもしれないのだ。
 ケガ人も続出し、取っ組み合いで衣服を破られる人も出てくる。そうなれば事態を隠蔽しきれず、教頭や施設の職員などに男子女子戦争の秘密が漏れる可能性もあった。頭に血が上った雑魚女子や雑魚男子たちに、そこまでの配慮は期待できまい。彼らはただ虹輝を脱がす……或いは守るという目的のみに囚われ、視野狭窄に陥っていた。もはや状況は誰にも収拾不可能。パニック寸前にまで追い込まれている。
 そして女子と男子が、切り株の前に立つ虹輝に向かってそれぞれ飛び出した……まさにその瞬間。
「ちょーっと待った」
 大きな野太い声が林の中に響く。
 雑魚女子や雑魚男子たちより僅かに早く、一人の男が虹輝の前に踊り出していた。鮫島だ。シャベルを肩に担いだ鮫島が、虹輝を守るようにその前に立ち、周囲の教え子たちに睨みを利かせて牽制していく。
「おいおい、ガッカリさせてくれるなよ。今まできちんとルールを守って戦争をしてきたっていうのに、最後の最後で力ずくの暴力か? 先生の教え子なら、ちゃんと最後までルールに則って決着を付けてもらいたいものだな?」
 五年生の児童にとって、担任の教師とは特別な存在だ。内心馬鹿にしていたとしても、やはり偉大な大人として敬意を持っている面は少なからずあった。中学生や高校生が教師に対して抱く感情とは似て非なるものがある。ましてその大の大人である教師が、凶器にも成り得るシャベルを担ぎ、自分たちを一瞥する姿は……彼らを萎縮させるには十分な効果があった。このご時世、教師である鮫島が生徒たちにシャベルを振り回すような真似をするはずは無いけれども……。威嚇としてはこれ以上ない迫力である。雑魚女子たちも、雑魚男子たちも、たちまち顔を見合わせて威勢を無くしていった。
「先生が男子女子戦争を見逃してきたのはな、これがただの喧嘩ではなく、ルールに基づいた戦争だったからだ。ルールをなし崩しにして争うのであれば、そんなものは戦争でも何でもない。先生としても見過ごすわけにはいかんなぁ」
 鮫島にとっては、姫乃を辱める事ができればそれでいいのだ。もっともらしい理屈は後付けに過ぎない。それでも彼の言葉が理に適っているのもまた事実であった。追認するかのように、彼を擁護する言葉が飛び出す。
「――鮫島先生の言う通りよ」
 そう声を上げたのは、意外にも白鷺姫乃その人であった。
「男子女子戦争は今まで、一応みんなルールに従ってフェアに戦ってきたわ。そしてさっきまで見届けた通り、最終決戦の脱衣カードゲームも、公正なルールの下で戦った。虹輝くんが勝って私が負けたという事実は、しっかりと受け入れるべきよ」
 それによってもたらされる結果がどれほど凄惨なものなのか……まるで気付いていないかの様子で、姫乃は淡々と語っている。きちんと筋の通ったロジックは姫乃らしいと言えばらしいだろう。しかし敗北という現実を直視していないかのような落ち着きぶりは、聡明な姫乃らしからぬ様子とも言えた。
 それとも或いは――。
 この敗北自体が、姫乃の作戦の一部なのではないか? 負けたと見せかけて、思いもよらないような逆転の秘策で虹輝を戦死に追い込み、最終的には女子軍の勝利で戦争を終わらせる算段なのでは?
 都合のいい解釈が、雑魚女子たちの間に広がっていった。
「虹輝くん、降伏文書を出して。先に調印を済ませましょう? 脱衣カードゲームのルールにも、『勝敗が決した時点で、敗者は降伏文書に署名し、自軍の無条件降伏を宣言する』ってあるから。為すべき事を後回しにしても、ルール違反にはならないはずよ」
 為すべき事……か。
 それはつまり、姫乃のストリップショーを意味しているのだろう。それとも礼門への絶対服従か。いずれにせよ、このまま姫乃が無傷で危機を脱するのは、どう逆立ちしても有り得ない。それだけは間違いなかった。
 姫乃は切り株の上のトランプを見遣りながら、未だ茫然自失の虹輝に声をかける。
「その前に……えっと、その……」
 言いにくそうに口をまごつかせた。
「何? 姫乃さん?」
「だから……あの、服を……。着て、欲しいんだけど」
 視線を横に向けて頬を赤らめる姫乃。そうだった。虹輝は未だTシャツ一枚なのだ。強めの風でも吹けば、たちまち裾がめくれておちんちんが露わになってしまう。無用の危険を避けるため、虹輝は大急ぎで……しかし慎重に、脱ぎ捨てた服を身に着けていった。これで雑魚女子たちが襲い掛かってきても大丈夫。すぐに丸裸にされたりはしないはずだ。
 彼が衣服を身にまとう間に、姫乃はてきぱきと切り株の上のトランプを片付けていった。中央の山札に四枚のカード……新・四回戦で二人が切ったトランプを重ねていく。次いで自分の手札の束を上に乗せ、最後に虹輝の手札を被せて紙製のケースに戻すのだ。
「降伏文書は、男子軍が負けるバージョンと女子軍が負けるバージョンを、それぞれ二枚ずつ用意したから。間違えないようにね」
「分かってる……」
 半ズボンのポケットに入れておいた降伏文書を取り出し、虹輝は切り株の上に広げていった。もちろん使用するのは女子軍が負けたバージョン。『我々女子軍は、男子軍との戦争に敗北し、無条件降伏する事をここに宣言する』と記載された方である。虹輝が所持する用と、姫乃が所持する用が、各々一枚ずつだ。
「署名するためのボールペンは持ってる?」
「大丈夫、だよ」
虹輝はペンを手に取りながら、降伏文書の片方を、切り株の向こうに差し出していく。一方の姫乃は、文書を受け取る代わりに、箱に片づけたトランプをまるで物々交換の如く彼に手渡した。
「これは虹輝くんにあげるわ。今日の記念に、ね。大切に持っていて」
「別に……要らないよ」
「いいえ。あなたはこのトランプを受け取る義務がある。私からのプレゼントよ」
「義務って……」
 有無を言わさぬ口調で突きつけられれば、虹輝も受け取らざるを得ない。訳も分からず、虹輝は手にしたトランプの箱を無造作にズボンのポケットに仕舞い込んだ。
 一体姫乃は何を考えているのだろう?
 一世一代の大勝負に負けたというのに、そんな事などまるで意に介さず、呑気にトランプを片付けたりして……事の重大さが分かっているとは、やはりどうしても思えなかった。それとも姫乃にとって、クラスメイトの前でのストリップなど些細な事なのか? 大して恥ずかしいとも思わず、平然と素っ裸になれるとでも?
 姫乃がウェストポーチからボールペンを取り出した。署名欄に、『白鷺姫乃』と自分の名前を書き込むためだ。『鷺』などという五年生にしてはやや難しい漢字も、彼女はスラスラと美しい筆跡で表記する事が出来た。キャップを取ってペン先を出し、降伏文書の紙面に先端を下ろしていく。
 しかし、そこで虹輝は気付いた。
 手にした姫乃のペン先が、僅かに震えている事を。
 そして一文字目の『白』を書こうとした瞬間――。
 姫乃のボールペンは、その先端を大きく逸らし、降伏文書に斜めの歪んだ線を書き込んでいった。紙面を飛び出して切り株の上にまで飛び出す勢いだ。
 緊張のあまり……手が震えている?
 あの白鷺姫乃が、『白』などという単純な漢字すら書けないほどに、狼狽している。
 信じがたいが、それは間違いない事実だった。
 恥辱のストリップを前にして、さしもの白鷺姫乃も心の動揺を抑えきれないのだ。どれほど平静を装っていても、仕草の変化は心の動きを如実に反映していた。
「……あはは。はみ出しちゃった」
 小さく笑う、姫乃の表情。
 桃香ほどの観察眼や洞察力が無くてもすぐに分かる。
 姫乃は、衆人環視の下でのストリップに恐怖を抱いていた。逃げ出したいと思っていた。礼門の命令に服従する事に嫌悪を感じていた。そんな当たり前の感情を……五年生の女の子なら当然持つであろう感情を、彼女は想像を絶する精神力で抑え込んでいるのだ。取り乱せば鮫島や男子たちを喜ばせるだけ。女子たちを失望させるだけ。それが分かっているから、姫乃は全ての感情を呑み込んで、淡々と事を進めているだけだった。
 ――このままじゃ、駄目だ。
 虹輝はそう思った。
 このまま、姫乃が凌辱の限りを尽くされるのを、黙って見ているなんて駄目だ。自分が何とかしなくては。自分が姫乃を助けるしかない。いやむしろ今姫乃を助けられるのは自分だけであろう。
 虹輝が脱衣カードゲームに勝った以上、男子は女子に対して優位な立場にあった。特に虹輝は、五年二組の男子の中で唯一、まだ女子におちんちんを見られていないのだ。姫乃以外の女子は既に一度は裸にされ、恥ずかしい写真を男子に撮影されている。虹輝と女子たちの立場の差は歴然であった。
 そして男子もまた、虹輝には頭が上がらないはずである。虹輝が脱がされていないからこそ、男子たちは女子に大きな態度を取れる。自分たちの屈辱のおちんちん写真を女子たちに握られていても、虹輝という絶対のアドバンテージがあるために優位に立てるのだ。逆に言えば、虹輝が自分のおちんちんを女子に見せると脅しをかければ……。ある程度、男子たちの不満を抑え込む事が可能だった。
 つまり虹輝は今、事実上五年二組の生徒の中で、もっとも立場の強い人間であると言う事ができた。これを利用しない手は無い。姫乃をストリップさせて凌辱するなんて可哀そうだと、みんなに提案するのだ。
 当然、男子たちはブーイングの嵐だろう。女子の中にも、姫乃だけ脱がされないのはずるい……と思う連中はいるはずだ。そして最も厄介なのは鮫島だった。担任教師という圧倒的な地位にあり、姫乃一人に殊更執着し、何より権力を持った大人である彼にどう対抗したらいいのか。解剖授業のビデオは彼の犯罪の記録映像とも言える。戦う手段が無いわけではなかったが、具体的なプランはまだ頭に浮かんでこなかった。
 それでもやるしかない。
 たとえクラスメイト全員を敵に回しても、大人の教師という権力者に立ち向かう事になっても、虹輝は姫乃を助けたいと思った。姫乃を救うためならば、他の何を犠牲にしても構わないと思った。現にさっきまで、自分が脱衣カードゲームに負けてもそれでいいとさえ思っていたのだから。
 もちろん虹輝だって姫乃の裸は見てみたい。可能であればセックスをしてみたい。この機会を逃せば、二度と姫乃を脱がすチャンスは無いかもしれない。
 そう思ってしまうのも紛れもない事実だった。虹輝だって性欲を持ったいやらしい男子なのだ。可愛い女の子、それも自分の好きな女の子の、恥ずかしい姿を見てみたいと思うのは当然である。けれども、やはりこんな理不尽な方法で姫乃を裸にし、ましてや礼門のような下劣な人間のおもちゃにされる仕打ちを、唯々諾々と見過ごすわけにはいかなかった。
 ――僕が、姫乃さんを助けるんだ。
 そう決心を固めた虹輝が、周囲のクラスメイトたちに話を切り出そうとした……まさにその瞬間。
「みんな聞いて。ちょっと提案したい事があ……」
「虹輝くん」
 彼の言葉を遮るように、凛とした姫乃の声が響いた。
 その表情。
 虹輝が元通り服を着たため、もう彼女は視線を逸らしたり頬を赤らめたりはしていなかった。眼光には鋭い光さえ宿っている。真っ直ぐに彼を見据え、精悍な顔つきで言葉を継いだ。
「どうして私が、最終決戦に脱衣カードゲームを選んだと思う?」
「え?」
「さっきも見たでしょう? カードゲームで勝負がついたのに、ルールを反故にしてでも力ずくでなし崩しに勝とうとした……女子たちの行動を」
 スポーツの公式戦でもない限り、ルールに従って敗北するのは愚者の選択である。現実の戦争では、ルールなどあって無いようなものだった。自分たちに都合のいい時だけルールを守り、都合が悪くなればたちまちルールを破って既成事実を積み重ねる。最後に勝ちさえすれば、勝者は『正義』たりえる。それが戦争の現実であり、世の中のルールなのだ。大人しくルールに従って負けを認めるのは愚の骨頂というものだろう。
「だから私は脱衣カードゲームを選んだ。明文化されたルールの下で、クラス全員の立会いの中、正々堂々とフェアに戦う。そして負けた方は必ず裸にならなくてはならない。こうする事で、ルールをなし崩しにする事なく、完全な形で戦争を終わらせる事ができるのよ。ここまでお膳立てしてもまだ、最後に力ずくで勝負が決まってしまいそうになったわ。鮫島先生のおかげで未然に防ぐ事が出来たけど」
 力ずくの暴力や、アンフェアな屁理屈で戦争に決着を付けたくはない。だから姫乃は文句のつけようのない、完全に公平なやり方で、最後の勝負をセッティングしたのだ。脱衣カードゲームによる決闘という形で。
「私の気持ちを尊重してくれるというのなら、虹輝くんはきちんと最後まで、勝者としての振る舞いを貫いてほしいわ」
「勝者……としての?」
「私は敗者としての責務を果たす。それを黙って見過ごすのが、虹輝くんのやらなければならない事よ」
「姫乃さん……」
 彼女はお見通しだったのだ。虹輝が姫乃を哀れに思い、恥をかかずに済むよう行動するつもりだという事を。見抜いた上で、牽制すべく先手を打ってきた。
 考えてみれば、脱衣カードゲームを提唱したのは姫乃の方だ。決闘を申し込んできたのも、ルールを決めたのも、礼門のおもちゃになると宣言したのも、全て彼女である。当然、負けたらどうなるかも分かっていたはずだ。
 それだけの覚悟を持って勝負に臨み、死闘の末に敗北した今でも、強靭な精神力でその結果を受け入れている。姫乃を助けようと行動する事は、そんな彼女への最大の侮辱であり、冒涜であると言って良かった。ルールをなし崩しにする行為だ。これでは力ずくで勝ちを収めようとした雑魚女子たちとやっている事は変わらなくなってしまう。
「ほら、早く調印を済ませましょう」
 虹輝に話しかけて自らも落ち着きを取り戻したのか、姫乃は手の震えも納まり、降伏文書にスラスラと自分の名前を書き込んでいった。多少筆跡の乱れはあるが、きちんと『白鷺姫乃』と判読できる署名である。姫乃が……そして女子軍が降伏したという、言い逃れの出来ない決定的証拠となるだろう。
 一大決心を固めて姫乃を助けようとした虹輝は、しかし彼女自身にその出鼻を挫かれ、結果として自分のすべき事を見失っていた。いや、すべき事は最初から分かっている。降伏文書に署名し、姫乃の敗者としての末路を見届ける事だ。彼女が公開ストリップを行い、礼門の餌食となり、生き恥の全てを晒す姿をただ傍観するだけ。それが虹輝のすべき事だった。
「カムパネルラは……」
 小さく姫乃が呟く。
「カムパネルラは、ジョバンニの下を去ってしまったけれど。私のカムパネルラは、きっと私の下に……戻ってきてくれるから」
 その言葉の意味を、虹輝は理解できなかった。いや理解しようともしなかった。彼はただ、操り人形のように降伏文書に自分の名前を書き込むだけだ。その行為がもたらす結果が何であるのか――。もう考える事を放棄していた。現実から目を背けていた。
 お互い署名すると、文書を交換し、もう一度署名を行う。これで女子軍が負けたという降伏文書が二通作成され、虹輝と姫乃とで互いに所有する事ができる。
 雑魚女子たちの中には、この期に及んでなお、調印を邪魔してどうにか女子軍の勝利をゴリ押ししようと企んでいる連中もいるようだった。しかしシャベルを担いだ鮫島が睨みを利かせているために、全く手を出せないでいる。どのみち、今さら状況を逆転する事など不可能なのだ。姫乃は正々堂々と戦い、そして負けた。姫乃に最終決戦の全ての権限を委ねておきながら、負けたからと言ってその結果を受け入れない事は、卑怯としか言いようが無い。
『犬飼虹輝』。
『白鷺姫乃』。
 二つの名前が、二通の降伏文書にそれぞれ署名された。これで調印は終了だ。姫乃は自分用の降伏文書を手に取ると、虹輝に対し……そしてクラスメイト全員に対し、潔く宣言した。
「――虹輝くん。私たち女子軍は、男子軍に対して、無条件降伏する事を宣言します。男子女子戦争は私たち女子軍の……負けよ」
 一瞬、静寂が林の中に訪れた。
 セミの鳴く声だけが染み入るように響き渡る。
 恐らく、男子も女子も、誰もがその状況を受け入れかねていたのだろう。長きに渡った男子女子戦争が、ついに終わったという事実。男子軍が勝って女子軍が負けたという事実。そして……あの白鷺姫乃が、これから生き恥を晒すのだという事実。それらを現実のものとして認識できずにいた。
 静寂を破ったのは鮫島だ。
 シャベルと足元に突き刺すと、パチパチと手を叩き、称賛の意を表明する。それは自分の望みが叶ったという喜びだろうか。それとも強い心で困難を受け入れる姫乃への敬意か。真意はどうあれ、その拍手につられて、男子たちも手を叩き始めた。やがて拍手は純然たる歓喜の意志表示へと変貌していく。
「やったぜ、俺たちは女子軍に勝ったんだ!」
「よくやったぞ虹輝!」
「ヘヘヘ……とうとう白鷺の奴も素っ裸だ!」
 対する女子たちは、当然ながら誰一人として拍手などする者はいなかった。憮然とした表情でこの屈辱的状況に耐えているだけだ。気の弱い雑魚女子の中には、もう泣き出す者さえいる始末だった。まだまだこれから……もっともっと屈辱的な仕打ちを味わう事になるとも知らずに。
「冗談じゃないわよ……」
「白鷺さんのせいだわ。自分で勝手に決闘なんかするから!」
「何であたしたちがこんな目に……」
 そして雑魚男子や雑魚女子ほど分かりやい反応を示していないのが、中枢メンバーたちだ。まず忠一は桃香にしか興味が無いから、姫乃が負けようと女子軍が負けようと何の関心もない。ただカメラマンとしての責務を果たし、ベストアングルを求めてファインダーを覗いているだけだった。
 士郎と清司も、淡々と状況を受け入れているに過ぎない。拍手をして喜びを見せたりはしないし、姫乃に憐憫の情を示す事も無かった。
 鮫島はと言うと、拍手を扇動した後は再びシャベルを手にして、悠然と事態を見守っていた。彼にとってこの上もなく理想的な状況に推移しているはずなのだが、意外と落ち着き払っていて、興奮している様子はそれほど感じられない。
 女子の中枢メンバーの反応は、さらにバラバラであった。分かり易いのは祢々子。雑魚女子たちと同じように膨れっ面をして姫乃を睨んでいる。
 みどりは、そんな敵意を姫乃に向けようとはしなかった。かといってこの現実を受け入れるだけの覚悟はまだ整っていない。ただ困惑した様子で、この先いったい何が起こるのかと、戦々恐々としているように見えた。
 逆に平然と構えているのは、桃香と耶美の二人である。桃香は腕を組み、じっと姫乃の様子を観察していた。鋭い観察眼と洞察力を持つ彼女には、他の連中には見えない何かが見えているのだろうか。小さく溜息をつくと、まるで全てを受け入れたかのように、目を閉じてピクリとも動かなくなってしまった。
 気になるのは耶美の反応だろう。姫乃の事を心の底から慕っている彼女が、なぜ姫乃敗北という一大事に際し、泰然とした態度を崩していないのか。本来なら真っ先に取り乱して泣き叫んでいてもおかしくないはずなのに。彼女はいつも通りのクールな無表情で、何の感情も見せず、じっと姫乃を見つめていた。あえて感情を読み解くとするなら、姫乃を責めているのでも案じているのでもなく、ただじっと、彼女の行動を遠くから見守っている……。そんな態度だった。
 最後は礼門だ。
 鮫島と同じく、姫乃敗北は彼の思い通りの結末のはず。にも拘らず、その表情に単純な喜びの色は見受けられなかった。苦虫を噛み潰したような顔で姫乃に厳しい視線をぶつけている。一体何を考えているのだろうか?
 その真意は、すぐに判明する事になった。




 こんなに上手くいくはずが無い……というのが、礼門がいま抱いている正直な感想である。彼は今までにも散々姫乃に煮え湯を飲まされてきた。
 解剖授業の麻酔薬作戦では、自らの身体に傷を負ってでも正気を保つ意志の力の前に敗れたし、夜這い作戦では見事に返り討ちに遭って赤っ恥をかかされた。後者は負ける事が前提だったとはいえ、あそこまで屈辱的な仕打ちを受けるとは予想外であった。スタンガンと耶美の処女を交換する作戦も、いい所まで追い詰めておきながら結局取り逃がしている。
 姫乃攻略の頼みの綱だった桃香とて同じだ。彼女も最後には返り討ちに遭い、惨めな敗北の姿を晒していた。聞くところによればその時、姫乃はブラとショーツだけの下着姿にまで剥かれ、あわやショーツを脱がされる寸前まで攻め立てられたのだという。是非見ておきたかった光景だ。礼門は鮫島や雑魚男子たちと同じく、未だ姫乃のパンチラすら見る事ができないでいた。彼にとって白鷺姫乃は、鉄壁のガードを誇る無敵のスーパーヒロインなのである。
 だからこそ、そんな姫乃がこんなにあっさりと負けるはずが無い。彼女が負けを認めるなど、罠としか考えられないのだ。礼門はさっきから警戒の念を解いてはいなかった。
「おい、白鷺!」
 敗北宣言を行った姫乃に対し、憮然と声をかける。
「てめぇ……何を企んでやがる」
「何の事?」
「とぼけんな! お前の考えてる事くらいお見通しだ。どうせ負けたと見せかけて、とんでもない秘策で逆転勝ちする算段なんだろ! 俺は騙されないからな!」
 もし本当に逆転の秘策があるのだとしたら、問い詰められて白状するはずもない。むしろ騙された振りをして、姫乃の秘策を見抜くべく冷静に観察を続けるべきだった。そんな事も分からず、感情的に尋問してしまう所が、礼門の浅はかさと言えるだろう。これでは知略で姫乃に勝てるはずもなかった。
「たまたまダイヤのAがジョーカーだったから負けました? 違うな。お前ほどの人間がこの程度で敗北するわけがねぇ」
「買い被り過ぎよ。私もしょせんは五年生の女の子。テレビのヒロインじゃないんだから、男子と戦って負ける事だって当然あるわ」
「お前のしおらしい敗北宣言なんて誰が信じるかよ」
 頑として譲らない礼門に対し、姫乃は「仕方ないわね」と小さく呟いて、自らのウェストポーチに手をかけた。中から黒くて四角い物体を引っ張り出す。
 スタンガンだ。桃香との和平会談決戦において入手した、三個目のスタンガン。この自然教室の施設内においては最強の武器であり、姫乃のような非力な少女が筋肉馬鹿の礼門に、物理的に対抗しうる唯一の強力なアイテムであった。スイッチを入れると、先端がスパークしてバチバチと火花を散らす。電池も入っているようだ。
 持ち替えて先端を掴むと、姫乃は礼門の下に歩み寄り、そのグリップエンドを彼に向けて差し出した。
「……このスタンガンを郷里くんにあげるわ。元々は桃香のものだけど」
「何だと? お前、自分が何を言っているのか……」
「もちろん分かっているわ。私がこのスポーツレクの間、逃げようとしたり逆らったりしたら、このスタンガンで抵抗を封じればいい。私が、一昨日の夜にあなたにしたように」
 最強の武器であるスタンガンを礼門が握れば、まさに鬼に金棒。もはや手が付けられなくなる。逆に姫乃にとっては、逆転の望みを完全に潰すも同然だった。名実ともに、男子に敗北を認め、服従を誓約すると言っていい。姫乃の完全敗北だ。
「マジかよ……」
 礼門は半信半疑のまま、差しだされたスタンガンを手に取った。スイッチを入れると確かに先端がスパークする。妙な細工が施されているわけでもなさそうだ。
 もしかして本当の本当に、姫乃は敗北したのだろうか?
 このままろくに抵抗もせず、素っ裸になって礼門の慰み者になるのか?
 あり得ない。
 あり得ないのだが……しかし現実に事態は、そういう状況に収束すべく、着実に進行していた。姫乃の屈服はもう目の前なのだ。
「――だったらよ、白鷺」
 礼門が警戒を解かず、彼女に提案する。
「今から何をするのか、自分の口で言ってみろよ」
「敗北のペナルティを実行するんでしょう?」
「持って回った言い方をするな。もっと分かり易く……直接的な表現で言ってもらいたいもんだな?」
 彼の意図を察し、姫乃が小さく唇を噛む。これから実行する恥辱と屈辱に塗れた行動を、彼女自身の口でハッキリと言わせようという、礼門らしい陰湿な要求だった。しかし無駄な抵抗をして事態を悪化させるほど、姫乃は知恵の足りない少女ではない。どうせこれからもっと恥ずかしい思いをするのだ。口で宣言するくらい、何でもないだろう。
「私は……脱衣カードゲームで虹輝くんに負けたので、ルールに従って、今から身に着けている物を全て脱ぎます」
 さらに一呼吸おいて言葉を継ぐ。
「全て脱いで素っ裸になったら……スポーツレクの間だけ、郷里くんの言う事を何でも聞きます」
 現在の時刻は午前十時三十分過ぎ。スポーツレクは十二時に終了する予定だから、まだざっと九十分は残っていた。十二時からは昼食の時間だし、一時からは自然教室を総括する反省会がある。予定の時刻になれば打ち切らざるを得ないが、しかし九十分もあれば、姫乃を徹底的に辱めて屈服させるには十分過ぎると思われた。
「へへ……。よし、なら宣言通り、早速ストリップを始めてもらおうか。そこの切り株の上がお立ち台にちょうどいい。上に乗ってすっぽんぽんになれ」
 上から目線で礼門が言い放つ。
「……はい」
 姫乃はその言葉に逆らわなかった。逆らう事は許されないのだ。脱衣カードゲームのルールを決めたのも、負けたら礼門に服従すると宣言したのも、全て自分の撒いた種なのだから。
 男子女子戦争は女子軍の敗北に終わった。
 今から女子軍の――そして白鷺姫乃自身の苦難が始まるのだ。
 その苦難は、今までのどの女子が味わったよりもずっとずっと激しい……恥辱と屈辱に満ちた、想像を絶する凌辱になるはずだった。
 もはや逃げる事はできない。抵抗する事もできない。ただひたすら、じっと耐え忍ぶ事しかできないのだ。それが戦争に負けるという事だ。
 白鷺姫乃の破滅は、もうすぐそこまで迫っていた。
 
 
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